第51話◆ 2人で強くなる
翌朝、新しい装備を身につけたダンとエルナは、再び《青石の迷宮》へ入った。
今回の目的地は7階。
ゴブリンアーチャーが持つ《弓術》と《視力強化》を吸血で重ね、どちらもLv9まで上げることがダンの目標だった。
現在の《弓術Lv8》は0/256。《視力強化Lv8》も0/256となっているため、それぞれ256体分を重複強奪する必要がある。
一方、エルナには魔物へトドメを刺してもらい、実際のレベルを上げる。表向きは《隠蔽》でレベル21に偽装しているが、本当のレベルはまだ7だった。
上層を通過して7階へ到着すると、ダンは《音響探査》で周囲の音を拾いながら、《超嗅覚》で人と魔物の位置を調べた。
「右の通路に冒険者が4人。その先にゴブリンアーチャーが6体います」
「では、別の場所を探しますか?」
「はい。あそこでは触手を使えませんから」
別の分岐へ入り、しばらく進む。
やがて人間の匂いと足音が遠ざかり、代わりに複数のゴブリンが立てる物音が聞こえてきた。
「前方に5体います。ほかの冒険者はいません」
「弓を持ち上げる音まで聞こえるのですか?」
「はい。もうこちらに気づいています」
弦が引き絞られ、矢羽が弓へ触れる音が続く。5体のゴブリンアーチャーは通路の先で横一列に並び、すでに矢を番えていた。
「左から1体目と4体目が先に撃ちます。そのあと、残りの3体です」
「分かりました」
ダンとエルナが通路へ姿を見せた瞬間、予告どおり2本の矢が放たれた。
ダンは《音響探査》で軌道を捉えて身体を横へずらし、エルナも最小限の動きで矢をかわすと、そのまま床を蹴った。
新しい軽装鎧は、以前の予備装備とは比べものにならないほど動きやすい。肩や腰を大きく動かしても革が引っかからず、急激に加速しても留め具が軋むことはなかった。
エルナは2本の矢とすれ違うように走り、一気に距離を詰める。残る3体が慌てて弓を引いたが、すでに射るための間合いではない。
先頭のゴブリンアーチャーが弓を構え直したところへエルナの剣が走り、弓を持つ右腕を深く切りつける。さらに返す刃で太腿を捉えると、ゴブリンアーチャーは力を失って床へ崩れた。
隣の個体が至近距離から矢を放とうとしたものの、エルナは弓を左手で押し上げる。放たれた矢が天井へ突き刺さった直後、無防備になった脇腹へ蹴りを叩き込んだ。
石壁へ激突したゴブリンアーチャーへすぐさま近づき、その脚を切って立てなくする。
「2体、終わりました!」
「こちらもです!」
ダンは残る3本の矢を跳び越えながら《空歩》を使い、空中で軌道を変えて3体の背後へ着地していた。
振り向こうとした1体の腕を鋼の片手剣で切りつけ、そのまま横へ踏み込むと、残る2体の弓を持つ手も続けて傷つける。
新しい剣は以前の片手剣より刃に厚みがあり、強く振っても軌道がぶれにくい。力を抑えなければ腕を切り落としてしまいそうだが、その分だけ扱いやすさは明らかに上がっていた。
武器を落とした3体の脚を順番に切り、戦闘能力を奪うまで、ほとんど時間はかからなかった。
「新しい装備はどうですか?」
「とても動きやすいです。今の身体の速さにも、きちんとついてきてくれます」
「買ってよかったですね」
「ダン様の剣も、以前のものより似合っていますよ」
少し照れながら、ダンは短剣で左腕へ浅い傷をつけ、そこから血の触手を伸ばした。
倒れているゴブリンアーチャーの太腿へ触手を突き刺し、全身の約30%に当たる血を吸い上げる。《吸血Lv4》となった今は、それだけ吸えば《スキル強奪》を成立させられる。
《弓術Lv1》と《視力強化Lv1》を奪った感覚が流れ込んだところで触手を引き抜き、次の個体へ移った。
5体すべてから吸血を終えたことで、現在の《弓術Lv8》は5/256。《視力強化Lv8》も5/256となった。
「終わりました。お願いします」
「はい」
エルナが順番にトドメを刺すと、ゴブリンアーチャーの身体が光となって消え、魔石や丈夫な弓弦、鉄製の鏃を残した。そのうちの1体からは短弓も落ちている。
「連携も問題なさそうですね」
「はい。ただ、少し血がついてしまいました」
エルナの新しい胸当てと袖には、ゴブリンの血が付着していた。それを見たダンは、昨日獲得したばかりのスキルを思い出す。
「ちょうどいいので、《生活魔法》を試してもいいですか?」
「私で試すのですか?」
「汚れを落とすだけです。たぶん」
「最後の『たぶん』が気になります」
少し警戒しながらもエルナが両腕を広げたため、ダンは装備についた血や埃を思い浮かべながら《生活魔法》へ意識を集中させた。
「《清浄》」
淡い光がエルナの全身を包み、胸当てや袖についた血と埃が一瞬で消える。予想していたより効果の範囲が広く、近くに立っていたダンの装備まで新品のように綺麗になっていた。
「2人分、まとめて綺麗になりましたね」
「店主は、効果の範囲が小さいと言っていませんでしたか?」
「僕の魔力が高いからでしょうか」
「生活魔法まで普通ではないのですね」
エルナは呆れたように言いながらも、綺麗になった胸当てを見て満足そうにしている。
「便利でしょう?」
「認めます。銀貨20枚なら、私も欲しくなりました」
「次に戻ったとき、まだ売っていたら買いましょう」
ドロップ品を回収した2人は、周囲に冒険者がいない場所を選びながら、再びゴブリンアーチャーを探した。
遠距離から放たれる矢も、ダンの《音響探査》なら発射前から捉えられる。何体が同時に弓を構えても、弦の音や呼吸の変化から発射する順番を読み取り、エルナへ伝えられた。
エルナは教えられた順番に合わせ、矢の間を縫うように走って敵の懐へ飛び込む。ダンが左側を崩し、エルナが右側を抑える。片方が武器を持つ腕を傷つければ、もう片方が脚を切り、ゴブリンアーチャーを殺さずに戦闘不能へ追い込んでいった。
無力化したあとは、ダンが全個体から吸血して《弓術Lv1》と《視力強化Lv1》を重複強奪し、エルナがトドメを刺す。その流れを何度も繰り返した。
最初は声をかけ合っていた2人も、狩りを続けるうちに、互いの視線と動きだけで次に狙う場所が分かるようになっていく。
エルナのレベルが上がるたび、その動きはさらに速くなった。それでも今回は装備が壊れる気配はなく、魔物革を重ねた軽装鎧は急激な加速や方向転換にも耐え、細身の鋼剣も刃こぼれすることなくゴブリンの手足を切り裂いていた。
「高い装備には、きちんと理由があるんですね」
「それを、銀貨1枚の剣を使っていた方が言いますか?」
「……これからは、ちゃんと買います」
「約束ですよ」
何度か休憩を挟み、持ってきた食事を取る。水が足りなくなれば、ダンが《生活魔法》で作った。
最初はコップ1杯ほどの水を想像したはずなのに、小さな鍋が満たされるほどの量が出てしまい、隣にいたエルナが声を上げて笑う。
火をつけるのも一瞬で済み、食後は《清浄》によって食器や装備の汚れまで落とせるため、迷宮の中とは思えないほど快適に過ごせた。
「生活魔法を買って、正解でした」
「ダン様。戦闘スキルを手に入れたときより喜んでいませんか?」
「迷宮の中でも、温かい食事を簡単に作れるんですよ」
「そうですね。とても大切なことだと思います」
休憩を終えた2人は、再び狩りを始めた。
マジックバッグに余裕がなくなれば地上へ戻り、集めた素材をギルドで売却する。食料を補充し、身体を十分に休めてから再び7階へ向かう。
《不眠》があっても、身体の疲労まで消えるわけではない。
無理に狩り続けることはせず、その日だけで終わらせようとも考えなかった。疲れを感じれば地上へ戻り、翌日になればまた7階へ向かう。
そうして数日かけて迷宮と地上を往復しながら狩りを続け、2人が倒したゴブリンアーチャーは、ついに256体へ達した。
戦闘不能となった最後の1体へダンが血の触手を突き刺し、必要な量の血を吸い上げる。
《弓術Lv1》と《視力強化Lv1》を奪った瞬間、それぞれの強奪数が必要値へ到達し、表示が現れた。
【《弓術》を重複強奪しました】
【《弓術Lv9》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/512】
【《視力強化》を重複強奪しました】
【《視力強化Lv9》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/512】
「上がりました」
「目標達成ですね」
「はい。次にLv10へ上げるには、それぞれ512体分が必要になります」
「それなら、また狩ればよいだけです」
エルナは当然のことのように答えると、ダンが吸血を終えたゴブリンアーチャーへトドメを刺した。
その身体が光となって消え、魔石と丈夫な弓弦、鉄製の鏃を残す。
今回の狩りで256体すべてへトドメを刺したエルナも、レベル10まで上がっていた。
レベル1へ戻ってから、まだそれほど日数は経っていない。それでも現在の能力値は、人間だった頃とは比較にならないほど高くなっている。
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名前 エルナ
種族 吸血眷属/ヴァレン血族
レベル 10
HP 574
MP 332
筋力 212
耐久 224
俊敏 254
器用 230
魔力 199
精神 211
【種族スキル】
暗視 Lv1
不眠 Lv1
吸血 Lv1
再生 Lv1
状態異常耐性 Lv1
【通常スキル】
剣術 Lv7
受け流し Lv6
身体強化 Lv5
危険察知 Lv4
統率 Lv3
隠蔽 Lv3
防御 Lv1
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「レベル10で、俊敏が254……」
エルナは自分のステータスを見つめ、戸惑ったようにつぶやいた。
「ダン様と比べれば、まだ半分ほどです」
「僕はレベル15ですから」
「あと5上がれば、近いところまで行ける可能性がありますね」
「たぶん、かなり近づくと思います」
エルナが強くなることは嬉しい。しかし数字だけを見れば、吸血眷属がどれほど異常な存在なのかも分かる。
これからも本当のレベルや能力値を隠すため、《隠蔽》の扱いには十分注意しなければならなかった。
「次は8階へ進みますか?」
エルナが尋ねる。
中型と小型のマジックバッグには、最後の狩りで集めた魔石や丈夫な弓弦、鉄製の鏃、それに何張りかの短弓が入っている。まだ少し余裕はあるものの、今回の目標はすでに達成していた。
「一度戻りましょう。これまでに売った分もありますし、新しいスキル書を買えます」
「また私のスキルですか?」
「はい。次は《視力強化》か《毒耐性》が欲しいです」
「ダン様ご自身のためにも、お金を残してください」
「僕は次の狩りでスキルを奪えますから」
エルナは困ったように息を吐いたあと、諦めたように笑った。
「分かりました。その代わり、ダン様に必要な物があれば、今度は私が選びます」
「それなら公平ですね」
2人は集めたドロップ品を持ち、地上へ続く階段を目指して歩き始めた。
稼いだ金で装備とスキルを整え、さらに深い階層で狩り、また強くなる。
《月影》の成長は、まだ始まったばかりだった。




