第61話◆ 次に目指す場所
「ホブゴブリンジェネラルを3回倒しました」
ダンがそう告げても、エマはすぐには返事をしなかった。
カウンターに並べられた3個の《将軍の紋章》を順番に見た後、確かめるようにダンとエルナへ視線を向ける。
静まり返ったギルド内では、誰かが木杯をテーブルへ置く音まで聞こえた。
「ちょっと待って。2人が12階へ向かったのは、今日の朝よね?」
「はい」
「階層主を1回倒して戻ってきたのではなく、3回倒してから戻ってきたの?」
「最初に倒した後、11階で狩りをしながら復活を待ちました。1時間では復活しませんでしたが、2時間ほど経つと扉の魔石が青く光ったので、もう1度挑戦しました。その後も同じように待って、3回目を倒してから戻ってきました」
「それを確かめるために、1時間後にわざわざ12階まで見に行ったの?」
「復活しているかもしれないと思いまして」
エマが額へ手を当てると、周囲で話を聞いていた冒険者たちから、呆れとも感心ともつかない声が漏れた。
「階層主が復活するまで待つ冒険者はいるけど、普通は安全な場所で身体を休めるものよ」
「僕たちは眠らなくても平気なので、その間に11階で狩りをしていました」
エマの視線がエルナへ向く。
「エルナ。あなたも止めなかったの?」
「ダン様が楽しそうでしたので。それに、私も強くなりたいと思っています」
「そう……止める人はいないのね」
エマは諦めたように息を吐いた後、3個の紋章を手に取った。
裏側へ残された魔力の反応を1個ずつ確かめ、すべて本物だと判断すると、初回攻略と2回分の再討伐として記録した。
「ドロップ品も買い取っていただけますか?」
「もちろんだけど、全部ここへ出すつもり?」
「量が多いので、広い査定台をお借りしたいです」
通常の買取窓口では足りないと判断したエマは、解体場の奥にある大型素材用の査定台へ2人を案内した。
ダンとエルナがマジックバッグの中身を取り出し始めると、集まった職員たちの表情が次第に引きつっていく。
11階で倒したのは、オークウォーリアとインプメイジが6体ずつ、シャドウパンサーが36体。
48個の魔石に加え、オークウォーリアの厚皮、大牙、戦斧。インプメイジの角と魔力布。シャドウパンサーの影毛皮や爪、影石が査定台へ並べられた。
さらに、階層主3体分の大型魔石、黒鉄の長剣が2本、将軍の胸当て、暗い赤色の外套が2枚と続く。
上級魔力回復ポーションと《耐火の腕輪》は自分たちで使うため、売却品から外してある。すべてを並べ終える頃には、大型の査定台にもほとんど空きが残っていなかった。
「これは、査定に少し時間がかかるわ」
エマが買取担当の職員を集めていると、奥の部屋から40代ほどの男性が姿を現した。胸元には、ギルドの責任者であることを示す銀色の徽章が付いている。
男性は並べられた素材と3個の紋章を確認し、ダンたちへ向き直った。
「君たちが《月影》だな。私はグランベル冒険者ギルドの副支部長、ロイだ」
「ダンです。こちらはエルナです」
「報告は聞いている。新人殺しの冒険者を発見し、11階では別の冒険者を救助した。そして今回は、青石の迷宮を制覇しただけでなく、階層主を続けて3回討伐したそうだな」
「はい」
ロイはしばらく2人を観察した後、エマへ冒険者記録を持ってくるよう指示した。
「通常、EランクからDランクへ上がるには、一定数の依頼実績に加えて昇格審査を受けてもらう。だが、階層主の討伐は実力を証明する成果として十分だ。これまでの実績と今回の3回討伐を合わせれば、改めて戦闘審査を行う必要はないだろう」
「昇格できるのですか?」
「ギルド内での確認は必要だが、私の権限で推薦する。問題がなければ、ダンとエルナの両名をDランクへ昇格させる」
エルナが嬉しそうにダンを見る。
「おめでとうございます、ダン様」
「エルナもですよ。2人で倒したのですから」
査定が終わるまでの間に審査が行われ、しばらくするとエマが2枚の冒険者証を持って戻ってきた。刻まれていたEの文字が、Dへ変わっている。
「正式に2人ともDランクよ。パーティー《月影》もDランク相当として登録されたわ」
「ありがとうございます」
「これで中級ダンジョン《黒鉄の迷宮》へ入れるようになるわ。ただし、青石の迷宮とは魔物の強さも罠の危険性も違う。初めて入る前に、必ず資料を確認してね」
中級ダンジョンという言葉に、ダンの胸が高鳴った。
まだ見たことのない魔物や新しいスキル、初級ダンジョンより価値の高いドロップ品。すぐにでも向かいたい気持ちはあったが、その前にやり終えたいことが残っている。
「黒鉄の迷宮へ行く前に、青石の迷宮をもう少し周回します」
「まだ階層主を倒すつもりなの?」
「あと4回です。終わったら、中級ダンジョンへ向かいます」
スキルを奪っていることは話せないため、詳しい理由は説明できない。エマは不思議そうにしたものの、止めても無駄だと思ったのか、それ以上は尋ねなかった。
「今度は、バッグがいっぱいになる前に戻ってきてね」
「はい。ですから、もう1つ中型のマジックバッグを買おうと思っています」
「周回をやめるのではなく、持ち帰れる量を増やすのね……」
やがて査定が終わり、明細が届けられた。
11階のドロップ品が金貨28枚と銀貨32枚。階層主3回分の大型魔石と装備品が金貨16枚。初回攻略と再討伐の報酬が金貨9枚となり、合計は金貨53枚と銀貨32枚になった。
これまでの残金と合わせると、2人の所持金は金貨65枚を超えている。大金ではあるが、ダンには使い道が決まっていた。
ギルドを出た2人は、最初にマジックバッグを扱う店へ向かった。
「中型のマジックバッグを1つください」
「また買うのか?」
店主はダンの腰にある中型マジックバッグを見てから、隣のエルナへ目を向けた。
「今回はエルナの分です」
金貨8枚を支払うと、店主が棚の奥から新しい中型マジックバッグを取り出した。見た目は普通の革袋だが、麻袋30個分の品物を収納できる。
ダンがエルナへ渡すと、彼女は両手で大切そうに受け取った。
「ありがとうございます、ダン様」
「2人とも中型を持っていれば、今までより長く狩れます。小型はポーションや貴重品を分けて入れましょう」
中型2つと小型1つを合わせれば、収納量は麻袋70個分になる。マジックバッグ同士を入れ子にはできないが、それぞれ持ち歩けば問題はない。
次に向かった《星読みの小箱》では、最初に《隠蔽》のスキル書を4冊購入した。
《隠蔽》のスキル書は1冊金貨5枚。4冊で合計金貨20枚という高額な買い物だが、中級ダンジョンでは青石の迷宮より強い冒険者と出会う可能性がある。高レベルの《鑑定》を持つ者から正体を守るためにも、必要な出費だった。
ダンとエルナが2冊ずつ使うと、それぞれに同じ通知が現れる。
《隠蔽》Lv3がLv4へ上昇しました。
《隠蔽》Lv4がLv5へ上昇しました。
続いて、ダンは《鑑定》のスキル書を4冊カウンターへ置いた。
《鑑定》のスキル書も1冊金貨5枚。4冊で合計金貨20枚になる。
「すべてダン様が使われるのですか?」
「はい。《鑑定》Lv1でも、種族やレベルだけでなく、相手の持つスキルまでは確認できます。ただ、中級ダンジョンでは、それだけでは足りないと思います」
「でしたら、私も覚えた方がよいのではありませんか?」
「2人で低いレベルにするより、まず僕が詳しい情報を見られるようにした方が安全です。僕が分かったことは、戦う前にエルナへ伝えます」
エルナも納得し、4冊のスキル書をダンへ渡した。
順番に使用するたび、本へ記された文字が光へ変わり、ダンの中へ吸い込まれていく。
《鑑定》Lv1がLv2へ上昇しました。
《鑑定》Lv2がLv3へ上昇しました。
《鑑定》Lv3がLv4へ上昇しました。
《鑑定》Lv4がLv5へ上昇しました。
ダンは頭の中へ増えた情報を整理していく。
《鑑定》Lv1では、種族、レベル、状態に加え、所持しているスキルとそのレベルまで確認できる。
Lv2では、相手のHPとMP。
Lv3では、筋力や耐久、敏捷などの能力値。
Lv4では、属性や耐性。
そしてLv5では、弱点や一部の特殊な性質まで確認できるようになった。
これなら、未知の攻撃を受けてから能力に気づく危険を大きく減らせる。
さらに、エルナのために《魔力操作》のスキル書を金貨3枚で購入した。
《魔力操作》Lv1を習得しました。
エルナが手の前へ小さな《魔力障壁》を作ると、これまでより滑らかに形が変わった。円形だった障壁が細長く伸び、次には薄い板状へ変わっていく。
「同じ魔力でも、形を作りやすくなりました」
「これなら、魔力の消費も抑えられそうですね」
合計金貨51枚という大きな買い物になったが、それでも手元には金貨14枚以上が残っている。
最後に携帯食や水、予備の上級ポーションを買い足し、2人は《銀の止まり木》へ戻った。
部屋のテーブルへ青石の迷宮と黒鉄の迷宮の資料を広げ、今後の予定を整理する。
まずは青石の迷宮で階層主をあと4回倒し、《威圧》《号令》《激昂》をLv3へ上げる。その待ち時間には11階で狩りを続け、他のスキルも重ねていく。
それが終わったら、中級ダンジョン《黒鉄の迷宮》へ進む。
「楽しみですね」
資料に描かれた見知らぬ魔物を眺めながらダンが言うと、エルナが隣で微笑んだ。
「はい。ダン様と一緒でしたら、どこまでもお供します」
新しいバッグとスキル、そしてDランクの冒険者証。
次に目指す場所は、もう決まっていた。




