第71話◆ 雷を合図に
翌朝、ダンとエルナは中級ダンジョンへ向かう前に冒険者ギルドへ立ち寄った。
昨日、2階で倒したシャドウスネークのドロップ品が、中型マジックバッグに入ったままになっている。容量にはまだ余裕があったが、これからアーマードマンティスを狩るなら、先に換金しておいた方がいい。
「買取をお願いします」
エマの前に、シャドウスネークの魔石、黒鱗、熱感知器官を31体分並べる。黒光りする鱗が積み上がっていくにつれ、隣の受付にいた冒険者たちの視線まで集まり始めた。
「昨日、中級ダンジョンへ入ったばかりですよね?」
「はい。2階で少し狩りました」
「少し……ですか」
エマが困ったように笑い、素材を1つずつ確認していく。
黒鱗は軽くて丈夫なため、革鎧の補強材として需要がある。熱感知器官は錬金術の素材になり、暗闇でも熱を捉えられる魔道具の製作にも使われるらしい。
常設依頼の報酬も加わり、買取額は金貨3枚と銀貨72枚になった。
「ありがとうございます」
「こちらこそ。ですが、中級ダンジョンには危険な罠もあります。無理はしないでくださいね」
「気をつけます」
笑顔で答えたものの、すでに罠へ落ちて全身を鉄杭に貫かれたとは、とても言えなかった。
ギルドを出た2人は、そのまま黒鉄の迷宮へ向かう。
入口前では、昨日約束した《蒼雷の槍》の4人が待っていた。
「遅くはないな」
槍を肩に担いだレオンが、挨拶の代わりにそう言った。その隣では、大盾を背負ったガルムと、神官杖を持つユリウスが軽く手を上げている。
ティナは腕を組んだまま、真っ先にエルナへ目を向けた。
「買ったんでしょ?」
「はい。《雷撃》のスキル書を3冊使いました」
「いきなりレベル3か。随分と思い切ったわね」
「必要だと判断しましたので」
エルナはいつも通り落ち着いて答えたが、表情にはわずかな期待が浮かんでいた。
魔法を使うのは今回が初めてだ。昨夜も宿の部屋で何度か魔力を練っていたものの、室内で《雷撃》を放つわけにはいかなかった。
6人は黒鉄の迷宮へ入り、罠を警戒しながら3階へ向かった。
やがて、通路の先から硬いものが擦れ合う音が聞こえてくる。
現れたのは、昨日と同じアーマードマンティスだった。金属のような甲殻に覆われた大型の蟷螂が、鎌状の前脚を持ち上げている。
「最初は私たちが押さえる。エルナは昨日見た通り、脚の関節を狙ってみろ」
「分かりました」
ガルムが大盾を構えて前へ出ると、アーマードマンティスが鎌を振り下ろした。
甲高い音とともに盾の表面へ火花が散り、衝撃を受け止めたガルムの足元がわずかに沈む。その隙にレオンが側面へ回り、槍で脚の関節を突いた。
「今だ!」
エルナが右手を前へ向け、体内の魔力を集める。
指先の周囲に青白い光が生まれ、乾いた音を立てながら弾けた。
「《雷撃》!」
放たれた雷が、アーマードマンティスの脚へ直撃する。
青白い光が甲殻の表面を走り抜け、巨体が大きく跳ねた。片側の脚が硬直し、支えを失った体が石床へ傾く。
「少し強すぎたかもしれません」
「初めてなら十分よ。倒してはいないから問題ないわ」
ティナの言葉を聞き、エルナは小さく息を吐いた。
ダンが《鑑定》を使うと、昨日まではなかった状態が表示されている。
【感電/筋肉硬直・中】
雷そのものの威力だけではない。筋肉を強制的に硬直させ、短時間ながら動きを奪っている。
ダンはその様子を見て、内心で確信した。
この状態なら、相手を殺さずに動きを止められる。
自分たちの狩り方にも使えるはずだ。
レオンはその隙を逃さなかった。
動きを止めたアーマードマンティスへ接近し、腹部へ槍を突き刺す。穂先が柔らかい部分を深く貫き、魔物の身体が床へ崩れた。
一方、ガルムが押さえていた個体も、ティナの2発目の《雷撃》を受けている。
鎌を振るう直前に雷を受けたため、《硬化》を発動できなかったのだろう。ガルムが盾で押し倒し、レオンが脚部の関節を突く。
最後は、ティナが威力を抑えた《雷撃》を放った。
1発目よりも細い雷がアーマードマンティスの身体を走り、完全に動きを止める。レオンが腹部へ槍を突き刺すと、2体目も光の粒となって消えた。
床には魔石と硬い甲殻、鎌の形をした腕部が残る。
「どうだ?」
レオンが槍についた体液を払いながら、ダンへ向き直った。
「すごい連携でした。ガルムさんが攻撃を止め、ユリウスさんがレオンさんの速度を上げ、ティナさんが雷魔法で動きを止める。4人とも役割がはっきりしています」
「雷魔法だけを見ていたわけではないのか」
「せっかく皆さんの戦いを見せていただいたので」
素直に褒められたレオンは、少しだけ嬉しそうに胸を張った。
「当然だ。俺たちは5階の階層主を倒すために、何度も連携を練習している」
「ただ、今日の1番の目的は雷魔法です」
「おい」
レオンの表情がすぐに戻り、ティナが声を上げて笑った。
「それで、私の《雷撃》は役に立ちそう?」
「はい。かなり欲しくなりました」
「かなり欲しくなったって……魔法は売り物ではないわよ」
「スキル書はありますか?」
「あるにはあるけど、雷属性のスキル書は数が少ないわ。私が覚えたときは、《星読みの小箱》で金貨6枚だった」
「1冊で金貨6枚ですか」
エルナが金額を確認する。
「高いと思うでしょう? 火球のスキル書よりも数が少ないうえに、感電させる効果まであるから人気なのよ」
「威力は調整できますか?」
「できるわ。今の2発目も、最初より威力を抑えたでしょう。ただし、低いレベルでは細かい調整が難しいから、《魔力操作》を持っている方が扱いやすいわね」
エルナはすでに《魔力操作Lv1》を持っている。
さらに《魔力回復速度上昇》もあるため、雷魔法との相性は悪くないはずだった。
「エルナ。地上へ戻ったら、スキル書を探しに行きましょう」
「ダン様が覚えるのですか?」
「いえ。エルナに覚えてもらいます」
「ですが、ダン様も雷魔法をお持ちではありません」
「僕は《火球》や《闇弾》がありますし、今はエルナの攻撃手段を増やす方が優先です」
ティナたちは特に疑問を持った様子もなく、そのまま話を聞いている。
「本当に仲間へ金を使うのね」
ティナが感心したように言う。
「必要なものですから。金貨より、エルナが怪我をしないことの方が大切です」
ダンが当然のように答えると、エルナの頬が僅かに赤くなった。
「ダン様……」
「どうしました?」
「いいえ。必ず使いこなします」
エルナの様子を見て、ティナが何とも言えない顔になる。ユリウスは楽しそうに微笑み、ガルムは無言のままレオンの肩へ手を置いた。
「なぜ俺を見る」
「何でもない」
「さあ、目的は果たしたでしょう。私たちはもう少し3階で狩るわ」
ティナが杖を肩へ乗せる。
「お前たちはどうする?」
レオンに尋ねられ、ダンはアーマードマンティスのドロップ品へ視線を向けた。
本音を言えば、すぐにでも狩りを始めたい。だが、雷魔法があれば、生きたまま動きを止めることが遥かに簡単になる。
「今日は地上へ戻ります。《雷撃》を手に入れてから、改めて3階へ来ます」
「それでこそ競争相手だ。次に会うときは、俺たちは4階へ進んでいるからな」
「僕たちはアーマードマンティスのスキルを上げてから進むので、先に行っていてください」
「競争する気があるのか?」
「あります。ただ、欲しいスキルの方が大切です」
レオンが何か言い返そうとしたが、ユリウスが笑いながら背中を押した。
《蒼雷の槍》と別れたダンたちは、来た道を地上へ戻った。
◇
《星読みの小箱》へ着くと、ダンはすぐに店主へ《雷撃》のスキル書があるか尋ねた。
「ちょうど3冊ある。1冊金貨6枚だ」
「3冊すべてください」
「全部か?」
「はい」
ダンは迷わず金貨18枚を取り出した。
昨日のアイアンラットの買取だけでも金貨11枚以上になっている。初級ダンジョンの階層主や11階で得た報酬も残っているため、3冊買っても今後の活動に困ることはなかった。
店主が棚の奥から、青い表紙のスキル書を3冊取り出す。表紙には銀色の雷が描かれており、触れるだけで微かな刺激が指先へ伝わってきた。
「エルナ。使ってください」
「本当に、すべて私が使ってよろしいのですか?」
「はい。Lv1では威力の調整が難しいそうです。3冊使えば、それだけ扱いやすくなると思います」
エルナはスキル書を胸の前で抱え、ダンへ深く頭を下げた。
「ありがとうございます、ダン様。この力も、すべてダン様のために使います」
「僕のためだけではなく、エルナ自身を守るためにも使ってください」
「はい。ダン様をお守りする私を守るために使います」
「少し違う気がしますが……」
店主が不思議そうに2人を見ているため、ダンはそれ以上言うのをやめた。
エルナが1冊目を開くと、ページから青白い光が溢れ、身体へ吸い込まれていく。続けて2冊目、3冊目も使用した。
【《雷撃Lv1》を習得しました】
【《雷撃》がLv2へ上昇しました】
【《雷撃》がLv3へ上昇しました】
「覚えました」
「今度は、僕たちだけで試してみましょう」
「はい」
エルナの指先に、青白い火花が小さく弾けた。
硬い甲殻を壊さなくても、相手の動きを止められる雷魔法。
神経毒と組み合わせれば、ダンたちの狩りはさらに速くなるはずだった。
◇
再び《黒鉄の迷宮》3階へ戻った2人は、周囲にほかの冒険者がいないことを確認してからアーマードマンティスを探した。
やがて、硬い足音とともに1体が姿を現す。
「試してみます」
エルナが右手を向けた。
「《雷撃》!」
青白い雷が脚部へ直撃する。
先ほどティナへ教わったときよりも威力を抑えた雷だった。
アーマードマンティスは倒れなかったが、狙われた脚の動きが目に見えて鈍くなる。
そこへダンが踏み込み、反対側の脚を剣で切りつけた。
両脚が使えなくなったことで、巨体が石床へ崩れ落ちる。
ダンは周囲をもう1度確認した。
人の気配はない。
「今度は大丈夫ですね」
「はい、ダン様」
ダンは腕へ小さな傷をつけ、流れた血から細い触手を作り出した。
動けなくなったアーマードマンティスの腹部へ触手を突き刺し、血とともに力を吸い上げていく。
《連撃》《硬化》《反射神経強化》《斬撃強化》。
昨日、同じ魔物から奪った力が、再び身体の中へ流れ込んでくる。
十分に吸血したところで触手を抜くと、エルナが剣を振り下ろした。急所を貫かれたアーマードマンティスは光の粒となって消え、魔石、硬質甲殻、鎌腕の1対を残す。
「ちゃんと奪えました」
ダンが微笑むと、エルナも嬉しそうに頷いた。
「では、この威力で続けます」
戦い方が決まってからは早かった。
ダンが《超嗅覚》と《音響探査》で周囲を探り、アーマードマンティスの位置を見つける。エルナが《罠察知》で進路の安全を確認し、ほかの冒険者がいない場所で《雷撃》を放つ。
雷で脚の動きを鈍らせたあと、ダンが片側から接近して関節や腹部へ剣を入れる。完全に動けなくなったところで吸血し、最後はエルナが急所を貫いた。
同じ魔物から力を奪うたび、《連撃》《硬化》《斬撃強化》に蓄積が重なっていく。
《連撃》がレベル2になりました。
《硬化》がレベル2になりました。
《斬撃強化》がレベル2になりました。
さらに狩りを続ける。
《連撃》がレベル3になりました。
《硬化》がレベル3になりました。
《斬撃強化》がレベル3になりました。
それでもダンたちは止まらない。
雷撃で動きを鈍らせ、脚を潰し、吸血してから仕留める。同じ手順を繰り返すうちに、戦闘そのものにほとんど無駄がなくなっていった。
《連撃》がレベル4になりました。
《硬化》がレベル4になりました。
《斬撃強化》がレベル4になりました。
そして30体目のアーマードマンティスから吸血したところで、再び身体の中に変化が起きる。
《連撃》がレベル5になりました。
《硬化》がレベル5になりました。
《斬撃強化》がレベル5になりました。
「……上がりました」
ダンはその場で剣を軽く振り、続けて斬撃を繰り出した。
以前より剣と剣の間にあった僅かな隙が減り、2撃目、3撃目へ滑らかに繋がっていく。《硬化》を意識すれば、腕の皮膚や筋肉の一部だけを固くすることもできた。
「もう1体だけ行きますか?」
「はい。せっかくですから」
最後に見つけた31体目も、これまでと同じ手順で仕留める。
レベルこそ上がらなかったが、吸い上げた力が次の成長へ向けて確かに蓄積された。
「ここまでにしておきますか?」
「そうですね。ドロップ品も換金したいですし、一度戻りましょう」
帰り道、4階から戻ってきた《蒼雷の槍》と鉢合わせた。
レオンはダンたちを見ると、すぐに中型マジックバッグへ目を向ける。
「まだいたのか。何体狩った?」
「31体です」
「……は?」
レオンの足が止まり、後ろを歩いていたガルムが無言で目を見開く。ユリウスは苦笑し、ティナはエルナへ歩み寄った。
「《雷撃》は使えた?」
「はい。威力を抑えれば、脚の動きを止めるために使えました」
「初日で威力調整まで覚えたの?」
「《魔力操作》のおかげです。それに、ティナさんの使い方を見せていただきましたから」
素直に礼を言われ、ティナは少しだけ顔を逸らした。
「まあ、役に立ったならいいけど」
「俺たちは4階を調べてきたんだぞ。それなのに、3階で31体も狩った方が得意そうな顔をしているのは何なんだ」
「別に競っていないぞ、レオン」
「競っている。5階までの勝負だからな」
ユリウスに窘められても、レオンは譲らなかった。
「明日は4階へ来い。3階で狩り続けていたら、本当に置いていくぞ」
「分かりました。僕たちも次は4階へ行くつもりです」
「よし。そこで会ったら、今度こそ勝負だ」
レオンたちと別れたあと、ダンとエルナは地上へ戻った。
そのまま冒険者ギルドへ向かい、アーマードマンティス31体分のドロップ品を買取カウンターへ並べる。
「今度はアーマードマンティスですか……」
朝にシャドウスネーク31体分を査定したばかりのエマが、積み上げられた硬質甲殻と鎌腕を見て額を押さえた。
「3階で狩ってきました」
「それは見れば分かります。私が聞きたいのは、どうして同じ日に31体も増えているのかです」
「エルナが《雷撃》を覚えたので、思っていたより順調でした」
「そういう問題でしょうか……」
硬質甲殻は金属鎧の補修材として使われ、鎌腕は加工すれば切れ味のよい刃物になる。そのため、シャドウスネークの素材より買取価格が高かった。
魔石31個、硬質甲殻31枚、鎌腕31対に、常設依頼の報酬を加えた買取額は、金貨4枚と銀貨96枚。
朝に売ったシャドウスネークの分と合わせれば、今日だけで金貨8枚と銀貨68枚の収入になる。
「《雷撃》のスキル書に使った金貨が、少し戻ってきましたね」
「はい。ですが、ダン様に必要なスキル書があれば、遠慮なく購入してください」
「僕は魔物から手に入れられますから、エルナの方を優先します」
「でしたら私も、ダン様のお役に立てるものを選びます」
互いに譲る気配がなく、エマが小さく笑った。
「お2人とも、装備の修理費と宿代は残してくださいね」
「はい」
ダンは素直に返事をし、受け取った金貨をマジックバッグへしまった。
次の目的地は4階。
雷を覚えたエルナがどこまで戦えるのか。そして、そこにいる魔物から、どんな力を奪えるのか。
新しい階層を思い浮かべるだけで、ダンの胸は期待に高鳴っていた。




