第48話◆ 月影
カイルとリナを見送ったあと、ダンとエルナは冒険者ギルドへ戻った。
昨日までなら、ギルドへ来れば依頼掲示板へ目を向け、どの魔物を狩ればスキルを上げられるのかを考えていた。
だが、今日は違う。
受付へ向かうエルナの隣を歩きながら、ダンは何度か彼女の横顔を見た。
泣いた痕は残っている。
それでも、昨日までのように俯いてはいなかった。
「エルナ。本当に今日でいいんですか?」
「はい、ダン様」
「もう少し休んでも……」
「休んでいても、2人が戻ってくるわけではありませんから」
エルナは一度だけ目を伏せた。
「それに、これからどうするのかを決めておきたいんです」
「……分かりました」
無理をしているのかもしれない。
だが、ダンが勝手に止めることでもない。
受付には、昨日と同じエマがいた。
2人の姿を見つけると、少し心配そうな表情を浮かべる。
「エルナさん。大丈夫ですか?」
「はい。昨日はいろいろとありがとうございました」
「いえ……。今日は葬儀の手続きではありませんよね?」
「はい。別の用事です」
エルナがダンを見る。
ダンもうなずいた。
「パーティー登録をしたいんです」
「パーティー登録ですか?」
エマが2人を見比べた。
「ダンさんとエルナさんで?」
「はい」
昨日までエルナが所属していたパーティーは、カイルとリナを失った。
そのまま名前だけを残すという選択肢もあったのかもしれない。
だが、エルナはそれを選ばなかった。
カイルとリナとの3人のパーティーは、3人のものとして終わらせたい。
そう言った。
「分かりました。では、新規パーティーとして登録します」
エマが用紙を取り出す。
「代表者は?」
「ダン様です」
「僕ですか?」
思わずエルナを見る。
「当然です」
「いや、でもエルナの方が冒険者歴は長いですよね?」
「関係ありません。私はダン様についていきます」
「……そうですか」
眷属化してから、こういうところは妙に頑固だった。
エマは苦笑しながら記入を進める。
「では代表者はダンさん。現在Eランク。メンバーはエルナさんの2名ですね」
「はい」
「最後に、パーティー名をお願いします」
「名前……」
そこまで考えていなかった。
ダンは隣のエルナを見る。
「何かありますか?」
「私は、ダン様が決めた名前なら何でも」
「それが一番困るんですけど……」
ダンは小さく息を吐いた。
名前。
2人でこれから戦っていくための名前。
何かないかと考えたとき、昨日見た墓標が頭に浮かんだ。
月を模した紋章。
そして、その形を見たときに蘇った記憶。
まだ幼かった頃。
父が持っていた銀色の剣を見上げながら、聞いた言葉。
『月影はな、大切なものを守る影なんだ』
どういう意味なのか、当時の自分には分からなかった。
月の光があれば影ができる。
なら、影は光の裏側にあるものではないのか。
そう聞いた気がする。
父は笑っていた。
『目立たなくていい。誰にも気づかれなくてもいい。守りたいものを守れるなら、それで十分だ』
今になって、その言葉を思い出した。
「……月影」
「え?」
エルナがダンを見る。
「《月影》はどうでしょう」
「月影……」
「嫌ですか?」
エルナは首を横に振った。
「いい名前だと思います」
その表情が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
「カイルとリナも、月を見るのは好きでした」
「じゃあ、それにしましょう」
エマが用紙へ名前を書き込んだ。
「パーティー《月影》。代表ダン、メンバーはエルナ。2名で登録します」
こうして、2人だけの新しいパーティーが生まれた。
ギルドを出たあと、ダンたちは《銀の止まり木》へ戻った。
まだ迷宮へ行くつもりはない。
先に、話しておかなければならないことがあった。
部屋へ入ると、ダンは扉を閉めた。
「エルナ。少し話があります」
「はい、ダン様」
「昨日は時間がなくて、僕のことを全部説明できませんでした」
エルナは黙って続きを待つ。
眷属になった以上、ダンに関する秘密を他人へ漏らすことはできない。
それなら、隠し続ける必要もなかった。
むしろ、これから一緒に戦うなら知っておいてもらった方がいい。
「まず、僕の本当の名前はダンではありません」
エルナの表情が僅かに変わった。
「ダンテ・ヴァレン。それが僕の名前です」
「ダンテ……ヴァレン……」
「今は冒険者としてダンと名乗っています。《隠蔽》でも本当の名前は見えないようにしています」
「分かりました。では、人前では今までどおりダン様とお呼びします」
「様はなくてもいいんですけどね……」
エルナは何も答えなかった。
たぶん、そこだけは譲らないつもりなのだろう。
「それから、僕はこの世界で生まれた人間でもありません」
「……どういう意味ですか?」
ダンは少し迷ってから口を開いた。
「僕には、前の世界の記憶があります」
エルナが瞬きをする。
「前の……世界?」
「はい。そこには魔物も迷宮もありませんでした。少なくとも、僕が知る限りでは」
病院。
白い天井。
自分では歩くことさえできなかった身体。
ページをめくりながら読んでいた、異世界を舞台にした物語。
そして、最後に覚えている死。
「僕は一度、別の世界で死んでいます」
エルナは何も言わない。
「次に目を覚ましたとき、僕は墓の中にいました。今の身体になって、この世界で目を覚ましたんです」
「墓の中で……?」
「はい」
「では、ダン様は……」
「転生、というものだと思います」
自分でも完全に理解しているわけではない。
どうしてこの世界へ来たのか。
どうしてダンピールになったのか。
ヴァレンという家が何なのか。
今でも分からないことばかりだ。
「墓から出たとき、この身体には記憶の断片が残っていました。父親の姿も覚えています」
「お父様の?」
「銀色の剣を持っていました」
胸へ銀の剣を突き立てられた記憶。
その意味も、まだ分からない。
だが、エルナへ今すぐすべてを話す必要はない。
自分自身でも整理できていない記憶だ。
「《月影》という名前も、その父の記憶から取りました」
「そうだったんですね」
エルナはしばらく考えてから、静かにうなずいた。
「話してくださってありがとうございます」
「驚かないんですか?」
「驚いています」
「そうは見えませんけど」
「ダン様が人間ではないことは、もう知っていますから」
「それは……そうですね」
ダンは苦笑した。
「まだあります」
左腕へ目を落とす。
「僕が持っている固有スキルについてです」
短剣で腕へ浅い傷をつける。
血が流れ出した。
エルナが一瞬だけ身を乗り出す。
だが、すぐに傷口から赤いものが伸びた。
血で作られた触手。
「これが《触手》です」
「これが……」
エルナは目を見開いた。
触手を細く伸ばし、部屋の中で軽く動かしてみせる。
「僕の血から作れます。長さや太さも、ある程度は変えられます」
「11階でも使っていたんですか?」
「はい。インプメイジを倒したときに使いました」
触手を戻す。
腕の傷は《超再生》によって、すぐに塞がっていった。
「そして、もう1つあります」
「《スキル強奪》……ですね?」
エルナが言った。
ダンは少し驚いた。
「分かるんですか?」
「昨日、ダン様の秘密について話せなくなると説明されたとき、いくつか頭に浮かぶものがありました。でも、詳しいことまでは分かりません」
「なるほど……」
眷属だからといって、主人のスキルをすべて自動的に知るわけではないらしい。
「《スキル強奪》は、僕が魔物から血を吸ったとき、その魔物が持っているスキルを奪う能力です」
「スキルを……奪う?」
「はい」
エルナの表情が固まる。
当然だろう。
スキル書なら金貨単位の金がかかる。
それを魔物から直接奪える。
「だから僕は、同じ魔物を何十体も、何百体も狩っていました」
「……そういうことだったんですね」
「はい」
ようやく納得したような顔をした。
「ずっと不思議だったんです。ダン様は普通なら避けるような数の魔物を、わざわざ探して狩っていましたから」
「僕にとっては、魔物がスキル書みたいなものなんです」
「それは……狩りますね」
エルナが僅かに笑った。
ダンも少しだけ肩の力が抜ける。
「ただ、《スキル強奪》には条件があります。相手が生きているうちに血を吸わなければいけません」
「だから殺さないように戦っていたんですね」
「はい」
ダンはうなずく。
「今の《吸血》はLv4です。相手の血を全部吸わなくても、だいたい3割ほど吸えばスキルを奪えます」
「3割……」
「なので、これから一緒に戦うならお願いがあります」
「何でも命令してください」
「命令じゃなくて相談です」
「……はい」
「魔物を見つけたら、僕とエルナで腕や脚を狙って戦闘不能にします」
エルナが真剣な表情で聞いている。
「倒さずに動きを止めたところで、僕が吸血してスキルを奪います。そのあと、エルナがとどめを刺してください」
「私が?」
「はい。僕ばかりが倒していたら、エルナのレベルが上がりませんから」
眷属化したことで、エルナのレベルは1へ戻っている。
能力値は高い。
スキルも残っている。
だが、このままでは表向きのレベル21との差が大きすぎる。
実際のレベルも上げておいた方がいい。
「それに、エルナ自身も強くなってほしいです」
「ダン様をお守りするためですか?」
「自分を守るためです」
「……」
「そこ、大事ですからね」
エルナは少しだけ困った顔をしたあと、小さくうなずいた。
「分かりました」
本当に分かっているのかは怪しい。
「まずは6階へ行こうと思っています」
「6階ですか?」
「はい。コボルトです」
以前、何度も狩った魔物。
持っているのは《剣術Lv2》と《嗅覚強化Lv1》。
今のダンにとっては強敵ではない。
エルナも戦闘経験があり、眷属化してレベル1へ戻ったとはいえ、身体能力は一般的な新人よりはるかに高い。
2人での戦い方を確認するにはちょうどいい。
「いきなり11階へ戻るつもりはありません」
エルナの表情が僅かに硬くなった。
「……はい」
「まず、2人で戦うことに慣れましょう。エルナの今の身体が、以前とどれくらい違うのかも確認したいです」
「分かりました」
「それから、僕が吸血している間は無防備になることがあります。周囲の警戒もお願いします」
「お任せください」
エルナは即答した。
「ダン様には、指一本触れさせません」
「いや、僕も戦いますからね?」
「分かっています」
「本当に?」
「はい」
以前のエルナなら笑いながら言い返してきただろう。
今は真剣そのものだ。
やはり、少しずつ慣れるしかなさそうだった。
翌朝。
ダンとエルナは並んで青石の迷宮の入口に立っていた。
これまでダンは、ほとんど1人で迷宮へ潜ってきた。
誰かと一緒に歩けば、自分の能力を隠さなければならない。
《触手》も使えない。
《スキル強奪》も見せられない。
だから1人の方が楽だった。
だが、今日は違う。
隣にいるエルナには、もう隠す必要がない。
「行きましょうか」
「はい、ダン様」
2人は迷宮へ入った。
目指すのは6階。
コボルトが生息する階層だ。
ダンが魔物を殺さずに止め、血を吸う。
エルナがとどめを刺す。
《月影》としての、最初の狩りが始まろうとしていた。




