第52話◆ 稼いだ分だけ強くなる
7階での狩りを終えて街へ戻ったダンとエルナは、冒険者ギルドの買取所で、これまでの売却記録を確認していた。
今回の狩りでは、マジックバッグに余裕がなくなるたびに地上へ戻り、集めた魔石や丈夫な弓弦、鉄製の鏃を売却している。そのため、すべての素材を一度に持ち込んだわけではない。
それでも、狩ったゴブリンアーチャー256体分を合計すると、かなりの額になった。
「魔石、丈夫な弓弦、鉄製の鏃を合わせて、ゴブリンアーチャー1体につき銀貨2枚です。256体分で銀貨512枚になります」
さらに、短弓は全部で39張りあり、1張り銀貨2枚で銀貨78枚。
常設討伐依頼は5体につき銀貨4枚なので、256体なら51回分となる。銀貨204枚が加算され、余った1体分も討伐実績として記録されていた。
「合計銀貨794枚。金貨7枚と銀貨94枚ですね」
エマから今回の売却記録を聞き、ダンは改めて金額の大きさを実感した。
前回、装備とスキル書を購入したあとの所持金は、金貨3枚と銀貨69枚、銅貨94枚。そこへ今回の金貨7枚と銀貨94枚を加えれば、合計は金貨11枚と銀貨63枚、銅貨94枚となる。
実際には、何度も迷宮と地上を往復する間に食料や宿代を支払っているため、すべてが手元に残っているわけではない。それでも、新しいスキル書を買うには十分な金額だった。
「これだけあれば、またスキル書を買えますね」
ダンが言うと、エルナが困ったように笑った。
「迷宮から戻るたびに、私のスキルが増えていきそうです」
「そのために狩っているところもありますから」
「ダン様は、ご自分のスキルも上げているではありませんか」
「僕はお金を使わなくても上げられます」
エルナにはできないことだからこそ、稼いだ金で補えばいい。ダンは最初から、そのつもりだった。
冒険者ギルドを出た2人は、その足で《星読みの小箱》へ向かった。
店へ入ると、カウンターにいた店主がダンの顔を見て眉を寄せる。
「この前も来なかったか?」
「はい。また稼いできました」
「嫌な予感しかしないな。今日は何冊だ?」
ダンは棚へ並ぶスキル書を見ながら、エルナに必要なものを選んでいった。
まずは《視力強化》。
素早く動くエルナには、身体能力に目が追いつくことが重要になる。ゴブリンアーチャーの矢だけでなく、相手の武器や魔法を見切る助けにもなるはずだ。
次に《気配察知》。
今はダンが索敵を担当しているが、別行動を取らなければならない状況もある。エルナ自身が周囲の気配を察知できれば、不意打ちを受ける危険を減らせる。
さらに、次に向かう8階のポイズンリザードを考え、《毒耐性》も選んだ。
「《視力強化》が金貨1枚、《毒耐性》が金貨1枚と銀貨20枚、《気配察知》が金貨2枚だ」
「全部ください」
「ダン様。全部買うのですか?」
「はい。必要なものですから」
「また一度に金貨4枚以上使うことになりますよ」
「まだ残ります。それに、次に狩ればまた増えますから」
「その考え方に慣れていいのか、少し不安になってきました……」
少し前までのダンは、金貨8枚の中型マジックバッグを買うため、何度も迷宮へ籠もって金を貯めていた。
今も、金の価値を軽く考えているわけではない。しかし、金を手元へ残すことよりも、それを使って生存率を上げる方が大切だと考えるようになっていた。
「これも買います」
ダンが棚の端から《生活魔法》のスキル書を取ると、店主が呆れたように言った。
「お前はこの前買っただろう」
「これはエルナの分です。銀貨20枚ですよね?」
「そうだが、戦闘用のスキルを3冊も買ったあとに必要か?」
「迷宮で水を出せて、汚れも落とせます」
「ダン様。そこまで力説しなくても、私は欲しいですよ」
前回、ダンが使う《生活魔法》の便利さを見ている。装備を清潔に保てるだけでも、長期間迷宮へ籠もる際には十分に役立つ。
4冊を合わせた代金は、金貨4枚と銀貨40枚。かなりの出費ではあるが、それでも今回稼いだ金の範囲内だった。
「本当に迷いなく使うな……」
店主の言葉に、ダンは首を傾げる。
「必要なものを買っているだけです」
「そういうところだよ」
店を出ると、エルナは4冊のスキル書を順番に開いた。書かれていた文字が光へ変わり、その身体へ吸い込まれていく。
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エルナが《視力強化Lv1》を獲得しました。
エルナが《毒耐性Lv1》を獲得しました。
エルナが《気配察知Lv1》を獲得しました。
エルナが《生活魔法Lv1》を獲得しました。
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「一度に4つも増えました」
エルナは戸惑いながら、自分のステータスを見つめている。
「使い方は分かりますか?」
「何となくですが。生活魔法は……こうでしょうか」
エルナが自分の手甲へ意識を向ける。
「《清浄》」
淡い光が手甲を包み、表面に残っていたわずかな汚れが消えた。
「できました」
「便利でしょう?」
「はい。ダン様が嬉しそうだった理由が分かりました」
「水も出せますよ」
「それは迷宮で試します。ここで鍋1杯分を出したら困りますから」
前回の失敗を覚えていたらしく、ダンは何も言い返せなかった。
携帯食を補充した2人は、その日のうちに《青石の迷宮》へ戻った。
今回の目的地は8階。
ポイズンリザードが持つ《防御強化Lv1》《反射神経強化Lv1》《毒耐性Lv1》を重ね、ダンが持つ3つのスキルをLv8まで上げる。
現在の《防御強化Lv7》《反射神経強化Lv7》《毒耐性Lv7》は、いずれも0/128となっていた。
「必要な数は128体です」
「前回の半分ですね」
「256体を狩ったあとだと、少なく感じます」
「それは感覚がおかしくなっています」
エルナに指摘されながら、ダンは8階へ下りた。
ポイズンリザードは人間の腰ほどの高さがある、大型のトカゲ型魔物だ。太い四肢と硬い鱗を持ち、口から毒液を吐く。
ダンは《超嗅覚》で魔物の位置を探り、《音響探査》でほかの冒険者がいないことを確かめた。
「先の小部屋に4体います。入口の左右に2体ずつです」
「《気配察知》でも、何かいるのは分かります。ただ、正確な数までは難しいですね」
「Lv1なら十分だと思います。使い続ければ、少しずつ感覚にも慣れます」
2人は剣を抜き、小部屋へ入った。
壁際に潜んでいたポイズンリザードが一斉に顔を上げる。喉元が大きく膨らみ、口の隙間から紫色の液体がこぼれた。
「毒が来ます!」
ダンが声をかけると同時に、4体が毒液を吐いた。
エルナには、以前よりはっきりと毒液の軌道が見えていた。《視力強化》はまだLv1だが、元から高い俊敏と器用を補うには十分だった。
身体を沈めて毒液をかわし、そのまま床を蹴る。正面のポイズンリザードへ接近すると、前脚の付け根を狙って剣を振り下ろした。
硬い鱗へ刃が当たったものの、新しい鋼剣は弾かれない。鱗の隙間へ食い込み、前脚を動かす筋肉まで切り裂いた。
振り向いた別の個体が、太い尾を叩きつけてくる。
エルナは剣の腹で受け流そうとしたが、ポイズンリザードの尾は予想以上に重かった。軌道を逸らし切れず、先端が新しい胸当てへ当たる。
鈍い音が響いた。
「エルナ!」
「大丈夫です!」
後ろへ押されたものの、鎧へ入れられた鋼板が衝撃を分散していた。胸当てには浅い傷がついただけで、エルナ本人に怪我はない。
「この鎧を買っていただいて正解でした」
エルナはすぐに体勢を戻し、尾を振り切ったポイズンリザードの後脚を切りつけた。
一方、ダンは残る2体の攻撃を剣で受け流していた。
噛みつきをかわして前脚を切り、横から迫った尾は手甲で受け止める。そのまま鋼剣を返し、後脚へ斬撃を入れた。
動けなくなった4体へ、血の触手を順番に突き刺していく。
必要な量の血を吸い、《防御強化Lv1》《反射神経強化Lv1》《毒耐性Lv1》を4体すべてから奪ったあと、エルナがトドメを刺した。
これで現在の《防御強化Lv7》は4/128。《反射神経強化Lv7》と《毒耐性Lv7》も、それぞれ4/128となった。
ポイズンリザードの身体が光となって消え、魔石や毒腺、鱗皮が残される。
「最初の4体、終了ですね」
「胸は本当に大丈夫ですか?」
「はい。少しも痛みません。防具がなければ、骨が折れていたかもしれませんが」
金を惜しまず装備を選んだ判断は、間違っていなかった。
「次からは、尾の間合いにも気をつけます」
「僕も注意します。4体いると、左右から来る攻撃を全部は止められませんでした」
「そこは2人で補いましょう」
戦闘を重ねるたび、エルナはポイズンリザードの動きを覚えていった。
喉が膨らめば毒液を吐き、頭を低くすれば噛みついてくる。前脚を踏ん張ったときは、身体を回転させて尾を振る。
《視力強化》と《危険察知》を併用することで、エルナはそれぞれの攻撃の前兆を捉えられるようになっていった。
ダンが前脚を切り、エルナが後脚を狙う。エルナが毒液を避けて懐へ入れば、ダンが反対側から尾を抑える。
戦闘不能にしたあとは、これまでと同じだ。ダンがすべての個体から吸血して3つのスキルを重複強奪し、エルナがトドメを刺す。
ドロップ品を回収したあとは、《生活魔法》で装備の汚れを落としてから、次の獲物を探した。
「生活魔法が2人とも使えると、休憩が楽ですね」
小部屋で休んでいる間、エルナが鍋へ水を出した。ダンほど大量には出なかったが、2人分の飲み水には十分だった。
ダンが小さな火をつけ、その水で簡単なスープを作る。
「迷宮の中とは思えません」
「次は調味料も増やしたいです」
「荷物が食材ばかりにならないようにしてくださいね」
食事を終えると、2人は再び狩りを始めた。
途中でマジックバッグの中身が増えれば地上へ戻り、素材を売却してから再び8階へ向かう。
前回と同じように無理はしない。《不眠》があっても身体の疲れは残り、エルナのレベルが上がって身体能力が高くなっても、それは変わらなかった。
疲れが溜まればその日の狩りを終え、身体を休めてから翌日また迷宮へ入る。
そうして数日かけて地上と8階を往復しながら狩りを続け、今回の狩りを始めてから128体目のポイズンリザードを戦闘不能にした。
ダンがその身体へ血の触手を突き刺し、必要な量の血を吸い上げる。
3つのスキルを奪った瞬間、それぞれの強奪数が必要値へ到達し、表示が現れた。
【《防御強化》を重複強奪しました】
【《防御強化Lv8》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/256】
【《反射神経強化》を重複強奪しました】
【《反射神経強化Lv8》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/256】
【《毒耐性》を重複強奪しました】
【《毒耐性Lv8》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/256】
「3つとも上がりました」
「予定どおりですね」
最後のポイズンリザードへ、エルナがトドメを刺す。
今回128体へトドメを刺したエルナも、その間に実際のレベルが11へ上がっていた。
レベルが高くなるにつれ、次のレベルまでに必要な経験も増えているらしい。ゴブリンアーチャー256体へトドメを刺してレベル10になったあとでは、ポイズンリザード128体を倒しても、上がったのは1だけだった。
「次は9階ですね」
「ダンジョンウルフですか?」
「はい。《疾走》と《統率》を上げます。それに、《超嗅覚》も少しずつ成長させられます」
中型と小型のマジックバッグには、直前に地上へ戻って素材を売却したこともあり、まだ余裕がある。
装備にも問題はなく、2人とも休憩を取ったばかりだった。
「では、このまま進みましょう」
「はい、ダン様」
稼いだ金を装備とスキルへ変え、その力でさらに深い階層へ進む。そして強くなった分だけ、今までより多く稼げるようになる。
《月影》の2人は、9階へ続く階段を目指して歩き出した。




