第25話◆ 6階の群れ
教会を離れたダンは、グランベルへ続く街道を歩きながら、何度も自分のステータスを開いていた。
【名前:ダンテ・ヴァレン】
【登録名:ダン】
【種族:ダンピール/混血種】
【年齢:16】
【レベル:8】
名前の欄には、もう伏せ字がない。
自分の本当の名前を知れたことは嬉しい。
墓の中で目覚めてからずっと感じていた、自分が何者なのか分からない不安が、ほんの少しだけ薄れた気がする。
しかし、ヴァレンという姓が安全なものなのかは分からなかった。
墓石とコートに刻まれていた家紋。
ダンテを何者かへ渡すまいと、自分の胸へ剣を突き立てた父親。
そして、墓石の裏に残されていた「あの方」という言葉。
ダンピールを狙っている者がヴァレンという名前を知っているなら、本名が表示されるようになったことは喜んでばかりもいられない。
「《隠蔽》で、名前も隠せないかな」
歩きながらスキルへ意識を向ける。
現在、《隠蔽Lv1》で偽装しているのは種族の欄だ。
誰かから《鑑定》を使われた場合、ダンピールではなく人間と表示されるようにしている。
試しに、隠す対象を名前へ変更してみる。
【名前:ダン】
【種族:ダンピール/混血種】
「片方だけか……」
もう1度、隠す対象を種族へ戻す。
すると名前はダンテ・ヴァレンへ戻り、種族が人間へ偽装された。
どうやら《隠蔽Lv1》で偽装できる項目は、1つだけらしい。
どちらを優先するか、考えるまでもなかった。
ダンピールだと知られる方が、はるかに危険だ。
普段は自分からステータスを見せなければいい。名前を聞かれたときも、今までどおりダンと名乗れば問題ないだろう。
それでも、《鑑定》を持つ相手から不意に見られれば、本名を知られる可能性がある。
「やっぱり、《隠蔽》のスキル書は必要だな」
最低でも、もう1冊。
できれば何冊も買い、《隠蔽》そのものを高いレベルまで上げたい。
スキル書は1冊で金貨5枚。
今の所持金は銀貨110枚と銅貨4枚しかない。先にマジックバッグを買ったことは後悔していないが、《隠蔽》のスキル書まではまだ遠かった。
もっと稼がなければならない。
そして、もし父親が恐れていた「あの方」が自分を狙っているなら、金だけでなく力も必要になる。
街へ戻る頃には、ダンの中で次にやるべきことが決まっていた。
青石の迷宮6階。
これまで足を踏み入れていなかった、コボルトのいる階層へ進む。
グランベルへ戻ったダンは、そのまま冒険者ギルドへ立ち寄った。
すぐに迷宮へ向かうのではなく、まずは6階の情報を集めるためだ。
受付には何人かの冒険者が並んでいたが、ダンの順番になると、受付嬢は早くも何かを察したような顔をした。
「今日は買取ではないんですね」
「はい。教えていただきたいことがあります」
「今度は何階へ行くおつもりですか?」
「6階です」
受付嬢は小さく息を吐いた。
「やっぱり先へ進むんですね」
「分かりましたか?」
「ダンさんは、4階と5階の魔物をあれだけ狩っていますから。いつまでも同じ階にいるとは思っていませんでした」
呆れられているのか、心配されているのか分からない。
少なくとも怒ってはいないようなので、ダンはそのまま質問を続けた。
「6階のコボルトは、ゴブリンと何が違うんですか?」
「最も大きな違いは、群れで動くことです。3体から5体ほどで行動し、仲間の位置を意識しながら襲ってきます」
「ゴブリンより頭がいいんですね」
「はい。それに、ゴブリンより武器の扱いにも慣れています。正面にいる1体へ気を取られている間に、残りが左右へ回り込むこともあります。どの個体も、短剣より少し長い片手剣を使います」
ダンは受付嬢の説明を聞きながら、頭の中で戦い方を組み立てる。
1体ずつなら、今の自分が負けるとは思えない。
しかし、吸血してスキルを奪うためには、殺さずに動きを止めなければならない。
複数を相手にしながら、それを行うのは初めてだった。
「コボルトは、どのくらいのレベルですか?」
「6階なら、レベル9から12程度が多いとされています。ただし群れで襲ってくるため、1体ごとのレベルだけで判断しないでください」
「討伐依頼もありますか?」
「常設依頼があります。コボルトの討伐証明は魔石で、5体につき銀貨3枚です。魔石のほかに牙と毛皮がドロップし、稀に刃こぼれした小剣が残ることもあります」
魔石だけでなく、牙と毛皮も売れる。
小剣まで持ち帰れれば、さらに収入を増やせるだろう。
マジックバッグがある今なら、重量を気にして武器を捨てる必要もない。
「6階で注意することは、ほかにありますか?」
「追い詰められたコボルトが鳴き声で仲間を呼ぶ場合があります。戦っている途中で数が増える可能性もありますので、長引かせないようにしてください」
「分かりました。ありがとうございます」
「本当に気をつけてくださいね。ダンさんはFランクになったばかりなんですから」
「はい。危ないと思ったら、すぐに逃げます」
そう答えると、受付嬢はあまり信用していないような顔をした。
翌朝、ダンは青石の迷宮へ向かった。
入口で冒険者証を見せ、慣れた通路を進んでいく。
1階から3階までは魔物を避け、4階と5階も《音響察知》と《気配察知》を使って戦闘を減らした。
以前は遠くから聞こえる羽音や足音に警戒していたが、《音響察知Lv6》となった今では、音の変化を追うことで、それがどちらへ動いているのかも以前より分かりやすくなっている。
5階の奥にある階段を下りる。
6階へ足を踏み入れた瞬間、空気の匂いが変わった。
湿った岩と土。
その中に、獣の体臭が混じっている。
通路の幅は5階までと大きく変わらないが、壁には獣の爪で引っかいたような傷がいくつも残っていた。
ダンは短剣の柄へ手を添え、慎重に進む。
しばらく歩くと、《音響察知》が前方から複数の足音を捉えた。
1つではない。
足音の間隔と重なり方へ意識を集中する。
「3体……かな」
少なくとも、近くにほかの足音は聞こえない。
ダンは足を止め、岩壁の陰から通路の先を覗いた。
灰褐色の体毛に覆われた、小柄な狼が二本の脚で歩いている。
身長はダンの胸元ほどしかないが、前へ突き出た口元には鋭い牙が並び、両手には黒い爪が生えていた。腰には薄汚れた布を巻き、右手には短剣より一回り長い片手剣を握っている。
同じ姿をした魔物が、3体並んで歩いていた。
ダンは先頭の個体へ《鑑定》を使う。
【種族:コボルト】
【レベル:11】
【状態:警戒】
続いて、残りの2体も確認する。
レベルは10と9。
3体とも、すでに何かを警戒しているようだった。
何のスキルを持っているのかまでは分からない。
それは吸血してみれば分かる。
どう戦うか考えていると、先頭のコボルトが突然足を止めた。
鼻先を上げ、何度も空気の匂いを嗅ぐ。
「もしかして……」
「ガウッ!」
コボルトが吠えた。
3体が同時にダンのいる方向を向き、片手剣を構える。
隠れて奇襲するつもりだったが、匂いまでは消せなかったらしい。
先頭のコボルトが正面から走り出す。
残りの2体は左右へ分かれ、岩壁に沿ってダンの側面へ回ろうとした。
受付嬢から聞いたとおりの動きだった。
「本当に連携してる……」
ダンは短剣を抜きながら、後ろへ下がった。
正面のコボルトが片手剣を振り下ろす。
速くはない。
ダンは身体を僅かにずらして剣を避け、その手首を短剣の柄で打った。
骨の砕ける感触とともに、片手剣が床へ落ちる。
そのまま脚を切ろうとした瞬間、右側から別の剣が迫った。
ダンは踏み込む足を止め、大きく後ろへ跳ぶ。
直後、左側から3本目の剣が振り抜かれた。
1体へ攻撃しようとすると、残りの2体がその隙を狙ってくる。
ゴブリンやポイズンフロッグとは、明らかに戦い方が違った。
だが、動きそのものが見えないわけではない。
3体分の足音。
剣が空気を切る音。
獣のような息遣い。
そのすべてが《音響察知Lv6》によって、はっきりと聞こえている。
ダンは左腕へ短剣の先を当て、小さく切り込んだ。
流れた血が、3本の細い触手へ変わる。
「ガウッ!?」
触手の1本が、正面のコボルトの足首へ絡みついた。
力を加減しながら引くと、コボルトの身体が前へ倒れる。
残る2本を左右へ伸ばし、回り込もうとしていたコボルトたちの足を払う。
3体がほとんど同時に床へ転がった。
「誰もいないよね」
ダンは《音響察知》と《気配察知》で周囲を確認する。
近くに別の足音は聞こえず、ほかの気配も感じない。
起き上がろうとした1体へ駆け寄り、太腿を切る。
傷口から血が流れ、立ち上がろうとした脚から力が抜けた。
2体目には、血へ混ぜた《麻痺毒Lv6》を使う。触手の先端で腕を浅く刺すと、数秒もしないうちに動きが鈍り、床へ崩れ落ちた。
最後の1体は、片手剣を握る腕と両脚を切る。
3体とも生きているが、自力では立てない。
「これなら、吸血できる」
ダンは最初に、レベル11のコボルトの脇腹へ触手を刺した。
暴れようとする身体を別の触手で床へ押さえながら、血を吸い上げる。
必要な量へ達したが、システム表示は現れなかった。
すでに持っている《剣術》と《嗅覚強化》が、それぞれ1回分ずつ重なった感覚だけが残る。
「やっぱり、同じスキルを持ってるんだ」
隠れていた自分を見つけたのは、《嗅覚強化》の影響だったのかもしれない。
強奪を終えると、ダンは触手を引き抜き、短剣でコボルトの首を切った。
コボルトの身体が光の粒となって消え、魔石、牙2本、灰褐色の毛皮がその場へ残る。
続いて、レベル10のコボルトから血を吸う。
必要な量へ達した直後、表示が浮かんだ。
【《剣術》を重複強奪しました】
【《剣術Lv2》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/4】
「上がった」
2体目も《剣術》と《嗅覚強化》を持っていた。
ダンは吸血を終えると触手を抜き、短剣でとどめを刺した。
身体が光の粒となって消え、魔石、牙2本、毛皮が残る。
最後のコボルトからも必要な量の血を吸い上げる。
表示は出ない。
だが、《剣術》も《嗅覚強化》も、さらに1回分ずつ重なったのが分かった。
どうやら3体とも、同じ2つのスキルを持っているらしい。
これならコボルトを狩り続ければ、《剣術》だけでなく《嗅覚強化》も伸ばせる。
最後のコボルトにも短剣でとどめを刺す。
光の粒となって消えた場所には、魔石、牙2本、毛皮と一緒に、刃こぼれした小剣が落ちていた。
「これが、低確率のドロップか」
拾い上げてみると、ダンが使っている短剣より刃が長く、僅かに重い。
武器としての品質は良くなさそうだが、《剣術Lv2》の使い方を試すにはちょうどいい。
ダンは小剣を軽く振ってみた。
それまで使ったことのない長さにもかかわらず、刃の重さや間合いが自然と分かる。
短剣と同じ感覚で振れば切っ先が流れることや、手首だけではなく肩まで連動させる必要があることも理解できた。
「これが《剣術》なんだ」
スキルを得るだけで、その武器を扱うための知識が身体へ馴染んでいく。
ダンはドロップ品を種類ごとに麻袋へ入れ、マジックバッグへ収納した。
小剣だけは、すぐ使えるよう腰帯へ差しておく。
3体を相手にしても、危険は感じなかった。
しかし、正面の1体だけを見て戦っていれば、左右から攻撃を受けていたかもしれない。
コボルトは単体の強さより、群れとしての動きが厄介な魔物だった。
そして、それはダンにとって都合のいい部分もある。
「1度に何体も見つかるなら、スキルを集めやすいよね」
通路の先から、再び複数の足音が聞こえてきた。
今度は4体。
ダンはドロップした小剣を抜き、その感触を確かめながら僅かに笑った。
金貨5枚分のスキル書を買い、まだ見ぬ敵に対抗できるだけの力を手に入れる。
そのためには、何体狩っても足りない。
「次は、この剣だけで戦ってみよう」
獣の匂いが近づいてくる。
ダンは足音の数と位置を確かめながら、4体のコボルトを迎え撃つために歩き出した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
物語の感想や印象に残った場面など、ひと言でもいただけると今後の執筆の励みになります。




