第46話◆ 喜べない昇格
「11階で……仲間を2人、失いました」
エルナの声が、静まり返った冒険者ギルドに響いた。
受付に立っていたエマがカウンターを回り込み、ダンたちの元へ駆け寄る。背負われているカイルとリナを見た瞬間、その表情が強張った。
「奥へ運びます。誰か、担架を2つ! 治療師も呼んでください!」
職員たちが一斉に動き、運ばれてきた担架へダンはカイルを下ろした。エルナも最後まで自分の手でリナを横たえ、その頬にかかった髪を整える。
駆けつけた治療師が2人の胸元へ手を当て、瞳や傷を確認した。
「……2人とも亡くなっています」
結果が変わらないことは分かっていた。
それでもエルナは唇を強く噛み、白い布をかけられた2人が奥へ運ばれていくのを見送った。
「エルナさんも治療を受けてください。その血は……」
「私の血も混じっています。でも、傷はポーションで回復しました」
「念のため確認します。こちらへ」
エルナが治療室へ入ると、エマはダンへ向き直った。
「つらいとは思いますが、11階で何が起きたのか聞かせていただけますか?」
ダンは首を横に振った。
「僕が着いたのは、戦闘が始まってからです。それまでに何があったのかは、エルナにしか分かりません」
「そうですね……では、エルナさんの治療が終わってから、2人一緒にお願いします」
「はい」
ダンは待合用の椅子へ座った。
今のエルナを詳しく調べられることには不安があったが、治療師が確認するのは傷の有無や体調だけだった。本人の同意なく《鑑定》を使うことは、ギルド職員であっても許されないらしい。
しばらくして、借りた上着を羽織ったエルナが治療室から出てきた。
「傷は完全に塞がっています。身体にも異常はないそうです」
「よかった……」
「ポーションで回復したと説明しました。深い傷まで治ったことには驚かれましたが、それ以上は聞かれませんでした」
実際にダンは瀕死のエルナへポーションを飲ませている。完全に傷を治したのは《眷属化》だが、その秘密がエルナの口から漏れることはない。
2人はエマに案内され、ギルド奥の部屋へ入った。
テーブルの向かいにはエマと、記録用の紙を広げた男性職員が座っている。
「まず、11階へ入ってから何が起きたのかお願いします」
エルナがゆっくりと語り始めた。
「11階へ下りたのは、私、カイル、リナの3人です。入口付近を調べるだけで、危険だと判断したらすぐに戻る予定でした」
最初に遭遇したのは、オークウォリアー、インプメイジ、シャドウパンサーが1体ずつだった。
オークが前衛に立ち、インプが後方から魔法を放つ。シャドウパンサーは《隠密》を使い、側面からリナを狙ってきた。
「3体なら、私たちでも戦えると思いました。カイルがオークを引きつけ、私がシャドウパンサーへ傷を負わせたんです。でも、その直後に……」
エルナの手が震える。
「シャドウパンサーが甲高い声で吠えました。すると左右の通路から、さらに5体が現れました」
「5体も……」
エマが息を呑んだ。
「シャドウパンサーが仲間を呼ぶという情報は、ギルドの資料にもありません」
「私たちにも分かりませんでした。あの咆哮はスキルではなく、種族の習性だと思います」
突然6体となったシャドウパンサーに囲まれ、3人の連携は崩れた。
カイルはリナを狙った闇弾を身体で受け、リナは倒れたカイルを治療しようとして背後から襲われた。エルナも2人を助けようとして、オークの斧を脇腹に受けた。
「私の記憶は、そこで途切れかけています。ダン様が来てくれたあとのことは、本人から聞いてください」
エマの視線がダンへ移る。
「僕は10階で戦っていました。そのとき階段の下から悲鳴が聞こえ、血の匂いもしたので11階へ向かいました」
「到着したとき、残っていた魔物は?」
「オークウォリアーが1体、インプメイジが1体、シャドウパンサーが3体です。オークがエルナへ斧を振り下ろそうとしていたので、全部倒しました」
「それを、1人で倒したのですか?」
「はい。エルナを助けることしか考えていませんでした」
血の触手を使ったことは話せないが、嘘はついていない。
「そのあと、ポーションを飲ませました。傷が塞がったことを確認してから、2人の遺体と一緒に戻りました」
エマは隣の職員と顔を見合わせ、報告書へ記録した。
「すぐに警告を出します。11階へ入る冒険者には、シャドウパンサーの咆哮を聞いた場合、複数の増援を警戒するよう周知します」
同じ犠牲を出さないためにも、必要な情報だった。
一通りの説明を聞き終えたエマは、記録していたペンを止めた。
「あの、報告とは関係ないのですが……1つ聞いてもいいですか?」
「何でしょうか?」
「先ほどから、ダンさんのことを『ダン様』と呼んでいますよね? 以前は、普通にダンと呼んでいませんでしたか?」
エルナは迷うことなくうなずいた。
「はい。ダン様は、死にかけていた私の命を救ってくださいました。それだけではなく、カイルとリナを一緒にここまで運んでくださったんです」
そして背筋を伸ばし、隣に座るダンへ敬意を込めた目を向ける。
「私はダン様へ、一生の忠誠を誓いました」
――重すぎるよ。
ダンは思わず口を挟みそうになったが、どうにか堪えた。
眷属になったことを隠すには、エルナの急激な態度の変化にも理由が必要になる。ここで否定すれば、余計に不自然になるかもしれない。
「一生の……忠誠ですか」
エマはエルナとダンを交互に見た。
「あまりの変わりように、驚いてしまいました。以前は、もう少し気安く話していましたよね」
「私は一度、死にかけました。ダン様が来てくださらなければ、今ここにはいません」
「……そうですよね」
エマは何度かうなずく。
「命の恩人ですものね。呼び方が変わっても、不思議ではありません」
「はい。そのとおりです」
エルナは真剣な表情で答えた。
エマはまだ少し不思議そうだったが、それ以上は追及しなかった。
「ドロップ品も回収しています」
ダンは話題を変えるように、中型マジックバッグから11階で拾った物を取り出した。
戦闘後は確認する余裕がなく、目についた物を入れただけだった。職員たちが別のテーブルへ並べ、種類と数を記録していく。
「魔石が8個。オークの厚皮が1枚、大牙が1組、戦斧が1本。インプの角が1本と魔法布が1枚。影豹の毛皮が6枚、爪が4組……これは影石ですね」
「影石?」
「シャドウパンサーから稀に落ちる素材です。ただ、今夜は査定担当者がいないので、正確な金額は明日になります」
「すべて売却してください」
エルナが答えた。
「カイルとリナの取り分は、2人の葬儀に使います。残った分は家族へ送ってください」
「登録情報を確認し、こちらから連絡します」
報告が終わると、エマは一度部屋を出た。
戻ってきた手には、新しい冒険者登録証が握られている。
「ダンさん。今回の報告を受け、ギルド内で協議しました。あなたをFランクからEランクへ昇格させます」
「僕を……?」
「本来なら、これほど短期間で昇格することはありません。しかし、あなたは新人を狙っていた犯罪者を発見し、その後も継続して大量の魔物を討伐しています。さらに今回は10階へ単独で到達し、11階で複数の魔物を討伐してEランク冒険者を救出しました」
エマは一度言葉を区切る。
「今回持ち帰っていただいた11階の情報についても、ギルドとして非常に重要な報告です。ただ、シャドウパンサーの新たな習性を確認したのはエルナさんたちです。こちらはパーティーからの報告として正式に記録します」
「分かりました」
「そのうえでギルドは、これまでの実績も含め、ダンさんにはEランク相当の実力と功績があると判断しました」
「……ありがとうございます」
ダンは登録証を受け取った。
Eランクになれば受けられる依頼が増え、活動できる範囲も広がる。少し前までなら、胸を躍らせていたはずだった。
しかし今は、喜ぶ気持ちになれなかった。
もう少し早く11階へ下りていれば、カイルとリナも助けられたのではないか。
その考えが頭から離れない。
「ダン様」
エルナが、登録証を見つめるダンへ声をかけた。
「ダン様が来なければ、私もここにはいません。11階で起きたことを報告できる者さえ残らなかったと思います」
「でも、2人には間に合いませんでした」
「それをダン様の責任にしたら、カイルとリナに怒られます」
エルナは涙を堪えながら、まっすぐダンを見つめた。
「今は喜べなくても、受け取ってください。ダン様が私を助けてくださった証です」
「……はい」
素直に喜ぶことはできない。
それでも、このランクがエルナを守る力になるのなら、拒む理由はなかった。
報告を終えた2人は、カイルとリナをギルドの安置室へ預けた。葬儀については翌朝、担当者を交えて決めることになった。
すでに夜も深く、《星読みの小箱》は閉まっている。
ダンはエルナを1人にすることができず、《銀の止まり木》へ連れて帰った。
女将は血まみれの2人を見ても何も聞かず、湯と清潔な布、それにエルナが着られる服を用意してくれた。
2人とも《不眠》を持っているため、眠気は感じない。
ダンの部屋で夜が明けるまで、エルナはカイルとリナの話をした。
カイルは口が悪いくせに、依頼の前には必ず全員の装備を確認していたこと。
リナは自分の回復薬を後回しにして、仲間のために取っておく癖があったこと。
エルナが話し、ダンは黙って聞いた。
窓の外が明るくなると、2人は《星読みの小箱》へ向かった。
開店直後に現れた2人を見て店主は驚いたが、ダンが求める品を告げると、さらに目を見開いた。
「《隠蔽》のスキル書を4冊?」
「はい。全部ください」
「1冊金貨5枚だ。4冊なら金貨20枚になるぞ」
「用意しています」
ダンは金貨20枚をカウンターへ並べた。
大金ではあるが、迷いはなかった。
金はまた稼げる。
だが、エルナの正体を知られれば取り返しがつかない。
店主は奥の鍵付きの箱から、4冊のスキル書を取り出した。
ダンが1冊を開くと、文字が光となって身体へ吸い込まれる。
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《隠蔽》がLv3になりました。
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《隠蔽》Lv3では、3つの情報区分を同時に偽装できる。
ダンはこれまで隠していた本当の名前と種族に加え、ダンピール特有のスキル情報を非表示に設定した。
これで、表向きの情報から正体へ繋がるものをさらに減らせる。
残る3冊をエルナへ渡す。
エルナが順番に開くたび、スキル書が光となって消えていった。
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《隠蔽Lv1》を獲得しました。
《隠蔽》がLv2になりました。
《隠蔽》がLv3になりました。
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エルナも、3つの情報区分を設定する。
種族は《人間》。
レベルは、眷属化する前と同じ《21》。
そして《暗視》《不眠》《吸血》《再生》《状態異常耐性》など、吸血眷属であることへ繋がるスキル情報を非表示にする。
「設定できました」
「一度、ステータスを見せてもらってもいいですか?」
「もちろんです、ダン様」
エルナが自分のステータスを共有する。
ダンの前へ、偽装後の情報が表示された。
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名前 エルナ
種族 人間
レベル 21
剣術 Lv5
受け流し Lv4
身体強化 Lv3
危険察知 Lv3
統率 Lv3
隠蔽 Lv3
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表向きの情報から、吸血眷属であることを示すものは消えている。
「これなら、すぐに正体を知られることはないと思います」
「ありがとうございます。金貨20枚も……」
「エルナを守るために必要なお金です」
エルナはダンを見つめ、深く頭を下げた。
「この命は、ダン様に救っていただいたものです」
「違います。エルナの命は、エルナのものです」
「……はい。ダン様がそう望まれるなら」
眷属化の影響は、やはり強い。
それでも、隠すべきものは隠せた。
次にやるべきことは決まっている。
カイルとリナを、きちんと見送らなければならない。




