第50話◆ 命を守る金
地上へ戻ったダンとエルナは、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
中型と小型のマジックバッグには、6階で集めたコボルトの魔石や牙、毛皮、それに何本かの小剣が入っている。どちらも完全に満杯ではないが、エルナの装備が限界に近づいていたため、狩りを続けるという選択肢はなかった。
朝のギルドには、依頼を探す冒険者たちが集まっていた。
ダンとエルナが並んで入ると、何人かがこちらへ顔を向ける。2人がパーティーを結成したことは、すでに登録情報を確認した者たちの間で知られているらしい。
「《月影》の2人だ」
「あれが、11階から生きて戻った……」
小さな声が聞こえたが、エルナは前を向いたまま受付へ進んだ。
エマが2人に気づき、少し驚いた表情を浮かべる。
「おはようございます。もしかして、もう迷宮へ行ってきたのですか?」
「はい。6階でコボルトを狩ってきました」
「パーティーを登録した翌朝に帰還ですか……何体くらいです?」
ダンとエルナは顔を見合わせた。
「90体です」
「……90体?」
エマの声が少し大きくなり、近くにいた冒険者たちが一斉に振り返った。
「はい。2人で戦い方を確認していたら、そのくらいになっていました」
「戦い方の確認で90体……」
エマは何か言いたそうだったが、やがて諦めたように息を吐いた。
「買取カウンターへ案内します。ここでは出し切れないでしょうから」
ギルド奥の買取所へ移動し、ダンとエルナはマジックバッグの中身を順番に出していった。
魔石が90個。
牙が180本。
毛皮も90枚。
さらに、小剣が22本。
職員たちは数を間違えないよう、種類ごとに分けて確認していく。
「素材と小剣の買取が、銀貨175枚と銅貨20枚。コボルトの討伐依頼が銀貨54枚です。合わせて、金貨2枚と銀貨29枚、銅貨20枚になります」
「お願いします」
ダンが受け取った革袋を腰へしまう。
これまでの手持ちと合わせると、金貨20枚と銀貨19枚、銅貨94枚になった。
《隠蔽》のスキル書を4冊購入したことで大きく減っていたが、これだけあれば2人分の装備を整えられるはずだ。
「このあとは武器屋ですか?」
「はい。エルナの剣と防具を買います」
「ダン様の装備もです」
エルナが即座に訂正した。
「僕は今のままでも――」
「先ほど約束しましたよね?」
「……しました」
そのやり取りを聞いていたエマが、わずかに笑う。
「よい仲間ができましたね、ダンさん」
「はい。ただ、思っていたより厳しいです」
「ダン様がご自分のことを後回しにするからです」
ギルドを出た2人は、以前ダンが短剣や片手剣を購入した武器屋へ向かった。
店の壁には剣や槍、斧が並び、奥には一般の冒険者には手が届かないような高価な武器も飾られている。
ダンはエルナの戦い方を店主へ説明した。
「速さを生かして戦うなら、重い剣は合わないな。だが今の嬢ちゃんの筋力なら、軽すぎても振り回しにくいだろう」
店主は何本かの剣をカウンターへ並べた。
エルナは順番に握り、重さと重心を確かめていく。最後に選んだのは、細身だが刃の厚い鋼の片手剣だった。
軽量化されているものの、刃が薄すぎないため、力を込めても折れにくい。
「これが一番手に馴染みます」
「金貨3枚と銀貨20枚だ。予備の鞘もつける」
「それをください」
ダンは値切ることなく答えた。
「ダン様。値段を聞いてから、少しは考えてください」
「命を守る物ですから、安い物を選ぶ理由がありません」
エルナが言葉に詰まる。
以前のダンなら、自分の武器には必要最低限の金しか使おうとしなかった。触手と超再生があるため、装備に金をかける必要を感じていなかったからだ。
しかし、エルナは違う。
《再生Lv1》を持っていても、《超再生》ではない。深い傷が瞬時に塞がるわけではなく、心臓や頭部へ致命傷を受ければ助からない可能性もある。
防げる怪我は、装備で防ぐべきだった。
「次はダン様の剣です」
エルナが店主へ向き直る。
「この方の筋力で振っても、簡単には曲がらない物をお願いします」
「おい。嬢ちゃんの方が話が早いじゃないか」
「僕は、今の片手剣でも困っていません」
「ダン様」
「……選びます」
店主が笑いながら出したのは、エルナの剣よりわずかに長く、刀身に厚みのある鋼の片手剣だった。
装飾は少ないが、握りやすく、強く振っても刃がぶれない。人前で触手を使えない状況を考えれば、ダンにも必要な武器だった。
価格は金貨3枚。
さらに2人分の予備の短剣を購入し、合計金貨6枚と銀貨80枚を支払った。
続いて防具屋へ向かう。
ダンはエルナへ、最も高価な金属鎧を勧めようとしたが、本人に断られた。
「重さには耐えられます。でも、動きが鈍くなれば私の長所が消えます」
最終的にエルナが選んだのは、魔物革を何層にも重ね、胸や脇腹などの急所だけへ薄い鋼板を入れた軽装鎧だった。
肩や腰の可動範囲が広く、急な方向転換をしても動きを妨げない。前腕を守る手甲と、滑りにくい軽量ブーツも合わせて購入する。
ダンには、黒く染めた厚手の革鎧を選んだ。
胸と背中には鋼板が入り、脛当てと手甲も備わっている。触手を出すために腕を切る必要があるため、左腕の内側だけは簡単に外せる構造へ調整してもらった。
「ダン様の方が、私より重装備になりましたね」
「前に立つことも多いですから」
「超再生があっても、怪我をしてよいわけではありません」
「分かっています」
2人分の防具とブーツで金貨8枚を支払った。
武器と合わせれば、金貨14枚と銀貨80枚。
これまでのダンなら、支払う直前に何度も考え直したはずの金額だった。
それでも惜しいとは思わない。
金は、また迷宮で稼げる。
エルナの命は、失えば取り戻せない。
新しい装備へ着替えると、2人の印象は大きく変わった。
黒を基調とした革鎧を身につけるダンと、身体へ沿う軽装鎧に細身の剣を帯びるエルナ。完全に同じ装備ではないが、並ぶと同じパーティーだと分かる統一感がある。
「これなら、11階でも安心して戦えそうです」
「装備がよくなっても、油断は駄目ですよ」
「それは私の台詞です」
防具屋を出たあと、2人は《星読みの小箱》へ向かった。
店主はダンの姿を見ると、警戒するように眉を上げた。
「今度は何冊だ?」
「今日は、エルナが使えそうなスキル書を見せてください」
「なるほど。今度はそっちの嬢ちゃんを強くするつもりか」
棚には、さまざまなスキル書が値札と共に並んでいた。
《視力強化》は金貨1枚。
《毒耐性》は金貨1枚と銀貨20枚。
《防御強化》は金貨1枚と銀貨50枚。
《気配察知》は金貨2枚。
《反射神経強化》は金貨2枚と銀貨50枚。
《魔力操作》も金貨2枚だった。
装備を揃えたことで、残っているのは金貨5枚と銀貨39枚、銅貨94枚。いくつかの候補なら、まだ1冊は買える。
「今後、稼いだお金はエルナのスキル書へ回しましょう」
「装備だけでも十分すぎます。ダン様ご自身のためにも使ってください」
「僕は魔物から奪えます。でも、エルナはスキル書か訓練でしか増やせません」
「だからといって、すべて私に使うのは――」
「まずは命を守るスキルを優先します」
ダンは《防御強化》のスキル書を1冊取った。
「今日は、これを買います」
「ダン様……」
「仲間を守るためにお金を使うのは、パーティーのリーダーとして普通のことですよね?」
そう言われると、エルナも強くは断れなかった。
「……ありがとうございます」
ダンは棚を離れようとして、端に並ぶ薄いスキル書へ目を止めた。
値札には《生活魔法・銀貨20枚》と書かれている。
「これは、ずいぶん安いですね」
「戦闘では役に立たないからな。小さな火をつける、少量の水を出す、汚れを落とす、濡れた物を乾かす。その程度の魔法だ」
「すごく便利じゃないですか」
店主が怪訝そうな顔をする。
「今、戦闘では役に立たないと言ったんだぞ?」
「迷宮で火と水が使えて、装備まで綺麗にできるんですよね?」
「できるが、威力も範囲も小さい。冒険者で欲しがる奴はほとんどいない」
「買います」
ダンは迷うことなく《生活魔法》のスキル書を取った。
エルナが隣で笑いを堪えている。
「ダン様。先ほどまで金貨単位の買い物をしていたのに、今日一番楽しそうですね」
「こういう魔法も使ってみたかったんです」
《防御強化》と《生活魔法》を合わせ、金貨1枚と銀貨70枚を支払った。
これで残った手持ちは、金貨3枚と銀貨69枚、銅貨94枚。
昨日まで金貨を何十枚も持っていたことを考えれば、ずいぶん心細い額になった。
それでも、後悔はなかった。
店の外へ出ると、2人はその場でスキル書を使用する。
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エルナが《防御強化Lv1》を獲得しました。
ダンが《生活魔法Lv1》を獲得しました。
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ダンが生活魔法を意識すると、指先に小さな炎が灯った。
「本当に出ました」
「ダン様。街中で火を出さないでください」
「あっ、すみません」
慌てて炎を消すと、エルナが声を上げて笑った。
その笑顔を見て、ダンもつられて笑う。
これから迷宮で稼いだ金は、装備の維持とエルナのスキル書へ使う。必要なら、さらに強い武器や防具も買う。
強くなるためだけではない。
2人で無事に帰ってくるために。
金を惜しまない理由が、今のダンにはあった。
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