第33話◆ 夜の乱獲
「これで、誰にも見られずに狩れる」
ダンは片手剣を抜き、静まり返った7階を歩き始めた。
昼間は複数のパーティーで賑わっていた通路に、人の声は残っていない。《音響察知Lv8》で広い範囲を探っても、聞こえてくるのはゴブリンアーチャーの足音や、矢筒の中で鏃が触れ合う音ばかりだった。
《嗅覚強化》でも、人間の匂いは感じない。
これなら血の触手を見られる心配もなく、戦闘不能にしたゴブリンアーチャーから落ち着いてスキルを奪うことができる。
少し進んだところで、通路の先から4つの足音が聞こえた。
ダンは足を止め、それぞれの位置を探る。
2体が前方に並び、残る2体は少し離れた場所にいる。こちらの足音に気づいたらしく、短弓を持ち上げる音が重なった。
まだ姿は見えない。
それでも、矢を番える動きは手に取るように分かる。
ダンは片手剣を構えたまま、あえて通路の中央へ姿を現した。
4体のゴブリンアーチャーが一斉にこちらを向く。
最初の1体が弦を放した。
ダンは首を傾けるだけで矢を避け、その場から動かない。
続いて2本目と3本目。
それぞれの弦音を聞き分け、身体を半歩ずつ動かす。矢は胸元と脇腹の横を通り過ぎ、背後の壁へ突き刺さった。
最後の1本は、ダンが避ける方向を予測するように少し遅れて放たれた。
前回なら鎧をかすめていた矢だ。
しかし今は、矢が放たれるより先に、鏃が向けられた方向まで《視力強化》で見えている。
ダンは床を蹴った。
《跳躍Lv7》によって身体が一気に加速し、最後の矢が足元を通過する。数歩分の距離を飛び越え、最前列にいたゴブリンアーチャーの目前へ着地した。
「ギャッ!?」
驚いたゴブリンアーチャーが弓を捨て、腰の短剣へ手を伸ばす。
ダンはその腕を片手剣で打ち上げた。
《剣術Lv7》へ上がったことで、以前よりも剣先を細かく制御できる。腕を斬り落とすことなく、短剣だけを正確に弾き飛ばした。
続けて太腿を浅く斬り、立てなくする。
隣にいた1体が至近距離から矢を放とうとしたが、弓を引ききる前に手首を打たれ、短弓を床へ落とした。
ダンは身体を回転させ、その勢いのまま足を払う。
残る2体は後退しながら次の矢を番えていた。
ダンがさらに床を蹴る。
低い姿勢のまま一気に距離を詰め、2体の間へ滑り込む。左右へ片手剣を振り、それぞれの脚を斬った。
4体が戦闘不能になるまで、最初の矢が放たれてからわずかな時間しか経っていない。
「強くなってる」
自分の動きに、ダン自身が驚いていた。
レベル12へ上がった能力値に加え、《跳躍》と《剣術》もLv7になっている。《音響察知》と《視力強化》によって相手の攻撃が分かるため、迷わず踏み込めるようにもなった。
ダンは左腕へ片手剣で小さな傷をつける。
流れ出た血が4本の触手へ変わり、倒れているゴブリンアーチャーへ伸びた。それぞれ心臓から離れた肩や太腿へ先端を突き刺し、順番に必要な量だけ血を吸い上げていく。
《吸血Lv3》では、スキルを奪うために相手の血を約40%取り込む必要がある。
4体から《弓術》と《視力強化》を奪ったあと、片手剣でとどめを刺す。
ゴブリンアーチャーの身体が光の粒子へ変わり、魔石、丈夫な弓弦、鉄製の鏃を残して消えた。
短弓のドロップはなかった。
「次に行こう」
ダンは素材をマジックバッグへ入れ、すぐに新しい獲物を探した。
中には、5階で集めたポイズンフロッグ64体分の魔石と毒袋、6階で集めたコボルト37体分の魔石や牙、毛皮、それにドロップした小剣がすでに入っている。
それでも、まだ少しだけ余裕があった。
人が戻ってくるまでに、入るだけ狩っておきたい。
夜の7階を進みながら、《音響察知》で獲物を探す。曲がり角の先にいれば、姿を見せる前に数を把握し、矢が放たれる順番を聞き分けながら接近する。
ゴブリンアーチャーに近づいたあとは、《剣術》の訓練も兼ねて武器だけを弾いた。
必要以上に深く斬らない。
殺してしまえば身体が消え、スキルを奪えなくなるからだ。
戦闘不能にしたあとは、血の触手を伸ばす。
昼間に冒険者がいれば、絶対にできない戦い方だった。
7体目、8体目と吸血を続ける。
《弓術》と《視力強化》はすでにLv7であり、次のLv8までには128回の重複強奪が必要になる。今回だけで上げることは難しいが、奪ったスキルは無駄にならない。
少しずつ積み重なり、いずれ必ず次へ届く。
12体目のゴブリンアーチャーを倒した頃、ダンは新しく上がった《麻痺毒》を試してみることにした。
次に見つけたのは3体の群れだった。
矢を避けながら接近し、先頭の1体を剣で転ばせる。残る2体の武器も弾いて体勢を崩すと、左腕を傷つけた。
血の触手を3本作り出し、それぞれの肩へ浅く突き刺す。
吸血するのではなく、《麻痺毒Lv7》を意識しながら、触手の先端から少量の毒を流し込んだ。
「ギャ……」
ゴブリンアーチャーの身体から力が抜ける。
完全に意識を失ったわけではない。目は開いており、呼吸もしている。しかし、手足を動かすことができず、声を上げる力も残っていなかった。
ダンは慎重に毒の量を調整しながら、残る2体にも麻痺毒を注入する。
すぐに3体とも動かなくなった。
「これなら、脚を深く斬らなくてもいいんだ」
動きを止めるだけなら、わざわざ大きな傷を負わせる必要はない。
転倒させるか武器を弾いたあと、触手を刺して麻痺毒を流せばいい。吸血する相手が暴れないため、ダン自身も安全になる。
「麻痺毒って、かなり便利だな」
ポイズンフロッグを狩り続けた甲斐があった。
ダンは麻痺した3体から必要な量の血を吸い上げ、《弓術》と《視力強化》を奪う。とどめを刺してドロップ品を回収すると、次の群れを探した。
それからの狩りは、さらに速くなった。
矢を避け、跳躍で接近する。
剣術で武器を弾き、触手を伸ばして麻痺毒で動きを止める。
そこから必要な量だけ吸血し、最後にとどめを刺す。
同じ動きを繰り返しているうちに、剣で脚を斬る必要さえ減っていった。相手を殺さずに無力化できるため、以前よりも確実にスキルを奪える。
そして、夜の狩りで19体目となるゴブリンアーチャーの血を吸い上げたとき、これまでとは違う感覚が身体の奥へ広がった。
取り込んだ血から、必要なものだけを選び取る感覚が鮮明になる。
大量の血を吸い込まなくても、相手が持つスキルへ触れられる。
【種族スキル《吸血Lv3》が《吸血Lv4》へ上昇しました】
「吸血が上がった……」
ダンは表示を見つめた。
これまではスキルを奪うために、相手の血を約40%吸う必要があった。
しかし、Lv4になったことで、必要な量は約30%まで減っている。
「本当に少なくていいのかな」
試すため、次に見つけたゴブリンアーチャーを戦闘不能にし、血を吸い上げてみる。
以前なら、まだ足りないと感じるところで《スキル強奪》が発動した。
「本当に少なくなってる」
必要な血が減れば、1体にかかる時間も短くなる。相手の体力も残りやすいため、吸血の途中で死なせてしまう危険も下がった。
ダンは喜びながら狩りを続けた。
22体、25体と数が増え、マジックバッグの空きが少しずつ失われていく。途中で短弓がドロップするたび、一気に容量を使う感覚があった。
夜の狩りで32体目となるゴブリンアーチャーを倒したとき、ついに魔石を入れるだけでも強い抵抗を感じた。
弓弦と鏃までは、どうにか収まる。
しかし、最後に残った使い込まれた短弓は、何度試しても入らなかった。
「いっぱいだ……」
ダンはマジックバッグの中身を確認した。
ポイズンフロッグ64体分。
コボルト37体分。
ゴブリンアーチャー32体分。
さらに、途中でドロップした短弓が5張り入っている。
麻袋10個分の容量は、完全に使い切っていた。
入らなかった短弓を手に持ち、ダンは小さく息を吐いた。
「やっぱり、中型が必要だな」
容量は小型の3倍。
価格は金貨8枚。
今回のドロップ品をすべて売れば、届くかもしれない。
ダンは周囲に残っている魔物の音へ耳を澄ませた。
まだ狩りたい。
《弓術》と《視力強化》を上げるには、さらに多くのゴブリンアーチャーからスキルを奪う必要がある。《吸血》がLv4へ上がったことで、これまでより速く狩れるようにもなった。
それでも、ドロップ品を捨ててまで続けるつもりはない。
「今日は、ここまでにしよう」
夜が明けるまでは、まだ時間がある。
冒険者ギルドは閉まっているため、すぐに換金することはできない。それでも宿へ戻って荷物を置き、温かい食事を頼むことはできる。
眠らない身体でも、食事や入浴を楽しみたいという人間の感覚は残っていた。
ダンは片手剣を鞘へ戻し、入らなかった短弓を肩へ担ぐ。
麻袋10個分の獲物と、手に持った1張り。
夜の7階を独り占めした成果を抱え、ダンは地上へ向かって歩き出した。




