第4話◆ ダンピール
「聞きたいことが、たくさんあります」
僕がそう言うと、エマさんは少し驚いたあと、受付台の端に置かれていた札を裏返した。
札には休止中と書かれている。
「登録手続きは終わりましたので、隣の相談窓口へ移りましょう。ここに座ったままですと、次の方の受付ができませんから」
「あっ、すみません」
「謝らなくて大丈夫ですよ。登録したばかりの方へ説明するのも、私たちの仕事です」
エマさんに案内され、受付台の端にある小さな机へ移動した。
向かい合って座ると、エマさんが冒険者向けの説明書を取り出す。能力値やスキルについて、簡単に書かれたものらしい。
「まず、ご自分のステータスを詳しく確認してみましょうか」
「分かりました」
頭の中で、もう一度ステータスを開くと念じる。
【名前:※※※】
【登録名:ダン】
【種族:ダンピール/混血種】
【年齢:16】
【レベル:1】
先ほどと同じ基本情報に、登録名が加わっていた。
名前の欄は相変わらず黒く潰れている。けれど、その下に表示されたダンという文字を見て、少しだけ安心した。
「基本情報の下に、詳細表示があるはずです」
エマさんに言われ、意識を向ける。
表示が切り替わり、新しい項目が浮かび上がった。
【HP:180/180】
【MP:240/240】
【筋力:35】
【耐久:42】
【俊敏:48】
【器用:44】
【魔力:45】
【精神:38】
【種族スキル】
《夜目Lv1》
《不眠Lv1》
《吸血Lv1》
《状態異常耐性Lv1》
【固有スキル】
《触手》
《スキル強奪》
《超再生》
いくつもの数字と、見慣れないスキルが並んでいる。
これが高いのか低いのかは、まだ分からない。ただ、一晩中眠れなかった理由だけはすぐに理解できた。
《不眠》。
眠れなかったのではなく、この身体には睡眠そのものが必要ないらしい。
その下にある《吸血》へ目を移し、墓から出たあとに考えたことを思い出す。
僕はゾンビではなかった。
けれど、ダンピールという名前には聞き覚えがある。異世界漫画や小説に登場する、人間とヴァンパイアの混血だ。
青白い肌。眠る必要のない身体。そして《吸血》。
僕が知っているダンピールの特徴と、目の前に表示された情報は一致していた。
「表示できましたか?」
「はい」
「HPとMPのほかに、6つの能力値があると思います」
エマさんには、僕のステータスが見えていないらしい。
僕は表示を見たまま、慎重に尋ねた。
「このステータスは、僕にしか見えないんですか?」
「通常は本人にしか見えません。他人へ見せたい場合は、自分で表示を共有する必要があります」
「見せなくてもいいんですか?」
「もちろんです。能力値やスキルは、冒険者にとって大切な情報です。パーティーを組む相手ならともかく、出会ったばかりの人にすべてを教える必要はありません」
その答えを聞き、胸を撫で下ろした。
種族だけでも、今は知られたくない。
《触手》や《吸血》を持っていると知られれば、魔物だと思われてもおかしくない。《スキル強奪》に至っては、名前だけでも危険な能力だと分かる。
「エマさんにも、僕の数値やスキルは見えていないんですよね?」
「はい。私に見えているのは、目の前に座っているダンさんだけですよ」
「よかった……」
「何か、見られたくないものがありましたか?」
「その……自分でもよく分からないスキルがあったので」
嘘ではない。
エマさんはそれ以上追及せず、説明書の能力値が書かれた部分を指した。
「筋力は腕力や攻撃力、耐久は体力や防御力に関係します。俊敏は移動速度や反応速度、器用は武器の扱いや細かな作業に影響します。魔力は魔法の威力とMP、精神は魔法や精神攻撃への抵抗力に関係します」
「普通の人は、どれくらいなんですか?」
「レベル1の成人なら、8から10前後が一般的ですね。種族や個人によって、得意な能力には差がありますけど」
僕は、もう一度自分の数値を確認した。
一番低い筋力でも35。最も高い俊敏は48ある。
普通の人間と比べれば、明らかに高い。
墓石を押しのけられたことも、何時間歩いても疲れなかったことも、この数値なら説明できる。
「どうかしましたか?」
「いえ。思っていたより……少し高かったので」
「得意な能力が高く表示されることは珍しくありませんよ」
少しどころではない。
けれど、具体的な数値は言わない方がよさそうだった。
「レベルが上がると、この数字も上がるんですか?」
「はい。人間の場合は、レベルが一つ上がるごとに、現在のHP、MP、能力値が5%から10%ほど上昇します」
「人によって違うんですか?」
「生まれ持った素質によって変わります。5%前後が一般的で、6%から8%あれば優秀。10%なら、英雄になれるほどの素質があると言われています」
「人間以外も同じですか?」
「いいえ。種族によって初期能力も成長率も異なります。ただ、詳しい成長率まで公表している種族は多くありません」
僕の種族はダンピールだ。
人間より初期能力が高いことは、今の数字を見れば分かる。レベルアップしたときの上昇率も、人間とは違う可能性がある。
それでも、どれだけ違うのかは実際にレベルが上がるまで分からない。
「レベルは、どうすれば上がりますか?」
「魔物を倒し、その魔力を吸収することで上がります。自分より強い魔物ほど多くの魔力を得られますが、無理に格上を狙うのは危険ですよ」
「パーティーで倒した場合は?」
「戦闘への貢献に応じて分配されます。何もせず後ろにいただけでは、ほとんど得られません」
聞きたいことが一つ分かるたび、新しい疑問が浮かんでくる。
次にスキルへ意識を向けると、それぞれの名前が僅かに光った。
「種族スキルと固有スキルは、何が違うんですか?」
「種族スキルは、その種族が生まれながらに持つ可能性がある能力です。同じ種族でも、全員が同じものを持つとは限りません。固有スキルは、個人だけが持つ特殊な能力ですね」
「固有スキルには、レベルがないんですか?」
「レベルが表示されないものが多いと言われています。固有スキルを持つ方自体が少なく、能力を公表したがらない方も多いので、詳しいことは分かっていません」
「珍しいんですね」
「ええ。もしお持ちなら、信頼できない相手には話さない方がいいですよ」
3つあります、とは言えなかった。
僕は、まず《触手》へ意識を集中させた。
【《触手》】
自身の血液を変化させ、黒紅色の触手として操る。発現数、射程、強度、操作精度は、使用する血液量と使用者の能力値に影響される。
「血から作るんだ……」
「何か分かりましたか?」
「いえ、少し変わったスキルみたいです」
自分の腕を見る。
説明どおりなら、身体の外へ血を出さなければ使えないのだろう。今は刃物を持っていないし、ギルドの中で自分の腕を傷つけて試すわけにもいかない。
実際にどう使うのかは、試してみなければ分からなそうだった。
次に《スキル強奪》を確認する。
【《スキル強奪》】
《吸血》によって必要量の血液を取り込んだ場合、対象が所持するスキルを複数獲得する。獲得したスキルは対象から完全に失われる。同一スキルを重複して強奪した場合、累計強奪数が2の累乗へ達するごとにスキルレベルが上昇する。
思わず、何度か読み返した。
スキルを奪える。
しかも、1つだけではない。
条件さえ満たせば、その相手が持つスキルを複数獲得できる。
そして――奪われた側からは消える。
「……強奪って、そういう意味なんだ」
名前だけでも危険な能力だと思っていた。
実際は、想像していた以上だった。
人に使えば、その人が身につけてきたものを奪うことになる。
軽い気持ちで使っていい能力ではない。
同一スキルについては、1度目の強奪でLv1。2度目でLv2、4度目でLv3。その後も8、16、32と、必要な数が倍に増えていくらしい。
続いて、種族スキルの《吸血Lv1》へ意識を向けた。
【《吸血Lv1》】
生物の血液を取り込み、自身の血液と魔力を補充する。現在のレベルでは吸収効率が低く、《スキル強奪》を発動させるには対象から大量の血液を吸収する必要がある。
大量というのが、どれほどなのかは書かれていない。
今のところ分かるのは、《吸血》のレベルが低いため、《スキル強奪》を簡単には使えないらしいということだけだ。
最後に《超再生》を確認する。
【《超再生》】
体内に蓄えられた血液と魔力を消費し、肉体の損傷を自動的に修復する。
どれも血と深く関係している。
《触手》を作るために血を使い、《超再生》でも血を消費する。失った血は《吸血》で補い、その吸血によって《スキル強奪》が発動する。
強力な能力だと思う。
だからこそ、他人には知られたくなかった。
「ステータスは本人にしか見えないとのことでしたが、絶対に見られないんですか?」
「絶対ではありません。《鑑定》というスキルを持つ方なら、他人や魔物の情報を確認できます」
嫌な予感が当たった。
「固有スキルもですか?」
「《鑑定》のレベルが高ければ、見える可能性があります。ただし、人へ無断で使用するのは重大なマナー違反です。相手によっては、攻撃されたと判断されても文句は言えません」
「でも、こっそり使う人もいますよね?」
「残念ながら、いないとは言えません」
「見られないようにする方法はありますか?」
「《隠蔽》があれば、種族、能力値、スキルなどを隠せます。《鑑定》と《隠蔽》がぶつかった場合、基本的にはレベルの高い方が優先されます。同じレベルなら《隠蔽》が優先されますね」
欲しい。
《鑑定》も便利そうだが、まず必要なのは《隠蔽》だ。この種族と三つの固有スキルを、誰かに見られるわけにはいかない。
「《隠蔽》は、どうすれば覚えられますか?」
「自然に習得する方もいますが、確実なのはスキル書を使うことです。ただ、人気が高いうえに入荷も少ないので、かなり高価ですよ」
「同じスキル書を何冊も使えますか?」
「使えます。同じスキル書をもう1冊使えば、スキルレベルが一つ上昇します」
「1冊につき、1レベルですか?」
「はい。《隠蔽Lv1》を覚えたあとに2冊目を使えばLv2、3冊目ならLv3です。ただし、レベルが高くなるほどスキル書だけで上げる方は少なくなります。10冊も集めれば、それだけで大変な金額になりますから」
高くても、買おう。
一冊だけでは、高レベルの《鑑定》を防げない。見つけるたびに購入し、できるだけ早くレベルを上げた方がいい。
そのためには、まずお金を稼がなければならない。
「すぐに受けられる仕事はありますか?」
「ありますよ。ただ、ダンさんは武器も防具もお持ちではありませんよね?」
「はい。何も持っていません」
「でしたら、最初は街の近くで行える採取依頼をおすすめします」
エマさんは席を立ち、壁の掲示板から一枚の依頼書を外した。
【薬草採取】
【必要数:10本】
【報酬:銅貨30枚】
【推奨ランク:G】
「先ほど読んでいた依頼ですね」
「覚えていたんですか?」
「はい。初めて読んだ依頼書だったので」
依頼の薬草は、細長い葉の根元に白い線が入っているらしい。エマさんは保管されていた見本を見せながら、生えている場所と採り方を教えてくれた。
「西門の外にある森の浅い場所で見つかります。ただし、ゴブリンが現れることもありますので、森の奥へは入らないでください」
「ゴブリン……」
異世界漫画では、初心者が最初に戦う魔物として何度も登場していた。
「危険な魔物ですか?」
「一体なら新人冒険者でも倒せます。ただし、群れで現れることもあります。今のダンさんは武器を持っていませんから、見つけたら戦わずに逃げてください」
「分かりました」
僕は依頼を受け、薬草を入れるための古い麻袋を借りた。
登録証をコートの内側へしまい、席を立つ。
「エマさん、ありがとうございました」
「気をつけて行ってきてください。日が暮れる前には戻ってきてくださいね」
「はい。戻ったら、また色々聞いてもいいですか?」
「もちろんです」
その返事が嬉しくて、自然と笑みが浮かんだ。
僕は麻袋を手に、初めての仕事へ向かった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
物語の感想や印象に残った場面など、ひと言でもいただけると今後の執筆の励みになります。




