17 決着
頭目の女が、静かに手を振り下ろす。
宙に浮いていた瓦礫が、一斉に解き放たれた。
リディアは横へ跳ぶ。着地と同時に剣を振るい、迫る石片を弾き落とす。
アレンは柱の陰へ滑り込む。だがいくつかの石が肩と脇腹を打ち、鈍い衝撃に顔をしかめる。それでも、魔具だけは手放さない。
粉塵が舞い上がる。視界が乱れる。頭目の女は――まだラルを見ていない。
三人の頭に同じ考えがよぎる。
――まだ、気づいていないかもしれない。
ラルは歩みを止めない。あと一歩で剣の間合いへ踏み込める距離。
その瞬間。頭目の女の唇がわずかに動く。短い詠唱。次の瞬間、瓦礫がラルへと射出された。
読まれている。
ラルは舌打ち一つせず、迫る石を剣でさばく。軌道を逸らして足を止めない。そのまま斜めに踏み込み、女の背後へ回り込む。
「視線を見たのか。」
あえて、声に出して確認する。
女は答える。
「ええ。魔術師は仲間を巻き込まないように、よく位置を確認するものよ。」
頭目の女の声は澄んでいる。
ラルは小さく息を吐く。
なるほど。遠距離を担う二人の視線が交差する地点。そこが近接の位置を示す“印”になる。混乱を生むには近接が一枚では足りない。
視線を分散させる駒がもう一つ必要だ。
ラルは左手をわずかに動かし、リディアへ近接戦の合図を送る。
同時に剣を握り直す。踏み込み、斬り上げる。
刃を受けるため、頭目の女の意識がラルへ向く。女の細身の剣が迎え撃ち、火花が散る。
鋭い金属音が広間に響く。
ラルは止まらない。連撃。角度を変え、間合いを変える。相手の手を空けさせない。その間にリディアが距離を詰める。
彼女の足取りに迷いはない。
頭目の背から踏み込み、剣をねじ込む。
三つの刃が交錯する。火花。衝撃。反動。女の剣は細く心もとない。だが受けた腕に伝わる衝撃は異常だ。身体強化が乗っている。
いや、単純な身体強化ではない。剣にまで魔力が帯びている状態である。
ラルが横へ回り、視野を揺らす。リディアが正面から圧をかける挟撃。
だが、頭目の女は崩れない。受け流しは最小限。動きに無駄がない。
だが、彼らの攻撃は近接だけでは終わらせない。
ラルが意図的に剣戟のリズムを変える。ほんのわずかに“間”を作る。その隙間へアレンの魔弾が差し込まれる。
細い光弾が、斬り結ぶ二人の脇を抜け、女へと迫る。頭目はそれを、身体をひねるだけでかわす。
三方向からの圧力。
近接二枚。遠距離一枚。常識的な戦術書の上では、崩しの状況として完璧な状態。
だが、崩れない。息すら乱れていない。視線の動きが鈍らない。防御の精度が落ちない。
ラルは奥歯を噛みしめる。
攻め手も、情報量も増やしている。選択肢は絞り続けている。
それでもなお、彼女は最適解に近い応答を崩さない。
ラルは、それでも諦めずに変化を重ね続ける。角度を変え、速度をずらし、間を崩す。
だが、相対的にリディアとアレンの経験はまだ浅い。連携は洗練されきらない。攻撃はやがて、“形”を持ち始める。
一定のリズム。決まった間合い。予測可能な隙。頭目の女は確実に状況を理解しつつある。
次の瞬間、女の体が滑るように回転する。
柄頭がラルの肋にめり込む。肺から空気が一気に抜け、視界が揺れる。
続く斬撃がリディアの肩口を裂く。浅い。だが鮮血が散る。
アレンの魔弾を、体を軸に回転してかわす。
そのまま回し蹴りがラルの腕へ食い込む。骨が軋む感触。
型ができれば実力差が顕著に表れる。このままでは、削られる。じわじわと、確実に。
そのとき、遠くで乾いた音が響いた。金属が石を打つ音。
頭目の視線が、引き寄せられる。喉を貫かれ、崩れ落ちる男。そして、メナスが、倒れた男へと剣を突き立てる。
頭目の手が反射的に上がり、周囲の瓦礫が浮かび上がる。先ほどと同じの防御の構えだろうか。それにしては動きが緩慢だ。
時間がほんのわずかに止まる。女の目が見開かれる。
「――レックス?」
理解が追いついていないのであろう。か細く小さな声。
「レックス。」
今度ははっきりと。そして、空気が変わる。
頭目の整然としていた魔力の流れが波打つ。
洞窟に埋め込まれた魔晶石が、かすかに鳴動する。魔力の流れが見えないラルでさえ、異変を察し息を呑む。
「――来るぞ」
女の手が振り下ろされる。
ラルもリディアも何が来ても受ける構え、備えていた。
だが、放たれた瓦礫の衝撃は準備も覚悟も嘲笑う。視界が白く弾ける。身体が宙を舞い、石柱へ叩きつけられる。
頭目の体から淡い光が漏れ始める。魔力の制御が崩れている。
血管が浮き上がる。魔力が皮膚の上を奔る。
「レックス――!」
悲痛な叫び。空間が震える。壁の魔晶石が、強く光る。
一つ。二つ。小さな振動。やがて魔晶石が浮く。天井から。壁から。吸い寄せられるように、女の周囲へと集まっていく。
「暴走か――!」
アレンの声が裏返る。
「強い魔力に引かれている。まずい、これは――」
魔晶石同士がぶつかり、甲高い音を立てる。天井に亀裂が走る。砂がぱらぱらと落ちる。魔晶石が抜け落ちたことで構造は脆くなる。
「この事態は止められるか?」
ラルは体を起こしながら問う。判断には、知識がいる。
「無理ね。」
リディアが即答する。
「今止めても、支えを失った洞窟は崩れる。」
もはや、戦闘を継続するどころではない。
頭目の女は、完全に動きを止めている。魔力の奔流に呑まれ、自身を保つので精一杯のようだ。
仮にこの場から抜け出せても、外へ出られる保証はない。
だが、留まれば確実に生き埋めになる。
ラルは迷わない。ルーシーの元へ走り、治療中のロンを担ぎ上げる。
「若! 崩落の危険性がございます!」
声が広間を震わせる。それに呼応するかのように、天井の一部が崩れる。
轟音。砂煙。視界が奪われる。
遠くでリオンの声。
「撤退だ! 出口へ向かえ!」
判断は速い。勝敗を決するうえで重要なことは、生存だ。
アレンが魔弾を連射し、リオンと対峙していた銀髪の女を牽制する。
メナスが出口側に陣取り、仲間の退路を確保する。
再び天井が落ちる。魔晶石が弾け、強い光が広間を照らす。
その光の中で、頭目の姿が揺らぐ。瓦礫が降り注ぎ、粉塵が満ちる。
そして――次の瞬間。女の姿は、見えなくなっていた。
洞窟の中は暗闇で包まれる。壁面の魔晶石は既に失われている。
リディアが、自らの魔力で光源を生み出す。淡い光が階段へ続く道を照らす。
リオンを先頭に、一斉に駆ける。
足音。崩落音。荒い呼吸。背後で洞窟が軋む。
今はただ、生き延びることだけが最優先だった。
割と遅筆です。エピソードを一つ書ききったら、週1で投稿します。
何かあれば、感想の所かXのDMでご連絡いただければ幸いです。
→ https://x.com/feally_leaf
あとがきで、何かしらの設定を1話ごとに描いておきます。
17 魔晶石
魔力を蓄積し、必要に応じて放出する性質を持つ水晶状の鉱石。加工されていない状態では内部に蓄えた魔力をゆっくりと光へと変換しながら放出する性質を持ち、淡い発光を続ける。
この石の表面に魔法を制御する術式を刻み込むことで、さまざまな魔法の装置として扱うことが可能となる。魔晶石を用いた術式にはいくつかの利点があり、詠唱を必要とせずに魔法を扱えること、石自体が魔力を蓄積することで魔法の威力を底上げできること、さらに魔力さえあれば魔法を行使できる点が挙げられる。
こうした特性を利用して作られるのが、魔法の効果を再現する装置――魔具である。魔晶石を核として術式を組み込むことで、誰でも一定の魔法効果を扱えるようになる。芽理の宮は、この魔具の開発と解析を主な役割の一つとしている。
一方で、魔晶石の主要産地であるピシア領の遺跡や遺物から発見される古代の魔具の中には、現代の理論では再現できないものも多く、その構造や原理は現在も研究対象となっている。




