第21話◆ 次の目標
青石の迷宮を出ると、空は夕暮れの色に染まり始めていた。
入口を守る衛兵へ冒険者証を見せ、ダンはグランベルの街へ戻る。
片方の麻袋には、ケイブバット8匹分の魔石、翼膜、牙が入っていた。翼膜は薄く折り畳めるものの、8組も重なるとかなり嵩張る。
もう片方の麻袋は空のままだ。
小型のマジックバッグがあれば、麻袋10個分を持ち運べる。
その値段は金貨2枚。
「早く欲しいな……」
素材を持ってダンジョンとギルドを往復するたびに、マジックバッグの必要性を感じる。
冒険者ギルドへ入ると、エマがすぐに気づいた。
「あっ、ダンさん。きちんと暗くなる前に戻ってきましたね」
「約束しましたから」
「それで、午後は何匹倒したんですか?」
「ケイブバットを8匹です」
ダンが麻袋を買い取り台へ載せると、エマは僅かに頬を引きつらせた。
「少し狩ったら戻るとおっしゃっていませんでしたか?」
「8匹なので、午前中の32匹よりは少ないです」
「そういう意味ではなかったんですが……」
エマは諦めたように麻袋の口を開き、中身を確認していく。
魔石が8個。
翼膜が8組。
牙が16本。
「すべて揃っていますね。素材の買い取りが銀貨8枚。ケイブバットの常設討伐依頼も1回達成で、報酬が銀貨4枚。合計で銀貨12枚です」
「お願いします」
支払いを受け取り、ダンは現在の所持金を頭の中で計算する。
新しいコートの代金と、古い革のコートを手入れする費用を払い、今日の昼にはゴブリンの素材と依頼報酬を受け取った。食堂で食べた昼食代の銅貨15枚を差し引き、今回の銀貨12枚を加える。
現在の所持金は、銀貨134枚と銅貨4枚。
小型のマジックバッグまで、あと銀貨65枚と銅貨96枚だった。
「もう少しだ」
「マジックバッグの代金ですか?」
「はい。最初に値段を聞いたときよりは近づきました」
「ダンさんの場合、買ったら本当に何日も戻ってこなくなりそうですね」
「宿は借りたままにしますし、たまには戻ります」
「たまに、では困ります」
真顔で言われ、ダンは慌てて頷いた。
「できるだけ戻るようにします」
報告を終えたダンは、宿屋《銀の止まり木》へ戻った。
預けた革のコートは、まだ手入れを始めたばかりだ。仕上がるまで残り2日。その間に、できる限りダンジョンを進んでおきたい。
部屋へ入ったダンは、腰から短剣を外して机の上へ置いた。
ベッドへ腰を下ろし、頭の中で念じる。
「ステータスオープン」
淡い光とともに、現在の自分を示す文字が浮かび上がった。
【名前:※※※】
【登録名:ダン】
【種族:ダンピール/混血種】
【年齢:16】
【レベル:7】
【HP:315/315】
【MP:319/319】
【筋力:103】
【耐久:123】
【俊敏:139】
【器用:126】
【魔力:130】
【精神:109】
【種族スキル】
《夜目Lv1》
《不眠Lv1》
《吸血Lv3》
《状態異常耐性Lv1》
【固有スキル】
《触手》
《スキル強奪》
《超再生》
【通常スキル】
《短剣術Lv6》
《跳躍Lv5》
《嗅覚強化Lv4》
《音響察知Lv4》
《鑑定Lv1》
《気配察知Lv1》
《筋力強化Lv1》
《斧術Lv1》
《隠蔽Lv1》
《剣術Lv1》
レベルそのものは7のままだった。
ゴブリンやケイブバットを何十匹倒しても、3人組の冒険者を倒したときのようには上がらない。自分よりレベルの低い相手から得られる経験が少ないことも、理由の1つなのだろう。
ただ、それだけではないような気がした。
一般的な人間は、レベル1の能力値が8から10程度だと聞いている。それに対して、ダンはレベル1の時点で筋力35、耐久42、俊敏48もあった。ほかの能力値も、人間の4倍から5倍近い。
レベルが上がったときの成長幅も、人間より遥かに大きい。
これだけ素の力に差があるのなら、次のレベルへ上がるために必要な経験も、人間より多いのではないだろうか。
強い種族ほど成長が遅いというのは、以前読んだ異世界漫画にもよくある設定だった。
「ダンピールだから、レベルが上がりにくいのかな」
確かめる方法はない。
受付で尋ねれば、自分の種族や能力値について説明しなければならなくなる。
それでも、高レベルだった3人組を倒したときには一気にレベル7まで上がり、その後、低階層の魔物を大量に倒しても変化がない。相手とのレベル差と、ダンピールという種族。その両方が関係しているのかもしれない。
「レベルは上がらなくても、スキルは強くなってる」
今日だけで《短剣術》がLv6、《音響察知》がLv4になった。
今の僕にできるのは、奪えるスキルを増やしながら、少しずつ深い階層へ進むことだ。
「次は《音響察知》をLv5にしよう」
必要なのは、ケイブバットからあと16回の強奪。
そのあとは5階へ進む。
受付で見た依頼書には、5階にいる魔物はポイズンフロッグと書かれていた。名前から考えれば、毒を持つ蛙型の魔物だろう。
どんなスキルを持っているかは、《鑑定Lv1》では分からない。
実際に吸血して、《スキル強奪》を発動させてみるしかない。
それでも、毒に関係するスキルを持っている可能性は高い。それに、蛙なら《跳躍》を持っているかもしれない。
《跳躍》をLv6へ上げるには、同じスキルをあと29回奪う必要がある。
「ホーンラビットを狩りに1階へ戻るより、5階へ進んだ方がいいよね」
もしポイズンフロッグが《跳躍》を持っていれば、低い階層へ戻らずに強化できる。
さらに、まだ持っていないスキルまで奪えるかもしれない。
明日の目標が決まった。
まず4階で、ケイブバットを16匹。
《音響察知》をLv5へ上げてから、5階へ進む。
ダンはステータスを閉じると、明日の探索に備えて短剣の刃を布で拭き始めた。
眠る必要はない。
それでも静かな部屋で装備を整え、次の探索について考える時間は嫌いではなかった。
翌朝、宿の朝食を済ませたダンは、2つの麻袋を持って青石の迷宮へ向かった。
1階から3階までは戦闘を避け、真っ直ぐ4階を目指す。
4階へ到着すると、《音響察知Lv4》がいくつもの羽音を捉えた。
天井に張りついているケイブバットが僅かに翼を動かしただけでも、おおよその位置を掴める。
ダンは短剣を抜き、最初の羽音へ向かって走り出した。
黒い影が天井から離れる。
ケイブバットが急降下してくるより先に、ダンは床を蹴った。
《跳躍》によって身体が軽々と宙へ上がる。
すれ違う瞬間、短剣を振るい、片方の翼だけを切り裂いた。
ケイブバットが床へ落下する。
ダンは着地すると、すぐに周囲の音を確認した。近くに冒険者はいない。
腕に小さな傷をつけ、血の触手を伸ばす。
強奪を終え、短剣でとどめを刺す。
残された魔石、翼膜、牙を麻袋へ入れ、次の羽音へ向かう。
戦い方は、すでに身体に馴染み始めていた。
羽音で飛ぶ方向を読み、《跳躍》で同じ高さへ上がる。すれ違いざまに翼を斬り、落ちたところで吸血する。
数を重ねるほど、ケイブバットが飛び始める瞬間を捉えやすくなっていった。
ただ音を聞くだけではない。
羽ばたく間隔や風を切る音から、次にどちらへ動くのかを予測する。
そして16匹目。
ダンは正面から飛んできたケイブバットをぎりぎりまで引きつけ、真上へ跳んだ。
空中ですれ違いながら翼を斬り、先に着地する。
床へ落ちたケイブバットへ血の触手を突き刺し、必要な量を吸い上げた。
【《音響察知》を重複強奪しました】
【《音響察知Lv5》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/32】
その瞬間、耳へ届く音の輪郭が一段と鮮明になった。
遠くを歩く冒険者の足音。
離れた通路で羽ばたくケイブバット。
さらに下の階層から響いてくる、低く湿った鳴き声。
拾える音の範囲が広がっている。
それだけではない。
複数の音が重なっていても、それぞれの方向やおおよその距離、高さを以前よりはっきりと区別できた。
「これなら、5階でも不意を突かれにくくなるはずだ」
ダンは16匹分のドロップ品を2つの麻袋へ詰め、地上へ戻った。
素材と常設依頼の報酬は、合計で銀貨24枚になった。
これで所持金は、銀貨158枚と銅貨4枚。
小型のマジックバッグまで、あと銀貨41枚と銅貨96枚だ。
「また入るんですか?」
買い取りを終え、空になった2つの麻袋を手にするダンを見て、エマが尋ねる。
「はい。今度は5階を見てきます」
「今日はもう16匹倒しているんですよ?」
「まだ昼を少し過ぎたところですから」
「昨日も同じようなことを言っていましたね……」
「危なそうなら、すぐに戻ります」
ダンはエマに頭を下げ、再び青石の迷宮へ向かった。
今度は4階でも足を止めず、奥にある階段を下りる。
5階へ足を踏み入れた瞬間、湿った空気が肌にまとわりついた。
通路のあちこちに浅い水たまりができ、石壁には濃い緑色の苔が生えている。
そして、奥から低い鳴き声が響いてきた。
ぐぐっ。
ぐぐぐっ。
《音響察知Lv5》が、曲がり角の先にいる魔物の位置を捉える。
ダンは短剣を抜き、慎重に角から顔を出した。
そこにいたのは、大型犬ほどの大きさをした蛙だった。
黒に近い緑色の身体には、黄色い斑点が浮かんでいる。大きく膨らんだ喉が動くたび、湿った鳴き声が通路へ響いた。
ダンは魔物へ意識を向ける。
「鑑定」
【種族:ポイズンフロッグ】
【レベル:8】
【状態:警戒】
やはり、《鑑定Lv1》ではスキルまでは分からない。
「蛙なら、《跳躍》を持ってるかもしれない」
名前の通りなら、毒に関係する能力もありそうだ。
だが、何を持っているのかは吸血してみるまで分からない。
ダンが短剣を構えた瞬間、ポイズンフロッグの喉が大きく膨らんだ。
何かが来る。
《音響察知Lv5》が、口の奥で液体の動く音を捉える。
ダンは反射的に横へ跳んだ。
直後、粘り気のある紫色の液体が、先ほどまで立っていた場所へ飛んできた。
「毒を飛ばしてくるんだ……」
名前から毒を持っていることは予想していたが、まさか離れた場所まで吐き出してくるとは思わなかった。
それでも、ダンの口元には小さな笑みが浮かんでいた。
新しい魔物。
新しい階層。
そして、まだ何を奪えるのか分からない、新しい獲物。
次の目標は、決まった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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