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『スキルを喰らうダンピール ~墓から蘇った少年は、眠らずダンジョンを駆け上がる~』  作者: ミタテ屋


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第27話◆ 仲間への誘い

 青石の迷宮を出たとき、空には朝日が昇り始めていた。


 入口を守る兵士へ冒険者証を見せると、男はダンの顔を見てから、もう1度証へ視線を落とした。


「お前、いつ入った?」


「一昨日の朝です」


「一昨日?」


 兵士は驚いたように眉を上げた。


「2日も潜ってたのか?」


「はい。マジックバッグが満杯になったので、戻ってきました」


「満杯になるまでって……まあ、生きて帰ってきたならいい。次からは自分の体力も考えろよ」


「ありがとうございます。気をつけます」


 ダンは頭を下げ、グランベルへ続く道を歩き出した。


 心配してくれた兵士には申し訳ないが、眠気はない。身体には2日間狩り続けた疲労が残っているものの、少し休めばまだ動ける程度だった。


 ただ、2日間も迷宮に籠もっていたため、服には土埃が付着している。何度も腕を切ったせいで、袖口には乾いた血の跡も残っていた。


 宿で身体を洗い、服を替えてからギルドへ行くべきかもしれない。


 しかし、マジックバッグは完全に満杯だ。このままでは替えの服を入れることも、次の狩りへ必要な物を買うこともできない。


「先に納品しよう」


 大量のドロップ品を持ち帰った高揚感もあり、宿へ戻るまで待てなかった。


 朝の冒険者ギルドは、これから依頼へ向かう冒険者たちで混み合っていた。


 掲示板の前では複数のパーティーが依頼書を見比べ、併設された食堂では武器を身につけたまま朝食を取る者もいる。


 ダンが扉を開けると、近くにいた数人が振り返った。


 濃い灰色のコートは土で汚れ、腰には普段の短剣と刃こぼれした小剣を差している。見た目だけなら、長い狩りから戻った冒険者らしくなってきたかもしれない。


 それでも、顔色だけは墓から出てきたときと変わらず青白い。


「また、あいつだ」


「しばらく見なかったな」


「あの鞄、マジックバッグじゃないか?」


 聞こえてくる声に落ち着かなさを覚えながら、ダンは受付へ並んだ。


 順番が来ると、エマが目を丸くした。


「ダンさん? どこへ行っていたんですか?」


「青石の迷宮です。6階でコボルトを狩っていました」


「確か、6階について質問されたのは一昨日でしたよね?」


「はい。そのまま2日ほど狩っていました」


「2日……宿には戻らなかったんですか?」


「戻っていません」


「迷宮内で眠ったんですか?」


 ダンは一瞬、返事に困った。


 《不眠》については知られたくない。吸血だけで身体を維持できることも、説明するわけにはいかなかった。


「安全な場所で休みながら狩りました。食料と水も持っていましたから」


 嘘ではない。


 何度か壁際に座り、パンを食べたり、スキルを確認したりはした。眠っていないことを言わなければいいだけだ。


「怪我はありませんか?」


「胸当てに少し傷がつきましたが、身体は大丈夫です」


 エマはダンの顔や腕を確かめるように見つめたあと、諦めたように息を吐いた。


「無事ならよかったです。それで、今日は買取でしょうか?」


「はい。コボルトの常設討伐依頼も、今からお願いできますか?」


「討伐証明があれば大丈夫です。何体分ですか?」


「90体です」


 エマの表情が止まった。


 周囲の喧騒だけが、やけに大きく聞こえる。


「……9体ではなく?」


「90体です」


「2日で?」


「はい」


 エマはマジックバッグへ視線を落とした。


「こちらの受付台には載せきれません。買取窓口へお願いします。私も立ち会います」


「分かりました」


 ダンが買取窓口へ移動すると、エマが担当者へ事情を説明した。


 担当者は半信半疑の表情で、大きな作業台を指す。


「とりあえず、出してみろ」


「はい」


 ダンはマジックバッグへ手を入れ、最初の麻袋を取り出した。


 中には、折り畳んだコボルトの毛皮が詰まっている。


 2袋目も毛皮。3袋目も同じだった。


 袋が作業台を埋めていくにつれ、近くにいた冒険者たちの会話が止まり始める。


「全部コボルトか?」


「何枚あるんだよ」


「あいつ、1人だろ?」


 ダンは4袋目、5袋目と取り出し続けた。


 7袋目までが毛皮。8袋目には魔石と牙が分けて入っており、9袋目にも同じ物が詰まっている。


 最後の袋を取り出すと、中から22本の刃こぼれした小剣が姿を現した。


 10個の麻袋を並べ終えたときには、買取窓口の周囲に人だかりができていた。


「これで全部です」


 担当者は答えず、目の前に並んだ袋を見つめている。


 やがて我に返ったように、ほかの職員を2人呼んだ。


「数えるぞ。魔石と牙を先に分けろ。毛皮は10枚ずつ重ねてくれ」


 3人がかりで査定が始まった。


 毛皮が広げられ、魔石と牙が木箱へ移される。刃こぼれした小剣も1本ずつ数えられていった。


「魔石90個。牙180本。毛皮90枚。小剣22本。間違いない」


 担当者が確認すると、周囲から小さなどよめきが起きた。


 ダンにとってはマジックバッグを満杯にするまで狩った結果でしかない。しかし、ほかの冒険者にとっては、Fランクが単独で持ち帰る量ではないらしい。


 エマが計算板を使い、買取額を確認していく。


「魔石90個で銀貨54枚。牙180本、90体分で銀貨36枚。毛皮90枚で銀貨72枚。小剣22本で銀貨13枚と銅貨20枚です」


 素材と武器だけで、銀貨175枚と銅貨20枚になる。


「常設依頼は5体で1口ですから、18口達成です。報酬は銀貨54枚。すべて合わせて、銀貨229枚と銅貨20枚になります」


「金貨に替えてもらえますか?」


「もちろんです。金貨2枚、銀貨29枚、銅貨20枚でお渡しします」


 エマが金貨を2枚取り出し、残りの銀貨と銅貨とともに革袋へ入れた。


 これで所持金は、金貨3枚、銀貨39枚、銅貨24枚になった。


 目標としている《隠蔽》のスキル書は金貨5枚。まだ届かないものの、一度の狩りで大きく近づくことができた。


「ありがとうございます」


「こちらこそ、ありがとうございます。ただし、次も2日間潜るつもりなら、せめて出発前に教えてください」


「どうしてですか?」


「帰還が遅ければ、何かあったのではないかと心配するからです」


 エマの言葉に、ダンは少し驚いた。


 病院では、看護師や医師が常に身体を気にかけてくれていた。母も週に1度は必ず会いに来てくれた。


 けれど、この世界へ来てから、自分の帰りを心配してくれる人がいるとは思っていなかった。


「……分かりました。次からは伝えます」


 ダンが頭を下げたところで、人だかりの中から1人の女性が歩み出てきた。


 年齢は20歳前後だろうか。


 赤みがかった髪を肩の辺りで束ね、革の胸当てと金属製の肩当てを身につけている。腰には細身の剣があり、首から下げた冒険者証にはEランクを示す文字が刻まれていた。


 女性はダンの前まで来ると、少し緊張したように髪を耳へかけた。


「ねえ、少しいい?」


「はい。僕ですか?」


「ほかにコボルトを90体持ってきた人がいるなら、その人にも聞いてみたいけど」


 女性が笑う。


 ダンもつられて、僅かに表情を緩めた。


「私はエルナ。Eランクの冒険者よ。あなたはダンで合ってる?」


「はい。どうして僕の名前を?」


「これだけ目立てば、嫌でも聞こえてくるわよ。それに、少し前からギルドで見かけてたし」


「そうなんですね」


「ダンは、いつも1人で迷宮に潜ってるの?」


「はい。まだ誰かと一緒に戦ったことがありません」


「だったら、私たちとパーティーを組まない?」


「パーティー……」


 ダンは思わず聞き返した。


「今は私を含めて3人で活動してるの。全員Eランクで、私は剣士。ほかに斥候と治癒術を使える子がいる。でも、もう1人前で戦える人が欲しくて探してたところなのよ」


「治癒術を使える人もいるんですか?」


「ええ。大きな怪我は無理だけど、切り傷や打撲なら治せるわ」


「パーティーだと、依頼やドロップ品はどう分けるんですか?」


「基本的には均等ね。個人的に必要な素材がある場合は、先に相談して決めるわ」


「戦い方も、みんなで相談するんですか?」


「もちろん。誰が前を守るか、どの魔物から狙うか、逃げるときはどこへ集まるか。迷宮へ入る前に決めておくの」


 ダンは次々と質問した。


 どの階で狩っているのか。迷宮へ何日も籠もることはあるのか。休むときは交代で見張るのか。食事も一緒に取るのか。


 エルナは最初こそ少し驚いていたが、やがて楽しそうに答えてくれた。


「ダンって、パーティーを組んだことがないだけじゃなくて、ほかの冒険者と話すのも慣れてない?」


「すみません。人と話す機会があまりなかったので……」


「謝ることじゃないわよ」


 エルナは笑っている。


 馬鹿にされている様子はなかった。


 誰かと一緒に迷宮へ入り、相談しながら魔物と戦う。休憩中には食事をし、今日の戦いや次の目的について話す。


 それは、ダンが異世界漫画で何度も読んだ冒険者の姿だった。


 病室で1人、漫画を読みながら想像していたものが、今は目の前にある。


 誘いを受けたいと思った。


 しかし、誰かと一緒に戦えば、《触手》も《吸血》も使えなくなる。戦闘不能にした魔物から血を吸い、スキルを奪っているところなど、絶対に見せられない。


 普通に魔物を倒すだけなら、エルナたちと戦うこともできる。


 その代わり、ダンが急速に強くなるための《スキル強奪》を諦めなければならない。


 父親が恐れていた「あの方」が何者なのかも分からない今、成長を止めるわけにはいかなかった。


「すみません」


 ダンは頭を下げた。


「誘ってもらえたのは、本当に嬉しいです。でも、今は1人で試したい戦い方があるので、パーティーには入れません」


「そっか……」


 エルナは残念そうな顔をしたが、無理に理由を聞こうとはしなかった。


「まあ、これだけ狩れるなら、今すぐ仲間が必要ってわけでもなさそうね」


「申し訳ありません」


「だから謝らなくていいって。それに、ずっと断るって話じゃないんでしょう?」


「はい。いつかは誰かと一緒に冒険してみたいです」


 それはダンの本心だった。


「だったら、気が変わったら声をかけて。私は夕方なら、だいたいギルドにいるから」


「分かりました。エルナさんですね」


「さんはいらないわ。エルナでいい」


「では……エルナ」


「うん。それでいいわ」


 エルナは満足そうに頷くと、少し離れた場所で待っていた2人の仲間のところへ戻っていった。


 去り際にもう1度振り返り、小さく手を振る。


 ダンも戸惑いながら手を振り返した。


 パーティーへの誘いは断ってしまった。


 それでも、不思議と胸が温かい。


 この世界へ来てから、犯罪者ではない冒険者に声をかけられたのは初めてだった。しかも、自分の力を認め、仲間にならないかと誘ってくれた。


「初めて、冒険者に誘われた……」


 小さく呟くと、自然に笑みが浮かんだ。


 今すぐ一緒に戦うことはできなくても、次にギルドで会えば話をすることはできる。


 ダンは重くなった革袋を握り、ギルドを出た。


 まずは宿へ戻って身体を洗い、温かい食事を食べよう。


 吸血だけでも生きていける。


 それでも、人間として美味しい物を食べたいと思う気持ちは、今も変わっていなかった。

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