第42話◆ 初めての魔法
10体目のダンジョンウルフを倒したあとも、ダンは9階で狩りを続けた。
《超嗅覚》が進化前の《嗅覚強化》Lv2を取り込むたび、成長値が0.2ずつ加算される。進化前より明らかに上がりにくいが、同じスキルを持つ魔物がどこにいるか分からない以上、ダンジョンウルフを狩り続けるのが最も確実だった。
それに、1体から奪えるのは《嗅覚強化》だけではない。
全ての個体が《疾走》Lv1を持ち、群れを率いるリーダーからは《統率》Lv1も奪える。複数のスキルを同時に育てられるなら、必要な数が多くても苦にはならなかった。
ダンは《超嗅覚》で群れの匂いを探し、《音響探査》で数と位置を確かめてから近づいた。
最初は6体の連携を確かめながら戦ったが、何度も群れを相手にするうちに、ダンジョンウルフの動き方が分かってくる。
リーダーは自ら先頭に立つとは限らない。少し離れた場所から短い鳴き声を発し、左右から回り込む個体や正面から注意を引く個体へ指示を出す。群れによって攻め方には僅かな違いがあったものの、リーダーを見つければ全体の動きも予測しやすかった。
ダンはリーダーを最初に倒さず、あえて群れの連携を受けながら戦った。
左右から飛びかかってきた2体の間を《疾走》で抜け、正面から迫る牙を剣で逸らす。背後から飛びかかる個体の足音を《音響探査》で捉えると、床を蹴って跳び上がった。
空中で《空歩》を使い、何もない場所を蹴る。
真下にいたダンジョンウルフの背後へ着地し、後ろ脚へ浅く剣を入れた。刃に塗った《神経毒》が傷口から入り、巨体が数歩進んだところで床へ崩れ落ちる。
1体ずつ動けなくし、全ての個体からスキルを奪ってから、とどめを刺す。
戦闘、吸血、回収。
同じことの繰り返しでも、相手が群れで動くため、戦い方は毎回少しずつ異なった。
【《超嗅覚》がLv3へ上昇しました】
【現在の成長値は0/8】
表示が現れたのは、狩ったダンジョンウルフが合計30体になったときだった。
Lv3になった《超嗅覚》は、離れた場所にいる魔物の匂いだけでなく、その個体が興奮しているのか、傷を負っているのかまで僅かに判別できるようになった。
さらに狩り続け、合計70体へ到達する。
【《超嗅覚》がLv4へ上昇しました】
【現在の成長値は0/16】
次のLv5に必要な成長値は16。ダンジョンウルフに換算すれば、さらに80体を狩らなければならない。
今回は《疾走》の上昇を優先することにした。
通常スキルの《疾走》は、合計127体から奪えばLv7になる。
途中で身体を休め、水と硬いパンを口にしながら狩りを続けた。《不眠》のおかげで眠気はないが、長時間動き続ければ肉体には疲れが溜まる。壁際へ腰を下ろし、目を閉じて身体を休ませる時間も必要だった。
100体を超えた頃には、《疾走》で床を蹴った瞬間の加速にも慣れ、ダンジョンウルフの包囲が完成する前に抜け出せるようになっていた。
その間にも、大小さまざまな群れを何度も狩った。
第41話で倒した2群10体を含め、ここまでに遭遇したのは合計16群。討伐したダンジョンウルフは127体で、そのうち群れを率いるリーダーは16体だった。
全127体が《嗅覚強化》Lv2と《疾走》Lv1を持ち、16体のリーダーだけが《統率》Lv1を持っている。
《嗅覚強化》Lv2は、進化後の《超嗅覚》へ1体につき成長値0.2として加算される。127体分で合計25.4。
《疾走》Lv1は127体分で、合計127。
《統率》Lv1はリーダー16体分で、合計16が加算された。
【《統率》がLv4へ上昇しました】
【現在の成長値は1/16】
今は指示を出す仲間がいないため、実際の効果を確かめることはできない。
それでもスキルへ意識を向けると、複数の相手へ指示を伝える際、誰に何を任せればいいのかを自然と整理できるような感覚があった。
そして127体目のダンジョンウルフから《疾走》Lv1を奪った瞬間、待っていた表示が現れる。
【《疾走》がLv7へ上昇しました】
【現在の成長値は0/128】
「これで十分ですね」
ダンは動けなくなった最後の1体へとどめを刺し、残された魔石と毛皮をマジックバッグへ収めた。
《超嗅覚》はLv4、成長値11.4/16。
《疾走》はLv7、成長値0/128。
《統率》はLv4、成長値1/16。
これだけ狩っても、ダン自身のレベルは14から上がらなかった。
ダンジョンウルフは自分よりレベルが高い。それでも上がらないのだから、次のレベルに必要な経験は相当に多いらしい。
普通の冒険者なら不安になるところかもしれない。
だが、僕には奪ったスキルがある。
レベルが上がらなくても、狩りを始める前より確実に強くなっていた。
少し長めに身体を休めてから、ダンは10階へ続く階段へ向かった。
階段を降りる途中から、空気に焦げた匂いが混じり始める。
10階の床や壁は、これまでよりも人工的に整えられていた。幅の広い通路には一定間隔で四角い柱が並び、壁の一部には炎が当たったような黒い跡が残されている。
《超嗅覚》へ意識を集中させると、ゴブリンに似た体臭が複数見つかった。同時に《音響探査》が、金属同士の触れ合う音を拾う。
ダンは剣を抜き、通路の奥へ進んだ。
柱の陰から現れたのは、これまでのゴブリンより一回り大きな人型の魔物だった。革と鉄板を組み合わせた防具をまとい、片手には鉄剣を握っている。
同じ姿の個体が2体。
その後ろには、細い木製の杖を持ったゴブリンが立っていた。前衛の2体より身体は小さく、革鎧も身につけていない。
ダンは手前の個体へ《鑑定》を使った。
【種族】ゴブリンファイター
【レベル】24
【状態】警戒
続けて、後方の個体も調べる。
【種族】ゴブリンメイジ
【レベル】22
【状態】警戒
「メイジ……?」
聞き慣れない種族名へ意識を向けた直後だった。
ゴブリンメイジが杖を前へ突き出す。
その先へ、赤い光が集まり始めた。
「え?」
次の瞬間、人の頭ほどもある火の塊が放たれた。
炎が通路を照らしながら、一直線に飛んでくる。
「魔法……!」
ダンは《疾走》で横へ移動した。
火球が背後の壁へ衝突し、破裂する。熱気が背中を撫で、石壁に新しい焦げ跡が広がった。
避けた先には、ゴブリンファイターが待ち構えている。
鉄剣が横薙ぎに振るわれた。
ダンは自分の剣を斜めに当て、軌道を逸らそうとしたが、ゴブリンファイターも腕の角度を変え、受け流される直前に刃を引いた。
そのまま素早く剣を返し、今度はダンの肩を狙って振り下ろしてくる。
「今までのゴブリンとは違いますね」
後ろへ跳んで避けると、もう1体が逃げ道を塞いだ。
2体は交互に攻撃を仕掛け、ダンをゴブリンメイジへ近づかせない。
前衛と後衛。
役割を分けて戦っている。
強引に突破することはできるが、それでは加減を誤って殺してしまうかもしれなかった。
ダンは腕へ小さな切り込みを入れ、剣へ血を薄く塗った。
次に振るわれた鉄剣を自分の剣で受け止め、力で押し返す。体勢を崩したゴブリンファイターの腕へ浅く傷をつけ、《神経毒》を送り込んだ。
もう1体が背後から斬りかかってくる。
足音を捉えて身体を沈め、頭上を通過した腕へ剣を滑らせる。
2体のゴブリンファイターはすぐに攻撃を続けようとしたが、数秒後には指が震え始め、鉄剣を床へ落とした。そのまま膝をつき、身体を動かせなくなる。
ゴブリンメイジが再び杖を向けた。
赤い光が集まり始める。
ダンは《疾走》で一気に加速し、その勢いのまま床を蹴って2体のゴブリンファイターを飛び越えた。
ゴブリンメイジが慌てて杖の向きを変える。
だが、ダンは空中で《空歩》を使い、何もない場所を蹴った。
身体が横へずれ、ゴブリンメイジの視界から外れる。
着地と同時に杖を持つ腕へ剣の峰を叩きつけた。杖が床へ落ちる。
続けて後ろ脚を浅く斬り、《神経毒》で動きを封じた。
3体全てが生きていることを確かめると、ダンは血の触手を伸ばした。
まず、2体のゴブリンファイターから血を吸い、スキルを奪う。
どちらも持っていたのは、《剣術》Lv3、《筋力強化》Lv2、《受け流し》Lv1。
《剣術》には2体×Lv3で、成長値6。
《筋力強化》には2体×Lv2で、成長値4。
《受け流し》には2体×Lv1で、成長値2が加算される。
【《剣術》Lv7に成長値6が加算されました】
【現在の成長値は7/128】
【《筋力強化》がLv2へ上昇しました】
【現在の成長値は2/4】
【《受け流し》Lv1を獲得しました】
【現在の成長値は1/2】
最後に、ゴブリンメイジの脚へ触手を刺した。
ゴブリンメイジが持っていたのは、《火球》Lv2と《魔力操作》Lv1。
血を吸い上げ、《スキル強奪》を使う。
【《火球》Lv1を獲得しました】
【現在の成長値は1/2】
【《魔力操作》Lv1を獲得しました】
【現在の成長値は0/2】
ダンは表示を見つめた。
「僕も、魔法が使えるんですか?」
ステータスへ追加された名前を見ても、すぐには実感できなかった。
ついさっき、自分へ向かって飛んできた炎。
あれを、自分でも使える。
そう考えた途端、早く試したいという気持ちが湧いてきた。
ダンは3体へとどめを刺した。
身体と装備が光の粒となって消え、代わりにドロップ品が残される。
ゴブリンファイター2体からは魔石2個と厚みのある硬革2枚。それに鉄剣が1本落ちている。
ゴブリンメイジからは魔石1個のほか、赤黒い布と、先ほどまで持っていたものより短い魔法杖が残された。
赤黒い布へ《鑑定》を使う。
【魔布】
【魔力を通しやすい性質を持つ布。ローブや魔道具の素材として使用される】
続けて魔法杖も調べる。
【魔法杖】
【魔法の発動を補助し、魔力を集めやすくする杖】
「10階の素材は、価値がありそうですね」
ダンは魔石3個、硬革2枚、鉄剣1本、魔布1枚、魔法杖1本をマジックバッグへ収めた。
周囲に他の冒険者がいないことを《超嗅覚》と《音響探査》で確かめる。
それから右手を前へ出し、《火球》へ意識を集中させた。
使い方は、初めから知っていたように頭へ浮かんでくる。
掌へ魔力を集める。
「《火球》」
掌の前に小さな赤い光が生まれた。
次の瞬間、炎が一気に膨れ上がる。
「えっ?」
人の頭ほどで止まると思っていた火球は、さらに大きくなった。
ダンの上半身ほどまで膨れ上がり、通路の空気が熱せられる。床に溜まっていた埃が焦げ、僅かな煙が立ち上った。
「大きすぎませんか?」
止めようとしても、どうすればいいのか分からない。
《火球》を使う方法そのものはスキルから分かる。だが、どれだけ魔力を流し込めばいいのかまでは、まだ感覚を掴めていなかった。
掌へ集まってくる魔力を意識した瞬間、自分が想像していた以上の量を火球へ流し込んでいることに気づく。
慌てて《魔力操作》へ意識を向けた。
流れ込む魔力を抑えるように意識すると、膨らみ続けていた炎がようやく安定した。
「これで……いいんでしょうか」
小さくする方法は分からない。
消す方法も分からない。
ダンは誰もいない通路の奥へ掌を向け、火球を放った。
巨大な炎が石床すれすれを飛び、数十歩先の壁へ衝突する。
轟音と共に炎が弾け、熱風が通路を駆け抜けた。
ダンは思わず腕で顔を覆った。
炎が消えたあと、壁には先ほどゴブリンメイジが残したものより、はるかに大きな焦げ跡ができている。
その直後、身体の内側から何かが抜けたような感覚が残っていることに気づいた。
「今のは……」
ステータスを確認する。
MPが減っていた。
どれだけ使ったのかは、発動前の数値を確認していなかったため分からない。
だが、《火球》を使うことでMPを消費するのは間違いなさそうだった。
ダンは伸ばしたままの右手と、黒く焼けた壁を交互に見る。
「これが、魔法……」
驚きのあとから、抑えきれない笑みが浮かんだ。
病室で読んでいた異世界の物語では、魔法を使える主人公が何度も登場した。
炎を放つ者。
雷を操る者。
空を飛ぶ者。
自分もそんな力を使ってみたいと、何度想像したか分からない。
けれど、あの頃はベッドの上でページをめくることしかできなかった。
それが今は、自分の掌から本当に炎が飛んだ。
「すごいです。本当に魔法が使えました」
もう1度試したい。
今度は《魔力操作》で最初から流す量を抑えれば、もっと小さな火球も作れるかもしれない。
どれくらいMPを使うのか。
大きさを変えれば消費量も変わるのか。
速度や飛ばす方向まで調整できるのか。
確かめたいことが一気に増えた。
ダンは《超嗅覚》へ意識を向ける。
通路の奥から、新しいゴブリンたちの匂いが漂ってきた。
そのさらに先には、覚えのある3人分の匂いも残っている。
エルナ。
カイル。
リナ。
3人の匂いは、10階のさらに奥へ続いていた。
「この先へ進んだみたいですね」
ダンは焦げた壁から視線を外し、匂いの残る通路へ歩き始めた。
初めて手に入れた魔法を試しながら、エルナたちの匂いが残る迷宮の奥へ向かって。
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