第47話◆ 残された者たち
《隠蔽》の設定を終えたダンとエルナは、そのまま冒険者ギルドへ戻った。
昨夜は血まみれの姿で入ってきたため、2人を見る冒険者たちの表情には気遣うような色が浮かんでいる。声をかけてくる者はいなかったが、近くを通った何人かが静かに頭を下げた。
エマはダンたちに気づくと、カウンターの奥から封をした革袋と査定書を取り出した。
「お待ちしていました。11階で回収されたドロップ品の査定が終わっています」
エルナの表情が硬くなる。
それらはカイルとリナが命を落とした戦いで得た物だ。いくら高値がついたとしても、喜べるはずがない。
「魔石8個、オークの厚皮、大牙、戦斧、インプの角、魔法布、シャドウパンサーの毛皮6枚と爪4組。それから希少素材の影石を含めて、合計金貨4枚と銀貨72枚です」
「そんなに……」
「影石が金貨2枚を超えました。シャドウパンサーの毛皮も状態がよく、魔石はすべて11階の魔物から得た物なので、通常より高値がついています」
エマは革袋を差し出したが、エルナは受け取らなかった。
「2人の葬儀に必要な金額を、そこから引いてください。残りはカイルとリナの家族へ送ってもらえますか?」
「エルナさんの取り分はどうしますか?」
「いりません。私は生きています。これからまた稼げますから」
エマがダンへ目を向ける。
残っていた魔物5体を倒したのはダンだ。討伐した数で分けるなら、売却額の半分以上を受け取る権利がある。
「僕の分も同じようにしてください」
「ですが、ダンさんが倒した魔物の素材も含まれています」
「僕には、2人のためにできることがそれくらいしかありませんから」
迷いはなかった。
今朝、《隠蔽》のスキル書を4冊購入し、金貨20枚を使ったばかりだ。それでも、今受け取るべき金ではないと思った。
ダンの返事を聞いたエルナが、何か言いたそうに口を開く。
「ダン様、そこまでしていただかなくても……」
「僕も、カイルとリナを一緒に連れて帰りました。少しくらい、見送るための手伝いをさせてください」
エルナはしばらくダンを見つめたあと、静かに頭を下げた。
「ありがとうございます」
「葬儀と埋葬にかかる費用は、2人合わせて金貨1枚と銀貨20枚です」
残る金貨3枚と銀貨52枚は、同額に分けてカイルとリナの家族へ送られることになった。
登録時の情報によれば、カイルの家族はグランベルから馬車で2日ほどの村に、リナの両親は別の街に住んでいるという。ギルドが死亡通知と共に届けてくれる。
「葬儀は今日の午後、西門近くの教会で行われます。ギルドからも何人か参列します」
「分かりました」
「それから、こちらを」
エマが差し出したのは、カイルとリナの冒険者登録証だった。
エルナは両手で受け取る。
もう持ち主へ返すことのできない2枚の登録証は、驚くほど軽かった。
午後、グランベルの西門を出た先にある教会で、2人の葬儀が行われた。
満月の夜にダンが目覚め、古びたコートを借りた教会でもある。
あの日は誰もいなかった礼拝堂に、今日は多くの人が集まっていた。エマやギルド職員のほか、カイルたちと顔見知りだった冒険者も参列している。
祭壇の前には、2つの棺が並んでいた。
司祭の祈りが静かに響く中、エルナは一度も棺から目を逸らさなかった。
やがて棺は教会の裏手にある墓地へ運ばれ、隣り合う2つの墓へ納められた。
土が少しずつ棺を覆っていく。
その音を聞くたび、エルナの手が強く握られた。
ダンは何も言わず、その隣に立っていた。
墓地の少し離れた場所には、ダンテ・ヴァレンと刻まれた墓がある。
自分が這い出した墓。
かつて刻まれていた、黒い茨と銀の三日月の紋章。
そして墓石の裏に残されていた、父からの言葉。
『お前を、あの方には渡さない』
自分も一度は、誰かに死を悼まれ、ここへ埋葬されたのだろうか。
墓を用意したのが父なら、どんな気持ちで息子の名を刻ませたのだろう。
考えても、まだ答えは出ない。
今は、隣にいるエルナが2人へ別れを告げる時間だった。
埋葬が終わり、参列者が順番に墓前へ花を置いていく。
最後に残ったエルナは、2枚の冒険者登録証を握りしめたまま、並んだ墓の前へ膝をついた。
「カイル。リナ。ごめんね」
返事はない。
「私だけが生き残ったことを、すぐには受け入れられないと思う。どうして私だったのかって、これからも何度も考える」
エルナはカイルの墓前へ折れた短剣を、リナの墓前へ杖についていた小さな飾りを置いた。
「2人の分まで生きるなんて言わない。カイルの人生も、リナの人生も、私のものじゃないから」
声が震える。
それでも、途中で言葉を止めなかった。
「でも、絶対に忘れない。2人が最後まで戦ったことも、私を守ろうとしてくれたことも……私たちが3人で歩いた時間も」
エルナの瞳から涙がこぼれた。
「今まで、ありがとう」
しばらくの間、エルナは2つの墓の前から動かなかった。
ダンも急かすことなく、少し離れた場所で待った。
やがてエルナが立ち上がる。
目元は赤くなっていたが、涙は拭っていた。
「お待たせしました、ダン様」
「もう大丈夫なんですか?」
「大丈夫ではありません。きっと、しばらくは」
エルナは正直に答えた。
「でも、ここで立ち止まり続けるわけにはいきませんから」
2人は並んで墓地を歩いた。
教会の入口まで戻ったところで、ダンは足を止める。
「エルナは、これからどうしたいですか?」
「ダン様にお仕えします」
予想どおりの返事だった。
「眷属だからではなく、エルナ自身の気持ちを聞きたいんです」
エルナが振り返る。
「契約があるから僕と一緒にいるのではなく、エルナがどうしたいのかを教えてください」
「私自身の……」
「僕は、エルナに命令して一緒に来てもらいたいわけではありません」
眷属契約によって、エルナはダンの命令に逆らえない。だからこそ、これからのことを一方的に決めたくなかった。
「僕はずっと1人で迷宮へ入っていました。でも、これからはエルナと一緒に歩きたいと思っています」
ダンは少し緊張しながら、エルナへ手を差し出した。
「僕と一緒に来てくれませんか?」
エルナは差し出された手を見つめた。
やがて、わずかに目を細める。
「以前、私がダン様をパーティーへ誘ったときのことを覚えていますか?」
「はい。断ってしまいましたけど」
「私のパーティーの席を取っておくと言いましたよね」
「覚えています」
「まさか、私の方がダン様の隣へ入れてもらうことになるとは思いませんでした」
エルナはダンの手を取った。
「今度は私からお願いします。ダン様の隣を歩かせてください」
「はい。よろしくお願いします」
握った手から、以前と変わらない温かさが伝わってくる。
種族が変わり、絶対に解除できない契約で結ばれていても、エルナの意思まで失われたわけではない。
少なくともダンは、そう信じたかった。
「あっ。渡しておきたい物があります」
ダンは中型マジックバッグへ手を入れ、以前まで使っていた小型マジックバッグを取り出した。
「これを使ってください」
「小型のマジックバッグ……?」
「中型を買ってから使っていなかったので。容量は麻袋10個分です」
「こんな高価な物をいただけません」
「これから一緒に迷宮へ入るなら、エルナも持っていた方が便利です。僕の中型が使えなくなった場合の備えにもなります」
エルナは小型マジックバッグとダンを交互に見た。
「それに、僕が持っていても使いませんから」
「……分かりました。大切に使います」
受け取ったバッグを腰へ結び、エルナは両手で位置を確かめた。
「次は、冒険者ギルドでパーティー登録ですね」
「そうですね。2人だけですけど、大丈夫でしょうか?」
「人数に決まりはありません。ただ、パーティー名を考える必要があります」
「名前……」
ダンは困ったように首を傾げた。
人と一緒に冒険することすら、少し前までは想像していなかった。パーティーの名前など、考えたこともない。
その様子を見たエルナが、久しぶりに少しだけ楽しそうな笑みを浮かべた。
「それなら、ギルドへ戻るまでに2人で考えましょう」
「はい」
昨日まで、ダンは1人で迷宮を歩いていた。
けれど今、その隣にはエルナがいる。
失ったものを忘れるためではない。
それを背負ったまま、2人で前へ進むために。




