第16話◆ ゴブリン乱獲
翌朝、ダンは朝食を済ませると冒険者ギルドへ向かった。
昨夜は宿へ戻ったあとも、ほとんど部屋から出なかった。
眠る必要はなかったが、人間を殺した感触と、蘇った記憶について考える時間が欲しかった。どれほど考えても答えは出なかったが、朝の鐘が鳴る頃には気持ちを切り替えられていた。
冒険者ギルドへ入ると、エマがすぐにダンへ気づいた。
「おはようございます、ダンさん。副支部長がお待ちです」
「もう調査が終わったんですか?」
「まだ続いていますが、報奨金の金額が決まりました」
昨日と同じ面談室へ案内されると、机の向こうにハインツが座っていた。
「来たか。座ってくれ」
「はい」
ダンが椅子へ座ると、ハインツは書類を広げた。
「昨夜の報告後も調査を続けた。縦穴から見つかった遺骨と、行方不明者の記録を照合しているところだ。手帳に記されていた奴隷商についても、別の部署が調べている」
「売られた人たちは見つかりそうですか?」
「まだ何とも言えない。すでにグランベルの外へ運ばれている可能性もある。時間はかかるだろう」
「そうですか……」
手帳には、売却された者の名前も記録されていた。
全員を助けられるとは限らない。それでも、手掛かりすらなかった昨日までとは違う。
「君には、事件の発見と証拠提出に対する報奨金として銀貨30枚が支払われる」
「ありがとうございます」
「それとは別に、現場から回収したガレスたちの装備をギルドで査定した」
ハインツが別の書類をダンの前へ置いた。
ガレスの長剣と革鎧が銀貨22枚、ボルドの片手斧と革鎧が銀貨19枚、ニックの小型弩と軽装防具が銀貨19枚。
合計で銀貨60枚と記されている。
「ゴブリンに荒らされて傷んではいたが、元はEランク冒険者が使っていた装備だ。回収と売却にかかる手数料として銀貨6枚を引き、残る銀貨54枚を報奨金へ加算する」
「僕が受け取っていいんですか?」
「3人の所持金は被害者から奪った可能性が高いため、遺族への返還と補償へ回す。だが、装備は本人たちが正規の店で購入した記録が残っていた。犯罪者が死亡した場合、その装備は討伐者か発見につながる情報を提供した者へ渡される決まりだ」
実際に3人を倒したのはダンだ。
それを知らないハインツから装備代を渡されることに、少し不思議な気持ちになった。
「事件の報奨金と合わせて、銀貨84枚になる」
ハインツが机の上へ革袋を置いた。
手に取ると、これまでに受け取ったどの袋よりも重い。
「重い……」
「銀貨84枚だからな。落とすなよ」
「はい。ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらだ。君の報告がなければ、ガレスたちは今後も新人を狙い続けていただろう」
ダンは革袋を大切に抱え、面談室を出た。
受付へ戻ると、今度は自分が持っていた麻袋をエマへ渡した。
「こちらの買取もお願いします」
「昨日、3階で倒したゴブリンの素材ですね」
麻袋には、ゴブリンの魔石6個と錆びた短剣6本が入っている。
エマは魔石を確認し、短剣を1本ずつ受付台へ並べた。
「ゴブリンの魔石は1個銅貨20枚です。6個で銀貨1枚と銅貨20枚になります」
続いて、錆びた短剣の刃や柄を確認する。
「どれも状態はよくありませんが、鉄の素材として買い取れます。1本銅貨15枚なので、6本で銅貨90枚です」
「合わせると、いくらになりますか?」
「銀貨2枚と銅貨10枚ですね」
代金を受け取り、先ほどの報奨金と合わせる。
元から持っていた銀貨3枚と銅貨49枚を加え、現在の所持金は銀貨89枚と銅貨59枚になった。
革袋が明らかに重くなっている。
「これだけあっても、まだ半分に届かないんだ……」
「何を買うつもりなんですか?」
「小型マジックバッグです」
「なるほど。金貨2枚ですから、銀貨にすると200枚ですね」
残りは銀貨110枚と銅貨41枚。
登録してから数日でかなり稼いだはずだが、目標まではまだ遠かった。
「ゴブリンを狩れば、もう少し早く貯まりますか?」
「素材を売るだけでなく、討伐依頼を受けてはどうですか?」
「討伐依頼?」
エマが受付の横に置かれた依頼書を取り出した。
「青石の迷宮3階にいるゴブリンの間引き依頼です。魔石10個を提出するごとに銀貨2枚が支払われます。魔石そのものの買取代は別に受け取れますよ」
「何組まで受けられますか?」
「常設依頼なので上限はありません。ただし、昨日のような無茶はしないでくださいね」
「分かりました」
ダンは迷わず依頼を受けた。
ゴブリンを吸血すれば《短剣術》を上げられる。魔石と錆びた短剣を売り、討伐報酬まで受け取れるなら、金とスキルを同時に得られる。
宿へ戻る必要もない。
空になった麻袋を2つ持ち、そのまま青石の迷宮へ向かった。
1階と2階では、《嗅覚強化Lv4》と《気配察知Lv1》を併用した。
匂いだけでなく、生き物がいる方向をぼんやり感じ取れるため、魔物や他の冒険者がいる通路を避けて進める。
3階へ到着すると、ダンはすぐにゴブリンの匂いを探した。
近くの曲がり角に1体いる。
新しく得た《鑑定Lv1》を使ってみると、視界に文字が浮かんだ。
【種族:ゴブリン】
【レベル:4】
【状態:警戒】
スキルまでは表示されない。
それでも、相手のレベルと状態が分かるだけで十分に便利だった。
ゴブリンが短剣を構え、ダンへ走ってくる。
ダンは左腕へ小さな傷をつけ、血から触手を作った。
これまでと同じ感覚でゴブリンの脚を狙い、触手を振るう。
鈍い音が響いた。
ゴブリンの身体が通路の壁まで飛び、叩きつけられる。そのまま光の粒となって消え、魔石と錆びた短剣が床へ落ちた。
「……またやってしまった」
吸血する前に倒してしまった。
Lv2からLv7へ上がり、筋力は42から103へ増えている。触手の威力も大きく上昇しているらしい。
同じ力加減では、ゴブリンの脚だけを傷つけることができない。
「もっと弱く……本当に軽くでいいんだ」
魔石と短剣を拾い、次の匂いを追う。
今度は2体だった。
ダンは触手を2本へ分け、先端を細くする。振り抜くのではなく、脚へ巻きつけてから少しずつ力を加えた。
骨を砕く必要はない。
立てない程度に筋肉を傷つければ、吸血する時間は作れる。
「ギャッ!」
「ギィッ!」
2体のゴブリンが床へ倒れた。
まだ生きている。
ダンはほっと息を吐き、順番に吸血した。
力加減さえ間違えなければ、今までより簡単に動きを封じられる。
そこから、ダンの狩りは急速に効率を増していった。
《嗅覚強化》でゴブリンの位置を探し、《気配察知》で周囲に別の気配がないか確かめる。他の冒険者が近くにいないことを確認してから触手を作り、脚を傷つけて吸血する。
ゴブリンの短剣が届くより、ダンの触手が動くほうが速い。
8体目から吸血した瞬間、表示が変わった。
【《短剣術》を重複強奪しました】
【《短剣術Lv4》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/16】
「あと16体」
必要な数が倍になっても、諦める理由にはならなかった。
むしろ、目的の数がはっきりしていることが楽しい。病室では、頑張ったからといって病気が治るわけではなかった。今は倒した数だけ、確実に強くなれる。
ダンは休むことなく狩りを続けた。
途中からは、3体、4体の群れを見つけても避けなくなった。
同時に操れる触手は2本までだが、今のダンにはそれで十分だった。
最初の2体の脚を素早く絡め取って倒し、触手を引き戻した直後に残るゴブリンへ伸ばす。高い俊敏と器用のおかげで、複数の敵を相手にしても触手を切り替える動きに迷いはない。
吸血した数が増えたところで、新しい表示が現れた。
【《吸血Lv3》へ上昇しました】
次のゴブリンから血を吸うと、これまでより早く《スキル強奪》が発動した。
《吸血Lv2》では相手の血を6割ほど吸う必要があったが、Lv3では4割ほどで足りるらしい。1体にかかる時間が短くなり、狩りの速度がさらに上がった。
そして、さらに16体から《短剣術》を強奪した瞬間、再び表示が現れた。
【《短剣術》を重複強奪しました】
【《短剣術Lv5》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/32】
「これでLv5だ」
ダンは腰から短剣を抜き、何度か振ってみた。
以前より速くなったにもかかわらず、刃先は狙った位置で正確に止まる。相手の攻撃を受け流し、そのまま急所へ刃を滑り込ませる動きまで、身体が自然に理解していた。
スキルを重ねるほど、自分の技術として馴染んでいく。
森で最初のゴブリンを前にしたときは、短剣を振り下ろされても動けなかった。
今では、同じゴブリンを25体続けて倒しても傷ひとつ負わない。
最初に吸血前に倒した1体を含め、今回倒した数は25体。そのうち24体から吸血したことになる。
魔石はすべて回収したが、錆びた短剣は状態のよい物だけを選んだ。
《鑑定Lv1》を使うと、短剣の状態が簡単に表示される。
【錆びた短剣】
【状態:粗悪】
【錆びた短剣】
【状態:損傷】
【錆びた短剣】
【状態:使用可能】
損傷している物や、鉄の腐食が激しい物は置いていく。持ち帰ったのは、比較的状態のよい8本だけだった。
魔石25個と短剣8本を入れても、麻袋2つにはまだ余裕がある。
「もう少し入りそうだな」
3階で《短剣術Lv5》を手に入れたため、ここへ留まる理由はなくなった。
レベルそのものは7から上がっていない。ゴブリンとのレベル差が広がり、以前より得られる経験値が少なくなっているのかもしれない。
もっと強くなり、価値の高い素材を持ち帰るには、さらに下へ進む必要がある。
ダンは3階の奥にある階段を見つけ、迷わず下りた。
4階へ足を踏み入れた途端、空気が変わった。
3階より天井が高く、壁の青い石も少ない。《夜目Lv1》があっても、天井付近までははっきり見通せなかった。
土や苔に混じって、獣の匂いがする。
近くに何かいることは、《気配察知》でも分かる。
しかし、匂いも気配も頭上へ広がり、正確な位置を捉えられない。
ダンが天井を見上げた瞬間、暗闇の中から小さな羽音が聞こえた。
続いて、別の方向からも羽音が重なる。
音は1つではなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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