↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『スキルを喰らうダンピール ~墓から蘇った少年は、眠らずダンジョンを駆け上がる~』  作者: ミタテ屋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/73

第55話◆ ダン様と呼ぶまで

 エルナが初めてダンを見たのは、冒険者ギルドの買取窓口だった。


 依頼を終えて戻ってきたエルナたちが、混み合う受付の列へ並ぼうとした時、奥の買取窓口から驚きの声が上がった。


 何事かと目を向けると、そこには見覚えのない少年が立っている。


 年齢はエルナより少し下に見えた。透き通るような白い肌に整った顔立ち。冒険者らしい荒々しさはなく、貴族の屋敷にいてもおかしくないほど綺麗な少年だった。


 それだけでも人目を引くというのに、カウンターには大量のコボルトのドロップ品が積まれている。


 魔石や牙、毛皮がマジックバッグから次々と取り出され、職員たちが慌ただしく仕分けていた。


「何、あの量……」


 エルナが思わず呟くと、隣にいたカイルも目を丸くする。


「1人で狩ったのか?」


「まさか。どこかのパーティーが、まとめて持たせたんじゃない?」


 リナはそう言ったものの、少年の近くに仲間らしき姿はなかった。


 あれだけの量を持ち帰ったのだから、相当な実力者なのかもしれない。


 しかし少年には、自分の強さを誇示する様子がなかった。それどころか、周囲から向けられる視線を気にするように何度もフードへ手を伸ばし、職員から買取金額を伝えられると丁寧に頭を下げている。


 変わった冒険者だと思った。


 同時に、もう少し近くで顔を見てみたいとも思った。


「ちょっと話してくる」


 エルナが歩き出すと、背後からカイルの笑いを含んだ声が飛んできた。


「勧誘か? それとも顔が気になったのか?」


「戦力になりそうだからよ」


 振り返らずに答えたが、自分でも少し苦しい言い訳だと思った。


 エルナはリーダーとして、常にパーティーのことを考えている。


 前衛を務める自分、斥候役のカイル、回復を担当するリナ。3人でも均衡は取れているが、もう1人前衛が加われば、さらに深い階層まで進めるはずだった。


 だから、これはパーティーのための勧誘だ。


 そう自分へ言い聞かせ、買取を終えた少年へ声をかけた。


 近くで見ると、やはり驚くほど整った顔をしていた。


 しかしエルナがパーティーへ誘うと、少年は困ったように眉を下げる。


「すみません。しばらくは1人でやってみたいと思っているんです」


 断り方まで丁寧だった。


 冒険者の中には、女から誘われたというだけで下卑た笑みを浮かべる者もいる。それどころか、エルナたちの実力を聞きもせず、女が2人いるなら入ってやると言い出した者までいた。


 目の前の少年からは、そうした嫌な視線をまったく感じない。


 断られたことを残念に思いながらも、エルナはそれ以上強く誘えなかった。


「そう。気が変わったら声をかけて。私はエルナよ」


「はい。僕はダンです」


 ダン。


 その名前を心の中で一度繰り返した。


 名前を聞けただけでも十分だと思ったはずなのに、仲間のところへ戻る足取りは、自分でも分かるほど重かった。


「見事に振られたな」


 ニヤニヤしながら待っていたカイルの脇腹へ、エルナは無言で肘を入れた。


 それからも、ダンの姿をギルドで何度か見かけた。


 彼は戻ってくるたびに大量のドロップ品を持ち帰り、信じられない速さで迷宮の奥へ進んでいく。


 少し前まで見たこともなかった新人が、あっという間に自分たちの背中へ迫ってくる。


 強い新人が現れたことを喜ぶ気持ちよりも、焦りの方が大きかった。


 エルナは冒険者として経験を積み、レベル21まで上げてきた。カイルとリナの命を預かるリーダーでもある。


 昨日今日冒険者になったばかりの少年に、簡単に追いつかれてたまるものかと思った。


 それでも、不思議とダンを嫌いにはなれなかった。


 ギルドの酒場で見かけた時も、気づけば同じテーブルへ誘っていた。


 彼が断らずに席へ座ってくれたことが嬉しくて、普段よりも多く話したことを覚えている。


 ダンは自分の強さを自慢しなかった。


 それどころか、エルナたちの冒険について興味深そうに尋ね、どのような魔物と戦ったのか、パーティーではどう連携するのかと楽しそうに話を聞いてくれた。


 自分ばかり彼を意識していることが悔しくて、別れ際には強がった言葉を口にした。


 次に会う時まで、席は取っておく。


 いつかダンが1人で戦うことに限界を感じたら、自分たちを選んでほしかった。


 しかし実際には、限界を迎えたのはエルナたちの方だった。


 ダンは1人のまま進み続け、ついには10階まで追いついてきた。


 10階の奥で彼の姿を見つけた時、エルナは嬉しさと同時に強い焦りを覚えた。


 ダンはもう、後ろから追いかけてくる新人ではない。


 少しでも足を止めれば、自分たちを置いて先へ行ってしまう存在になっていた。


 だから、これから11階へ進むところだと告げた。


 本当は、カイルもリナも10階でもう少し戦いに慣れてからの方がよいと考えていた。


 それでもエルナは、自分たちなら大丈夫だと2人を説得した。


 危なくなれば、すぐに戻ればいい。


 その時は、本気でそう考えていた。


 けれど今なら分かる。


 焦っていたのだ。


 ダンに追いつかれたことに。


 そして、このまま置いていかれることに。


 リーダーなら、そんな感情より仲間の安全を優先しなければならなかった。


 それができなかった。


 11階で最初の魔物と遭遇した時も、まだ戦えると思っていた。


 オークウォーリアの攻撃を自分が受け止め、カイルが側面へ回り、リナが後方から援護する。


 これまでと同じように3人で連携すれば、多少強い相手でも倒せるはずだった。


 しかし、インプメイジの魔法がリナを狙い、影の中からシャドウパンサーが飛び出したことで陣形が崩れた。


 さらに遠くで別のシャドウパンサーが吠え、仲間を呼び寄せる。


 増え続ける敵を前に、気づいた時には撤退する余裕さえ失われていた。


 カイルがエルナを庇って倒れ、その直後にリナの叫び声が聞こえた。


 振り返った時には、彼女も床へ倒れていた。


 自分が11階へ行こうと言わなければ、2人は死ななかった。


 その事実を理解した時には、エルナも立っていられないほどの傷を負っていた。


 血に濡れた床へ倒れ、霞んでいく視界の中で魔物が近づいてくる。


 自分もここで死ぬのだと思った。


 怖かった。


 だが、それ以上に苦しかった。


 自分の判断で仲間を死なせておきながら、それでも助かりたいと願っていることが許せなかった。


 その時、階段から駆けてくる足音が聞こえた。


 現れたのはダンだった。


 どうして来てしまったのかと思った。


 助けてほしいと願う一方で、彼まで死んでしまうことが怖かった。


 エルナたちには絶望的だった敵が、ダンにはほとんど相手にならない。


 その姿を見ながら、エルナは安堵していた。


 ダンなら大丈夫だ。


 もう誰かが自分のせいで死ぬことはない。


 戦いを終えたダンは、倒れているエルナのもとへ駆け寄った。


 すぐにポーションを使ってくれたが、傷は深すぎた。


 命が消えかけていることは、自分自身が一番よく分かっていた。


 そこでダンは、自らがダンピールであることを明かした。


 眷属になれば助けられるかもしれない。


 ただし、人間ではなくなり、契約は二度と解除できない。


 ダンの命令には逆らえず、彼の秘密を他者へ漏らすこともできなくなる。


 その説明を聞いても、エルナは迷わなかった。


 死にたくなかったからだけではない。


 もっとダンと話したかった。


 隣で戦ってみたかった。


 そして、いつか空けておくと言った席に、今度こそ座ってほしかった。


「私の意思で、ダンの眷属になります」


 あの時、確かに自分の意思で選んだ。


 再び目を覚ますと、世界の見え方が変わっていた。


 身体にはこれまで感じたことのない力が満ち、死ぬほど深かった傷も消えている。


 それ以上に大きく変わったのは、ダンへ向ける感情だった。


 彼の姿を見ただけで胸が満たされ、声を聞けば安心する。


 命令されれば、それに従うことを当然だと感じた。


 何よりも優先し、自分のすべてを捧げたい。


 そんな強烈な忠誠心が、最初から自分の中にあったもののように深く根を張っていた。


 そして、目を覚ましたエルナがダンへ声をかけようとした時だった。


「ダン様……」


 考えて選んだ呼び方ではなかった。


 それまで自分は、彼をダンと呼んでいたはずなのに。


 けれど、口から出たのは「ダン様」だった。


 一瞬だけ、自分でも不思議に思った。


 しかし、言い直そうとは思わなかった。


 むしろ「ダン」と呼び捨てにする方が、ひどく不自然なことのように感じられた。


 それからずっと、エルナにとって彼はダン様になった。


 けれど、ダン様はエルナを道具のように扱わなかった。


 カイルとリナの亡骸を一緒に背負い、葬儀にも付き添ってくれた。


 小型マジックバッグを渡し、新しい装備を選び、自分の秘密まで打ち明けてくれた。


 狩りではエルナが成長できるよう、トドメを任せてくれる。


 2人で稼いだお金もエルナのために使い、必要なスキル書を次々と買い揃えようとしてくれた。


 だからこそ、ダン様の役に立ちたいと思った。


 もっと強くなり、彼の隣に立つのに相応しい存在になりたかった。


 しかし、そう願うほど、別の不安も膨らんでいった。


 眷属となったエルナには、今の自分が帰る場所と呼べるところは、もうダン様のそばしか思い浮かばない。


 しかしダン様には、これから先も多くの出会いがある。


 新しい仲間が増えるかもしれない。


 自分より強く、役に立つ者が現れるかもしれない。


 その時、自分は必要とされなくなるのではないか。


 宿の部屋で装備を手入れしている間も、その不安を抑えられなかった。


 何度も口を開きかけた。


 けれど、聞くのが怖かった。


 もし本当に、いつか必要なくなると言われたら。


 そう考えるだけで、胸の奥が冷たくなった。


 それでも、確かめずにはいられなかった。


「私は……これからも、ダン様のおそばにいてよいのでしょうか」


 口にしてから、聞かなければよかったと思った。


 だが、ダン様は驚いただけだった。


 自分はもう十分すぎるほど役に立っていると言ってくれた。


 それでも不安を消せず、エルナは胸の内を話した。


 もっと役に立たなければならないと思っていること。


 いつか必要なくなるのではないかと怖いこと。


 そして、自分がダン様の役に立ちたいと思う気持ちさえ、どこまでが自分自身のものなのか分からないこと。


 眷属だから、そう思っているのかもしれない。


 そう告げたエルナへ、ダン様は簡単に否定しなかった。


『僕にも分かりません』


 その言葉を聞いた時、少しだけ驚いた。


 大丈夫だと言ってくれると思っていたからだ。


 全部エルナ自身の気持ちだと。


 眷属になっても何も変わっていないと。


 けれど、ダン様は分からないことを分からないままにして、そのうえで自分の気持ちだけを伝えてくれた。


『僕は、エルナが眷属だから一緒にいるわけではありません』


 その言葉が、何より嬉しかった。


 たとえ自分より強い者が仲間になっても。


 失敗しても。


 迷惑をかけても。


 必要なくなるわけではない。


 何度聞いても、何度でも答える。


 エルナを必要ないなんて言わない。


 そう言ってくれた。


 胸の奥に溜まっていた冷たいものが、少しずつ温かいものへ変わっていった。


 だから、もう1つだけ願ってみたくなった。


『抱きしめていただけますか?』


 そんなことを頼んだのは初めてだった。


 戦うためでもない。


 役に立つためでもない。


 ダン様のために何かをするのでもない。


 ただ自分が、そうしてほしかった。


 ダン様は少し戸惑いながらも立ち上がり、壊れ物へ触れるように、そっと腕を回してくれた。


 胸へ頬を寄せる。


 思っていたよりも温かかった。


 耳を澄まさなくても、すぐ近くから速い鼓動が聞こえてくる。


『ダン様の心臓、すごく速いです』


『それは……仕方ないじゃないですか』


『私を抱きしめているからですか?』


『聞かないでください……』


 あの時のダン様の困った顔を思い出すと、今でも少し笑ってしまう。


 自分と同じように、ダン様も緊張してくれていた。


 それが、どうしようもなく嬉しかった。


 眷属となったから、ダン様を慕っているのか。


 ダン様を慕っていたから、眷属になることを迷わず選べたのか。


 今のエルナには、まだ答えを出せない。


 眷属になった直後、考えるより先に「ダン様」と呼んだ。


 そこにはきっと、契約によって生まれた感情も含まれているのだろう。


 けれど、1つだけ確かなことがある。


 冒険者ギルドで初めて見かけた日。


 大量のドロップ品を前にしながら、周囲の視線を気にして困ったように立っていた綺麗な少年を、エルナは目で追わずにはいられなかった。


 声をかけたのも。


 断られて残念だったのも。


 酒場で同じ席へ誘ったのも。


 追いつかれそうになって焦ったのも。


 すべて、眷属になる前の自分だ。


 あの日の胸の高鳴りだけは、眷属契約によって与えられたものではない。


 最初に口から出た「ダン様」は、眷属となった自分にとって自然な呼び方だったのかもしれない。


 けれど今は、それだけではない。


 命を救ってくれた人。


 秘密を預けてくれた人。


 自分を道具ではなく、仲間として必要だと言ってくれた人。


 そして、何も差し出さなくても、そばにいてよいと言ってくれた人。


 そんな人だから、自分はこの人をダン様と呼びたい。


『もう少しだけ、強くしていただけますか?』


 そう願うと、ダン様の腕に力がこもった。


 エルナは目を閉じ、その胸へ身体を預ける。


 あの温もりの中では、強くなくても、役に立たなくても、ただエルナとしてそこにいてよいのだと思えた。


 今はまだ、それだけで十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。