第14話◆ 血の報酬
「父上……」
口から漏れた言葉が、薄暗い通路へ消えていく。
記憶の中で見た銀髪の男は、おそらくこの身体の父親なのだろう。
胸を剣で貫かれた痛みも、抱き締められた腕の感触も、今なお身体に残っている。男は泣きながら謝り、他の者の手にかかるくらいなら自分が、と言っていた。
なぜ、この身体は父親らしき男に剣を突き立てられたのか。
他の者とは誰なのか。
考えようとしても、それ以上の記憶は出てこなかった。
ダンが額を押さえていると、頭の中に新たな表示が現れた。
【レベルが3へ上昇しました】
【レベルが4へ上昇しました】
【レベルが5へ上昇しました】
【レベルが6へ上昇しました】
【レベルが7へ上昇しました】
「……7?」
表示を見間違えたのかと思った。
しかし、何度確認しても数字は変わらない。
つい先ほどまで、ダンのレベルは2だった。それが、ガレスたちを倒したことで一気に5つも上昇している。
ホーンラビットやケイブマウスを何体も倒して、ようやく1レベル上がった。それと比べれば、得られた経験値があまりにも違う。
「3人が、それだけ強かったってことなのかな」
ダンは新たに獲得した《鑑定Lv1》を思い浮かべ、ガレスの死体へ意識を向けた。
視界の中に、半透明の文字が浮かび上がる。
【名前:ガレス】
【種族:人間】
【レベル:18】
【状態:死亡】
「レベル18……」
続いて、ボルドとニックも鑑定する。
【名前:ボルド】
【種族:人間】
【レベル:16】
【状態:死亡】
【名前:ニック】
【種族:人間】
【レベル:15】
【状態:死亡】
3人とも、今まで戦ってきた魔物より遥かにレベルが高かった。
身につけていた登録証を確認すると、全員がEランク冒険者だった。登録したばかりのGランクを狙い続けていたのは、確実に勝てる相手しか襲わないためだったのだろう。
もしダンが普通の新人なら、抵抗する間もなく殺されていた。
「人間を殺しても、経験値が入るんだ……」
その事実には、わずかな気味悪さを覚えた。
人を殺せばスキルを奪え、レベルまで上がる。
《スキル強奪》を持つダンにとって、人間も強くなるための獲物になり得るということだ。
しかし、力を得るために人を襲うつもりはない。
ガレスたちはダンを捕らえて売ろうとし、これまでにも多くの新人を殺していた。逃がせば正体を広められ、新たな犠牲者も出ていただろう。
今回は、殺す必要があった。
そう考えても、自分の判断を正当化しているだけなのかもしれない。それでも、あの状況で別の選択をすることはできなかった。
ダンは気持ちを切り替え、自分のステータスを開いた。
【名前:※※※】
【登録名:ダン】
【種族:ダンピール/混血種】
【年齢:16】
【レベル:7】
【HP:315/315】
【MP:319/319】
【筋力:103】
【耐久:123】
【俊敏:139】
【器用:126】
【魔力:130】
【精神:109】
【種族スキル】
《夜目Lv1》《不眠Lv1》《吸血Lv2》《状態異常耐性Lv1》
【固有スキル】
《触手》《スキル強奪》《超再生》
【通常スキル】
《短剣術Lv3》《跳躍Lv5》《嗅覚強化Lv4》
《鑑定Lv1》《気配察知Lv1》《筋力強化Lv1》
《斧術Lv1》《隠蔽Lv1》《剣術Lv1》
「高すぎる……」
レベル2のときは、筋力42、俊敏57、器用52だった。
それが今では、すべて100を超えている。最も高い俊敏は139に達していた。
普通の人間はレベル1で能力値が8から10程度だと、エマから聞いている。人間もレベルが上がれば能力値は成長するが、上昇するのは5%から10%ほどだ。
それに対して、ダンの能力値はレベルが上がるたびに20%ほど増えている。
レベルが上がるほど、普通の人間との能力値の差はさらに広がっていく。
「少なくとも、この身体は普通の人間とは違うんだ」
ダンは自分の手を握った。
力を込めていないのに、指先から以前とは比べものにならない力を感じる。今まで以上に注意しなければ、物を掴んだだけで壊してしまうかもしれない。
新たに獲得した《筋力強化Lv1》まで使えば、さらに力が上がるはずだ。
能力を試してみたい気持ちはあったが、今はその前にしなければならないことがある。
ダンは、先ほど発動した《隠蔽》へ意識を向けた。
【《隠蔽Lv1》発動中】
【《鑑定Lv1》以下からステータスを保護します】
これで、少なくとも《鑑定Lv1》に種族を見られることはない。
もし相手の《鑑定》がLv2以上なら破られる可能性はある。それでも、何の対策もなかったときとは大きく違う。
金貨5枚を貯めなければ買えなかった《隠蔽》を手に入れた。
予定より早く最優先の目標を達成したことで、次に目指す物も決まる。
「次は、小型マジックバッグだ」
価格は金貨2枚。
今の所持金は銀貨3枚と銅貨49枚しかないため、まだ遠い。それでも、《隠蔽》の金貨5枚よりは手が届きそうに思えた。
ダンはステータスを閉じ、改めて3人の死体へ目を向けた。
魔物とは違い、人間の死体は消えない。
このまま放置して誰かに発見されれば、血を大量に失っていることを不審に思われる可能性がある。身体に残った触手の傷から、吸血されたと気づく者がいるかもしれない。
ダンピールだと知られないために3人を殺したのに、死体から正体を疑われては意味がなかった。
まず、3人の所持品を調べることにした。
ガレスの革袋からは銀貨12枚と銅貨40枚、ボルドからは銀貨7枚と銅貨63枚、ニックからは銀貨5枚と銅貨28枚が見つかった。
合計で銀貨25枚と銅貨31枚。
新人を繰り返し襲っていた割には少ないが、奪った金の多くは街のどこかへ隠しているか、すでに使ったのだろう。
さらに、ガレスの懐から小さな手帳が出てきた。
ページを開くと、日付らしき数字と人の名前、金額が並んでいた。
『男2名、処分』
『女1名、銀貨80枚』
『荷物、銀貨23枚』
同じような記録が何ページも続いている。
金や装備を奪っただけではない。使い道があると判断した人間は、裏の奴隷商へ売っていたらしい。
「こんなに……」
記録されている名前は20人を超えていた。
壁際へ隠されていた登録証は、その中のほんの一部にすぎなかった。
ダンは見つけた銀貨を自分の革袋へ入れず、手帳や被害者の登録証と一緒に分けた。
この金がガレスたちの物なのか、殺された冒険者から奪った物なのか判断できない。勝手に使うのではなく、ギルドへ持っていくべきだろう。
武器や防具も価値はありそうだった。
しかし、Eランク冒険者が使っていた装備を登録したばかりのダンが売れば、どこで手に入れたのか追及される。持ち帰るには嵩張りすぎることもあり、その場へ残すことにした。
問題は、3人の死体だった。
《嗅覚強化》で周囲を探ると、少し離れた通路に複数のゴブリンがいる。死体をそこへ運べば、少なくともこの場所で何があったのかは分かりにくくできる。
「ごめんなさい。でも、僕も死にたくないんです」
謝る相手ではないと分かっていても、言葉が漏れた。
ダンは3人の死体を順番に運び、ゴブリンが集まっている横穴の近くへ置いた。レベルが上がった身体には、大柄なボルドさえ驚くほど軽く感じられた。
血の匂いを嗅ぎつけたゴブリンが近づいてくる前に、その場を離れる。
ガレスたちの登録証は装備と一緒に残した。ギルドが死体を発見すれば、3人が迷宮で死亡したことは分かるだろう。
被害者の登録証と手帳、見つかった金だけは麻袋へ入れた。
ギルドには報告しなければならない。
ただ、どこまで話すべきなのかは、まだ決めきれていなかった。
3階の脇道で隠された荷物を発見したことは、そのまま話せる。
だが、ガレスたちに出会ったことまで話せば、手帳を持っている理由を聞かれるだろう。その先まで説明すれば、自分が3人を殺したことや、《触手》《吸血》《スキル強奪》にまで話が及ぶかもしれない。
正直にすべてを話すわけにはいかない。
かといって、20人以上が被害に遭っている証拠を黙って持ち帰るつもりもなかった。
ダンは答えを出せないまま、麻袋の口を閉じた。
まずはギルドへ戻ろう。
どう説明するかは、それまでに考えればいい。
来た道を戻り始めると、新たに得た《気配察知Lv1》の感覚に気づいた。
《嗅覚強化》とは違う。
匂いを追っているわけでも、音を聞いているわけでもない。それでも、少し離れた場所に何かがいることだけは、ぼんやりと分かる。
ゴブリンが隠れている場所も、他の冒険者が近づいてくる方向も、以前より早く察知できた。
さらに、レベル7へ上がった身体は、自分でも恐ろしくなるほど軽い。
少し足へ力を込めるだけで、通路の景色が後方へ流れていく。
行きよりも短い時間で3階を抜け、2階、1階と進んだ。
迷宮の入口から外へ出ると、眩しい夕日が街を赤く染めていた。
ダンは麻袋の中に入れた血まみれの登録証を思い浮かべる。
20人以上の新人を襲っていた3人組。
その犯行を示す手帳。
そして、表向きはEランク冒険者だった男たちの死。
受付でいつものようにエマへ渡すだけでは済まないだろう。
それでも、殺された人たちが行方不明のまま忘れられるよりはいい。
ダンは《隠蔽》が発動していることをもう1度確かめ、冒険者ギルドへ向かって歩き出した。




