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『スキルを喰らうダンピール ~墓から蘇った少年は、眠らずダンジョンを駆け上がる~』  作者: ミタテ屋


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第56話◆ 越えるべき場所

 翌朝、ダンとエルナは《銀の止まり木》の食堂で朝食を取っていた。


 昨夜と同じ席に座り、焼きたてのパンと野菜のスープを口へ運んでいるものの、ダンはエルナの顔をまともに見られずにいた。少しでも油断すると、昨夜抱きしめた時のことや、腕の中に感じた温もりが蘇ってしまう。


 向かいに座るエルナは普段と変わらない様子だが、時折ダンを見ては、どこか嬉しそうに微笑んでいた。


「ダン様。先ほどから、どうして私と目を合わせてくださらないのですか?」


「べ、別に避けているわけではありません。ただ、今日の予定を考えていただけです」


「そうでしたか。昨夜のことを思い出しているのかと思いました」


 ダンは危うくスープを喉へ詰まらせそうになった。


「しばらく触れないでくださいと言いましたよね?」


「申し訳ありません。ダン様があまりにも可愛らしい反応をなさるので、つい」


 眷属になったばかりの頃は何をするにも緊張していたエルナが、今ではダンをからかうようになっている。その変化を嬉しく思う一方で、このままでは自分の方が振り回され続ける気がした。


 朝食を終えた2人は装備を整え、最初に冒険者ギルドへ向かった。


 中型と小型のマジックバッグには、8階で手に入れたポイズンリザードのドロップ品と、9階で集めたダンジョンウルフのドロップ品が残っている。容量にはほとんど余裕がなく、これから10階と11階で狩りをするなら、先に空にしておく必要があった。


 朝のギルドは、依頼を受ける冒険者たちで混み合っていた。ダンとエルナが入った途端、何人もの冒険者が2人へ目を向ける。


 ダンの容姿が目立つことに加え、今ではエルナとパーティーを組んでいることも知られ始めている。さらに、2人が前回どれほどの量を納品したのか、噂を聞いている者もいるようだった。


 視線を避けるようにフードを深く被り、ダンはエルナと一緒に買取窓口へ向かった。


「おはようございます、エマさん」


「おはようございます。無事に戻ってきたのね」


 受付にいたエマは笑顔を見せたが、ダンが中型マジックバッグをカウンターへ置くと、その笑顔が僅かに引きつった。


「今度は何を、どれだけ狩ったの?」


「ポイズンリザードが64体と、ダンジョンウルフが128体です。ダンジョンウルフのうち、16体は群れを率いていた個体でした」


「……また随分と狩ったわね」


 エマの視線がエルナへ向けられる。


「エルナも一緒だったのよね?」


「はい。とどめは、すべて私が刺しました」


「ダン様が戦闘不能にしてくださるので、私は最後に急所を突いただけです」


「それを192体続けた時点で、普通ではないと思うけど……」


 エマは何か言いたそうにダンを見たが、結局は諦めたように買取担当の職員を呼んだ。


 空いている査定台へ、ポイズンリザードとダンジョンウルフのドロップ品が次々と並べられていく。途中から別の職員も加わったが、それでもすぐには終わりそうになかった。


「量が多いから、査定には少し時間がかかるわ。先に迷宮へ行くなら、帰ってきた時に代金を渡せるようにしておくけど」


「それでお願いします。今日は10階と11階へ行く予定です」


 エマの表情が引き締まった。


「11階まで行くのね」


「はい」


 エルナは短く答えたが、その声には僅かな硬さがあった。


 エマも理由を察したのか、それ以上は何も言わず、10階と11階の常設討伐依頼を確認してくれた。


「無理だけはしないで。今の2人なら11階でも戦えると思うけど、魔物の組み合わせ次第では危険になるわ」


「危ないと思ったら、すぐに戻ります」


「必ずそうしてね」


 空になったマジックバッグを受け取り、2人は冒険者ギルドを後にした。


 《青石の迷宮》へ入ると、これまで通った階層を止まることなく進んでいく。必要のない戦闘は避け、《超嗅覚》と《音響探査》を使って最短の道を選んだ。


 10階へ到着すると、湿った石壁に囲まれた通路の奥から、金属が擦れる音が聞こえてきた。


 ダンは足を止め、音の数と位置を探る。


「前方に4体います。ゴブリンファイターが2体、少し離れてゴブリンメイジが2体です」


「私には、まだそこまでは分かりません」


「《音響探査》は便利ですから、いつかエルナにも覚えてもらいたいですね。ただ、今は必要なスキルが多すぎますけど」


「少しずつ覚えていきます。時間は、これからいくらでもありますから」


 エルナが剣を抜き、ダンも片手剣へ手をかけた。


 通路の角を曲がると、盾と剣を持ったゴブリンファイターが前へ出て、その後ろで杖を構えたゴブリンメイジが火球を作り始める。


 放たれた火球を横へ避け、ダンは床を蹴った。ゴブリンファイターが盾を構えた瞬間に空中を蹴って軌道を変え、その頭上を越えて後衛へ降り立つ。


 片手剣を振り、ゴブリンメイジの杖を持つ腕へ傷を負わせた。もう1体が火球を放とうとしたが、エルナの投げた短剣が杖を弾き飛ばす。


「お見事です」


「ダン様に教えていただきましたから」


 エルナが前衛を引きつけている間に、ダンは2体のゴブリンメイジの脚を傷つけ、立てない状態にした。


 腕へ小さな切り込みを入れると、流れ出した血が細い触手へ変わる。触手の先端を心臓から離れた箇所へ突き刺し、必要な量の血だけを吸い上げた。


 吸血を終えたあとは、エルナが剣で急所を貫く。


 続いてゴブリンファイターの脚を斬り、剣を握る腕も動かせないようにする。こちらもダンが吸血を終えるのを待ってから、エルナがとどめを刺した。


 以前は時間がかかっていた一連の流れも、今では言葉を交わさずに進められる。ダンがどの魔物から吸血しようとしているのか、エルナには動きを見るだけで分かるようになっていた。


 その後も《超嗅覚》と《音響探査》で魔物を探し、同じ方法で狩りを続ける。


 ゴブリンファイターの剣を受ける時は、ただ力で押し返すのではなく、何度も軌道を逸らした。


 ゴブリンメイジが現れた時はすぐに倒さず、あえて火球を撃たせ、魔力が集まり火球として形になるまでの流れを観察する。自分でも《魔力操作》で魔力の動きを確かめながら、何度も《火球》を作って感覚を掴んでいった。


 吸血によってスキルを奪うだけでなく、実際に使い方を試すことで、ダンは新しい力を自分のものにしていく。


 狩りを続ける中で、必要な強奪数へ到達したスキルには順番に変化が現れた。


【《筋力強化》を重複強奪しました】

【《筋力強化Lv6》へ上昇しました】

【強奪数がリセットされました】

【次のレベルまで:0/64】


【《受け流し》を重複強奪しました】

【《受け流しLv5》へ上昇しました】

【強奪数がリセットされました】

【次のレベルまで:0/32】


【《火球》を重複強奪しました】

【《火球Lv5》へ上昇しました】

【強奪数がリセットされました】

【次のレベルまで:0/32】


【《魔力操作》を重複強奪しました】

【《魔力操作Lv4》へ上昇しました】

【強奪数がリセットされました】

【次のレベルまで:0/16】


 そして、ゴブリンファイターを32体、ゴブリンメイジを16体倒したところで、今回10階で狙っていた数を満たした。


 《筋力強化》が上がったことで、片手剣がこれまで以上に軽く感じられる。《魔力操作》も上がり、火球へ込める魔力量を細かく調整できるようになっていた。


 一方、すべての魔物へとどめを刺したエルナも、レベル13から14へ上がっている。戦闘を重ねるたびに動きが鋭くなり、今ではゴブリンファイターの剣を正面から受けても押し負けなくなっていた。


 ドロップ品を回収すると、2人は11階へ続く階段へ向かった。


 階段が見えたところで、それまで迷いなく歩いていたエルナの足が止まる。


 ダンは何も言わず、隣へ並んだ。


 階段の先から漂ってくるのは、湿った石と魔物の匂いだけだった。しかしエルナには、今も血の匂いや仲間の叫び声が残っているのかもしれない。


「戻りますか?」


 ダンが静かに尋ねると、エルナは首を横に振った。


「怖くないと言えば、嘘になります。ですが、ここで戻れば、これからも11階へ来るたびに、カイルとリナが死んだ時のことを思い出します」


「無理に忘れなくていいと思います」


「はい。忘れるつもりはありません。2人を忘れずに、それでも前へ進めるようになりたいのです」


 エルナは剣の柄へ手を置き、11階へ続く階段を見下ろした。


「ダン様。一緒に来ていただけますか?」


「もちろんです。そのためのパーティーですから」


 差し出されたダンの手を、エルナが握る。その手は冷たくはなかったが、僅かに震えていた。


 短い間だけ手を重ねたあと、2人は並んで階段を下りた。


 11階へ入って間もなく、《超嗅覚》が複数の魔物の匂いを捉える。


 オークウォーリアが1体、インプメイジが1体、シャドウパンサーが1体。以前、エルナたちを襲った時と同じ組み合わせだった。


 さらに近づくと、シャドウパンサーが大きく息を吸い込み、仲間を呼ぶために吠えた。


 遠くから新たな足音が近づき、暗闇の中に5組の眼が浮かぶ。


 その瞬間、エルナの身体が強張った。


 呼吸が浅くなり、剣を握る指から力が抜けかける。


「エルナ。僕を見てください」


 ダンの声に、エルナがゆっくりと顔を向けた。


「今は僕がいます。僕だけではありません。以前より強くなったエルナ自身もいます。それでも無理だと思ったら、すぐに戻りましょう」


 エルナは目の前にいるダンを見つめ、何度か呼吸を繰り返した。


 やがて剣を握り直し、震えの止まった手で構える。


「戦えます。いえ、戦わせてください」


「分かりました。2人で倒しましょう」


 先に動いたのはシャドウパンサーだった。


 暗闇へ溶け込むように姿を隠し、左右から同時に襲いかかってくる。しかし、姿を隠しても匂いと音までは消せない。


 ダンの触手が2体の脚へ絡みつき、その勢いを利用して石壁へ叩きつけた。別の2体はエルナが剣で迎え撃ち、前脚を斬って地面へ転がす。


 オークウォーリアが戦斧を振り下ろすと、エルナは剣の腹で受け止めず、斜めに滑らせて軌道を逸らした。床へ突き刺さった戦斧を踏みつけ、相手の膝裏を斬る。


 その間にインプメイジが黒い魔力の塊を放ったが、ダンは横へ避けながら距離を詰め、片手剣で杖を持つ腕を傷つけた。返す刃で脚も斬り、魔法を使えない状態にする。


 残ったシャドウパンサーも、《超嗅覚》と《音響探査》を併用すれば奇襲を許すことはない。


 飛びかかる直前の足音を捉え、エルナへ位置を伝えながら、1体ずつ戦闘不能にしていった。


 すべての魔物が立てなくなったあと、ダンは順番に吸血してスキルを奪い、最後はエルナがとどめを刺した。


 以前、3人が命を懸けても倒せなかった魔物たちは、今度はダンとエルナのどちらにも大きな傷を負わせられなかった。


 最後のシャドウパンサーが光の粒子となって消えると、エルナはしばらく剣を構えたまま動かなかった。


「終わりましたよ」


 ダンが声をかけると、エルナはようやく構えを解いた。


「はい……終わりました」


 エルナは魔物が消えた場所ではなく、その先にある通路を見つめていた。


 少し進んだところに、カイルとリナを失った場所がある。


 床には血の跡も残っておらず、亡骸を横たえた痕跡もない。それでも、壁に入った大きな亀裂を見た瞬間、エルナにはその場所が分かった。


 ダンは何も言わず、エルナの隣に立った。


 エルナは目を閉じ、静かに頭を下げる。悲しみを消そうとはせず、そのすべてを抱えたまま、今度は涙を流さずに顔を上げた。


「カイル、リーナ。私はもう少し先へ行くわ」


 その声は小さかったが、迷宮の静寂の中ではっきりと響いた。


 ドロップ品を回収すると、中型と小型のマジックバッグには、まだ少しだけ余裕が残っていた。しかし、12階の階層主へ挑むには準備が足りないため、今日はここで戻ることにする。


 帰り道、エルナがダンの隣へ並んだ。


「ありがとうございました、ダン様」


「僕は一緒にいただけです。11階へ進むと決めたのも、最後まで戦ったのもエルナですよ」


「それでも、ダン様がいなければ進めませんでした」


「では、僕もエルナがいなければ、あれほど楽には戦えませんでした。これでお互い様ですね」


 ダンが微笑むと、エルナも穏やかに笑った。


 11階の奥には、12階へ続く階段がある。その先で待つのは、《青石の迷宮》を守る階層主だ。


 まずはギルドへ戻り、朝に預けた戦利品の査定結果を確認する。今回集めたドロップ品も納品し、必要な道具とスキル書を揃えてから挑めばいい。


 今度は追いつくためでも、過去を乗り越えるためでもない。


 2人で初級ダンジョンを制覇するための戦いが、すぐそこまで迫っていた。

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