第72話◆ 雷を喰らう者
翌朝、ダンとエルナは装備の点検を済ませると、黒鉄の迷宮へ向かった。
昨日は3階でアーマードマンティスを31体狩り、《連撃》《硬化》《斬撃強化》をレベル5まで上げている。素材の売却も終わり、中型マジックバッグの中には十分な空きがあった。
今日の目標は4階で魔物の種類と能力を確認し、可能ならば5階へ続く階段を見つけることだ。
「レオンさんたちは、もう入っているでしょうか」
「昨日の様子なら、私たちより先に来ていると思います。ダン様との競争に、随分と張り切っていましたから」
「僕は競争より、スキルを集めたいんですけどね」
「それを承知したうえで、勝手に競争相手にされているのだと思います」
エルナの言葉に、ダンは困ったように笑った。
黒鉄の迷宮へ入った2人は、1階から3階までを大きな戦闘もなく通過した。《罠察知》を持つエルナが先行し、怪しい場所を避けながら進んだため、以前のように転移罠へ落ちることもない。
4階へ下りると、通路の壁に青白い鉱石が混じり始めた。天井から突き出した鉱石も淡く明滅しており、階層全体が雷雲の中にいるような不気味さを漂わせている。
「微かに音がします」
ダンが足を止めた。
耳を澄ませると、通路の奥から何かが弾けるような音が聞こえてくる。それに混じって、金属同士がぶつかる音と男の怒鳴り声も響いていた。
「戦闘中ですね」
「この声は、レオンさんでしょうか」
2人が足を速めると、広い空間で《蒼雷の槍》が3体の魔物と戦っていた。
魔物の姿は大型のトカゲに似ている。体長は人間の身長を超え、太い四肢と長い尾を持っていた。全身を覆う濃紺の鱗の隙間では、青白い光が脈打つように明滅している。
ガルムが大盾で突進を受け止め、その横からレオンが槍を突き出す。槍先は鱗の隙間へ届いたものの、傷は浅い。
「ティナ、右を止めろ!」
「やってるわよ! 《雷撃》!」
ティナの杖から放たれた雷が、右側の魔物へ直撃した。
しかし、魔物は足を止めない。濃紺の鱗が雷を受け止めると、体表を走る青白い光が一層強くなった。
「効いていませんね」
「それどころか、元気になったように見えます」
ダンは魔物へ《鑑定》を使った。
【サンダーリザード】
【レベル35】
【スキル】
《雷撃》レベル3
《蓄電》レベル3
《雷耐性》レベル3
《突進》レベル3
【耐性】
雷属性:大
斬撃:小
【弱点】
腹部
水属性
氷属性
「サンダーリザード……。雷を溜め込むスキルを持っています。ティナさんの《雷撃》を受けて、《蓄電》したみたいです」
「では、雷魔法を使うほど強くなるのですか?」
「少なくとも、雷で攻撃するのはやめた方がよさそうです」
雷を浴びたサンダーリザードが口を開く。
牙の間に青白い光が集まり、次の瞬間、一直線の雷がガルムへ放たれた。
「来るぞ!」
ガルムが大盾を地面へ突き立てる。
雷が盾へ直撃し、激しい光が広間を満たした。ガルムは吹き飛ばされなかったものの、腕が痺れたのか、片膝をついている。
「お返しまでしてくるなんて、最悪ね!」
ティナは悪態をつきながら杖を構え直したが、再び《雷撃》を放つことはしなかった。
ユリウスがガルムへ回復魔法を使い、レオンが残る2体を引きつける。《蒼雷の槍》は相性の悪い相手に苦戦していたが、崩れてはいない。ティナも雷魔法を封じ、杖の先から小さな光を放って魔物の視線を逸らしている。
「手伝った方がよいでしょうか」
「もう少しだけ待ちましょう。助けが必要なら、レオンさんが声を掛けてくれると思います」
ダンがそう答えた直後、レオンがこちらに気づいた。
「見てないで手伝え――と言いたいところだが、これは俺たちの獲物だ! 手を出すなよ!」
「分かりました!」
どうやら助けは必要ないらしい。
レオンはガルムの盾を足場にして跳び上がると、サンダーリザードの背へ槍を突き立てた。鱗を貫くには至らなかったが、衝撃で魔物の体勢が崩れる。
そこへガルムが盾を叩き込み、巨体を横倒しにした。
「腹が弱点です!」
ダンが声を掛けると、レオンは倒れた魔物の腹部へ槍を突き刺した。穂先が柔らかな鱗を貫き、深々と体内へ沈む。
残る2体も同じように体勢を崩され、最後は腹部を貫かれて光の粒へ変わった。
床には魔石、濃紺の鱗、青白い光を宿した袋状の器官が残されている。
「最初から腹を狙えば、もう少し楽だったな」
レオンは槍を肩へ担ぎながら、ダンたちのもとへ歩いてきた。
「助かった。礼は言っておく」
「いえ。僕は《鑑定》しただけです」
「それが役に立ったんだ。妙な遠慮をするな」
後ろから来たティナは、ドロップ品を拾い上げた。
「こっちの鱗が雷鱗。それで、この袋みたいなのが雷袋ね。雷袋は体内に雷を溜めておく器官よ」
青白い雷が内部で微かに瞬いている。
ティナはそれを眺めながら、悔しそうに眉を寄せた。
「まさか、私の魔法まで吸収するなんて思わなかったわ」
「昨日はアーマードマンティスの弱点だったのに、階層が変わった途端に相性が逆転しましたね」
「ダンジョンではよくあることよ。1つの攻撃方法だけで進んでいると、こういう相手に足止めされるの」
ティナの言葉を聞き、ダンはエルナを見た。
「《雷撃》を買ったのは無駄ではありませんよ。効く相手には、とても便利でしたから」
「もちろんです。《雷撃》が効かないのであれば、別の方法で戦います」
エルナは腰の剣へ手を添え、少しも落ち込んだ様子を見せなかった。
「私には剣があります。それに、ダン様から頂いた力もありますので」
「では、僕たちも戦ってみましょうか」
「はい」
ダンは腕へ小さな傷をつけ、流れた血から細い触手を作り出した。触手の先に《神経毒》を生み出し、エルナの剣へ薄く塗り広げていく。
その様子を見ていたティナが、僅かに顔を引きつらせた。
「相変わらず、不思議なことをするわね」
「便利ですよ」
「便利という言葉で済ませていいのかしら……」
《蒼雷の槍》が4階の奥へ進んだあと、ダンとエルナは別の通路でサンダーリザードを探した。
ほどなくして、《超嗅覚》が生き物の匂いを捉える。《音響探査》で反響を確かめると、曲がり角の先に1体だけいることが分かった。
「まず僕が前へ出ます。エルナは雷を使わず、脚を狙ってください」
「承知しました。ダン様も雷にはお気をつけください」
「はい。どのくらい痛いのか、まだ分かりませんからね」
「確かめる必要はないと思います」
エルナに釘を刺されながら、ダンは曲がり角を飛び出した。
こちらに気づいたサンダーリザードが、低い姿勢で地面を蹴る。《突進》によって加速した巨体が、通路を塞ぐように迫ってきた。
ダンは正面から避けず、衝突する直前に横へ跳んだ。すれ違いざまに剣を振り抜き、前脚の関節へ傷をつける。
浅い。
《斬撃強化》を使っても、濃紺の鱗が刃を阻んでいた。
サンダーリザードは前脚を滑らせながら向きを変え、ダンへ大きく口を開いた。牙の間で青白い雷が膨らむ。
「ダン様!」
エルナが横から斬りつける。
剣は後脚の鱗を完全には断てなかったが、傷口から《神経毒》が入り込んだ。サンダーリザードの動きが一瞬だけ鈍る。
その隙に避けようとしたものの、放たれた雷がダンの左肩を掠めた。
全身の筋肉が強制的に縮み、視界が白く染まる。激痛とともに左腕の感覚が消え、ダンは勢いのまま床を転がった。
「痛っ……これは、まともに受けたくないですね」
起き上がる頃には、《超再生》によって火傷が塞がり始めていた。しかし、筋肉に残った痺れまではすぐに消えない。
エルナがサンダーリザードの注意を引きつけている間に、ダンは動く右腕から触手を伸ばした。
触手が床を這い、鱗の薄い腹部へ突き刺さる。
血とともに、熱を持った力が流れ込んできた。
《雷撃》を獲得しました。
《蓄電》を獲得しました。
《雷耐性》を獲得しました。
《突進》を獲得しました。
吸血を終えたダンが触手を抜くと、エルナが腹部へ剣を突き立てた。
サンダーリザードの体が光となって消え、魔石、雷鱗、雷袋が石床へ落ちる。
「ダン様、お体は?」
「もう大丈夫です。それに、《雷耐性》を手に入れました」
「だからといって、次も受けようとはしないでください」
「避けられるものは避けます」
答えながら、ダンは右手へ意識を集中させた。
体内の魔力が動き、指先に小さな雷が生まれる。最初は不安定に揺れていた光も、《魔力操作》を使うと少しずつ形を保つようになった。
「これが《雷撃》ですか」
「つい先ほど、私のために金貨18枚を使って購入したスキルなのですが……」
エルナが自分の指先と、ダンの指先を見比べる。
「僕もこんなに早く手に入るとは思いませんでした。でも、スキル書を買ったのは無駄ではありませんよ。エルナが先に使えたから、僕も雷の扱い方を見られました」
「そう言っていただけると救われます」
「それに、2人とも使えた方が便利です」
ダンがそう言うと、エルナは納得したように頷いた。
サンダーリザードとの戦い方は、数を重ねるたびに安定していった。
ダンが《超嗅覚》と《音響探査》で位置を探り、先に前へ出て《突進》を誘う。攻撃をかわしたところへエルナが回り込み、《神経毒》を塗った剣で後脚を狙った。
毒が回り始めれば動きが鈍り、突進の速度も落ちる。
ダンも前脚の関節を狙って動きを削り、完全に立てなくなったところで腹部から吸血する。最後はエルナが柔らかな腹部へ剣を突き立てた。
同じ手順を繰り返すうちに、戦闘にはほとんど無駄がなくなっていった。
さらに《雷耐性》のレベルが上がるにつれ、近くで雷が弾けても体が痺れにくくなる。《蓄電》によって受けた雷の一部を体内へ留め、自分の《雷撃》へ回すこともできるようになった。
もちろん、だからといってダンが進んで雷を受けることを、エルナが許すはずもない。
そして31体目のサンダーリザードから吸血した瞬間、ダンの中で4つの力が揃って変化した。
《雷撃》がレベル5になりました。
《蓄電》がレベル5になりました。
《雷耐性》がレベル5になりました。
《突進》がレベル5になりました。
「これで雷を受けても、最初ほど痛くありません」
「比較できる程度には受けていましたね?」
「避けきれなかっただけです」
「次からは、すべて避けてください」
「努力します」
厳しい視線を向けられ、ダンは素直に頭を下げた。
中型マジックバッグには、サンダーリザード31体分の魔石、雷鱗、雷袋が収められている。雷鱗は雷属性の装備に、雷袋は魔道具や魔法武器の素材として使われるらしい。
少し休憩してから探索を再開すると、やがて下へ続く階段が見つかった。
その手前には、黒い石柱に刻まれた大きな数字がある。
5。
「この下がボス階ですね」
「《蒼雷の槍》は、すでに入ったのでしょうか」
ダンは階段の奥へ意識を向けたが、人の声も戦闘音も聞こえない。彼らがすでにボスへ挑んだのか、それとも一度準備を整えるために戻ったのかは分からなかった。
「今日は素材を売却して、5階の情報を集めましょう。初級ダンジョンと同じなら、この先には今までより強い魔物がいるはずです」
「承知しました。ダン様が罠へ落ちないためにも、事前の確認は必要ですね」
「それはもう忘れてください」
「忘れません」
即答され、ダンは肩を落とした。
それでも、未知のボスを想像すれば自然と胸が高鳴る。
雷を操る力を手に入れ、次に待つのは中級ダンジョンで最初の階層主。
ダンとエルナは5階へ続く階段の位置を覚えると、31体分のドロップ品を換金するため、地上へ引き返した。




