第20話◆ スキル狩り
翌朝、ダンは2つの麻袋を手に青石の迷宮へ向かった。
新しく買った濃い灰色のコートは、以前の革のコートより軽くて動きやすい。深めのフードを被れば顔も隠れるため、街を歩いている間に向けられる視線も少し減った気がする。
迷宮へ入ったダンは、1階と2階では戦闘を避け、そのまま3階を目指した。
今日の目的は、ゴブリンの素材ではない。
自分のステータスを確認すると、《短剣術》の進捗が表示されている。
【《短剣術Lv5》】
【次のレベルまで:0/32】
ゴブリンから《短剣術》をあと32回奪えば、《短剣術Lv6》へ上げられるはずだ。
ただし、触手で動きを封じて吸血するだけでは、ダン自身が短剣の扱いに慣れない。
触手は強い。
けれど、人前では使えない。
冒険者ギルドには、ゴブリンから奪った短剣や自分の短剣で戦ったと説明している。誰かに見られている場所で短剣をまともに使えなければ、いつか不自然に思われるかもしれない。
「今日は触手に頼らず、短剣だけで立てなくしてみよう」
3階へ下りて間もなく、《音響察知Lv3》が前方の足音を捉えた。
重なる足音は2つ。
片方は歩くたびに金属の擦れる音を立てている。
ダンは曲がり角の手前で足を止め、静かに覗き込んだ。
通路の先にいたのは、2匹のゴブリンだった。
どちらも錆びた短剣を持っている。
「鑑定」
【種族:ゴブリン】
【レベル:3】
【状態:警戒】
もう1匹も同じだった。
《鑑定Lv1》では、相手が持っているスキルまでは分からない。
それでも問題はない。
これまで何度もゴブリンから《短剣術》を奪っている。短剣を持つゴブリンなら、今回も同じスキルを持っている可能性は高い。
ダンは周囲の音へ意識を集中させた。
遠くに別の冒険者らしき足音が聞こえるが、こちらへ近づいてくる様子はない。しばらくは戦闘を見られる心配もなさそうだった。
腰の短剣を抜き、通路へ出る。
ダンに気づいたゴブリンが耳障りな声を上げ、2匹同時に駆けてきた。
以前なら触手を伸ばしていた。
しかし今回は短剣を構えたまま、正面から迎え撃つ。
先に飛び込んできたゴブリンが、錆びた短剣を横薙ぎに振るう。
その動きは遅く見えた。
ダンは半歩だけ後ろへ下がって刃を避け、すれ違いざまにゴブリンの脚へ短剣を走らせる。
「あっ」
力を抑えたつもりだったが、刃は予想以上に深く入った。
ゴブリンの右脚から血が噴き出し、身体が床へ崩れ落ちる。
傷が深すぎる。
このまま放っておけば、吸血する前に死んでしまうかもしれない。
それでも、もう1匹が待ってくれるはずはなかった。
背後から振り下ろされた短剣を身体を捻ってかわし、今度は相手の足首の後ろだけを狙う。
短剣の先が腱を切り、2匹目のゴブリンも体勢を崩した。
先ほどより浅い。
それでもゴブリンは片脚に力が入らず、立ち上がれない。
「今くらいでいいんだ」
倒すためではなく、動けなくするために斬る。
今のダンに必要なのは、身体能力をぶつけることではなく、狙った場所へ必要なだけの力を伝える技術だった。
動けなくなった2匹へ近づく前に、もう1度周囲の音を確認する。
近づいてくる足音はない。
ダンは短剣で腕へ小さな傷をつけ、流れ出した血を細い触手へ変えた。
触手を最初のゴブリンの脇腹へ突き刺し、《吸血》を発動する。
温かな血が流れ込んでくる。
相手の身体から4割ほどの血を吸ったところで、待っていた表示が現れた。
【吸血量が強奪条件に達しました】
【固有スキル《スキル強奪》が発動しました】
【《短剣術》を重複強奪しました】
【次のレベルまで:1/32】
続けて、もう1匹からも吸血する。
【《短剣術》を重複強奪しました】
【次のレベルまで:2/32】
強奪を終えた2匹へ短剣でとどめを刺すと、身体が光の粒となって消え、それぞれ小さな魔石を残した。
「32匹か……結構いるな」
必要な数は多い。
それでも、ダンは少しも嫌だとは思わなかった。
魔物を探し、戦い、スキルを奪う。
自分が確実に強くなっていくことが、楽しくて仕方がなかった。
ダンは魔石を麻袋へ入れ、次のゴブリンを探して歩き出した。
初めのうちは、何度か力加減を誤った。
脚を深く斬りすぎて、急いで吸血しなければならないこともあった。反対に傷が浅すぎて、倒れたゴブリンが再び立ち上がることもあった。
それでも、数を重ねるほど短剣の扱いは安定していった。
相手の短剣を最小限の動きで避け、すれ違いざまに片脚を斬る。倒れなければ反対側へ回り込み、もう片方の脚へ刃を入れる。
短剣を持つ手だけではない。
踏み込む足の位置。
相手との距離。
刃を当てる角度。
奪った《短剣術》が教えてくれる動きを、実際の戦闘を通して自分の身体へ馴染ませていく。
【次のレベルまで:8/32】
【次のレベルまで:16/32】
【次のレベルまで:24/32】
進捗が増えるたび、ダンの動きから余計な力が抜けていった。
そして、32匹目。
最後のゴブリンが振り下ろした短剣を自分の短剣で受け流し、そのまま横へ抜ける。
ダンが振り返ったときには、ゴブリンの片脚から血が流れていた。
ゴブリンは数歩進んだところで膝をつき、そのまま床へ倒れる。
ダンは周囲に誰もいないことを確認し、血の触手を伸ばした。
【《短剣術》を重複強奪しました】
【《短剣術Lv6》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/64】
「上がった……!」
短剣を握る手に、新たな感覚が馴染んでいく。
ただ知識が増えただけではない。
32匹を相手に繰り返した動きと、奪った技術が結びつき、短剣が先ほどまでよりも自然に手の中へ収まっているように感じられた。
ゴブリンへとどめを刺し、残された魔石を拾う。
今回手に入れたのは、ゴブリンの魔石が32個。それに、ドロップした錆びた短剣の中から売れそうな物を10本選んで持ち帰ることにした。
目的だった《短剣術》もLv6へ上がっている。
「一度、ギルドへ戻ろう」
まだ昼を少し過ぎたばかりだった。
ダンは来た道を引き返し、地上へ戻った。
冒険者ギルドへ入ると、受付にいたエマが目を丸くした。
「ダンさん? 今朝、ダンジョンへ向かいましたよね?」
「はい。3階でゴブリンを狩ってきました」
「もう戻ってきたんですか?」
「午前中の目的は終わったので、一度報告しておこうと思いまして」
「午前中の目的……?」
エマは不思議そうな顔をしたが、ダンは笑って誤魔化した。
短剣術を奪うために32匹のゴブリンを狩ったとは言えない。
買い取り台へ、32個の魔石と10本の錆びた短剣を並べる。
「ゴブリンの魔石32個で銀貨6枚と銅貨40枚。錆びた短剣10本で銀貨1枚と銅貨50枚です」
エマが慣れた手つきで計算していく。
「常設のゴブリン討伐依頼は10匹ごとに銀貨2枚ですから、30匹分で銀貨6枚。合計で銀貨13枚と銅貨90枚ですね」
「お願いします」
前日までの所持金は銀貨108枚と銅貨29枚。今回の銀貨13枚と銅貨90枚を加え、所持金は銀貨122枚と銅貨19枚になった。
「ところで、先ほど一度戻るとおっしゃいましたよね?」
「はい。食事をしたら、もう1度ダンジョンへ行こうと思っています」
「もう1度?」
エマの声が僅かに裏返った。
「今度は4階です」
「ダンさん。冒険者になったばかりの人は、普通、午前中にゴブリンを32匹も狩りません。そのあと食事をして、もう1度ダンジョンへ行ったりもしません」
「でも、まだ午後がありますよ?」
「そういう問題でしょうか……」
エマは困ったように額へ手を当てた。
「無理はしません。ケイブバットを少し狩ったら戻ってきます」
「必ず暗くなる前に戻ってきてくださいね」
「はい」
精算を終えたダンは、ギルドに併設された食堂へ向かった。
肉と豆を煮込んだシチューと黒パンを頼み、銅貨15枚を支払う。これで所持金は銀貨122枚と銅貨4枚になった。
血を吸っているため、身体は食事を強く求めてはいない。それでも、焼きたてのパンや温かい料理の匂いを嗅ぐと、自然に食欲が湧いてきた。
柔らかく煮込まれた肉を口へ運ぶと、塩気と香草の香りが広がる。
「おいしい……」
吸血では得られない味だった。
身体を生かすだけなら、血だけでも足りるのかもしれない。
けれど、温かい料理を食べると、自分が今も人間であるような気持ちになれた。
食事を終えると、ダンは空になった2つの麻袋を持ち、再び青石の迷宮へ向かった。
午後の目的は4階のケイブバットだ。
【《音響察知Lv3》】
【次のレベルまで:0/8】
あと8回奪えば、《音響察知Lv4》へ上がる。
4階へ到着したダンは、薄暗い通路の中で足を止めた。
微かな羽音が、右斜め前方から近づいてくる。
まだ姿は見えない。
それでも《音響察知Lv3》があれば、音の方向と、それが近づいてきていることくらいは分かる。
ダンは短剣を抜いた。
やがて天井近くの暗闇から、ケイブバットが急降下してくる。
ダンは床を蹴り、《跳躍》を使って空中へ飛び上がった。
黒い影とすれ違う一瞬、短剣を横へ振るう。
刃がケイブバットの片翼を切り裂いた。
飛ぶ力を失った身体が、回転しながら石床へ落下する。
ダンは少し遅れて着地すると、周囲に他の冒険者がいないことを確かめた。腕に小さな傷をつけ、血の触手を落ちたケイブバットへ伸ばす。
【吸血量が強奪条件に達しました】
【固有スキル《スキル強奪》が発動しました】
【《音響察知》を重複強奪しました】
【次のレベルまで:1/8】
「上手くいった」
午前中に繰り返した短剣の訓練が、空中でも役に立った。
羽音から飛んでくる方向を読み、《跳躍》で同じ高さまで上がり、片方の翼だけを斬る。
切り落とす必要はない。
飛べなくなるだけの傷を与えれば、落ちたところで安全に吸血できる。
2匹目。
3匹目。
数を重ねるにつれて、羽音を聞いてから身体を動かすまでの迷いがなくなっていった。
姿を確認してから追うのではない。
音の方向から飛んでくる軌道を予測し、先回りするように跳ぶ。空中ですれ違いながら翼を斬り、落下したケイブバットから《音響察知》を奪う。
【次のレベルまで:4/8】
【次のレベルまで:7/8】
そして8匹目の吸血を終えた瞬間、待っていた表示が現れた。
【《音響察知》を重複強奪しました】
【《音響察知Lv4》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/16】
耳へ入ってくる音の輪郭が、一段はっきりした。
遠くで水滴が落ちる音。
離れた通路を歩く冒険者たちの足音。
天井に張りつき、翼を僅かに動かすケイブバット。
方向だけではない。
意識を集中すれば、おおよその距離や高さまで掴める。
さらに耳を澄ませると、4階の奥から下へ続く階段の向こうから、低く湿った鳴き声が聞こえてきた。
5階にいるポイズンフロッグだろう。
「次は、あれか……」
ダンは8匹のケイブバットへとどめを刺し、残された素材を回収した。
魔石8個、翼膜8組、牙16本。
それらを麻袋へ入れる。
今日はまだ、5階へ進まない。
午前中に《短剣術》をLv6へ上げ、午後には《音響察知》がLv4になった。
十分な成果だ。
それでも、階段の先から聞こえてくる未知の魔物の声に、ダンの胸は高鳴っていた。
欲しいスキルを持つ魔物を探し、狙って奪う。
ダンはようやく、《スキル強奪》の本当の使い方を理解し始めていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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