↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『スキルを喰らうダンピール ~墓から蘇った少年は、眠らずダンジョンを駆け上がる~』  作者: ミタテ屋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/73

第44話◆ 間に合わなかったもの

 ダンは階段を飛び下り、11階へ駆け込んだ。


 着地と同時に《超嗅覚》が濃い血の匂いを捉え、《音響探査》が通路の奥で続く戦闘音を拾う。金属のぶつかる音に混じって、獣の唸り声と何かを引きずるような音が聞こえていた。


 エルナたちの匂いは近い。


「エルナ!」


 返事はない。


 《疾走》を使って通路を駆け抜けると、床や壁に大量の血が飛び散っていた。落ちている盾には鋭い爪痕が刻まれ、その近くには魔石と黒い毛皮が転がっている。


 魔物を倒した痕跡だ。


 それでも、戦闘は終わっていない。


 曲がり角の先から何かが叩きつけられる音が響き、ダンはさらに速度を上げた。


 広い空間へ飛び込んだ瞬間、凄惨な光景が目に映った。


 壁際に倒れているカイルの胸には、大きな穴が開いていた。折れた短剣を握ったまま動かず、見開かれた目にも光はない。


 その少し先には、リナがうつ伏せに倒れている。カイルへ伸ばした右手が血に染まり、その首元には獣に噛み裂かれた跡が残っていた。


 そして、部屋の奥ではエルナが壁に背を預けていた。


 右肩は黒く焼け、左脚の防具は噛み砕かれている。脇腹の革鎧は大きく裂け、その下から流れ出した血が床へ広がっていた。


 剣を手放してはいない。


 だが、切っ先は床を擦り、身体を支えることさえできていなかった。


 そんなエルナの前で、巨大な斧を持つ豚の頭をした魔物が腕を振り上げている。その後方には翼を持つ小柄な魔物が浮かび、さらに黒い豹のような魔物が3体、エルナを囲んでいた。


 ダンは迫る魔物へ《鑑定》を使った。


──────────────


【種族:オークウォリアー】

【レベル:27】

【状態:戦闘】


──────────────


【種族:インプメイジ】

【レベル:24】

【状態:戦闘】


──────────────


【種族:シャドウパンサー】

【レベル:25】

【状態:戦闘】


──────────────


 どれも初めて見る魔物だった。


 普段のダンなら、どんなスキルを持っているのか確かめ、生かしたまま戦闘不能にする方法を考えただろう。吸血する順番を決め、それぞれからスキルを奪うことまで考えたはずだ。


 だが今は、そんなものはどうでもよかった。


 オークウォリアーが斧を振り下ろす。


 ダンは床を蹴り、エルナとの間へ割って入った。片手剣を横から叩きつけると、巨大な戦斧が軌道を変え、石床へ深々と突き刺さる。


「間に合え!」


 そのまま踏み込み、オークウォリアーの首を刎ねた。


 緑色の巨体が光の粒へ変わるより先に、背後から黒い魔力弾が迫る。


 《音響探査》が発射音を捉えていたダンは、振り向かずに身をかわし、左腕へ短剣で切り傷を作った。


 傷口から伸びた血の触手が、空中に浮かぶインプメイジの胸を貫く。


 吸血はしない。


 スキルも奪わない。


 触手を引き抜くと、インプメイジは床へ落ちる前に光となって消えた。


 残ったシャドウパンサーが、左右と正面から同時に飛びかかってくる。獲物を逃がさないための連携なのか、1体がダンの上半身、もう1体が脚、最後の1体が傷ついたエルナを狙っていた。


 ダンの目には、その動きがあまりにも遅く見えた。


 エルナを狙った個体の前へ回り込み、下から片手剣を振り上げる。刃はシャドウパンサーの胸から首までを切り裂き、その身体を宙へ跳ね上げた。


 脚を狙った個体は蹴り飛ばし、壁へ激突したところを血の触手で貫く。


 最後の1体が牙を剥いて迫る。


 ダンは半歩だけ身体をずらし、すれ違いざまに片手剣を振り抜いた。


 シャドウパンサーの首が宙を舞った。


 倒れた魔物が次々と光の粒へ変わり、あとには魔石や毛皮、武器などが残される。


 これまでなら胸が躍っていたはずの光景だった。


 けれどダンはドロップ品へ目を向けることなく、エルナの前へ膝をついた。


「エルナ、聞こえますか!」


「……ダン……?」


 かすれた声が返ってきた。


 エルナの瞳は焦点が合っておらず、呼吸をするたびに唇から血がこぼれている。脇腹の傷は深く、手で押さえていても出血が止まっていない。


 ダンはエルナの首元へ指を当てた。


 脈は弱く、次の鼓動までの間隔が長い。


「待っていてください。今、何か――」


 言いかけたダンは、周囲へ目を走らせた。


 傷薬なら持っている。


 だが、これほど深い傷には役に立たない。


 そのとき、倒れているリナの腰に小さなポーチが残っていることに気づいた。


 治癒術士なら、回復薬を持っているかもしれない。


 ダンはすぐにリナの元へ駆け寄り、腰のポーチを開いた。


 中には小瓶が数本入っている。


 回復薬だ。


「……借ります」


 返事がないことを分かっていながら呟き、1本を掴んでエルナの元へ戻った。


 蓋を開け、エルナの口元へ運ぶ。


 少量ずつ流し込むと傷口が淡く光り、血の流れがわずかに弱まった。


 それでも、傷が塞がることはない。


「リナ……を……先に……」


 エルナの目が、倒れている仲間へ向く。


 ダンは返事ができなかった。


 エルナを横たえ、最初にカイルへ駆け寄る。


 首元へ指を当てるまでもなく、《超嗅覚》はその身体から血が巡る匂いが消えていることを伝えていた。


 それでも胸元へ耳を当て、鼓動を確かめる。


 何も聞こえない。


 リナも同じだった。


 血はまだ温かい。


 けれど心臓は動いておらず、息もしていない。


 ダンの固有スキル《眷属化》は、死者には使えない。


 どれだけ身体が温かくても、命が失われたあとでは遅い。


 拳を強く握りしめてから、ダンはエルナの元へ戻った。


「2人は……?」


 嘘をつくことはできなかった。


「……間に合いませんでした」


「そう……」


 エルナの瞳から涙がこぼれ、血と埃で汚れた頬を伝った。


「私が……11階へ行くって……決めたから……」


「今は話さないでください」


「私の……せいで……」


「エルナのせいじゃありません!」


 思わず声を強めたダンは、すぐに口を閉じた。


 何が起きたのか、ダンにはまだ分からない。


 それでも、散らばっている魔石や黒い毛皮を見る限り、3人は最後まで戦ったのだ。


 エルナの指から力が抜け、剣が床へ落ちた。


 脈を確かめると、先ほどよりさらに弱くなっている。呼吸も浅く、止まっている時間の方が長い。


 迷っている猶予はなかった。


「エルナ。僕なら、助けられるかもしれません」


 閉じかけていた瞳が、わずかに動いた。


「本当……?」


「ただし、普通の治療ではありません。助かったとしても、今までと同じ人間ではいられなくなります」


 ダンは唇を噛んだ。


 《眷属化》を使えば、エルナを生かせるかもしれない。


 だが、その契約は解除できない。


 命を助ける代わりに、エルナの自由を奪うことになる。


 相手が死にかけている今、すべてを説明したとしても、本当に自由な意思による選択と呼べるのか分からなかった。


 それでも、黙って眷属にすることだけはできない。


「僕は……人間ではありません」


 エルナの目を見ながら、ダンは初めて自分の正体を口にした。


「人間とヴァンパイアの混血、ダンピールです」


 エルナの表情に驚きが浮かぶ。


 しかし、声を出すだけの力は残っていなかった。


「僕の血を分けることで、生きている人間を眷属として生まれ変わらせることができます。心臓が動いている限り、今の傷も治せるかもしれません」


「眷属……」


「種族が変わり、レベルも1に戻ります。ただ、記憶や人格まで消えるわけではありません。エルナはエルナのままです」


 そこまで説明し、ダンは一度言葉を止めた。


 都合のいい部分だけを話してはいけない。


「でも、契約は絶対に解除できません。眷属になれば、僕を主人として絶対に裏切れなくなり、僕の命令にも逆らえなくなります。僕やダンピールに関する秘密も、誰かに話せなくなります」


 エルナの呼吸が止まる。


 ダンは青ざめ、首元へ指を当てた。


 数秒後、かすかな鼓動が返ってくる。


「僕は、エルナへ無理な命令をするつもりはありません。今までどおりでいてほしいと思っています。でも、僕がそう思っていても、契約そのものは消せません」


 エルナがわずかに唇を動かした。


 声が出ていない。


 ダンは顔を近づけ、その言葉を聞き取ろうとした。


「……助かったら……ダンの……奴隷になるってこと……?」


「奴隷ではありません。でも、命令に逆らえない以上、違うとも言い切れません」


 ここで綺麗な言葉へ置き換えることはできなかった。


「だから、僕には決められません。エルナが選んでください」


 エルナは苦しそうに息を吸い、倒れているカイルとリナへ目を向けた。


 2人の姿を見つめたまま、涙を流す。


「私……死ぬの……怖い……」


「はい」


「でも……2人を置いて……自分だけ……」


「エルナまで死んでも、2人は喜ばないと思います」


「そんなの……分からないでしょう……」


「分かりません。僕は2人と、ほとんど話したこともありませんから」


 ダンはエルナの血に濡れた手を握った。


「でも、エルナには生きてほしいです。これは僕の勝手な願いです」


 握った手から、わずかに力が返ってきた。


 エルナは目を閉じたまま、何度か途切れそうになる呼吸を繰り返す。


 ダンには、残された時間の中で答えを探しているように見えた。


「ダンは……私に……何をさせたいの?」


「何もさせたくありません。これまでと同じように、自分で決めて生きてほしいです」


「命令には……逆らえないのに?」


「だから僕は、エルナの生き方を決めるような命令はしません」


 エルナの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


「ダンらしい……答えね……」


 再び長い沈黙が訪れる。


 脈が、さらに弱くなる。


「エルナ、もう時間がありません」


「分かってる……」


 エルナは残された力を振り絞り、薄く目を開いた。


 焦点の合わない瞳が、それでもまっすぐダンへ向けられる。


「私の意思で……ダンの眷属になります」


 その言葉が響いた直後、ダンの前へ半透明の文字が現れた。


──────────────


対象者から明確な同意を確認しました。


エルナを眷属化しますか?


契約成立後の解除は不可能です。


──────────────


 震えるエルナの手が、ダンの指を握っている。


 ダンは最後にもう一度、その瞳を見つめた。


「絶対に、後悔させません」


 表示された問いに意識を向ける。


 ――はい。


 ダンは短剣で自分の手首を切り、流れ出した血をエルナの唇へ落とした。


「《眷属化》」


 固有スキルを発動した瞬間、エルナの身体が深紅の光に包まれた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


物語の感想や印象に残った場面など、ひと言でもいただけると今後の執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。