第26話◆ 眠らない狩人
通路の奥から、4つの足音が近づいてくる。
ダンは右手に持った欠けた小剣を見下ろした。先ほど倒したコボルトが残した武器で、鉄製の短剣より刃が長く、少し重い。それでも《剣術Lv2》を手に入れた今なら、どう持ち、どう振ればいいのかが何となく分かる。
「次は、この剣だけで戦ってみよう」
足音が近づき、やがて曲がり角から4体のコボルトが姿を現した。先頭の2体がダンを見つけて短く吠えると、後ろの2体もすぐに武器を構える。
「ガウッ!」
先ほどより1体多いが、ダンに焦りはなかった。小剣を握り直し、自分の血へ《麻痺毒Lv6》を混ぜたものが刃へ薄く塗られていることを確認する。
最初のコボルトが正面から剣を振り下ろしてきた。
ダンは半歩横へずれ、小剣を斜めに当てる。甲高い音が響いたが、攻撃を正面から受け止めたわけではない。相手の剣へ斜めに刃を合わせ、その力を横へ流したのだ。
身体が勝手に動いたわけではない。ただ、《剣術》を持っていることで、どの角度なら力を逃がせるのかが何となく分かる。
「こうかな」
空いた脇腹へ刃を走らせる。深く斬る必要はなく、薄く傷をつければ十分だった。
すぐに2体目が横から迫った。ダンは一歩下がって剣をかわし、さらに右へ動く。後ろへ回ろうとしている3体目の足音も聞こえていたため、振り向かずに身体を沈めると、頭上を剣が通り過ぎた。
「後ろにいても分かるよ」
立ち上がりながら相手の脚を斬ると、今度は4体目が正面から突っ込んできた。ダンは小剣を合わせて剣先を外へ逸らし、そのまま手首を返して太腿へ浅く刃を入れる。
数秒もしないうちに、最初に傷をつけたコボルトの動きが鈍くなった。麻痺毒が回り始め、ほかの個体も同じように剣を振る速度が落ちていく。
完全に動けなくなるまで待たなくても、今のダンにはそれだけで十分だった。
最後まで動いていた1体が背後から飛びかかってきたが、足音で位置は分かっている。
ダンは《跳躍Lv6》を使って地面を蹴った。身体が一気に浮き上がり、コボルトの肩を踏み台にするように着地すると、その勢いのまま相手を地面へ押し倒す。
「ガッ……!」
武器を持つ腕を斬り、続けて両脚にも傷をつけたことで、4体すべてが動けなくなった。
ダンは《音響察知》と《気配察知》へ意識を向け、周囲を探る。すぐ近くに別の足音がないことを確認すると、左腕へ小剣を当てた。
「大丈夫そうだね」
浅く傷をつけると、流れ出した血が黒紅色へ変わり、3本の細い触手となって伸びる。
そのうちの1本を最初のコボルトへ突き刺し、《吸血》を使った。
残る2本は、動こうとするコボルトを押さえるために使う。
複数から一度に血を取り込むことも考えたが、それでは必要な量を把握しにくい。1体ずつ処理した方が確実だった。
1体目から《剣術》と《嗅覚強化》を奪い、触手を抜いて小剣でとどめを刺す。
コボルトの身体が光の粒へ変わり、魔石と牙、毛皮が残った。
続いて2体目。
さらに3体目から必要な量の血を吸い終えた瞬間、表示が浮かぶ。
【《剣術》を重複強奪しました】
【《剣術Lv3》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/8】
「上がった」
最後の1体からも同じように《剣術》と《嗅覚強化》を奪い、触手を抜いてから小剣で仕留める。
4体分のドロップ品を拾うと、その中にもう1本、欠けた小剣が混じっていた。
これで倒したコボルトは7体になる。
「思ったより集めやすいな」
ダンはドロップ品を種類ごとに麻袋へ入れ、マジックバッグへ収納した。
小型とはいえ、中には麻袋10個分ほど入る。
「これなら、かなり狩れそうだ」
ダンは再び6階を歩き始めた。
今度は、ただ遭遇するのを待つ必要はない。
《嗅覚強化》を使い、湿った石と土の匂いに混ざる獣臭からコボルトの位置を探る。さらに《音響察知》で足音や呼吸、武器が身体へ触れる小さな音を捉え、何体いるのかを確認してから、逃げ道のある場所を選んで近づいた。
4体、3体、次は5体。
見つけるたびに戦い、剣で傷をつけ、麻痺毒で動きを鈍らせ、生きたまま無力化する。必要な量だけ吸血し、《スキル強奪》を発動させてから触手を抜き、最後に武器で仕留めた。
同じ手順を繰り返し、倒したコボルトが14体に達する。
14体目から《剣術》を奪った瞬間、表示が浮かんだ。
【《剣術》を重複強奪しました】
【《剣術Lv4》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/16】
「剣術も上がってきた」
さらに狩りを続け、16体目。
【《嗅覚強化》を重複強奪しました】
【《嗅覚強化Lv5》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/32】
鼻へ入ってくる匂いの情報が、さらに細かくなった。
近くにいるコボルトの獣臭。少し前に通ったらしい冒険者の汗。古くなった血の匂い。
それまで混ざっていたものが、別々に感じられる。
「これなら探しやすい」
ダンはさらに奥へ進んだ。
しばらくして、前方から5体分の足音が聞こえてくる。
これまでと同じように近づくと、5体のコボルトがダンへ気づき、武器を構えた。
「5体なら大丈夫かな」
そう思った直後、後ろにいた1体が大きく息を吸った。
「ガアアアアッ!」
通路へ吠え声が響く。
「……何?」
ダンが《音響察知》へ意識を集中させると、右側の通路から4体、そのさらに奥から3体の足音が近づいていた。
最初の5体と合わせれば12体になる。
「仲間を呼んだんだ」
一度引くこともできるため、12体を同時に相手にする必要はない。
けれど、ダンは近づいてくる足音を聞きながら、小剣を握り直した。
「探す手間が省けた」
口元が少し緩む。
病院にいた頃なら、走ることさえできなかった。ベッドから起き上がるだけで息が切れる日もあった。それが今は、自分の意思どおりに身体が動き、走ることも、跳ぶことも、剣を振ることもできる。
しかも、自分より数の多い魔物が向こうから集まってくるのだ。
楽しくないはずがなかった。
ダンは左腕へ傷をつけ、流れ出した血を3本の触手へ変える。
「来てください」
最初のコボルトが飛び込んできた。
ダンは剣をかわしながら1本の触手を低く薙ぎ、2体の脚をまとめて払って地面へ転がす。
2本目が別のコボルトの腕へ絡みつき、壁際へ引っ張る。
3本目は正面から迫る剣を持つ腕へ巻きつき、その動きを一瞬だけ止めた。
右から4体が到着し、その奥からさらに3体が現れると、通路がコボルトで埋まった。
ダンは《跳躍》で壁を蹴って頭上を越え、群れの中央へ着地する。同時に小剣を振って1体の太腿を斬り、すぐに触手を別の相手へ伸ばした。
3本しかないなら、同時にすべてを止める必要はない。
転ばせ、引き離し、動きを止める。
その間に自分が動けばいい。
背後から剣が迫ったが、見えていなくても音で分かる。身体を捻ると、刃が胸当ての表面をかすめた。
「そこですね」
振り向きざまに相手の腕を斬る。
麻痺毒を混ぜた血が傷口へ入り、コボルトたちの動きが次々に鈍っていった。
最後まで立っていた1体が再び大きく息を吸う。
また仲間を呼ぶつもりらしい。
「それは困ります」
《跳躍》で一気に距離を詰めると、触手の1本を口元へ巻きつけ、吠え声を塞いだ。
そのまま小剣で脚を斬り、最後の1体も床へ崩れ落ちさせる。
周囲を確認すると、12体全員がまだ生きていた。
「間に合った……」
戦うよりも、ここからの方が時間がかかった。
麻痺が弱くなれば、もう一度傷をつける。暴れようとする個体は3本の触手を使い分けて押さえ、1体ずつ必要な量の血を吸う。
《スキル強奪》が発動したことを確認したら触手を抜き、小剣で仕留めていった。
そして30体目。
【《剣術》を重複強奪しました】
【《剣術Lv5》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/32】
「まだ上がる」
ドロップ品を回収し、さらに狩りを続けた。
何度目かの戦闘を終えた頃、身体の奥に力が満ちる感覚があった。
【レベルが9へ上昇しました】
「レベルも上がった」
ダンはその場でステータスを開こうとして、やめた。
少し離れた場所から、またコボルトの匂いがする。
「あとでいいかな」
歩き出そうとしたところで、脚に少し重さを感じた。
眠くはなく、頭もはっきりしているが、何度も走り、跳び、剣を振っていれば身体は疲れる。
《不眠》があるからといって、疲労そのものがなくなるわけではなかった。
「少し休もう」
周囲に魔物がいないことを確認し、壁際へ腰を下ろす。
持ってきたパンを食べ、水を飲んだ。左腕には何度も傷をつけているが、《超再生》によってすでに塞がっている。
眠る必要も、眠気もない。
ただ座って身体を休めれば、また動けるようになる。
「便利だな……《不眠》」
普通の冒険者なら、どこかで地上へ戻って眠らなければならない。
しかし、今のダンにはそれが必要なかった。
休憩を終えると、再びコボルトを探す。
そして48体目。
【《嗅覚強化》を重複強奪しました】
【《嗅覚強化Lv6》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/64】
鼻へ入ってくる情報が一段階変わり、離れた場所にいるコボルトの匂いまで拾えるようになった。
匂いの強さから、おおよその数も分かる。
さらに、同じコボルトでも僅かな匂いの違いがあることに気づいた。
「同じ匂いじゃないんだ」
1体ずつ少しずつ違う。
それを意識すれば、曲がり角の向こうに何体いるのかも判断しやすくなる。
ダンは何度か休憩を挟み、食事と水分を取りながら狩りを続けた。
そして62体目。
【《剣術》を重複強奪しました】
【《剣術Lv6》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/64】
小剣を握った瞬間、その感覚がこれまで以上に自然になった。
手首をどこまで返せば刃が走るのか、どの角度で受ければ相手の力を逃がせるのか、足をどこへ置けば次の攻撃へつながるのか。
頭で考えるより先に理解できる。
次に現れた4体のコボルトを相手に、ダンは触手も《跳躍》も使わなかった。
小剣だけで踏み込み、1体目の剣を流して2体目の腕を斬る。身体を回して3体目の攻撃を避け、そのまま脚へ刃を入れ、4体目が横へ回ろうとする前に距離を詰めた。
「最初とは全然違う」
6階へ来たばかりの頃は、3体の連携を見ながら戦っていた。
今なら4体に囲まれても、小剣だけで崩せる。
もちろん、吸血する前に仕留めるわけにはいかない。全員を生きたまま動けなくし、いつもの手順でスキルを奪ってから倒した。
狩りを続けるうちに、時間の感覚が分からなくなってきた。
地上が昼なのか夜なのかも分からないが、身体が疲れれば休み、喉が渇けば水を飲み、空腹を感じれば持ってきた食料を口へ入れる。
休み終えれば、また狩った。
地上では、すでに一度夜が来て、朝になっていた。
それでもダンに眠気はなかった。
やがて、また身体の奥から力が湧き上がる。
【レベルが10へ上昇しました】
その直後、続けて別の表示が現れた。
【レベル条件を満たしました】
【固有スキル《眷属化》が解放されました】
「眷属化……?」
見たことのない名前だったため気にはなったが、マジックバッグにはまだ余裕がある。
ダンは中身を確認し、首を傾げた。
「確認するのは、満杯にしてからでいいよね」
再びコボルトを探し、最後に5体の群れを見つけた。
最初に3体と戦ったときとは、もう違う。
剣を構える位置や踏み込む足音、背後へ回ろうとする呼吸から、見えていなくても、どこから攻撃が来るのか分かった。
1分もかからず、5体すべてを生きたまま無力化する。
1体ずつ吸血してスキルを奪い、触手を抜いてから仕留めると、最後のコボルトが光へ変わった。
「これで……90体」
最初に倒した3体を含めて、90体。
ドロップ品を整理すると、毛皮は7つの麻袋、魔石90個と牙180本で2つ、欠けた小剣22本で1つとなった。
合計10袋。
マジックバッグの中が、ちょうど埋まった。
ダンは飲み終えた空の水筒を手に取り、試しにバッグへ入れようとした。
入口が水面のように揺れたものの、水筒は中へ入らない。
「本当に満杯だ」
身体には疲れが残っているが、少し休めばまだ狩れる。
眠気もなく、《嗅覚強化》を使えば、近くにコボルトがいることも分かった。
「まだ狩れるのに……」
少し残念だった。
疲れ切ったからでも、怪我をしたからでもない。
持ち帰れなくなったという理由で、2日間に及んだ狩りを終えることになった。
「仕方ないか」
ダンは5階へ戻る階段へ向かう前に、壁際へ腰を下ろした。
「そういえば、レベルも上がってた」
ステータスを開く。
【名前:ダンテ・ヴァレン】
【登録名:ダン】
【種族:ダンピール/混血種】
【年齢:16】
【レベル:10】
【HP:418/418】
【MP:367/367】
【筋力:176】
【耐久:211】
【俊敏:238】
【器用:217】
【魔力:224】
【精神:187】
【種族スキル】
《夜目Lv1》
《不眠Lv1》
《吸血Lv3》
《状態異常耐性Lv1》
【固有スキル】
《触手》
《スキル強奪》
《超再生》
《眷属化》
【通常スキル】
《短剣術Lv6》
【次のレベルまで:0/64】
《跳躍Lv6》
【次のレベルまで:34/64】
《嗅覚強化Lv6》
【次のレベルまで:42/64】
《音響察知Lv6》
【次のレベルまで:0/64】
《鑑定Lv1》
《気配察知Lv1》
《筋力強化Lv1》
《斧術Lv1》
《隠蔽Lv1》
《剣術Lv6》
【次のレベルまで:28/64】
《麻痺毒Lv6》
【次のレベルまで:0/64】
「かなり上がったな……」
レベルは10となり、《剣術》と《嗅覚強化》もLv6まで上がった。
6階へ来たときとは、まるで違う。
そして、見慣れない固有スキルが1つ増えている。
「《眷属化》」
意識を向けると、説明が表示された。
【眷属化】
【生きている者へ自身の血を分け与え、吸血眷属として生まれ変わらせる】
【死亡した者を眷属化することはできない】
【契約には対象者本人の明確な同意を必要とする】
【成立した契約の解除は不可能】
【眷属化した対象者の種族は《吸血眷属》へ変化する】
【眷属化した対象者のレベルは1へ戻る】
【眷属化以前の記憶と人格は維持される】
【眷属は主へ絶対の忠誠を誓い、その命令に逆らうことはできない】
【主に関する秘密を、いかなる手段によっても漏らすことはできない】
【眷属の能力値は、純血のヴァンパイアに準ずる水準まで上昇する】
【現在の契約可能人数:3人】
「……すごいな」
生きている人間へ自分の血を与えれば、吸血眷属へ変えられる。
死んでからでは使えないが、生きてさえいれば瀕死である必要もなく、本人の同意さえあれば使えるらしい。
ただし、契約は解除できない。
種族そのものが《吸血眷属》へ変わり、レベルも1へ戻る。
記憶や人格は残るとはいえ、その後はダンへ絶対の忠誠を誓い、命令に逆らうこともできなくなる。主に関する秘密も漏らせず、能力値は純血のヴァンパイアに近い水準まで上がる。
「便利だけど……簡単に使っていいものじゃないよね」
人間ではなくなり、一度契約すれば元には戻せない。
本人が望んだとしても、その後は自分の命令へ逆らえなくなる。
ダンはしばらく表示を見つめた。
「もし使うとしても、このままでは死んでしまう人を助けるときだけだ」
それなら意味がある。
そのときも、人間ではなくなること、レベルが1へ戻ること、記憶と人格は残ること、自分へ絶対に逆らえなくなること、そして契約を解除できないことまで、何が起きるのかをすべて説明する。
それを知ったうえで、それでも本人が望んだ場合だけ使う。
「まあ、そんな人が現れるとも思えないけど」
ダンは表示を閉じた。
今考えるべきことは別にある。
墓石に刻まれていた言葉。
『お前を、あの方には渡さない』
父親が口にしていた言葉。
『他の者の手にかかるくらいなら――』
自分を狙っていたかもしれない何者か。
その相手が、どれほど強いのか分からない。
レベル10は以前の自分からすれば、信じられないほどの強さだった。
それでも、まだ足りない。
「もっと強くなれるなら、強くなっておきたい」
ダンは立ち上がった。
マジックバッグには90体分のドロップ品が詰まっている。
これだけ売れば、《隠蔽》のスキル書へもかなり近づけるはずだ。
「エマさん、どんな顔するかな」
90体分を一度に出したら、さすがに驚くかもしれない。
そんなことを考えながら、ダンは5階へ続く階段を上っていった。




