第63話◆ 初級ダンジョンの卒業
翌朝、ダンとエルナは再び《青石の迷宮》へ向かった。
昨日までにホブゴブリンジェネラルを3回倒し、初級ダンジョンそのものはすでに攻略している。それでも、ダンにはもう少しだけここへ通う理由があった。
目的は、ホブゴブリンジェネラルが持つスキルだ。
《威圧》《号令》《激昂》だけではない。《剣術》《身体強化》《受け流し》《統率》も高いレベルで持っているため、弱い魔物を何十体も狩るより、ホブゴブリンジェネラル1体から吸血した方が複数のスキルを大きく伸ばせる。
「今日で最後にしますか?」
隣を歩くエルナが尋ねた。
「そのつもりです。あと4回倒したら、中級ダンジョンへ進む準備を始めます」
「4回ですか」
「復活まで約2時間ですから、かなり長くなりますけど」
「私は大丈夫です。ダン様が強くなるのでしたら、お付き合いします」
「ありがとうございます。ただ、無理はしないでください」
「それはダン様にも言えることです」
返されてしまい、ダンは苦笑した。
2人はそのまま迷宮へ入り、12階を目指した。
◇
階層主の部屋へ入ると、見慣れた光景が待っていた。
中央にはホブゴブリンジェネラル、その前にはゴブリンファイター2体とゴブリンメイジ2体。これで4体目になる。
ダンは《鑑定》を使い、改めて相手を確認した。
――――――――――
種族 ホブゴブリンジェネラル
レベル 35
スキル
《剣術》Lv6
《身体強化》Lv5
《受け流し》Lv4
《統率》Lv5
《威圧》Lv3
《号令》Lv3
《激昂》Lv2
――――――――――
何度見ても、初級ダンジョンの階層主としては高いスキルが並んでいる。
最初に戦った時は、その強さに注意を払う余裕しかなかった。だが今では、この1体からどれだけの力を奪えるのかまで分かっている。
「行きます」
「はい!」
ホブゴブリンジェネラルが《威圧》を放つ。
以前なら身体へ重くのしかかっていた圧力も、今では動きを止めるほどではない。ダンも《威圧》を重ね、護衛たちの動きを僅かに鈍らせる。
続いて《号令》。
階層主の声に応じて護衛4体が強化された直後、ダンもエルナへ《号令》を使った。
「護衛をお願いします」
「お任せください」
エルナが前へ出る。
ゴブリンファイター2体の剣を《魔力障壁》でずらしながら、片方の脚を斬る。もう1体が横から剣を振り込むが、障壁を小さく展開して刃先だけを弾き、そのまま脇腹へ剣を返した。
ダンは《隠密》で気配を薄くし、《空歩》で後衛へ回り込む。
ゴブリンメイジがこちらを認識した時には、すでに間合いの内側だった。
杖を持つ腕を斬り、脚を傷つける。もう1体には血の触手を巻きつけ、そのまま床へ引き倒した。
最初に12階へ挑んだ時とは、戦いにかかる時間がまるで違う。
護衛4体を無力化し、ダンが吸血を終える。エルナがとどめを刺すと、残るのはホブゴブリンジェネラルだけになった。
階層主が長剣を構える。
ダンは正面、エルナは側面。
すでに何度も戦った相手だ。長剣を振り下ろす直前の肩の動きも、《受け流し》へ移る時の重心も、《激昂》を発動する前に一瞬だけ距離を取る癖も分かっている。
数度剣を交えたあと、エルナが右脚を斬った。
ホブゴブリンジェネラルの瞳が赤く染まり、《激昂》が発動する。動きが一気に速くなるが、ダンは最初からそれを待っていた。
横へ踏み込みながら長剣を避け、血の触手を両腕へ巻きつける。
エルナの《魔力障壁》が足元へ展開され、踏み込もうとした脚を止めた。その瞬間にダンが腱を斬る。
巨体が床へ膝をついた。
「終わりです」
ホブゴブリンジェネラルへ触手を突き刺し、血を吸い上げる。
濃い力が身体へ流れ込んだ。
《剣術Lv6》《身体強化Lv5》《受け流しLv4》《統率Lv5》。そして、《威圧Lv3》《号令Lv3》《激昂Lv2》。
3回目までに重ねていた強奪値へ、新たな力が加わる。
その直後、通知が現れた。
【《激昂》を重複強奪しました】
【《激昂Lv3》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/8】
「《激昂》が上がりました」
「もうですか?」
「はい。相手が《激昂Lv2》を持っていますから、1体でも2つ分進みます」
《威圧》と《号令》も、それぞれLv3のまま5/8まで進んでいる。
エルナが階層主へとどめを刺した。
◇
次の復活までは約2時間。
2人は11階へ戻り、魔物を狩りながら時間を待った。
オークウォーリア、インプメイジ、シャドウパンサー。すでに何度も戦った相手ばかりだが、中級ダンジョンへ進む前の訓練としては悪くない。
エルナは《魔力障壁》をさらに細かく使い分けていた。
広く作って攻撃を受け止めるのではなく、必要な場所へ必要な大きさだけ展開する。剣の軌道をずらし、爪を弾き、足元へ出して踏み込みを邪魔する。
最初にスキル書を使った時とは、すでに別物のような使い方になっている。
「エルナは覚えるのが早いですね」
「ダン様ほどではありません」
「僕の場合は、スキルを奪っていますから」
「それでも使い方を考えているのはダン様ですよ」
そんな会話を交わしながら狩りを続け、時間を見て12階へ戻る。
魔石が青く光り、5体目のホブゴブリンジェネラルが復活した。
◇
2回目の戦闘は、さらに早く終わった。
護衛4体を無力化して吸血し、ホブゴブリンジェネラルも《激昂》を発動する前から動きを読まれ、ダンとエルナの連携によって床へ倒された。
ダンが触手を突き刺すと、再び高レベルのスキルが流れ込んでくる。
そして――。
【《威圧》を重複強奪しました】
【《威圧Lv4》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/16】
【《号令》を重複強奪しました】
【《号令Lv4》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/16】
「2つ上がりました」
ダンは自分の中へ馴染んでいく感覚を確かめる。
《威圧》も《号令》も、最初に奪った頃とは明らかに違う。単純に強くなっただけではなく、どの程度まで圧力をかけるのか、誰へ意識を向けるのか。《号令》なら、味方へどれだけ力を流すのか。
扱える幅そのものが広がっている。
「かなり強くなりましたね」
「はい。ただ、ここから先は必要な強奪数も増えます」
Lv4から次へ上げるには16。
ホブゴブリンジェネラルの《威圧》《号令》はLv3なので、1体で3ずつ進む。
あと何体か倒せば上げられるが、今日はそこまで続けるつもりはなかった。
「予定通り、あと2体ですね」
「はい」
◇
その後も2人は11階で魔物を狩り、復活の時間に合わせて12階へ戻った。
6体目のホブゴブリンジェネラルも、これまでと同じように護衛から先に無力化する。初戦では強敵だった階層主も、今では動きを知り尽くした相手になっていた。
油断するつもりはない。それでも、最初の頃のような危うさはない。
6体目から吸血した時点で、《威圧》と《号令》はLv4・3/16、《激昂》はLv3・4/8まで進んだ。
再び約2時間を11階で過ごし、7体目の階層主が復活する。
「これで最後ですね」
「はい。今度こそ本当に最後です」
エルナが笑いながら剣を構えた。
7体目との戦闘も長くは続かなかった。
護衛4体を先に倒し、残ったホブゴブリンジェネラルを2人で追い込む。長剣の軌道を《魔力障壁》でずらし、ダンの触手で腕と脚を拘束すると、階層主はほどなく床へ膝をついた。
ダンが最後の吸血を行う。
高レベルのスキルが再び流れ込み、《威圧》と《号令》はLv4・6/16、《激昂》はLv3・6/8まで進んだ。
《身体強化》をはじめ、《剣術》《受け流し》《統率》にも同じように強奪値が積み重なっている。
吸血を終えたダンが触手を戻した。
「これで7体目です」
「本当に、これで最後ですか?」
「……今日は」
エルナがじっとダンを見る。
「冗談です。初級ダンジョンは今日で卒業します」
「それなら安心しました」
エルナが笑いながら階層主の急所へ剣を突き立てる。
7体目のホブゴブリンジェネラルが光へ変わった。
大型魔石や将軍の紋章などのドロップ品を回収すると、いつものように宝箱が現れる。
「7回倒しても、毎回出るのですね」
「中身は運みたいですけど」
ダンが蓋を開けると、中には1冊のスキル書が入っていた。
「スキル書です」
エルナが目を見開く。
初回踏破では確定だったが、2回目以降は滅多に出ないと資料に書かれていた。
ダンは本を取り出し、《鑑定》を使う。
――――――――――
スキル書《魔力回復速度上昇》
消費した魔力の自然回復速度を上昇させる。
――――――――――
「魔力の回復速度……」
ダンは隣にいるエルナを見る。
エルナが覚えた《魔力障壁》は便利だが、使えば当然MPを消費する。今後、中級ダンジョンで長時間戦うことを考えれば、魔力の回復速度が上がる意味は大きい。
「エルナが使ってください」
「また私ですか?」
「《魔力障壁》を使うエルナの方が役に立ちます。僕は魔法を連発する戦い方ではありませんから」
「ですが、ダン様も《火球》や《魔力操作》をお持ちです」
「それでも、今の戦い方ならエルナの方が必要です」
少し考えたあと、エルナはスキル書を受け取った。
「ありがとうございます。大切に使います」
「スキル書なので、使ったらなくなりますけどね」
「そういう意味ではありません」
エルナが困ったように笑い、スキル書を開く。
青白い光が文字から溢れ、その身体へ吸い込まれた。
【《魔力回復速度上昇Lv1》を習得しました】
エルナは目を閉じ、自分の中の変化を確かめる。
「すぐに魔力が満タンになるわけではありませんが、先ほどより戻ってくるのが早い気がします」
「長く戦うほど違いが出そうですね」
「はい」
ダンは消えた宝箱があった場所を見つめ、それから周囲を見回した。
青石の壁と、見慣れた階層主の部屋。
ここで多くの魔物を狩り、いくつものスキルを手に入れた。弱かった頃から何度も通った迷宮だが、いつまでもここにいるつもりはない。
「戻りましょう」
「はい」
「次は、中級ダンジョンです」
エルナが嬉しそうにうなずいた。
2人は11階へ戻る階段ではなく、迷宮の入口へ続く転移陣へ向かう。これ以上、復活を待つ必要はない。
《青石の迷宮》でやるべきことは終わった。
ダンとエルナは並んで光の中へ足を踏み入れた。
初級ダンジョンでの狩りは、これで一区切りとなった。




