第15話◆ 戻らなかった新人たち
夕方の冒険者ギルドは、依頼を終えて戻ってきた冒険者たちで混雑していた。
受付前には魔石や素材を持った者が並び、酒場からは今日の成果を語り合う声が聞こえてくる。
ダンは人の間を抜け、エマがいる受付へ向かった。
「ダンさん、お帰りなさい」
いつものように笑顔を向けたエマだったが、すぐにダンの様子が普段と違うことへ気づいた。
服の左肩に穴が開き、乾いた血が付着している。革の胸当てにも刃物が当たったような傷が残っていた。
「どうしたんですか、その服。怪我をしたんですか?」
「怪我は大丈夫です。それより、人に聞かれない場所で報告したいことがあります」
「人に聞かれない場所で?」
「はい。3階で、血の付いた冒険者登録証を見つけました」
エマの表情から笑みが消えた。
「少し待っていてください」
隣の職員へ受付を任せると、エマはダンをギルドの奥へ案内した。
通されたのは、小さな机と椅子だけが置かれた面談室だった。扉を閉めれば、外の話し声はほとんど聞こえなくなる。
「見つけた物を確認してもいいですか?」
「はい」
ダンは麻袋の中から、血の付いた登録証を取り出した。
半分に割れた物を含め、全部で4枚ある。
エマは1枚ずつ名前を確認していたが、やがて指を止めた。
「この方……覚えています」
「知っている人ですか?」
「冒険者登録を担当しました。まだ17歳で、登録したのは2週間ほど前です」
エマの声がわずかに震えた。
「初めて依頼を受けた翌日から戻らなくなりました。ご家族からも捜索の相談が来ていたのですが、ダンジョン内で行方不明になった冒険者を見つけるのは難しくて……」
残る登録証にも、行方不明者として届けが出されている名前があった。
ダンは続けて、小さな手帳と銀貨の入った袋を机へ置いた。
「登録証と一緒に、これも隠されていました」
「中を見ても?」
「どうぞ」
エマが手帳を開く。
ページを進めるにつれ、その顔から血の気が引いていった。
『男2名、処分』
『女1名、銀貨80枚』
『荷物、銀貨23枚』
日付と名前、金額が並び、同じような記録が何ページも続いている。
「これは……」
「人を殺したり、売ったりした記録だと思います」
「ここで待っていてください。私だけでは判断できません」
エマは手帳を持って部屋を出た。
しばらくして戻ってきたときには、50歳ほどの男が一緒だった。
短く刈った白髪と鋭い目を持ち、職員と同じ上着を着ている。左の頬には、古い傷跡が残っていた。
「冒険者ギルド副支部長のハインツだ。君がこれを見つけたのか?」
「はい。ダンといいます」
「登録証は確認した。Gランクになって2日目だな」
「はい」
ハインツはダンの向かいへ座り、机の上の手帳を開いた。
「最初から説明してくれ。覚えている限り、細かく頼む」
ダンは3階でゴブリンを狩っていたところから話し始めた。
《嗅覚強化》で血の匂いに気づいたこと。その匂いを追って脇道へ入り、登録証や血の付いた衣服を見つけたこと。
そこへガレス、ボルド、ニックと名乗る3人組が現れたことも話した。
名前を聞いたハインツの眉が動く。
「ガレスたちに間違いないのか?」
「3人とも、そう名乗っていました」
「全員Eランクの冒険者だ。新人へ狩場を教えている姿を何度も見られている」
「親切な人たちだと思われていたんですか?」
「少なくとも、これまではな」
ハインツの声が低くなる。
ダンは登録証を見せて質問したところ、3人の態度が変わったと説明した。
「口封じのために襲われたのか?」
「僕を捕まえて、売るつもりだったようです」
「売る?」
「顔も悪くないから使い道がある、と言われました」
ダンピールだと知られたことや、吸血鬼へ売ろうとしていたことは伏せた。
ハインツの表情がさらに険しくなる。
「それで、どうやって逃げた?」
「《跳躍》を使いました」
「跳躍?」
「ホーンラビットが持っているスキルです。相手は僕を生け捕りにしようとしていたので、最初から殺すつもりではありませんでした。その隙に逃げました」
「服の穴は?」
「弩で撃たれました。矢は自分で抜きました」
「傷を見せてもらえるか?」
「もう治っています」
ダンは穴の開いた部分をずらし、左肩を見せた。
肌には傷跡すら残っていない。
ハインツが目を細める。
「治癒ポーションを使ったのか?」
「いえ。思っていたより浅かったみたいです」
完全な嘘ではない。矢は肩を貫通しておらず、《超再生》によってすぐに治った。
「その手帳と金は、どこで手に入れた?」
「登録証が隠されていた場所です。3人が来る前に麻袋へ入れていました」
ここだけは事実と違う。
手帳と金は、倒したガレスたちから回収した物だ。しかし、それを話せば3人を殺したことまで説明しなければならない。
「逃げている途中にゴブリンの匂いを見つけました。そこを通り抜けて、3人を撒きました。そのあとのことは分かりません」
「Eランク3人から逃げ切ったうえに、証拠まで持ち帰ったわけか」
ハインツは椅子へ背中を預け、黙ってダンを見つめた。
疑われている。
《隠蔽Lv1》は発動しているため、《鑑定Lv1》ならステータスを見られる心配はない。それでも、高レベルの《鑑定》を使われれば破られる可能性がある。
ダンは視線を逸らさず、質問されるのを待った。
先に口を開いたのはハインツだった。
「分かった。すぐに調査隊を向かわせる」
「僕の話を信じてくれるんですか?」
「登録証も手帳も本物に見える。少なくとも、調べるには十分な証拠だ」
ハインツは立ち上がり、扉の外にいた職員へ指示を出した。
3階なら、今からでも往復できる。
ギルド内にいたDランク冒険者2人と、調査経験のある職員4人が集められ、ダンが描いた簡単な地図を持って青石の迷宮へ向かった。
調査隊が戻るまで、ダンは面談室で待つことになった。
エマが水と軽い食事を持ってきてくれた。
「朝食のあと、何も食べていないのではありませんか?」
「そういえば、朝食を食べたきりです」
「そういえば、ではありません。ダンジョンへ潜るなら、食事もきちんと取ってください」
「ありがとうございます」
注意されながらも、自分を心配してくれることが嬉しかった。
パンとスープを食べ終えたあとも、エマは部屋に残った。
机の上には、血の付いた登録証が並んでいる。
「この方たちが戻らないと聞いたとき、ダンジョンで魔物に襲われたのだと思っていました」
「エマさんのせいではありません」
「分かっています。でも、私が登録を担当した人もいるんです。もっと早く気づけていれば……」
「手帳には20人以上の名前がありました。3人はかなり前から繰り返していたんだと思います」
新人ばかりを狙い、ダンジョン内で殺す。
遺体を魔物の近くへ捨てれば、死因を疑われることもない。生き残った被害者がいなければ、証言する者もいない。
これまで発覚しなかったのも不思議ではなかった。
「僕も、《嗅覚強化》がなければ気づきませんでした」
「それでも、登録証を見つけて持ち帰ってくれました」
エマは1枚の登録証を両手で包むように持った。
「ありがとうございます」
真っ直ぐに礼を言われ、ダンの胸が少し痛んだ。
本当は、3人がどうなったのか知っている。
それを話せないことへ罪悪感はあるが、正体を知られれば、この街で暮らせなくなるかもしれない。
今は黙っているしかなかった。
外が暗くなった頃、面談室の扉が開いた。
戻ってきたハインツの後ろには、調査隊を率いていた職員が立っている。その服や靴には土と黒い血が付着していた。
「確認できたか?」
「はい。ガレス、ボルド、ニックの3人を発見しました。全員死亡しています」
エマが息を呑む。
「死因は?」
「すでにゴブリンに荒らされていました。損傷が激しく、正確な死因は分かりません。ただし、3人の登録証と装備は確認しています」
ダンが説明したとおり、ゴブリンの群れに襲われたように見えたらしい。
職員の報告は、それだけでは終わらなかった。
「脇道のさらに奥に、死体を捨てるために使われていたと思われる縦穴がありました。現時点で、少なくとも11人分の遺骨を確認しています」
「11人……」
「まだ下にもある可能性があります。明日、人数を増やして調査を続けます」
面談室に重い沈黙が落ちた。
ダンは手帳へ記されていた名前を思い出した。
殺された者だけではない。奴隷商へ売られた者たちもいる。その行方は、今も分からない。
ハインツがダンへ視線を向ける。
「君の証言と、現場の状況はおおむね一致していた」
「それなら、僕はもう帰っても大丈夫ですか?」
「その前に確認しておきたい」
ハインツは向かいの椅子へ座った。
「ガレスたち3人はEランクだ。3階のゴブリン程度なら、群れに囲まれても簡単には死なない」
ダンの背中に緊張が走る。
「君が本当に逃げただけなのか、疑問がないわけではない」
ハインツはダンの目を真っ直ぐに見た。
「ただし、3人が何人もの新人を殺し、売っていたことは事実だ。君が生きて証拠を持ち帰ったことで、これ以上の被害を防げた」
「……はい」
「君がどうやって3人を撒いたのか、今はこれ以上聞かない」
嘘を見抜かれているのかもしれない。
それでも、ハインツは追及しなかった。
「この件は重大犯罪として扱う。君が報告者だということは、調査に必要な職員以外には伏せる」
「お願いできますか?」
「手帳には、裏の奴隷商と思われる名前もある。残党に知られれば、君が狙われる可能性があるからな」
ダンが正体を隠したい本当の理由とは違うが、結果として身を守ることにつながる。
「提出された銀貨25枚と銅貨31枚は、被害者から奪われた金である可能性が高い。ギルドで預かり、身元が判明した被害者の家族へ返還する」
「はい。そのために持ってきました」
「調査が完了したあと、重大犯罪の発見と証拠提出に対する報奨金を支払う。現時点では銀貨30枚を予定している」
「銀貨30枚……」
小型マジックバッグにはまだ届かないが、大きな金額だった。
「受け取っていいんでしょうか?」
「正当な報酬だ。君が持ち帰らなければ、あの場所は今後も使われ続けていた」
ハインツの言葉に、ダンは静かにうなずいた。
3人を殺したことに後悔はない。
縦穴から見つかった11人分の遺骨を思えば、少なくとも3人を見逃すことはできなかった。
面談室を出る前に、エマがもう1度ダンへ頭を下げた。
「戻ってきてくれて、本当によかったです」
「はい」
ダンは短く答えた。
自分がしたことを、すべて話すことはできない。
それでも、これ以上の新人が同じ場所で殺されることはなくなった。
その事実だけは、隠す必要のないものだった。
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