第69話◆ 蒼雷の槍
3階から上がってきた槍使いの青年は、階段の上に立つダンとエルナを見て足を止めた。
年齢は20歳前後だろうか。短く整えた金髪に、意志の強そうな青い瞳。濃紺の軽鎧を身につけ、手にした槍の穂先には戦ったばかりらしい魔物の血が残っている。
その後ろには、大盾を背負った大柄な男と、青いローブを着た茶髪の女性、白い外套を羽織った細身の青年が続いていた。
4人とも装備には傷や汚れがあるものの、目立った怪我はない。3階での探索を終え、地上へ戻る途中らしい。
「そこを通してくれないか」
槍使いの青年が言った。
「あっ、すみません」
ダンはすぐに階段の前から離れ、エルナとともに通路の端へ寄った。
青年は階段を上りきると、ダンの腰にあるDランクの登録証へ目を向けた。続けてエルナの登録証を確認し、僅かに眉を上げる。
「2人だけで3階へ下りるつもりか?」
「今日は場所を確認しただけです。これから地上へ戻ります」
「そうか。それならいい」
口調は少し偉そうだが、無理に進もうとしている新人を止めるつもりだったのかもしれない。
「レオン。知らない人に、いきなりその言い方は感じが悪いわよ」
後ろにいた茶髪の女性が、呆れたように言った。
青いローブの袖や胸元には、銀色の糸で稲妻の模様が刺繍されている。腰まで伸びた髪を高い位置で結び、片手には先端へ青い魔石が埋め込まれた杖を持っていた。
「別に、悪いことは言っていないだろう」
「心配しているなら、普通にそう言えばいいでしょう」
「ティナ。今は帰還する方が先だ」
レオンと呼ばれた青年は、気まずそうに視線を逸らした。
大盾を背負った男は2人のやり取りに慣れているのか、何も言わずに立っている。白い外套の青年は苦笑しながら、ダンたちへ頭を下げた。
「すみません。レオンは言い方が少し不器用ですが、悪意はありません」
「いえ。僕たちを心配してくださったのだと思います」
ダンが答えると、レオンが再びこちらを見た。
「……分かるのか?」
「はい。危険だから止めようとしてくれたんですよね。ありがとうございます」
「礼を言われるほどのことじゃない」
レオンは調子を崩されたように槍を持ち直した。
「僕はダンです。こちらはエルナ。2人で《月影》というパーティーを組んでいます」
「《月影》?」
白い外套の青年が反応した。
「もしかして、初級ダンジョンの階層主を7回倒したという2人ですか?」
「はい。どうして知っているんですか?」
「冒険者ギルドで噂になっています。昨日は、アイアンラットを255体持ち込んだとも聞きました」
「もう広まっているんですか?」
「買取台を魔石と素材で埋めれば、当然でしょう」
ティナが呆れたように言った。
「初級の階層主を7回、アイアンラットを255体。ずいぶん変わった狩り方をするのね」
「同じ魔物と何度も戦っていると、動きやスキルの使い方が分かってくるので」
「身体へ覚え込ませるために、255体も倒したの?」
「ダン様は熱心な方ですから」
エルナが自然に言葉を添える。
「熱心で済ませていい数じゃないと思うけど」
ティナは怪しむというより、理解できないものを見るような目をしている。
レオンはしばらくダンを見つめたあと、槍の石突きを床へついた。
「俺はレオン。《蒼雷の槍》のリーダーだ」
続けて、後ろにいる仲間を紹介する。
「大盾を使うガルム、雷魔法を使うティナ、治癒術師のユリウス。俺たちも全員Dランクだ」
「よろしくお願いします」
ダンが頭を下げると、大盾を背負ったガルムが無言で頷いた。ユリウスは穏やかに微笑み、ティナはダンの顔をじっと見ている。
「何でしょうか?」
「別に。ただ、噂以上に綺麗な顔だと思っただけ」
「ありがとうございます」
「素直にお礼を言うのね……」
ティナは少し困ったように目を逸らした。
その様子を見ていたエルナが、静かにダンの隣へ近づく。肩が触れそうな距離まで寄り、まるで自分の場所を示すように立った。
「エルナ?」
「何でもありません」
答えはしたものの、ティナへ向ける視線が僅かに鋭い。
ユリウスが何かに気づいたように笑ったが、口には出さなかった。
「《蒼雷の槍》は、3階で狩りをしていたんですか?」
ダンが尋ねると、レオンは頷いた。
「ああ。俺たちは5階の階層主を目標にしている。今は3階と4階で連携を確認しているところだ」
「3階には、どんな魔物がいるのでしょう」
「自分で確かめろ」
すぐに返された言葉に、ダンは少し残念そうな顔をした。
その隣でティナがため息をつく。
「アーマードマンティスよ」
「ティナ」
「これくらい教えても困らないでしょう。3階へ下りれば、すぐに分かることよ」
ティナは杖を肩へ乗せながら、ダンへ説明を続けた。
「人間より少し大きな昆虫型の魔物で、両腕が鎌のようになっているわ。正面の甲殻が硬いから、普通の剣では簡単に斬れない。動きも速いし、壁や天井から襲ってくることもある」
「弱点はありますか?」
「関節と腹部。それと雷属性が効きやすいわ」
雷属性と聞き、ダンの表情が変わった。
これまで火球や闇弾を使う魔物とは戦ったが、雷魔法を実際に見たことはない。アーマードマンティスの硬い甲殻を越えて攻撃できるのであれば、今後も役立つ可能性が高かった。
「ティナさんは、雷魔法を使えるんですよね?」
「ええ。《雷撃》が私の得意な魔法よ」
「どのような魔法なんですか?」
「杖先から雷を放つの。離れた相手を攻撃できるし、直撃すれば身体の動きを一時的に止めることもあるわ。ただし、消費するMPは火属性の初級魔法より多いけど」
「動きを止められる……」
ダンにとって、その効果は威力以上に魅力的だった。
魔物を殺さずに戦闘不能へ追い込み、その間に血を吸う。神経毒と同じように相手の動きを封じられるなら、硬い甲殻や厚い毛皮を持つ魔物にも使えるかもしれない。
「ティナさん。雷魔法を使って戦うところを、見せていただけませんか?」
「私の戦いを?」
「はい。雷魔法はまだ見たことがありません。それに、アーマードマンティスへどれくらい効果があるのか、実際に確かめてみたいです」
ティナは突然の申し出に驚いたようだった。
「見せるのは構わないけど、私たちは今日は戻るところよ」
「では、次に3階へ行くときに見学させてください」
「ずいぶん積極的ね」
「興味があるので」
ダンが真っ直ぐ答えると、ティナは困ったようにレオンを見る。
レオンは腕を組み、少し考えてから口を開いた。
「明日も3階へ行く。朝の鐘が鳴る頃に、入口で待っていろ」
「よろしいんですか?」
「ああ。俺たちの戦いを見れば、2人だけで3階へ挑むのが簡単ではないと分かるだろう」
「ありがとうございます。楽しみにしています」
「遊びに行くわけじゃないからね」
ティナはそう言いながらも、どこか得意そうだった。
「アーマードマンティスは、どんなスキルを使いますか?」
「まだ聞くの?」
「すみません。知らない魔物の話を聞くのが楽しくて」
ダンが謝ると、ティナは少し考えてから答えた。
「鎌を使った連続攻撃と、瞬間的に身体を硬くするスキルを使うわ。ただ、詳しいことは自分の《鑑定》で確かめなさい」
「はい。ありがとうございます」
「素直ね。少しくらい警戒したら?」
「嘘を教えているんですか?」
「教えてないわよ」
「でしたら、ありがとうございます」
ティナが言葉を失い、フィナとは違う意味で会話が止まった。
レオンはそんな仲間を横目で見ながら、ダンへ問いかける。
「お前たちも、5階の階層主を狙っているのか?」
「いずれは戦います。ただ、僕たちは各階の魔物が持つスキルを調べながら進むので、急いではいません」
「では、先に倒すのは俺たちだ」
「はい。頑張ってください」
「……張り合う気はないのか?」
「同じ階層主と戦うとしても、順番を争う必要はないと思います。時間をずらせば、どちらも戦えますよね?」
ダンが不思議そうに答えると、レオンは再び黙った。
「レオンは、競争相手が欲しいんです」
ユリウスが助け船を出す。
「最近Dランクへ上がったパーティーの中では、僕たちが最も早く5階へ到達できると思っていました。そこへ《月影》の噂を聞いたので、少し意識しているのでしょう」
「余計なことを言うな、ユリウス」
「そうだったんですね」
ダンはようやく納得した。
「分かりました。では、どちらが先に5階の階層主へ辿り着くか、やってみましょう」
「最初からそう言えばいい」
レオンの表情が、僅かに明るくなる。
「ただ、僕たちは途中で欲しいスキルを見つけたら、その階でしばらく狩ります」
「構わない。それも含めて競争だ」
「階層主も、何度か倒すと思います」
「俺たちも繰り返し挑めばいい」
「ダン様。あまり説明すると、レオンさんまでダン様と同じ狩り方を始めてしまいます」
エルナの言葉に、ガルムが初めて口を開いた。
「それは止めてくれ。俺たちが眠れなくなる」
低く落ち着いた声だった。
一瞬の沈黙のあと、ティナとユリウスが笑い出す。レオンだけは不満そうだったが、ガルムへ言い返すことはなかった。
「それでは、明日の朝、入口でお待ちしています」
「ああ。遅れるなよ」
「はい。また会えるのを楽しみにしています」
ダンが素直に答えると、レオンは少し驚いたあと、槍を持って歩き出した。
《蒼雷の槍》の4人が1階へ続く通路へ消えていく。
ダンはその背中を見送りながら、嬉しそうに笑った。
「競争相手ができましたね。それに、明日は雷魔法も見せてもらえます」
「ダン様は、本当に人と話すことがお好きなのですね」
「はい。ネリアさんたちとは違う雰囲気でしたが、レオンさんたちとも仲良くなれそうです」
「ティナさんとも、ですか?」
「もちろんです。雷魔法のことを教えてくれましたから」
「……そうですか」
エルナはそれ以上何も言わず、少しだけ歩く速度を上げた。
「エルナ?」
「今日は地上へ戻りましょう」
「はい」
先に歩くエルナを、ダンは少し不思議に思いながら追いかけた。
明日は《蒼雷の槍》の戦いを見学し、雷魔法がどれほど有用なのかを確かめる。
もし自分たちの戦い方にも使えるなら、雷魔法のスキル書を探してみよう。
新たにできた競争相手との約束を胸に、ダンはエルナと並んで地上への道を戻っていった。




