第59話◆ 再び開く扉
11階へ戻ったダンは、中型マジックバッグから携帯用の砂時計を取り出した。
冒険者向けの道具屋で売られていたもので、すべての砂が落ち切るまで約1時間かかる。階層主が復活するまでの時間を調べるため、ダンは砂時計を上下へ返してからマジックバッグへ戻した。
「まずは1時間ですね」
「その間に、どのくらい狩れるでしょうか」
「近くにいる魔物の数によりますが、何組かは見つけられると思います。それに、エルナの《魔力障壁》も試しておきたいです」
「はい。次に階層主と戦う時までに、使い方を覚えます」
ダンが《超嗅覚》を使うと、複数の魔物が放つ匂いが通路の奥から流れてきた。《音響探査》にも重い足音と小さな羽音が反応している。
「オークウォーリアとインプメイジが1体ずつ。その近くにシャドウパンサーもいます」
「先ほどと同じ組み合わせですね」
「《魔力障壁》を試すなら、ちょうどよさそうです。インプメイジの魔法を1度受けてみましょう」
「分かりました。ただし、障壁で防げないと思ったら、すぐに避けます」
2人は匂いと音を頼りに通路を進み、間もなく魔物の群れを見つけた。
オークウォーリアが通路の中央を歩き、その後ろをインプメイジが飛んでいる。シャドウパンサーの姿は見えないが、《超嗅覚》には石壁の陰へ潜んでいることまで捉えられていた。
ダンとエルナが姿を見せると、シャドウパンサーが吠え、遠くにいた5体の仲間を呼び寄せた。
以前ならエルナを恐怖させた光景だが、今度は剣を構えたまま動じなかった。
「右から3体、左から2体来ます。最初からいた1体は正面です」
「任せてください」
エルナが前へ出ると、インプメイジが杖の先へ黒い魔力を集め始めた。ダンはすぐに倒せる距離にいたが、今回は手を出さずに動きを見守る。
黒い魔力の塊が、エルナへ向かって放たれた。
エルナが左手を前へ出すと、淡い青色の障壁が現れる。上半身を覆う程度の大きさしかないが、黒い魔力の塊は障壁の中央へ命中した。
甲高い音が響き、青い表面に亀裂が走る。
エルナは衝撃に押されて半歩下がったものの、黒い魔力は身体まで届かなかった。役目を終えた障壁が青い光へ変わり、空気の中へ消えていく。
「防げました!」
「はい。ただ、1発で壊れました。続けて使えますか?」
「試します」
再び魔力を流すと、先ほどより僅かに小さな障壁が現れた。短い間に続けて使ったためか、エルナの表情に少し疲れが見える。
しかし、左右から飛びかかってきたシャドウパンサーの爪を受け止めるには十分だった。爪が障壁へ触れた瞬間に身体を横へずらし、別方向から迫る2体目を剣で迎え撃つ。
前脚を斬られたシャドウパンサーが床へ転がった。
「魔法を防ぐより、攻撃の軌道を逸らすように使った方が魔力を抑えられそうです」
「その使い方がよいと思います。エルナは《受け流し》も持っていますから、障壁を盾の代わりにできます」
会話を交わしている間にも、オークウォーリアが戦斧を振り上げて迫ってくる。
エルナは障壁を消し、両手で剣を握った。振り下ろされた戦斧を横から叩いて軌道を変え、床へ食い込んだところで膝裏へ刃を走らせる。
その間にダンはインプメイジとの距離を詰め、杖を持つ腕と脚を斬った。続いて血の触手を伸ばし、飛びかかってきたシャドウパンサーを空中で絡め取る。
2人はすべての魔物を戦闘不能にすると、いつも通りダンが吸血し、エルナがとどめを刺した。
ドロップ品を回収したあと、砂時計を確認したが、まだ半分ほどしか砂が落ちていなかった。
「もう1組くらい探せそうですね」
ダンが言うと、エルナは小さく笑った。
「階層主を倒した直後とは思えません」
「疲れていたら休みますか?」
「いいえ。まだ戦えます。それに、《魔力障壁》の使い方が少し分かってきました」
2人は休憩を挟みながら11階を進み、別の群れを見つけた。
今度もオークウォーリアとインプメイジが1体ずつ、シャドウパンサーが6体だった。
エルナはインプメイジの《闇弾》を障壁で逸らし、シャドウパンサーの奇襲も青い盾で防ぎながら剣を振るう。
ダンも、すべての魔物から吸血し、持っているスキルを重ねていった。
必要な強奪数へ到達したスキルには、順番に変化が現れる。
【《斧術》を重複強奪しました】
【《斧術Lv2》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/4】
【《身体強化》を重複強奪しました】
【《身体強化Lv3》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/8】
【《重撃》を重複強奪しました】
【《重撃Lv2》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/4】
【《闇弾》を重複強奪しました】
【《闇弾Lv2》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/4】
【《魔力感知》を重複強奪しました】
【《魔力感知Lv2》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/4】
【《隠密》を重複強奪しました】
【《隠密Lv3》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/8】
【《奇襲》を重複強奪しました】
【《奇襲Lv3》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/8】
さらにシャドウパンサーから吸血を重ねることで、2つのスキルはもう1段階上昇した。
【《隠密》を重複強奪しました】
【《隠密Lv4》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/16】
【《奇襲》を重複強奪しました】
【《奇襲Lv4》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/16】
特に《隠密》は便利そうだった。人目を避けたい時だけでなく、戦闘中に気配を薄くすれば、相手の意識から外れて攻撃できる。《奇襲》と組み合わせれば、さらに効果が高まるはずだ。
「ダン様。砂が落ち切っています」
エルナに呼ばれ、ダンは砂時計を確認した。
最初の階層主を倒してから、およそ1時間が経過している。
「1度見に行きましょう」
「もう少し待ってもよいのではありませんか?」
「ですが、もし1時間で復活していたら、その分だけ次の討伐が遅くなります」
「分かりました。ダン様が気になって狩りへ集中できなくなる前に確認しましょう」
2人は12階へ続く階段まで戻った。
階段を下りた先には、先ほどと同じ大きな扉がある。しかし左右の壁に埋め込まれた魔石は暗いままで、ダンが近づいても扉は動かなかった。
「まだ復活していないみたいですね」
「倒してから、まだ1時間ほどですから」
「でも、気になったので……」
「はい。確認しなければ分からないことです」
エルナはそう答えたが、僅かに口元を緩めていた。
再び11階へ戻り、砂時計を上下へ返す。
そこからも魔物を探して狩りを続けたが、今度はダンが何度もマジックバッグの中へ手を入れ、砂時計を確認している。
「ダン様。砂は急に早く落ちたりしませんよ」
「分かっています。ただ、そろそろ半分くらいかと思いまして」
「先ほど確認してから、それほど時間は経っていません」
「そうですか……」
肩を落とすダンを見て、エルナが楽しそうに笑った。
しばらくして砂時計の砂が半分ほど落ちた頃、ダンは再び12階へ向かった。
「やはり確認するのですね」
「1時間半で復活する可能性もありますから」
エルナは何も言わず、笑みを浮かべたままあとに続いた。
しかし、12階の扉はまだ閉じたままだった。左右の魔石も暗く、近づいても変化はない。
「1時間半でも駄目ですね」
「これで、少なくともそれ以上かかることは分かりました」
「では、もう少し待ちましょう」
2人は再び11階へ戻り、狩りを再開した。
次の群れを倒し、ドロップ品を回収した頃、砂時計の砂がすべて落ち切った。
最初の討伐から、およそ2時間が経過している。
12階へ向かう階段を下りると、今度は遠くからでも変化が分かった。
扉の左右に埋め込まれた魔石が、青い光を放っている。
「光っています!」
「1時間半では復活していなくて、2時間では開いている。復活まで、およそ2時間と考えてよさそうですね」
「これで次からは、1時間で見に来なくてもよさそうです」
「はい。ですが、少し早めに来た方が、ほかのパーティーに先を越されないと思います」
「ダン様。先ほども同じような理由で確認に来ましたよね?」
エルナに指摘され、ダンは返事をせずに扉へ手を伸ばした。
重い音とともに、階層主の部屋が再び開いていく。
内部は最初に入った時と同じ状態へ戻っていた。中央の椅子にはホブゴブリンジェネラルが座り、その前を4体の護衛が守っている。
2人が中へ入ると、背後の扉が閉まった。
「今度は、先ほどより早く倒しましょう」
「はい。新しいスキルも試してみます」
ホブゴブリンジェネラルが立ち上がり、《威圧》と《号令》を発動する。
赤い光が4体の護衛を包んだところで、ダンも大きく息を吸い込んだ。
「エルナ、行きます!」
ダンが《号令》を発動すると、その声とともに淡い赤色の光がエルナを包んだ。
身体へ力が満ちたのか、エルナが驚いたように目を見開く。
「これが、ダン様の《号令》……」
「効果は出ていますか?」
「はい。身体が軽く、剣にも力を込めやすくなっています」
エルナが床を蹴り、2体のゴブリンファイターへ向かう。先ほどより動きが速く、強化された相手の剣を受け流しながら、立て続けに脚を斬った。
ゴブリンメイジが火球を放つと、エルナは《魔力障壁》を斜めに展開した。火球は障壁の表面を滑るように軌道を変え、ゴブリンファイターの盾へ衝突する。
護衛たちが混乱した隙に、ダンは《空歩》で頭上を越え、後衛のゴブリンメイジを無力化した。
最初の戦いでは護衛を倒すまでに時間がかかったが、2回目は半分ほどの時間で済んだ。
護衛を失ったホブゴブリンジェネラルが長剣を振り上げる。
今度はダンが正面から攻撃を受け流し、エルナは階層主が踏み込んでくる瞬間に合わせて、低い位置へ《魔力障壁》を展開した。
長剣を振るうために踏み込んだ足が障壁へぶつかり、巨体が僅かに体勢を崩す。
その隙を逃さず、ダンが右脚を斬った。
ホブゴブリンジェネラルが《激昂》を発動したが、その動きは既に1度見ている。急激に速くなることを予想していたダンは、複数の触手を広げ、両腕と脚を同時に絡め取った。
エルナが背後から膝裏を斬り、階層主を床へ倒す。
「やはり、1度戦っていると動きが分かりますね」
「ダン様が強くなり続けていることも理由だと思います」
ダンはホブゴブリンジェネラルの太腿へ触手を突き刺し、必要な量の血を吸い上げた。
1体目と同じ濃い力が、再び身体へ流れ込んでくる。
《剣術Lv6》《身体強化Lv5》《受け流しLv4》《統率Lv5》が、それぞれ既に持っているスキルへ加算される。
さらに、《威圧Lv3》《号令Lv3》《激昂Lv2》も重ねて強奪した。
《威圧》と《号令》は、1体目を吸血した時点でLv2へ上がっている。今回の強奪で、それぞれ次のレベルまで3/4まで進んだ。
そして《激昂》には、レベルアップの通知が現れる。
【《激昂》を重複強奪しました】
【《激昂Lv2》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:1/4】
「《激昂》がLv2になりました」
「《威圧》と《号令》は?」
「どちらもあと1です。次の階層主から同じスキルを奪えば、Lv3へ上がります」
「それなら、次も楽しみですね」
「はい」
吸血を終えると、エルナが剣で急所を貫いた。
ホブゴブリンジェネラルが光の粒子となって消えた瞬間、ダンの身体を強い熱が駆け巡った。
《ダンのレベルが15から16へ上昇しました》
ダンは驚きながら、自分の手を握る。
レベルが上がったことで全身へ力が満ち、先ほどまでより感覚が鋭くなっていた。
エルナへとどめを譲っていても、パーティーとして戦闘へ参加した経験が完全に失われるわけではない。とどめを刺した者へ多く入るだけで、敵を無力化し、戦闘へ貢献したダンにも経験は少しずつ蓄積されていた。
レベル15になってから大量の魔物と戦っても上がらなかったことを考えれば、ダンの身体が必要とする経験は相当に多い。
それでも11階の魔物を何度も無力化し、レベル35の階層主を2回倒したことで、ようやく次のレベルへ届いたのだ。
「ダン様、どうなさいましたか?」
「レベルが16へ上がりました」
「おめでとうございます。これで、また強くなられたのですね」
「はい。ただでさえ能力が高いのに、今回もかなり上がっていると思います。落ち着いたら、ステータスを確認してみます」
レベルアップを喜んでいる間に、階層主のドロップ品が床へ現れた。
大型魔石と将軍の紋章、暗い赤色の外套。続いて出現した宝箱を開けると、中に入っていたのは上級魔力回復ポーションが2本だった。
「スキル書ではありませんでしたね」
「資料にも、2回目からは滅多に出ないと書かれていました。それでも上級ポーションなら十分に当たりだと思います」
ダンはポーションをマジックバッグへ収め、再び現れた11階への階段へ目を向けた。
次の復活までは、また約2時間。
「次の階層主を倒せば、《威圧》と《号令》がLv3になります」
「それでは、次の階層主が復活するまで11階で狩りましょう」
迷うことなく答えたエルナと並び、ダンは階段を上る。
階層主を倒し、復活を待つ間に11階で魔物を狩り、再び12階へ戻ってくる。
《青石の迷宮》での新しい狩り方が、こうして始まった。




