第57話◆ 決戦の支度
《青石の迷宮》を出た頃には、グランベルの空が夕暮れに染まり始めていた。
ダンとエルナは寄り道をせず、真っ直ぐ冒険者ギルドへ向かった。朝に預けたポイズンリザードとダンジョンウルフの査定結果を受け取り、10階と11階で手に入れたドロップ品も納品しなければならない。
ギルドの扉を開けると、酒場で早めの夕食を取っていた冒険者たちが一斉に顔を向けた。
以前なら自分へ集まる視線に居心地の悪さを覚えていたが、今は隣にエルナがいる。ダンが小さく会釈すると、エルナも自然にその隣を歩き、2人で受付へ向かった。
「ただいま戻りました」
声をかけると、書類を整理していたエマが顔を上げた。
「お帰りなさい。2人とも無事だったのね」
「はい。11階まで行ってきました」
その言葉を聞いたエマは、ダンの隣にいるエルナへ目を向けた。
エルナが11階で仲間を失ったことを、エマも知っている。何かを尋ねることはせず、静かに表情を確かめていた。
「大丈夫だった?」
「はい。怖くなかったと言えば嘘になりますが、今度は自分の足で戻ってくることができました」
「そう。よかったわ」
エマはそれだけ答えると、受付の下から明細の書かれた紙と革袋を取り出した。
「朝に預かった分の査定が終わっているわ。ポイズンリザード64体分は、毒牙6本と常設討伐依頼の報酬を含めて金貨2枚と銀貨21枚、銅貨20枚。ダンジョンウルフ128体分は、群れを率いていた個体の追加分を含めて金貨7枚と銀貨36枚ね。合計で金貨9枚と銀貨57枚、銅貨20枚よ」
テーブルへ置かれた革袋から、ずっしりとした重みが伝わってくる。
「こんなに……」
エルナが驚いたように革袋を見る。
「これだけの数を狩れば、当然の金額よ。特に9階の素材は、武器や防具だけでなく、衣類や日用品にも使われるから需要が高いの」
エマは明細をダンへ渡しながら、呆れたように付け加えた。
「普通のパーティーなら、何度も往復して集める量だけどね」
「中型のマジックバッグを買ってよかったです」
「使い方が極端なのよ」
ダンは革袋を中型マジックバッグへ収めると、今度は10階と11階で集めたドロップ品を取り出した。
ゴブリンファイターの魔石や剣、盾。ゴブリンメイジの魔石や杖、魔力を含んだ布が査定台へ並べられていく。
続いて、11階で倒した魔物のドロップ品を取り出した。
8個の魔石、オークウォーリアの厚皮、大牙1組、戦斧。インプメイジの角と魔力布。さらにシャドウパンサーの影毛皮が6枚、爪が4組、影石が1個。
朝にバッグを空にしていなければ、すべてを持ち帰ることはできなかっただろう。
買取担当の職員が査定を進めている間、エマが討伐数を記録していく。
「ゴブリンファイターが32体、ゴブリンメイジが16体。11階はオークウォーリアとインプメイジが1体ずつ、シャドウパンサーが6体ね」
「はい」
「相変わらず多いけど、10階より11階の方が少ないのね」
「今回は、エルナが11階で戦えるかを確認することが目的でした。それに、次は12階へ進みたいので、無理をせずに戻ってきました」
エマの手が止まった。
「もう12階へ行くつもりなの?」
「準備を整えてから挑むつもりです。その前に、階層主について教えていただけますか?」
エマは少し考えたあと、受付の後ろにある棚から青い表紙の資料を取り出した。
「12階にいるのは、ホブゴブリンジェネラル。《青石の迷宮》の階層主で、これまでのゴブリンとは比較にならない強さよ」
開かれたページには、大型のゴブリンが長剣を構えている絵が描かれていた。通常のゴブリンよりも身体が大きく、鉄製の鎧で全身を守っている。
「階層主は1体だけですか?」
「いいえ。記録では、ゴブリンファイターが2体と、ゴブリンメイジが2体付き従っているわ。ホブゴブリンジェネラルは自分が前へ出るだけでなく、護衛へ指示を出して連携させる。先に護衛を倒すのが定石ね」
エルナが資料を覗き込みながら尋ねた。
「逃げることはできますか?」
「階層主の部屋へ入ると、戦闘が終わるまで扉は開かないわ。転移用の道具がなければ、倒すしかない」
エマの言葉に、ダンは資料へ視線を戻した。
資料に書かれている情報どおりなら、自分だけでも十分に戦えると思う。これまで上げてきた能力とスキルに加え、《超再生》もある。多少の傷を負っても、戦い続けることはできるはずだ。
しかし、エルナは違う。
眷属となったことで人間だった頃より遥かに強くなったが、《再生》はまだLv1しかない。深い傷を負えば、回復に時間がかかる。
「エルナの守りを、もう少し強くした方がよさそうですね」
「私より、ダン様のスキルを強化するべきではありませんか?」
「僕のスキルは魔物から奪えます。それに、僕には《超再生》がありますから」
ダンは隣にいるエルナへ顔を向けた。
「エルナが傷つく方が、僕は嫌です」
エルナが目を見開き、頬を赤くする。
「そのように言われてしまうと、何も反対できません」
「眷属だから命令に逆らえない、という意味ではありませんよ?」
「分かっています。私自身が、ダン様のお気持ちを嬉しいと思ったのです」
話している間に査定が終わり、買取担当の職員が明細をエマへ渡した。
10階のドロップ品と常設依頼の報酬が、金貨4枚と銀貨8枚。11階のドロップ品が金貨4枚と銀貨72枚で、常設討伐依頼の報酬が銀貨48枚。合計は金貨9枚と銀貨28枚になった。
朝に預けた分と合わせれば、今日だけで金貨18枚と銀貨85枚、銅貨20枚を稼いだことになる。これまでの残金もあるため、必要な準備を整えるには十分な余裕ができていた。
「これなら、必要なスキル書を買えます」
ダンが嬉しそうに言うと、エルナが少し困ったように笑う。
「ダン様は、ご自分の装備やスキルへ使おうとは思わないのですか?」
「必要なものは買います。でも、今はエルナの方が優先です」
「そのようなことを平然と言われると、また勘違いしてしまいそうです」
「何をですか?」
「秘密です」
昨夜のことを思い出し、ダンはそれ以上尋ねるのをやめた。
エマから12階の資料を借り、2人は冒険者ギルドを出た。向かった先は、以前もスキル書を購入した《星読みの小箱》だった。
店内へ入り、階層主へ挑むことを伝えると、店主は前衛向けのスキル書を何冊か並べてくれた。
《防御》のスキル書が2冊で金貨3枚。《受け流し》が金貨2枚。《身体強化》が金貨2枚と銀貨50枚。合計で金貨7枚と銀貨50枚になる。
安い買い物ではないが、迷う必要はなかった。
ダンが代金を支払い、4冊のスキル書をエルナへ渡す。
「すべて私が使ってもよろしいのですか?」
「そのために買いましたから」
エルナが最初のスキル書を開くと、文字が淡い光へ変わり、その身体へ吸い込まれていった。続けて残りの3冊も使用すると、新たな表示が現れる。
《防御》Lv1がLv2へ上昇しました。
《防御》Lv2がLv3へ上昇しました。
《受け流し》Lv6がLv7へ上昇しました。
《身体強化》Lv5がLv6へ上昇しました。
エルナは目を閉じ、身体へ馴染んでいく力を確かめた。
「以前よりも、剣で攻撃を受ける感覚がはっきり分かります。身体も軽くなりました」
「これなら、階層主の攻撃を受けても少し安心ですね。ただし、無理に正面から受けないでください」
「はい。ダン様も、私を庇って無茶をなさらないでください」
その後、2人は道具屋で上級治癒ポーションを2本、魔力回復ポーションを2本、念のため解毒ポーションも2本購入した。合計は金貨1枚と銀貨60枚だった。
武器屋では剣と防具を点検してもらったが、購入してから日が浅く、こまめに手入れもしていたため問題は見つからなかった。
すべての準備を終えると、2人は《銀の止まり木》へ戻った。
夕食を取りながら、借りてきた資料をテーブルへ広げる。ホブゴブリンジェネラルの攻撃方法と護衛の配置を確認し、どの敵から倒すかを話し合った。
最初にゴブリンメイジを無力化し、次にゴブリンファイターを倒す。エルナが護衛を引きつけている間に、ダンが《空歩》で後衛へ回り込むことになった。
護衛を倒したあとは、2人でホブゴブリンジェネラルと戦う。
「ダン様なら、最初から階層主を倒せるのではありませんか?」
「多分、倒せると思います」
あまりにも素直な答えに、エルナが笑った。
「ですが、今回は2人で倒したいです。僕だけで制覇しても、《月影》が制覇したことにはなりませんから」
「でしたら、私も必ずお役に立ちます」
「頼りにしています」
翌朝、2人は必要な道具をマジックバッグへ収め、《青石の迷宮》へ向かった。
初めて出会った頃は、互いに別々の道を歩いていた。それが今では、同じ階層主を倒すため、肩を並べて歩いている。
目指すのは12階。
《青石の迷宮》を制覇するための準備は、すべて整った。




