第32話◆ 夜を待つ狩人
青石の迷宮を出たダンは、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
時刻は昼を少し過ぎた頃らしく、街の大通りには多くの人が行き交っている。
迷宮へ入り直してから、すでに1日以上が経っていた。
屋台から漂ってくる焼いた肉の匂いに惹かれたが、腰のマジックバッグはゴブリンアーチャーのドロップ品でいっぱいだった。
先に中身を空けなければ、次の狩りへ向かえない。
冒険者ギルドの扉を開けると、依頼を終えて戻ってきた冒険者や、昼食を取りながら情報交換をする者たちで広間が賑わっていた。
ダンが中へ入った途端、いくつもの視線が集まる。
「また、あいつだ」
「今度は何を持ってきたんだ?」
「この前はケイブバットを200体近く出したらしいぞ」
周囲の小声が、《音響察知Lv8》によって嫌でも耳へ入ってくる。
ダンは少し居心地の悪さを感じながら、エマのいる受付へ向かった。
「こんにちは、エマさん」
「こんにちは、ダンさん。今日はどうされましたか?」
「買取をお願いします」
エマの視線が、ダンの腰にあるマジックバッグへ下がる。
「念のために聞きます。今回は何体分ですか?」
「今回狩ったのが124体です。それと、前に狩った3体分も残っています」
「……合計127体ですか?」
「はい」
エマの表情が固まった。
すぐ隣の受付で手続きをしていた冒険者まで振り返り、ダンの顔とマジックバッグを交互に見ている。
「……昨日、ケイブバットを192体分買い取ったばかりですよね?」
「はい。マジックバッグを空けて、そのまま7階へ行きました」
「宿には戻っていないんですか?」
「戻っていません」
「眠っても?」
「いません」
エマが額へ手を当てた。
「少し待ってください。普通なら、数日かけても終わらない量なんです」
「でも、矢の音を聞き分けられるようになったので、途中からは楽に狩れました」
「それでも124体は、途中という言葉で済ませられません」
エマは小さく息を吐くと、受付の奥にいる職員を呼んだ。
「買取所の大きな作業台を空けてもらってください。それと、木箱も多めにお願いします」
「分かりました」
呼ばれた職員が奥へ走っていく。
その姿を見送りながら、エマがダンへ念を押した。
「ここでは絶対に出さないでくださいね」
「はい。僕も、もう分かっています」
以前、受付台を素材で埋めかけたことを思い出し、ダンは素直に頷いた。
エマに案内されて買取所へ移動すると、奥の広い作業台には空の木箱がいくつも並べられていた。
ダンはマジックバッグへ手を入れ、ゴブリンアーチャーのドロップ品を少しずつ取り出していく。
魔石、丈夫な弓弦、鉄製の鏃。
同じ組み合わせが次々と積み上がり、用意された木箱が埋まっていく。
今回狩った124体分に加え、以前から残っていた3体分も並べる。さらに、低確率でドロップした使い込まれた短弓を19張り取り出すと、作業台だけでは足りず、近くの壁へ立てかけることになった。
すべてを取り出し終えるまでに、職員は3度も空の木箱を追加した。
「確かにゴブリンアーチャー127体分です。短弓も19張りあります」
数を確認した職員が、呆れたような声で報告する。
エマは受け取った帳簿へ目を通し、金額を計算した。
「魔石、丈夫な弓弦、鉄製の鏃を合わせて、1体分が銀貨2枚。127体分で銀貨254枚です」
「はい」
「使い込まれた短弓は、1張り銀貨2枚。19張りで銀貨38枚になります」
短弓は新品には遠いものの、弦や握りを交換すれば十分使えるらしい。初心者用や訓練用として需要があるため、ゴブリンが使っていた武器でも一定の値段がつく。
「それから常設討伐依頼は、ゴブリンアーチャー5体につき銀貨4枚です。今回は25回分で銀貨100枚。残りの2体については素材の買取だけです」
「全部で、いくらですか?」
「銀貨392枚です」
金貨3枚と銀貨92枚。
これまで所持していた銀貨93枚と銅貨9枚を合わせると、所持金は金貨4枚、銀貨85枚、銅貨9枚になった。
大金ではあるが、中型マジックバッグの金貨8枚には届かない。
あと金貨3枚、銀貨14枚、銅貨91枚が必要になる。
「半分は超えた……」
「何か買う予定があるんですか?」
「中型のマジックバッグです。小型だと、すぐにいっぱいになってしまうので」
「普通は、それほど早くいっぱいになりません」
エマに即答され、ダンは困ったように笑った。
「僕の場合、寝ないで狩り続けてしまうので」
「それは自覚しているんですね」
「はい。でも、狩りが楽しいんです」
魔物を倒せば強くなり、スキルを奪えばできることが増える。さらに素材を売ればお金になり、欲しい物を自分で買える。
病室で寝たきりだった頃には、想像することしかできなかった生活だ。
今のダンにとって、ダンジョンへ籠もることは苦痛ではなかった。
報酬を受け取ったダンは、ギルドを出る前に携帯食と水を補充した。短い休憩を兼ねて屋台で昼食を済ませると、再び青石の迷宮へ向かう。
中型マジックバッグまで、あと少し。
7階でゴブリンアーチャーを狩れば、いずれ金貨8枚へ届くはずだった。
しかし、7階へ下りたダンは、通路の入口で足を止めた。
人の声が聞こえる。
それも、1つや2つではない。
《音響察知》へ意識を向けると、剣や鎧が擦れる音、弓弦が鳴る音、複数の冒険者が交わす声が、通路の奥から次々と届いてきた。
「今日は人が多いな……」
少し進むと、5人組のパーティーがゴブリンアーチャーと戦っていた。その奥にも別の集団がいて、さらに離れた通路からも戦闘音が聞こえてくる。
どうやら昼間の7階は、想像していたよりも人気の狩り場らしい。
ゴブリンアーチャーは近づきさえすれば倒しやすく、魔石だけでなく弓弦や鏃もドロップする。短弓が出れば、さらに稼ぎが増える。
複数人で矢を防げるパーティーにとっては、効率のよい相手なのだろう。
ダンは空いている通路を探そうとしたが、どの方向からも人の気配が伝わってきた。
戦うだけなら問題はない。
しかし、人前では血の触手を出せない。
ゴブリンアーチャーを倒してしまえば、その身体は消えてしまうため、吸血してスキルを奪うこともできなくなる。
「この状態で狩っても、もったいないよね」
ダンは7階での狩りを諦め、来た道を引き返した。
人が少なくなるまで待てばいい。
ただ待っているだけでは時間が惜しいため、階段を上がって5階へ向かうことにした。
5階の湿った通路では、ポイズンフロッグの低い鳴き声が響いていた。
以前は吐き出される毒液を警戒しながら戦っていたが、今のダンには《音響察知》と《視力強化》がある。
ポイズンフロッグが息を吸い込み、喉袋を膨らませる前から攻撃の気配を察知できた。
横へ跳んで毒液を避け、着地と同時に距離を詰める。
片手剣で後ろ脚を斬り、跳べなくなったところへ血の触手を伸ばす。
必要な量を吸血してスキルを奪い、触手を抜いてからとどめを刺すと、身体が消え、魔石と毒袋が残された。
ダンはそれらをマジックバッグへ収め、次のポイズンフロッグを探した。
狩りを続けること30体。
【《跳躍》を重複強奪しました】
【《跳躍Lv6》が《跳躍Lv7》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/128】
身体の使い方が頭の中へ流れ込み、脚へ力を込める感覚が変わった。
試しに床を蹴ると、以前よりも軽い動きで遠くまで跳べる。着地するときの姿勢も安定し、狭い通路でも壁を利用して移動できそうだった。
「これなら、もっと素早く近づける」
《跳躍》が上がったあとも狩りを続け、ポイズンフロッグから《麻痺毒》を奪っていく。
そして、この日64体目となるポイズンフロッグの血を必要な量まで吸い上げたところで、再び表示が現れた。
【《麻痺毒》を重複強奪しました】
【《麻痺毒Lv6》が《麻痺毒Lv7》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/128】
ダンは新しい《麻痺毒》の感覚を確かめた。
以前よりも少ない量で強い効果を与えられるだけでなく、触手を通して注入する量も細かく調整できるようになっている。
相手を殺さず、動きだけを止めたいときにも使いやすそうだった。
目的を達成したダンは5階を離れ、今度は6階へ下りる。
狙うのはコボルトだ。
以前90体を狩った時点で、《剣術Lv6》は28/64、《嗅覚強化Lv6》は42/64まで進んでいる。
《嗅覚強化》はあと22体。
《剣術》はあと36体。
両方をLv7へ上げるだけなら、36体のコボルトを狩ればいい。
「次は36体か」
2本の足で立つ狼のような姿をしたコボルトが、少し長めの剣を構えて襲いかかってくる。
ダンは片手剣で受け流し、脇をすり抜けながら太腿を斬る。
以前よりもコボルトの剣筋が遅く見え、剣を握る手首の角度から、次にどこを狙うのかまで予測できた。
数体の群れに囲まれても苦戦はしない。
《跳躍Lv7》で頭上を越え、背後へ着地する。
振り返るより先に脚を斬り、立てなくなった個体から順番に吸血していく。
22体目。
【《嗅覚強化》を重複強奪しました】
【《嗅覚強化Lv6》が《嗅覚強化Lv7》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/128】
さらに狩りを続ける。
そして36体目。
【《剣術》を重複強奪しました】
【《剣術Lv6》が《剣術Lv7》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/128】
剣を握る右手へ、新しい感覚が馴染んでいく。
同時に、《嗅覚強化》もLv7へ上がったあと14体分の重複強奪を重ねていた。
目的だった2つのスキルは、これでどちらもLv7になった。
ちょうどそのとき、通路の奥から新たな足音が聞こえてきた。
1体だけだ。
「もう1体くらいならいいか」
現れたコボルトを戦闘不能にし、同じように吸血してスキルを奪う。
これで37体目。
ダンはとどめを刺し、ドロップ品をマジックバッグへ収めた。
嗅覚へ意識を向ける。
離れた場所にいるコボルトの匂いだけでなく、通路を通った冒険者の汗や革鎧の匂いまで判別できるようになっていた。
ダンは周囲の匂いを確かめてから、ステータスを開く。
【通常スキル】
《短剣術Lv6》
《跳躍Lv7》
《嗅覚強化Lv7》
《音響察知Lv8》
《鑑定Lv1》
《気配察知Lv1》
《筋力強化Lv1》
《斧術Lv1》
《隠蔽Lv2》
《剣術Lv7》
《麻痺毒Lv7》
《弓術Lv7》
《視力強化Lv7》
「かなり上がったな……」
これだけ狩っても、レベルは12のままだった。
5階と6階の魔物は、今のダンよりかなりレベルが低い。
これまでのことを考えれば、格下の魔物をいくら倒しても、簡単にはレベルが上がらないのかもしれない。
それでも、目的だった4つのスキルはすべてLv7へ上がった。
あとは7階の様子を確かめるだけだ。
ダンが再び7階へ下りると、先ほどまで聞こえていた冒険者たちの声は消えていた。
どれほどの時間が経ったのかは分からないが、地上ではすでに夜になっているはずだ。
普通の冒険者は宿へ戻り、食事や睡眠を取っている頃なのだろう。
《音響察知》へ意識を向けても、聞こえるのはゴブリンアーチャーの足音と弓弦の音ばかりだった。
人の声も、鎧の擦れる音もない。
《嗅覚強化》でも、近くに人間の匂いは感じられなかった。
ダンは左腕へ視線を落とし、片手剣を抜く。
「これで、誰にも見られずに狩れる」
眠らないダンにとって、夜は休む時間ではない。
誰にも秘密を見られず、好きなだけスキルを奪える時間だった。




