第70話◆ 雷の価値
翌朝、ダンとエルナが《黒鉄の迷宮》へ到着すると、入口の前にはすでに《蒼雷の槍》の4人が揃っていた。
レオンは槍の穂先を布で拭き、ガルムは大盾の留め具を確認している。ユリウスは腰の鞄へポーションを詰め、ティナは杖に埋め込まれた青い魔石へ魔力を流していた。
「遅くはなかったようですね」
「約束の時間には間に合っている」
ダンが声をかけると、レオンは確認していた槍を肩へ担いだ。
「ただし、今日は俺たちの戦いを見せるために3階へ行く。危なくなっても、勝手に手を出すなよ」
「分かりました」
「本当に分かっているのか?」
「はい。ティナさんの雷魔法を近くで見られる場所まで、アーマードマンティスを連れてきてください」
「お前が注文するな」
レオンが眉を寄せ、ティナとユリウスが笑う。無口なガルムも僅かに口元を緩めていた。
「先へ進むわよ。入口で騒いでいたら、ほかの冒険者の邪魔になるわ」
ティナに促され、6人は《黒鉄の迷宮》へ入った。
1階ではエルナが《罠察知》を使い、安全な道を選んで進む。
《蒼雷の槍》の先頭には、大盾を持つガルムが立っていた。その少し後ろにレオンが続き、中央を歩くティナとユリウスを守っている。しかし、斥候を専門とする者はいないらしく、床や壁を調べるときには、レオンが槍の石突きを使って慎重に確認していた。
「そこは踏まないでください」
エルナがレオンを止めた。
「3歩先の床に転移罠があります。右側の壁沿いを進めば避けられます」
「分かるのか?」
「《罠察知》を持っていますから」
レオンは罠があると言われた床とエルナを見比べ、槍の石突きで軽く触れた。
紫色の魔法陣が一瞬だけ浮かび上がり、すぐに消える。
「本当にあったな」
「だから言ったでしょう」
ティナが呆れたように言った。
「《月影》の2人が一緒で助かったわね。あなたの確認方法だと、そのうち自分が転移させられるわよ」
「昨日までは引っかからなかった」
「昨日まで大丈夫だったことは、今日も大丈夫な理由にはならない」
ネリアと似たことを言いながら、ティナはエルナへ目を向けた。
「助かったわ。ありがとう」
「いえ。ダン様が通る道を確認しただけです」
「……徹底しているわね」
ティナは何か言いかけたが、考え直したように口を閉じた。
エルナが罠を見つけ、ダンが《超嗅覚》《音響探査》《振動察知》で魔物の位置を探る。2人の案内によって、6人はほとんど足を止めずに2階へ進んだ。
シャドウスネークとも何度か遭遇したが、ダンは体温の違いから潜伏場所を見抜き、先に避けていく。
「昨日初めて2階へ来たと言っていなかったか?」
レオンが尋ねる。
「はい。昨日、シャドウスネークを31体倒しました」
「それで、もう位置が分かるのか?」
「何度も戦っているうちに、周囲との温度の違いで見つけられるようになりました」
「……また身体へ覚え込ませたの?」
ティナの問いに、ダンは頷いた。
「はい。31体くらいなら、それほど時間はかかりませんでした」
レオンたちは何とも言えない表情を浮かべたが、エルナだけは当然のように歩き続けた。
◇
3階へ下りると、通路の造りが大きく変わった。
天井が高くなり、左右の壁には太い柱のような黒い岩が並んでいる。柱と柱の間には人が隠れられるほどの隙間があり、頭上には岩から岩へ渡された梁のような足場もあった。
ダンは《振動察知》へ意識を集中させる。
少し離れた場所から、硬いものが岩を擦る振動が伝わってきた。数は2体。どちらも左右の柱の間を移動している。
「前方に2体います」
「もう見つけたのか?」
「姿は見えていませんが、岩を歩く振動が伝わります」
レオンは少し悔しそうにしたものの、すぐに槍を構えた。
「見学するなら、ここから動くな。ガルム、前へ。ティナとユリウスはいつもの位置だ」
《蒼雷の槍》の4人が戦闘態勢へ移る。
ダンとエルナは約束どおり、少し離れた柱の陰へ下がった。
硬い足音が近づき、2体の魔物が姿を現す。
人間よりも一回り大きな昆虫型の魔物だった。全身を暗い緑色の甲殻に覆われ、両腕には剣のように長い鎌が備わっている。細い脚で岩壁へ張りつき、複数の赤い目をレオンたちへ向けていた。
ダンは片方へ《鑑定》を使った。
【アーマードマンティス】
【Lv33】
【状態:警戒】
【スキル:《連撃Lv4》《硬化Lv4》《反射神経強化Lv3》《斬撃強化Lv3》】
【耐性:斬撃耐性・中、刺突耐性・小】
【弱点:雷属性、腹部、脚部関節】
「Lv33。斬撃への耐性が高く、スキルは《連撃》《硬化》《反射神経強化》《斬撃強化》です」
ダンが小声で伝えると、エルナは頷いた。
「どれも使いやすそうですね」
「はい。あとで必ず吸いたいです」
アーマードマンティスが、壁を蹴った。
2体が左右へ分かれ、鎌を振り上げながら《蒼雷の槍》へ迫る。
「ガルム!」
「任せろ」
ガルムが前へ出て、大盾を床へ突き立てた。
右側のアーマードマンティスが鎌を叩きつけ、重い金属音が響く。1度目を盾で受け止めても攻撃は終わらず、左右の鎌が交互に振るわれた。
《連撃》による攻撃だ。
ガルムは正面から受け続けるのではなく、盾の角度を僅かに変えながら鎌を左右へ逸らしている。何度も衝撃を受けているのに、足はほとんど動かなかった。
もう1体はガルムの横を抜けようとしたが、レオンが踏み込んで槍を突き出した。
穂先が胸部の甲殻へぶつかり、甲高い音を立てて弾かれる。
「やはり正面は硬いですね」
「レオンさんも、それを分かっているはずです」
エルナの言葉どおり、レオンは無理に甲殻を貫こうとはしなかった。
弾かれた反動を利用して槍を引き、アーマードマンティスが鎌を振るうより先に脚部の関節へ突きを放つ。狙いは正確だったが、相手は《反射神経強化》によって身体を捻り、穂先を躱した。
「ユリウス!」
「《迅速付与》」
ユリウスが短い杖を振るうと、淡い光がレオンの身体を包んだ。
次の瞬間、レオンの動きが速くなる。
繰り出された槍がアーマードマンティスの鎌を弾き、続く突きが左脚の関節へ当たった。硬い甲殻の隙間へ穂先が入り、緑色の体液が飛び散る。
片脚を傷つけられたアーマードマンティスが後退しようとする。
「ティナ、今だ!」
「言われなくても分かってるわよ。《雷撃》!」
ティナが杖を向けた。
先端に埋め込まれた青い魔石から、眩い光が放たれる。細い雷が空気を引き裂き、傷ついたアーマードマンティスの胸部へ直撃した。
轟音とともに青白い光が甲殻の表面を走る。
硬い甲殻は砕けていない。それでもアーマードマンティスの身体は大きく跳ね、両腕の鎌を広げたまま動きを止めた。
ダンはすぐに《鑑定》を使う。
【状態:感電/筋肉硬直・中】
「甲殻を壊していないのに、動きが止まりました」
雷は表面で弾かれず、甲殻の内側へ伝わっている。目立った傷を与えなくても、全身の筋肉を一時的に硬直させられるらしい。
レオンはその隙を逃さなかった。
動きを止めたアーマードマンティスへ接近し、腹部へ槍を突き刺す。穂先が柔らかい部分を深く貫き、魔物の身体が床へ崩れた。
一方、ガルムが押さえていた個体も、ティナの2発目の《雷撃》を受けている。
鎌を振るう直前に雷を受けたため、《硬化》を発動できなかったのだろう。ガルムが盾で押し倒し、レオンが脚部の関節を突く。
最後は、ティナが威力を抑えた《雷撃》を放った。
1発目よりも細い雷がアーマードマンティスの身体を走り、完全に動きを止める。レオンが腹部へ槍を突き刺すと、2体目も光の粒となって消えた。
床には魔石と硬い甲殻、鎌の形をした腕部が残る。
「どうだ?」
レオンが槍についた体液を払いながら、ダンへ向き直った。
「すごい連携でした。ガルムさんが攻撃を止め、ユリウスさんがレオンさんの速度を上げ、ティナさんが雷魔法で動きを止める。4人とも役割がはっきりしています」
「雷魔法だけを見ていたわけではないのか」
「せっかく皆さんの戦いを見せていただいたので」
素直に褒められたレオンは、少しだけ嬉しそうに胸を張った。
「当然だ。俺たちは5階の階層主を倒すために、何度も連携を練習している」
「ただ、今日の1番の目的は雷魔法です」
「おい」
レオンの表情がすぐに戻り、ティナが声を上げて笑った。
「それで、私の《雷撃》は役に立ちそう?」
「はい。かなり欲しくなりました」
「かなり欲しくなったって……魔法は売り物ではないわよ」
「スキル書はありますか?」
「あるにはあるけど、雷属性のスキル書は数が少ないわ。私が覚えたときは、《星読みの小箱》で金貨6枚だった」
「1冊で金貨6枚ですか」
エルナが金額を確認する。
「高いと思うでしょう? 火球のスキル書よりも数が少ないうえに、感電させる効果まであるから人気なのよ」
「威力は調整できますか?」
「できるわ。今の2発目も、最初より威力を抑えたでしょう。ただし、低いレベルでは細かい調整が難しいから、《魔力操作》を持っている方が扱いやすいわね」
エルナはすでに《魔力操作Lv1》を持っている。
さらに《魔力回復速度上昇》もあるため、雷魔法との相性は悪くないはずだった。
「エルナ。地上へ戻ったら、スキル書を探しに行きましょう」
「ダン様が覚えるのですか?」
「いえ。エルナに覚えてもらいます」
「ですが、ダン様も雷魔法をお持ちではありません」
「僕は《火球》や《闇弾》がありますし、今はエルナの攻撃手段を増やす方が優先です」
ティナたちは特に疑問を持った様子もなく、そのまま話を聞いている。
「本当に仲間へ金を使うのね」
ティナが感心したように言う。
「必要なものですから。金貨より、エルナが怪我をしないことの方が大切です」
ダンが当然のように答えると、エルナの頬が僅かに赤くなった。
「ダン様……」
「どうしました?」
「いいえ。必ず使いこなします」
エルナの様子を見て、ティナが何とも言えない顔になる。ユリウスは楽しそうに微笑み、ガルムは無言のままレオンの肩へ手を置いた。
「なぜ俺を見る」
「何でもない」
「さあ、目的は果たしたでしょう。私たちはもう少し3階で狩るわ」
ティナが杖を肩へ乗せる。
「お前たちはどうする?」
レオンに尋ねられ、ダンはアーマードマンティスのドロップ品へ視線を向けた。
本音を言えば、すぐにでも狩りを始めたい。だが、雷魔法があれば、生きたまま動きを止めることが遥かに簡単になる。
「今日は地上へ戻ります。《雷撃》を手に入れてから、改めて3階へ来ます」
「それでこそ競争相手だ。次に会うときは、俺たちは4階へ進んでいるからな」
「僕たちはアーマードマンティスのスキルを上げてから進むので、先に行っていてください」
「競争する気があるのか?」
「あります。ただ、欲しいスキルの方が大切です」
レオンが何か言い返そうとしたが、ユリウスが笑いながら背中を押した。
《蒼雷の槍》と別れたダンたちは、来た道を地上へ戻った。
◇
《星読みの小箱》へ着くと、ダンはすぐに店主へ《雷撃》のスキル書があるか尋ねた。
「ちょうど3冊ある。1冊金貨6枚だ」
「3冊すべてください」
「全部か?」
「はい」
ダンは迷わず金貨18枚を取り出した。
昨日のアイアンラットの買取だけでも金貨11枚以上になっている。初級ダンジョンの階層主や11階で得た報酬も残っているため、3冊買っても今後の活動に困ることはなかった。
店主が棚の奥から、青い表紙のスキル書を3冊取り出す。表紙には銀色の雷が描かれており、触れるだけで微かな刺激が指先へ伝わってきた。
「エルナ。使ってください」
「本当に、すべて私が使ってよろしいのですか?」
「はい。Lv1では威力の調整が難しいそうです。3冊使えば、それだけ扱いやすくなると思います」
エルナはスキル書を胸の前で抱え、ダンへ深く頭を下げた。
「ありがとうございます、ダン様。この力も、すべてダン様のために使います」
「僕のためだけではなく、エルナ自身を守るためにも使ってください」
「はい。ダン様をお守りする私を守るために使います」
「少し違う気がしますが……」
店主が不思議そうに2人を見ているため、ダンはそれ以上言うのをやめた。
エルナが1冊目を開くと、ページから青白い光が溢れ、身体へ吸い込まれていく。続けて2冊目、3冊目も使用した。
【《雷撃Lv1》を習得しました】
【《雷撃》がLv2へ上昇しました】
【《雷撃》がLv3へ上昇しました】
「覚えました」
「明日は、実際に使ってみましょう」
「はい。必ずアーマードマンティスの動きを止めてみせます」
エルナの指先に、青白い火花が小さく弾けた。
硬い甲殻を壊さなくても、相手の動きを止められる雷魔法。
神経毒と組み合わせれば、ダンたちの狩りはさらに速くなるはずだった。




