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『スキルを喰らうダンピール ~墓から蘇った少年は、眠らずダンジョンを駆け上がる~』  作者: ミタテ屋


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第73話◆ 鉄熊の団

 黒鉄の迷宮から戻ったダンとエルナは、そのまま冒険者ギルドの買取カウンターへ向かった。


 中型マジックバッグから取り出したのは、サンダーリザード31体分の魔石、雷鱗、雷袋だ。青白い光を帯びた素材がカウンターの上へ並び始めると、受付を待っていた冒険者たちの視線が集まった。


「また31体ですか……」


 エマが素材とダンの顔を交互に見る。


「はい。4階で見つけました」


「昨日はアーマードマンティスを31体、その前にはシャドウスネークを31体でしたよね?」


「スキルを上げるのに、ちょうどいい数なので」


「その説明で納得できる冒険者は、たぶんほとんどいませんよ」


 エマは小さくため息をついたが、すぐに査定を始めた。


 雷鱗は雷属性の防具や、魔法攻撃を軽減する装備の素材として使われる。雷袋は魔力を流すと雷を生み出す性質があり、魔道具だけでなく、雷属性の武器を作る際にも必要になるらしい。


「雷袋は状態もよいですね。これだけまとまった数があれば、工房から喜ばれると思います」


「ダンジョンのドロップ品ですから、どれも同じ状態でした」


「それでも、数を揃えるのが大変なんです。サンダーリザードは雷への対策がないと、4階へ進めるパーティーでも苦戦しますから」


 魔石31個、雷鱗31枚、雷袋31個に常設依頼の報酬が加わり、買取額は金貨9枚と銀貨30枚になった。


「やはり、雷袋が高いですね」


「はい。ですが、需要が高いのは雷袋だけではありません。雷鱗も状態によっては、下手な金属素材より高値で取引されます」


 エマから金貨を受け取ったダンは、その一部をエルナの中型マジックバッグへ入れた。


「ダン様、なぜ私の方へ?」


「僕のバッグだけにお金を入れておくと、離れたときに困りますから。エルナも持っていてください」


「私がダン様と離れることなどありません」


「ダンジョンの罠で、強制的に離されることはあると思います」


「……確かに、転移罠がありますね」


 エルナは納得したものの、受け取った金貨を大切そうにバッグへしまった。単なる活動資金なのだが、ダンから任されたこと自体が嬉しいらしい。


「ところでエマさん。5階のボスについて聞いてもよいですか?」


「もう5階まで進んだのですか?」


「階段を見つけたところで、昨日は戻りました」


「それなら、先に確認して正解です」


 エマは買取の記録を片づけると、黒鉄の迷宮に関する資料を取り出した。


「5階の階層主は、ヴォルトベアです。確認されているレベルは42前後。雷を纏う大型の熊型魔物で、力も防御力もサンダーリザードとは比較になりません」


「雷を纏うというのは、《雷撃》を放つのとは違うのですか?」


「体の周囲へ雷を張り巡らせるそうです。近接武器で攻撃すると、武器を通して雷を受ける危険があります」


 エルナが腰の剣へ手を添えた。


「剣で戦う者には厄介な相手ですね」


「ええ。それに、ヴォルトベアは前脚による攻撃範囲が広く、咆哮で相手の動きを止めてから突進してきます。ギルドの推奨は、平均レベル30以上の4人から5人パーティーです」


「僕たちは2人ですけど、入れますか?」


「人数による制限はありません。ただし、挑戦するかどうかは慎重に判断してください」


 ダンは資料へ目を落とした。


 レベル42の魔物がどのくらい強いのかは分からない。しかし、ヴォルトベアが持っているという雷を纏う力には興味があった。《雷撃》や《蓄電》と組み合わせれば、さらに使い道が増えるかもしれない。


「倒した場合のドロップ品は何ですか?」


「魔石、雷爪、帯電毛皮です。低確率で心臓に近い部位から作られる雷核も落とします。どれも高価ですが、特に帯電毛皮は雷属性への耐性を持つ防具に使われます」


「スキル書も出ますか?」


「5階の初回討伐報酬として現れる宝箱からは、スキル書が1冊出ます。ただし、何のスキルが出るかは開けるまで分かりません。2回目以降は、かなり低い確率になります」


 青石の迷宮にいたホブゴブリンジェネラルと、似た仕組みらしい。


 ダンはエマへ礼を言い、その日は宿へ戻った。エルナと食事を取りながら5階での戦い方を相談し、装備の手入れを済ませる。


 翌朝、2人は再び黒鉄の迷宮へ入った。


 5階へ続く階段までは、すでに通った道だ。エルナが《罠察知》で進路を確認し、ダンが《超嗅覚》と《音響探査》で魔物の位置を探る。戦闘を避けて進んだため、昼前には目的の階段へ到着した。


 5階へ下りると、短い通路の先に巨大な金属扉が見えた。


 扉の前には5人の冒険者がいる。


 先頭に立つのは、40歳ほどの大柄な男だった。背には分厚い大盾を担ぎ、腰には片手で扱うには大きすぎる戦斧を下げている。傷の目立つ鎧は十分に手入れされており、長い間使い込まれていることが分かった。


 その隣には神官杖を持った女性がいた。年齢は大柄な男と近く、穏やかな顔立ちをしているが、仲間を見る目にはどこか厳しさがある。


 残る3人は、戦槌を担いだ髭の濃いドワーフ、弓を背負った細身の男、土色の外套を着た魔術師だった。


「先客がいるみたいですね」


 ダンが声を抑えると、大柄な男がこちらを振り返った。


「おう、次の挑戦者かと思ったが……随分と若いな」


「こんにちは。僕はダンです。こちらはエルナです」


「《月影》か」


 男は一度だけ目を見開いたあと、豪快に笑った。


「噂は聞いているぞ。2人だけで初級ダンジョンを制覇して、中級へ入った途端に何十体分ものドロップ品を持ち帰る変わり者だとな」


「変わり者とまでは聞いていません」


「ギルドじゃ、そういう話になっている」


 嘘をついている様子はない。


 ダンが少し落ち込んでいると、神官杖を持った女性が男の脇腹を小突いた。


「初対面の相手に、余計なことを言わないの。驚かせてごめんなさいね。この人はボルガ。私はマルタよ」


「俺たちは《鉄熊の団》だ」


 ボルガが胸を張り、残る3人も順番に名乗った。


 戦槌を持つドワーフがドグ、弓使いがリース、魔術師がノイ。《鉄熊の団》は5人全員がCランクで、中級ダンジョンの15階まで到達しているらしい。


「15階……。5階より下には、どんな魔物がいるんですか?」


「待て待て。質問するなら順番にしろ」


「罠は増えますか? 10階のボスは何ですか? ボスの復活には何時間掛かるのでしょうか。それと――」


「ダン様」


 エルナに名前を呼ばれ、ダンは口を閉じた。


「すみません。人と話せるのが嬉しくて……」


「いや、構わん。冒険者なら、知りたいことが増えるのは悪いことじゃない」


 ボルガが笑う。その隣で、マルタも口元を緩めていた。


「5階のヴォルトベアは、倒されてから4時間で復活するわ。私たちが倒したばかりだから、あと3時間ほど待つ必要があるわね」


「ボスは強かったですか?」


「5人で戦えば問題はなかった。ただし、近づくと雷に焼かれるぞ」


 ボルガが自分の前腕を見せる。金属製の籠手には黒い焦げ跡が残り、その隙間から覗く皮膚も赤くなっていた。


「雷を纏う前に攻撃するか、魔法で動きを止めるのが定石だ。俺が盾で正面を押さえ、ドグが脚を砕く。リースが目や口を狙い、ノイが土魔法で足場を崩す。マルタは回復と雷への耐性付与だ」


「それでも攻撃を受けたんですか?」


「途中で雷の勢いが強くなってな。後半になるほど厄介な相手だ」


 ボルガは焦げた籠手を気にする様子もなく、今度はダンとエルナの装備を眺めた。


「装備は悪くない。だが、2人だけで挑むつもりか?」


「はい。そのつもりです」


「やめろと言っても聞かない顔だな」


「危険だと判断したら、すぐに逃げます」


「ボス部屋の扉は、戦闘が始まると外から開かなくなる。途中で逃げるなら、自分たちで入口まで戻って扉を開ける必要があるぞ。そこだけは忘れるな」


 ボルガの声から笑いが消えていた。


 若い冒険者を脅しているのではない。本気で生きて帰れと言っているのだと、ダンにも分かった。


「ありがとうございます。覚えておきます」


「それと、雷への耐性があるなら使え。ないなら、今からでも地上へ戻って装備を揃えろ」


「《雷耐性》は持っています」


「エルナもか?」


「私は持っていません」


 ボルガが眉をひそめるより先に、マルタが口を開いた。


「それなら、彼女の方が危ないわ。あなたが平気でも、仲間が同じとは限らない。前へ出ることだけが守ることではないのよ」


 ダンは返事をせず、エルナを見た。


 自分には《超再生》があり、《雷耐性》もレベル5まで上がっている。しかし、エルナにはどちらもない。雷を纏ったヴォルトベアへ接近させれば、剣で傷をつける前に大きな怪我をする可能性があった。


「戦い方を変えましょう。僕が前に出ます」


「ですが、ダン様だけに危険を負わせるわけには――」


「エルナには、離れた場所から《雷撃》で注意を引いてほしいです。効きにくくても、目を逸らすことはできます。僕が動きを止めたあとで、トドメをお願いします」


 エルナはすぐに答えず、しばらくダンを見つめていた。


「……必ず、私が剣を届かせられる状態にしてください」


「はい。約束します」


 2人のやり取りを見届けたボルガは、満足そうに頷いた。


「自分たちで考えられるなら、俺からはもう言わん。だが、次に会ったときは、生きて地上で飯でも食おう」


「はい。皆さんのお話も、もっと聞きたいです」


「そっちが目的になっていないか?」


 ボルガの笑い声が、5階の通路へ響いた。


 《鉄熊の団》を見送ったあと、ダンとエルナは4階へ戻った。


 ヴォルトベアが復活するまで、あと約3時間。その時間を無駄にするつもりはなかった。


「32体、狩れるでしょうか」


「時間いっぱい使えば、いけると思います」


 昨日までに戦い方は固まっている。


 ダンが《超嗅覚》と《音響探査》でサンダーリザードを探し、《突進》を誘って回避する。エルナが《神経毒》を塗った剣で脚を狙い、動きが鈍ったところでダンが腹部から吸血する。


 《雷耐性》がレベル5まで上がったことで、昨日より動きはさらに安定していた。雷が近くを掠めても体が硬直しにくくなり、一度の戦闘に掛かる時間も短くなっている。


 2人は休憩を挟まず、4階を移動し続けた。


 10体。


 20体。


 時間を確認しながら、さらに狩りを重ねる。


 そして、復活時刻が迫った頃。


 32体目のサンダーリザードから吸血した瞬間、ダンの中に蓄積されていた4つの力が一斉に形を変えた。


《雷撃》がレベル6になりました。

《蓄電》がレベル6になりました。

《雷耐性》がレベル6になりました。

《突進》がレベル6になりました。


「間に合いました」


「ですが、かなりぎりぎりですね」


 エルナの言葉に、ダンも頷いた。


 ドロップした魔石、雷鱗、雷袋を中型マジックバッグへ収め、2人は急いで5階へ戻った。


 金属扉の上に刻まれた青白い文字は、復活まで残り僅かであることを示している。


 数字が1つずつ減るたびに、扉の向こうから重い足音が聞こえ始めた。


 やがて最後の数字が消え、巨大な金属扉の縁を雷が走る。


 低い咆哮が響き、足元の石床が僅かに震えた。


「来ます」


 エルナが剣を抜く。


 ダンも剣へ手を掛け、ゆっくりと開き始めた扉の向こうを見つめた。


 暗い広間の中央で、青白い雷を纏った巨体が立ち上がる。


 中級ダンジョン最初の階層主、ヴォルトベア。


 その赤い目が、挑戦者である2人を捉えた。

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