第60話◆ 3度目の階層主
2回目のホブゴブリンジェネラルを倒したダンとエルナは、再び11階へ戻った。
ダンが携帯用の砂時計を返すと、透明な容器の中で砂がゆっくりと落ち始める。次に12階の扉が開くまで、およそ2時間。それまでの時間を休んで待つつもりは、2人のどちらにもなかった。
「マジックバッグには、まだ余裕がありますか?」
「はい。ですが、先ほどまでと同じ勢いで狩れば、次の階層主を倒した頃にはかなり埋まると思います」
エルナは小型マジックバッグの中を確認してから答えた。
ダンの中型マジックバッグには、初回と2回目の階層主から得た大型魔石や装備品、11階で集めたドロップ品が収められている。エルナの小型マジックバッグも使っているが、このまま何度も周回を続ければ、いずれ容量が足りなくなるのは明らかだった。
「では、次の階層主を倒したら1度戻りましょう。ドロップ品を納品して、必要なものを買い揃えたいです」
「私は、まだ戦えます」
「僕も戦えますが、バッグがいっぱいになれば、せっかくのドロップ品を置いて帰ることになります。それはもったいないです」
真剣な表情で告げるダンを見て、エルナが小さく笑った。
「ダン様らしい理由です」
「せっかく命を懸けて戦うのですから、持ち帰れるものは持ち帰りたいです」
方針を決めた2人は、《超嗅覚》と《音響探査》で魔物を探しながら11階を進んだ。
最初に見つけたのは、オークウォーリアとインプメイジ、6体のシャドウパンサーで構成された群れだった。
ダンたちが近づくと、シャドウパンサーは《隠密》で気配を薄くし、石柱や壁の陰へ散開する。しかし、何度も同じ魔物と戦ったことで、姿が見えなくても攻撃してくる位置を予測できるようになっていた。
「左の柱に2体。右の壁際に1体います。残りは後ろへ回ろうとしています」
「分かりました」
エルナが左手を前へ出すと、淡い青色の《魔力障壁》が現れた。
これまでは上半身を覆う板のような形しか作れなかったが、今度は細長く形を変えている。左側から飛びかかった2体のシャドウパンサーが障壁へ爪を立て、その動きが止まった。
エルナは障壁を維持したまま身体を回転させ、右側から迫っていた1体の前脚を剣で斬る。
「形を変えられるようになったのですね」
「はい。広く作るよりも、攻撃が来る場所だけを守った方が魔力を抑えられます」
「では、後ろの3体は僕が止めます」
ダンは腕へ浅い切り傷を作り、複数の触手を伸ばした。背後から飛びかかろうとしていたシャドウパンサーの脚を空中で絡め取り、そのまま床へ引き倒す。
インプメイジが《闇弾》を放ったが、ダンは飛んでくる魔力の流れを《魔力感知》で捉えていた。身体を僅かにずらして避け、黒い魔力の塊が通り過ぎた直後に《空歩》で距離を詰める。
杖を持つ腕と脚を斬り、飛べないように翼も傷つけた。
その間、エルナはオークウォーリアの戦斧を《魔力障壁》へ斜めに当て、軌道を逸らしていた。障壁の表面に亀裂が走ったものの、完全には砕けない。
床へ戦斧が食い込んだ瞬間、エルナの剣がオークウォーリアの膝裏を斬った。
敵がすべて立てなくなったことを確認し、ダンは順番に吸血を行う。最後はエルナが急所へ剣を突き立て、光の粒子へ変わった魔物がドロップ品を残して消えていった。
回収を終えると、すぐに次の群れを探す。
休憩を挟みながら、さらに同じ構成の群れを3組倒した。
オークウォーリア4体、インプメイジ4体、シャドウパンサー24体。
すべてから吸血したことで、いくつものスキルへ強奪値が積み重なっていく。
【《斧術》を重複強奪しました】
【《斧術Lv3》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/8】
【《身体強化》を重複強奪しました】
【《身体強化Lv4》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:2/16】
【《重撃》を重複強奪しました】
【《重撃Lv3》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/8】
【《闇弾》を重複強奪しました】
【《闇弾Lv3》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/8】
【《魔力感知》を重複強奪しました】
【《魔力感知Lv3》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/8】
【《隠密》を重複強奪しました】
【《隠密Lv5》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:11/32】
【《奇襲》を重複強奪しました】
【《奇襲Lv5》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:11/32】
ダンは《隠密》を意識して発動してみた。
姿が消えるわけではない。それでも身体から漏れていた気配が急速に薄れ、少し離れた場所でドロップ品を拾っていたエルナが驚いたように顔を上げる。
「ダン様?」
「ここにいます」
声をかけると、エルナが振り返った。
「姿は見えているのに、意識を向けていなければ見失いそうになりました」
「《隠蔽》とは少し違いますね。《隠蔽》は情報を隠しますが、《隠密》は存在そのものを気づかれにくくするようです」
「《奇襲》と組み合わせれば、気づかれずに近づけそうですね」
「触手を見られずに戦いたい時にも使えそうです」
新しい使い方を考えながら砂時計を確認すると、ほとんどの砂が下へ落ちていた。
2人は少し早めに12階へ向かうことにした。
階段を下りた時には、扉の左右にある魔石はまだ暗かった。しかし、しばらく待っていると片方の魔石が淡く光り、続いてもう片方にも青い光が灯った。
「やはり、約2時間ですね」
「今回は早めに来た甲斐がありました」
「ほかのパーティーは来ませんでしたけどね」
「確認できただけでも十分です」
ダンが扉へ近づくと、3回目となる階層主の部屋が開いた。
ホブゴブリンジェネラルと4体の護衛が、これまでと同じ位置にいる。敵の構成も能力も変わっていないが、ダンとエルナの方は、最初に挑んだ時よりも確実に強くなっていた。
部屋へ入ると、背後の扉が閉まる。
ホブゴブリンジェネラルが《威圧》を放った瞬間、ダンも同じスキルを発動した。
階層主から放たれる重い圧力に耐えながら、今度はダンの《威圧》が護衛たちへ襲いかかる。
ゴブリンファイターの足が一瞬止まり、後方にいたゴブリンメイジも杖を構える動きを僅かに鈍らせた。
敵の《威圧》を消すことはできない。
それでも、相手の動きを僅かに乱すだけなら十分だった。
続けて、両者が《号令》を発動する。
護衛たちを包む赤い光に対し、ダンの声を受けたエルナの身体も淡い光に覆われた。
「護衛は任せました」
「はい、ダン様!」
エルナが前へ出ると同時に、ダンは《隠密》を発動した。
ホブゴブリンジェネラルがダンを目で追おうとしたが、意識が僅かに遅れる。その隙に《空歩》で護衛の頭上を越え、後衛のゴブリンメイジへ接近した。
1体目の杖を片手剣で弾き、脚を斬る。もう1体が火球を作り始めたが、血の触手で腕を拘束し、杖の先を天井へ向けさせた。
放たれた火球が誰もいない空間で弾ける。
前衛では、エルナが2体のゴブリンファイターを相手にしていた。《魔力障壁》を小さく展開して剣の軌道をずらし、空いた脇腹へ自分の剣を叩き込む。
以前は攻撃を防ぐだけだった障壁が、今では相手の体勢を崩すためにも使われていた。
護衛4体を戦闘不能にし、吸血ととどめを終えるまでに、それほど時間はかからなかった。
残されたホブゴブリンジェネラルは《身体強化》を発動し、長剣を両手で構える。
しかし、その動きも既に見慣れている。
ダンが正面から攻撃を受け流し、エルナが側面から脚を狙う。階層主がエルナへ剣を向ければ、ダンの触手が腕へ絡みつき、その軌道を変えた。
何度か攻撃を交わしたあと、エルナの剣が太腿を斬る。
ホブゴブリンジェネラルの瞳が赤く染まり、《激昂》が発動した。
急激に速くなった階層主が、ダンへ長剣を振り下ろす。ダンは片手剣で受け流すのではなく、横へ踏み込んで完全に避けた。
空振りした長剣が床へ食い込む。
その瞬間、エルナが長剣のすぐ横まで踏み込み、左手を刃へ向けた。
淡い青色の《魔力障壁》が長剣の上へ展開され、蓋をするように刃を押さえつける。
ホブゴブリンジェネラルが長剣を引き抜こうと力を込めるが、その僅かな遅れをダンは逃さなかった。
右脚の腱を斬り、複数の触手で両腕と残った脚を拘束する。
「最初に戦った時より、ずっと早く終わりましたね」
「ダン様が相手の動きをすべて覚えているからです」
「エルナが《魔力障壁》を使いこなせるようになったことも大きいですよ」
言葉を交わしながらも、ダンは油断せず、ホブゴブリンジェネラルの太腿へ吸血用の触手を突き刺した。
濃い血とともに、階層主が持つ複数のスキルが流れ込んでくる。
《剣術Lv6》《身体強化Lv5》《受け流しLv4》《統率Lv5》。
さらに、《威圧Lv3》《号令Lv3》《激昂Lv2》。
高いスキルレベルに応じた強奪値が、それぞれダンの持つスキルへ加算されていく。
そして、先に変化が現れたのは《威圧》と《号令》だった。
【《威圧》を重複強奪しました】
【《威圧Lv3》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:2/8】
【《号令》を重複強奪しました】
【《号令Lv3》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:2/8】
《激昂》にもLv2ぶんの強奪値が加わったが、レベルアップには届かなかった。
現在はLv2のまま、次のレベルまで3/4。
「《威圧》と《号令》がLv3になりました」
「《激昂》は?」
「あと1つ分です。次に同じ個体から奪えば上がります」
ダンは自分の中へ馴染んでいく力を確かめながら、小さく息を吐いた。
やはり、強い魔物から高レベルのスキルを奪った時の伸びは大きい。
「目標は達成ですね」
「はい。一度戻って、準備を整えてから再開しましょう」
ダンが触手を戻すと、エルナが階層主の急所へ剣を突き立てた。
3体目のホブゴブリンジェネラルが光となって消え、大型魔石と将軍の紋章、黒鉄の長剣を残す。
続いて現れた宝箱を開けると、中には赤い宝石が埋め込まれた腕輪が入っていた。
ダンが《鑑定》を使う。
――――――――――
耐火の腕輪
火属性の攻撃による威力を僅かに軽減する。
――――――――――
「エルナが着けてください」
「また私が頂くのですか?」
「僕の傷は治りますから。それに、中級ダンジョンで火を使う魔物が出てくるかもしれません」
「それでしたら、お預かりします。ありがとうございます、ダン様」
エルナが腕輪を装着したところで、2人はマジックバッグの空きを確認した。
中型も小型も、残っている容量は僅かしかない。11階の魔物をあと1組倒せば、すべてを収められなくなる可能性があった。
ダンは11階へ戻る階段ではなく、迷宮の入口へ続く転移陣を選んだ。
2人で光の中へ足を踏み入れると、周囲の景色が一瞬で変わる。
次に目を開けた時には、《青石の迷宮》の入口に設けられた帰還用の区画へ立っていた。入口を管理している衛兵が驚いたように振り返り、ダンたちの無事を確認してから道を空ける。
外へ出ると、グランベルの空はまだ明るかった。
初めて12階へ挑んでから、それほど時間は経っていない。それでも2人は階層主を3回倒し、その間に11階の魔物も大量に狩っていた。
そのまま冒険者ギルドへ向かい、混み合う受付の列へ並ぶ。
やがて順番が来ると、エマが2人へ気づいて笑顔を見せた。
「お帰りなさい。12階はどうだった?」
「無事に倒せました」
「そう。それなら初級ダンジョン制覇ね。おめでとう」
エマが記録用の用紙を取り出したところで、ダンはマジックバッグへ手を入れた。
最初に、将軍の紋章を1個置く。
初級ダンジョン制覇の証を見て、エマがうなずいた。
その隣へ、2個目の紋章を置く。
エマの動きが止まった。
さらにダンが3個目の紋章を並べると、近くにいた職員や冒険者たちの視線が、一斉にカウンターへ集まった。
「ダン君。これは……?」
「ホブゴブリンジェネラルを3回倒しました」
騒がしかったギルドの中が、不自然なほど静かになった。




