14 計算外
リオンとメナスが敵の男を前線で引き止めている間、もう一つの戦域も確実に熱を帯びていた。
ロンとイヴの受け持つ戦域だ。
霧に包まれたあの襲撃。視界を奪われ、盾を溶かされ、間合いを狂わされた戦い。
あの経験は恐怖ではなく、分析として二人の中に残っている。
この二人に期待される役割ははっきりしていた。誰よりも早く相手を落とし、すぐに他の戦域へ援護に回る。
この戦いの突破口が自分たちであることを、二人とも理解していた。
ロンの斧が石床を抉る。鈍い衝撃音とともに砕けた破片が跳ねる。
一度や二度ではない。横薙ぎで間合いを奪い、続けて縦振りで退路を削る。
重い踏み込みが、少しずつ女を壁際へと追い込んでいく。
銀髪の女は広い空間へ抜けようと動く。半歩だけ角度を変え、逃げ道を探る。
だが、そのわずかな余白を消しているのがイヴだった。
あえて、攻めない。ただ、視界に入る位置を保つ。それだけで、逃げ道は塞がれていた。
女の右手の剣は、初撃以降ほとんど機能していない。ときおり間合いを測るために動く程度だ。
警戒すべきは左手だ。注視せずとも分かるほど、魔力が滾っている。
霧の中で盾を溶かした青白い奔流。だが今は霧がない。視界が開けている限り、対処は可能だ。
「押せる」
ロンが低く呟く。
重い踏み込み。斧の横薙ぎ。間を置かずに振り下ろし。
女は紙一重でかわし続けるが、押されているのは明らかだった。腕力で劣る以上、正面から打ち合えば終わる。だから彼女は避け続けるしかない。
イヴはナイフを構えたまま、腰のストックに指を弾く。残り三本。無駄撃ちできる余裕はない。それでも勝算はある。
ロンの動きは、単なる力押しではない。逃げ道を一つずつ削り、相手を“置きたい場所”へ誘導する動きだ。
女もそれを理解している。だが抜け出せない。力量差が作る圧力だった。
そう思えた、その瞬間。イヴの目前を、鋭い光の矢が走る。直後、ロンの鎧に金属を裂くような衝撃音が響いた。
イヴは反射的に矢の飛来した方向へ視線を向けた。
ラルと対峙している頭目。その女へ放たれているはずの魔法の矢が視界に入る。
頭目はそれを剣で弾いた。弾かれた矢は、まるで意思を持つように軌道を変える。
術者へ。ラルへ。そして――イヴへ。
狙っている。無駄のない動きを見て確信する。
息が詰まる。足が絡まり、床を蹴り損ねる。転げるようにしてイヴは身を投げ出す。
光の矢が頭を掠めた。
再び、ロンのいた方から鈍い衝撃音が走る。
流れてきた魔法の矢を受け、ロンの踏み込みが止まる。
その刹那を、女は逃さなかった。足元すれすれまで沈み込む低姿勢から、掌底が突き上がる。
ロンは直前で体を捻るが、鎧をまとった体は思うように動かない。
魔力を乗せた一撃は重かった。巨体が横へ弾かれ、石柱に叩きつけられる。
鈍い音。石片が崩れ落ちる。
「ロン!」
イヴの声が鋭く裂ける。
女は間髪入れず詰める。明確に、とどめへ入る速度だった。
躊躇している暇はない。イヴはナイフを投げると同時に駆け出す。
だが女は一瞥すらしない。振り向きもせず、剣の一振りでナイフを叩き落とした。
ロンは素早く立ち上がる。血を吐きながら、それでも前へ出る。
踏み込みではない。崩れるような一歩。そして、女の手首をつかみ、ひねり、体を抱え込む。
両腕でチュニカの胴を締め上げる。斧はすでに手元から遠く離れている。
「――今だ――!」
掠れた声。それでも意志は明確だった。
イヴが踏み込む。遠距離の構えを捨て、懐へ滑り込む。確実に攻撃を届かせるためだ。ナイフを逆手に握る。
だが――羽交い絞めにされたままの女のつま先が鋭く跳ね上がる。
イヴの下あごに直撃し、視界が揺れる。
近接の間合いでは、明らかに相手が格上だった。
女はロンを支点にしながら、なお体勢を崩さない。
イヴの二撃目。振り下ろした刃は、手首を掴まれて止められる。
次の瞬間、身体を強く引き寄せられ、膝が鳩尾にめり込む。呼吸が止まり、視界が白く弾けた。
ロンの腕の締め付けが、わずかに緩む。意識が途切れかけているのが分かる。
女の掌が、再び輝いた。ロンの腕を振り払い、正対する。青白い光が掌に凝縮していく。
――イヴの三撃目は間に合わない。
「――素直ですね。」
静かで、よく通る声。ルーシーだった。
彼女は、賊の女の背にそっと手を当てていた。
祝福の魔法。本来は味方の魔力を整え、流れを滑らかにする術。
だが――逆に使えば、均衡を乱す。魔力とは流れであり、循環だ。わずかな歪みでも、全体を狂わせる。
目に見えぬ糸を、指先で断つように女の掌に集まっていた光が、不自然に震え、霧散した。
同時に、女の身体から淡い光が抜け落ちる。
魔晶石の明かりに紛れて気づきにくかったが、賊たちは常に微かな光をまとっていた。
身体能力を底上げする強化魔法。
年齢とは不釣り合いであった、踏み込みの速さ。反応の鋭さ。一撃の重さ。
すべてが魔力による補助だった。一拍遅れて、イヴの理解が追いつく。
イヴは三撃目を繰り出す。その動きに躊躇はない。
踏み込み、低い軌道で膝裏を払う。
強化を失った女は、ほんのわずかに重心移動が遅れ、まともに食らう。膝が折れる。
ロンが最後の力で押し出す。女は体勢を崩しながら後退した。
距離が、わずかに開く。
ロンの傷は深い。呼吸は荒く、血が鎧の隙間から滲み出ている。
一瞬、イヴの足が止まりかける。だが脳裏に、霧の中の戦いがよぎった。
最初の襲撃でロンを気遣い、隊列を崩し、崩壊したあの瞬間。
――今やるべきことをやる。
イヴは下唇を噛み、踏み込む。賊の女へ踏み込みナイフを振り下ろす。
金属音が響く。
身体強化が剥がれた今、純粋な身体能力の差はほとんどない。
だが、相手も熟練している。剣で正確に受け、押し返す。打ち合いが続く。
イヴは理解している。ルーシーが乱した魔力の流れが整うまで――数分。
そこがこの戦いの残された猶予である。と。
一方で、ルーシーはすでにロンの横にしゃがみ込み、処置を始めていた。
ロンはほとんど意識がない。血を吐きながら、何かを伝えようと口を動かす。
「喋らないでください。」
静かに制する。手をかざす。柔らかな光が滲んだ。
回復魔法は即座に傷を治すような万能な技術ではない。
失われた血は戻らない。傷ついた組織が即座に再生することもない。
まず血流に魔力を乗せ、止血する。流れを制御し、失血を抑える。
次に、魔力で生み出した水で傷口を洗い、不純物を取り除く。
そして裂けた組織を魔力で仮固定し、癒着を促進する。
一連の処置を、寸分の乱れなく進めていく。
それでも――ロンが再び戦線に立てるまでには、十数分はかかる。時間の針は、こちらに厳しい。
すでに掴みかけた優位が崩れかけている。
ルーシーは顔を上げる。祈るように。縋るように。イヴを見る。
今、この盤面を支えているのは――あの背中だった。
割と遅筆です。エピソードを一つ書ききったら、週1で投稿します。
何かあれば、感想の所かXのDMでご連絡いただければ幸いです。
→ https://x.com/feally_leaf
あとがきで、何かしらの設定を1話ごとに描いておきます。
14 チュニカ・ラグナ
年齢21歳。リーボルト領出身の女性。戦災孤児を集めて戦闘員として育成する機関の出身であり、その中では中位の実力者に位置付けられている。
特別な役割を持つ戦闘員というよりは、機関が大量に育成している標準的な戦闘員の一人である。幼少期から魔力強化のための薬物投与を受けて育っており、その影響で思考速度が非常に速い。常に最善の選択を考え続けているため、思考の方向が次々と切り替わり、会話の最初と最後で内容が食い違うほど考えが変化することもある。そのため周囲からは情緒不安定に見られることが多い。
戦闘では身体強化の魔法を主に扱い、自身の身体能力を高めるだけでなく、味方への強化補助も行う支援型の戦闘員である。剣術も基礎程度には学んでいるが、技術よりも思考と強化された身体能力で押し切る。また。魔力を放出する制御が苦手であり、繊細な魔法操作には向かない。代わりに膨大な魔力をそのまま押し出すような放出攻撃を行うことがあり、単純ながら大きな破壊力を持つ。




