第35話◆ 7階の仕上げ
中型マジックバッグを肩へ掛けたダンは、弾むような足取りで青石の迷宮へ入った。
小型はこれまでどおり腰へ下げている。中型の容量は麻袋30個分、小型は麻袋10個分。合わせれば、以前の4倍ものドロップ品を持ち帰ることができる。
もっとも、別のマジックバッグを中へ収納することはできないため、2つとも身につけて歩かなければならない。それでも、中身の重さが10%になることを考えれば、大きな負担ではなかった。
「どれくらい狩ったら、いっぱいになるんだろう」
そんなことを考えるだけで楽しくなる。
本当なら、このまま初めての8階へ向かいたい。
だが、その前に1つだけやっておきたいことがあった。
現在の《弓術Lv7》と《視力強化Lv7》は、どちらも32/128。あと96体のゴブリンアーチャーから奪えば、2つともLv8へ上げられる。
新しい階層へ進む前に、7階でこの2つを仕上げておく。
そう決めていた。
1階から6階までを迷わず通過し、7階へ下りる。
昼間のため、階段付近には何組かの冒険者がいた。
盾を構えた仲間の後ろから剣士が接近するパーティー。壁際に身を寄せ、飛んでくる矢を防ぎながら機会を窺う3人組。離れた場所では、弓を持った冒険者同士がゴブリンアーチャーと矢を撃ち合っている。
ダンは人の多い通路を避け、7階の奥へ向かった。
ゴブリンアーチャーを倒すことだけが目的なら、ほかの冒険者がいても構わない。しかし、スキルを奪うには生きているうちに吸血しなければならない。
血の触手と《スキル強奪》は見せられなかった。
幸い、《音響察知Lv8》を使えば、壁の向こうや曲がり角の先にいる冒険者の位置まで分かる。《嗅覚強化Lv7》も合わせれば、離れた場所にいる人間の匂いも判別できた。
人のいる方向を避けながら進み、入口からかなり離れた通路へ入る。
遠くに4つの足音が聞こえる一方、人間の声や装備の擦れる音はなかった。
「ここなら大丈夫そうだ」
ダンは片手剣を抜き、足音のする方向へ進んだ。
曲がり角の先には、予想どおり4体のゴブリンアーチャーがいた。こちらを見つけると、すぐに矢を番え始める。
ダンは弦が引かれる音を聞き分けながら床を蹴った。
最初の矢を右へ避け、続く2本の間を跳び越える。最後の1本が着地する場所を狙って放たれたが、《視力強化Lv7》と今の俊敏なら十分に対応できた。
着地と同時に再び床を蹴り、ゴブリンアーチャーの目前へ踏み込む。
片手剣で短弓を打ち上げ、次の1体が抜こうとした錆びた短剣を弾く。剣の腹で手首を打ち、足を払って転倒させた。
残る2体も、武器を構える前に打ち倒す。
以前のように、脚へ深い傷を負わせる必要はない。
ダンは左腕へ浅く刃を入れ、傷口から4本の血の触手を伸ばした。倒れたゴブリンアーチャーの肩へ触手を突き刺し、《麻痺毒Lv7》を少量ずつ流し込む。
4体の手足から力が抜け、床へ横たわったまま動かなくなった。意識は残っており、呼吸も止まっていない。
「それでは、いただきます」
ダンは4体から順番に吸血を始めた。
《吸血Lv4》へ上がったことで、必要な血液量は約30%まで減っている。以前より短い時間で、《弓術Lv1》と《視力強化Lv1》へ触れることができた。
4体すべてからスキルを奪ったことで、《弓術Lv7》と《視力強化Lv7》はどちらも36/128となった。
ダンは4体へ片手剣でとどめを刺す。
身体が光の粒へ変わり、魔石、丈夫な弓弦、鉄製の鏃を残して消えた。そのうち1体からは、使い込まれた短弓もドロップしている。
ダンは魔石と弓弦、鏃を中型マジックバッグへ入れ、短弓だけを小型へ収納した。
内部を意識してみると、中型へ入れた4体分のドロップ品は、広い空間の一角をわずかに使っただけだった。
小型を使っていたときなら、残りの容量を考えながら狩る数を調整していたが、今はまったく心配する必要がない。
「すごい。本当に広い……」
ダンは満足しながら、次の獲物を探した。
狩り方はすでに完成している。
《音響察知》で弓を引く音を聞き、《視力強化》で鏃の向きを確認する。《跳躍》で距離を詰め、《剣術》で武器を弾き、血の触手から《麻痺毒》を流す。
動けなくなったところで吸血し、《弓術Lv1》と《視力強化Lv1》を奪う。
これまでよりも戦闘と吸血にかかる時間が短くなり、ドロップ品を収納する手間もほとんどない。
人間の足音が近づいてきたときだけ、ダンは狩りを中断した。
今回16体目のゴブリンアーチャーから吸血している最中、遠くから複数の話し声が聞こえてくる。
《音響察知》へ意識を集中させると、冒険者らしい4人組がこちらへ近づいていた。
まだ通路を2つ挟んでいるが、このままでは姿を見られる。
ダンは16体目からの吸血を終え、すぐに触手を自分の腕へ戻した。
これで《弓術Lv7》と《視力強化Lv7》は、どちらも48/128となっている。
麻痺しているゴブリンアーチャーへとどめを刺し、ドロップ品を回収する。
最後の鏃を中型マジックバッグへ入れた直後、曲がり角の向こうから冒険者たちの声が聞こえた。
「この先にもいるか?」
「さっき矢の音がした。誰かが狩っているんじゃないか?」
ダンは片手剣を鞘へ収め、何事もなかったように通路を引き返す。
少し進んだところで、4人組とすれ違った。
「あれ、1人か?」
「はい」
「この先にゴブリンアーチャーはいたか?」
「4体いましたが、倒しました。ドロップ品も回収済みです」
「そうか。なら別の通路を探すか」
冒険者たちは特に疑うこともなく、来た道を戻っていった。
ダンはその足音が十分に離れるまで待ってから、新しい狩り場を探す。
「危なかった……」
見つかっても、戦闘そのものは説明できる。しかし、血の触手を見られれば言い逃れは難しい。
《隠蔽》をLv2へ上げたことで種族と名前は守れるようになったが、秘密がなくなったわけではない。
人が多い時間に狩るなら、今まで以上に周囲へ注意する必要があった。
ダンは7階のさらに奥へ進み、人の気配がない通路を選びながら狩りを続けた。
狩った数が24体に達した時点で、《弓術Lv7》と《視力強化Lv7》は56/128。
36体目を終えると68/128となり、48体目から吸血したあとは80/128まで増えていた。
ゴブリンアーチャーの数が増えるたび、中型マジックバッグへドロップ品が蓄積していく。
それでも容量にはまだ余裕があり、小型へ分けて入れている短弓も半分に届いていない。
以前なら、とっくに地上へ戻ることを考えていた量だった。
ダンは途中で何度か身体を休め、携帯食と水を口にしながら狩りを続けた。
眠気はないが、身体を動かし続ければ疲労は溜まる。安全な場所で壁へ背中を預け、足や腕の力を抜いて休めば、また動けるようになる。
夜になったのか、やがて7階から人の声が消えていった。
冒険者たちが地上へ戻ったあとは、狩りの速度がさらに上がる。
周囲を気にする必要がなくなり、複数の血の触手を同時に伸ばせるようになったためだ。
ゴブリンアーチャーを麻痺させ、4体まとめて吸血する。スキルを奪ってとどめを刺し、残されたドロップ品を拾って次の群れへ向かう。
同じ流れを繰り返し、狩った数が71体へ達したところで、新しい表示が現れた。
【レベルが12から13へ上昇しました】
身体の奥から、これまで以上に強い力が湧き上がる。
握っていた片手剣が軽く感じられ、身体の動きもこれまでより滑らかになった。俊敏や器用さが上がったことで、血の触手を動かす感覚まで以前より鋭くなったように感じる。
「レベル13……」
5階や6階の魔物を大量に狩っても上がらなかったレベルが、7階では上がった。
ゴブリンアーチャーは、今のダンと近いレベルの個体が多い。
「やっぱり、自分と近いレベルの魔物を倒した方が成長しやすいのかな」
確かなことは分からない。
それでも、格下の魔物を大量に倒していたときより、成長が早いように感じられた。
ダンは上昇した力を確かめるように片手剣を振り、狩りを再開した。
この時点で、71体すべてから《弓術Lv1》と《視力強化Lv1》を奪っている。
現在の《弓術Lv7》は103/128。《視力強化Lv7》も103/128となっていた。
レベルが上がったことで、矢を避けてから接近するまでの時間がさらに短くなる。
力加減を誤って殺さないよう注意しながら、1体ずつ確実に戦闘不能へ追い込んだ。
そして、今回96体目となるゴブリンアーチャーから吸血し、《弓術Lv1》と《視力強化Lv1》を奪った瞬間、待ち望んでいた表示が現れた。
【《弓術》を重複強奪しました】
【《弓術Lv7》が《弓術Lv8》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/256】
【《視力強化》を重複強奪しました】
【《視力強化Lv7》が《視力強化Lv8》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/256】
「やった……!」
ダンは声を上げ、すぐに周囲へ人がいないか確認した。
誰もいない。
改めて2つのスキルへ意識を向ける。
ゴブリンアーチャーが落とした短弓を拾うと、握り方から身体の向き、矢を番える指の位置まで自然に理解できた。
試しに鏃のついた矢を1本拾い、離れた壁の割れ目を狙う。
左手で短弓を支え、右手で弦を引く。《視力強化》によって細い割れ目まではっきりと見え、《弓術》が腕や指の角度を細かく整えてくれる。
指を離すと、乾いた音とともに飛んだ矢が、狙った壁の割れ目へ突き刺さった。
「これなら、弓も使える」
剣や短剣だけでなく、離れた場所から攻撃する手段を手に入れた。
人前で血の触手を使えないダンにとって、弓は秘密を隠しながら戦うための新しい選択肢になる。
最後のゴブリンアーチャーへとどめを刺し、ドロップ品を回収する。
今回手に入れたのは、ゴブリンアーチャー96体分の魔石、弓弦、鏃。それに15張りの使い込まれた短弓だった。
中型マジックバッグの中身を確認すると、まだ半分にも届いていない。小型にも十分な余裕が残っている。
「小型のときとは全然違うな」
さらに狩り続けることもできる。
しかし、《弓術》と《視力強化》はLv8へ上がり、どちらも0/256となった。
次のLv9へ上げるには、それぞれ256体分を重複強奪する必要がある。
ここで7階に留まるより、新しい魔物がいる8階へ進んだ方がいい。
ダンは短弓を小型マジックバッグへ収め、7階の奥にある階段へ向かった。
下へ続く石段の前に立つ。
8階は、まだ足を踏み入れたことのない場所だ。
新しい魔物がいる。
どのようなスキルを持ち、どのような攻撃をしてくるのかも分からない。
それでも、恐怖より期待の方が大きかった。
ダンが最初の石段へ足を下ろしたとき、暗い階下から微かな音が聞こえてきた。
硬い爪が石を引っかく音。
だが、それは床からではない。
頭上のどこかを、何かが這っていた。




