13 分断戦
状況は静かに、しかし確実に動いていた。広間を満たす緊張は張り詰めたまま、今にも切れそうで切れない。
ロンと賊の男が対峙している。斧と剣の切っ先が、互いの呼吸を測るようにわずかに揺れている。
リオンは視線を広間全体に巡らせた。
正面だけではない。背後、左右、調査隊の動きまでを一度に読む。
敵は三人。霧の中の戦闘でもそうだったが、相手の流れに乗れば対処に苦労する。
だが逆に言えば、その勢いを削げば地力では負けない可能性は残る。そして――一人でも確実に討ち取れば、戦力差は一気に広がる。
思考はすぐに戦術の線に落とし込まれる。相手を分断し、一人ずつ順に潰す。
こちらが仕掛け、相手に「選択」を強いる状況を作る。
リオンはメナスの横へ寄る。
「メナスさん。彼らとは初戦闘ですか―?」
小声で確認する。メナスはわずかに頷いた。
リオンは続ける。声は届くか届かないかのささやきだが、そこに意思を込める。
「我々は、あの後ろに控えている銀髪の女と交戦しています。優位を取り、倒せる。かと。」
メナスの瞳がかすかに細くなる。そこが落とせるなら、勝機はある。
「であれば、頭目らしき女には、こちらの精鋭を当てましょう。近接を一人、回せますか。」
メナスは静かに答える。リオンも小さく頷き返した。
小さな合図と共に計画は具現化する。目的意識と条件が揃う。方針は決まった。
そのときだった。膠着を破るように、後方にいた銀髪の女が踏み込んだ。
細かい刻み足。沈んだ腰。踏み込みの癖。
――あの時と同じ相手。
「ラル! そいつは後ろに通せ!」
短い指示。ラルは一拍も置かず動いた。普通なら動かずに迎撃する距離。
だが、彼は逆に間合いを詰めた。女の予想が狂い、一瞬だけ速度が落ちる。
今度は、その隙をラルは逃さない。腰の向き。足の着地。すべてを読み、斜めに踏み込む。剣は振らない。
銀髪の女の身体をすり抜けるように通り過ぎる。女は足を止めないまま一瞬だけラルを目で追う。
そこへ――ロンの斧が唸った。軌道を読み切った一撃。重い金属音が広間に響く。
だがロンは力を抑えていた。討つためではない。止めるための振り。
同時に、イヴのナイフが閃く。刃が女の腕をかすめた。
女は床を転がる。転がりながらも体勢を立て直す。立ち上がる瞬間。地面についた手が、青白く光った。
――来る。
あの盾を溶かした光。その予兆は、ロンの追撃の足を止めさせるには充分であった。
だが、その一瞬。賊の男がすでに動いていた。重い踏み込みに地面が軋む。ロンの背を狙った一撃。
その軌道にリオンが滑り込む。剣と剣が衝突する。
鋼が悲鳴を上げる。リオンの腕に衝撃が走る。圧倒的な質量差に思わず片膝をついた。
膝が石床に当たり、鈍い音が響く。それでも剣は離さない。
「皇子か。」
賊の男の声は低かった。
「その細腕で、俺を止めようというのか。」
侮蔑というより、事実の確認に近い声音。
刃越しに伝わる力量は、明らかに格上を感じていた。それもこの場では埋めがたい差。リオンの剣が震える。
それでも視線は逸らさない。彼が信じているのは、自分が死なない未来だけではない。
この場にいる者たち。共に巻き込まれた調査隊。その力量もまた、信じている。
男が後方へ跳ぶ。直後。リオンの前を光弾が横切った。
壁を穿ち、石が弾ける。メナスの魔法による援護だ。牽制と回避方向を限定する一撃。男の着地地点が、外側へとずれる。
リディアともう一人の調査員がラル側へ合流する。
頭目の女が舌打ちをする。
「――面倒な。」
彼女は動かない。味方の動きが乱れ始めていることを理解している。
だが、地力でまだ押し切れると判断しているのであろう。
リオンは片膝をついたまま、深く息を吸い込んだ。肺に冷たい空気が刺さる。
腕は痺れ、指先の感覚は曖昧だ。握力が削られ、剣の柄がわずかに滑る。それでも、離すわけにはいかない。
――真正面からは、押し負ける。
理解は冷徹だった。だが、退くという選択肢もない。
視界の端でロンが斧を構え直す。魔法使いの女は掌に青白い光を溜め、距離を測るように半歩下がる。
イヴはその斜め後方。腰を落とし、次の投擲に備えている。
ラルの正面では、もう一人の女――頭目らしき存在がゆっくり剣を抜いた。調査隊の残りも武器を構え、間合いを詰めている。
戦場は三つに割れた。
「――お前たちは、何のためにここへ来た。」
痺れをごまかすように、リオンは低く問う。時間を稼ぐ意図もあった。
男の眉がわずかに動く。しかし、答えはない。無機質な目。感情を削ぎ落としたような視線だった。
男が踏み込む。先ほどよりも重い一撃。刃と刃が噛み合い、火花が散る。衝撃が腕を震わせ、リオンの身体が後方へ滑る。
だがリオンはその軌道を読んでいた。
真正面の押し合いは捨てる。刃をわずかにずらし、力を逃がす。肩口を裂かれる寸前で外す。
ラルから叩き込まれた、防御を優先する剣筋だ。
男が小さく息を吐く。
「技はある。だが――」
言葉の途中。
男の足元に光が浮かんだ。魔力の束が脚へ絡みつく。ほんの一瞬、筋肉の収縮が狂う。遠隔発動型の拘束魔法。
その瞬間をリオンは逃さない。体勢を低く落とし、懐へ潜る。脇腹を狙い、刃を走らせる。
男は強引に身体を捻り、直撃を避ける。だが刃が肉をかすめ、血が滲んだ。致命傷ではない。
次の瞬間、肘が振り抜かれる。リオンの側頭を掠め、視界が揺れる。
遠くでロンの怒号。青白い奔流が解き放たれ、床を抉った。石片が弾ける。イヴが転がるように回避する。
ラルと頭目の剣戟は、重く、規則正しい。金属音が一定の間隔で響き、互いの力量が拮抗していることを示している。
誰か一人でも崩れれば、均衡は壊れる。歪む視界の中、リオンは戦況を測る。
――やや不利。
男が再び距離を取る。助走をつけ、体重を乗せる構え。この間合いからの一撃は厄介だ。
リオンは助走の余白を潰すべく詰める。真正面の線をずらし、側面へ回る。常に男の視界に自分を置く。視線を追わせる。
同時に、メナスの射線を塞がない角度を取る。情報を与え、選択を強いる。
相手の動きを制するために、今取れる最善だった。
男の動きに、わずかな苛立ちが混じる。
リオンの視界の外で、ロンは斧を振るい続けている。銀髪の女を広間の端へ追い込んでいた。イヴは合流を阻む位置を崩さない。
男から見える戦場は、リオンが見るものより複雑になっている。
「皇子よ。」
男が低く笑う。
「その程度で、時間を稼げるつもりか。」
「ああ。」
リオンは即答した。
「実際、攻め手に欠けているだろ?」
次の瞬間。背後から鋭い風切り音。
メナスの三連射。先ほどのような誘導ではない。殺すための軌道だった。
鋭く襲う一本目をサイドステップで避ける。二本目は体を開いてやり過ごす。三本目でようやく避けきれず刃で弾く。
その瞬間。男の視線が、初めてリオンから外れる。
向いた先は――メナス。
目の前の皇子ではない。この場で戦局を動かしうる存在。そう認識した証だった。
割と遅筆です。エピソードを一つ書ききったら、週1で投稿します。
何かあれば、感想の所かXのDMでご連絡いただければ幸いです。
→ https://x.com/feally_leaf
あとがきで、何かしらの設定を1話ごとに描いておきます。
13 残りの調査隊員
ダント
年齢48歳。ウィスト領出身の男性。芽理の宮に所属する探求閥の修士であり、今回の調査隊の中では最年長である。術式の構造や運用に詳しく、特に儀礼や祭祀の場で使用される古い術式の解析を得意としている。
戦闘においては、敵対者が用いる呪法や術式を解析し、その構造を逆手に取って術式による罠を構築し、相手を嵌めていく戦法を得意としていた。その力を発揮することなくロシュフォードと同時に殺された。
アレン
年齢45歳。ネラート領出身の男性。芽理の宮に所属する実践閥の修士で、遺構の調査任務を数多く経験してきた実務派の人物である。
遺跡調査の過程では盗掘者や野盗との小競り合いが発生することも多く、実戦経験も豊富である。学者というよりは現場で働く調査員に近い気質を持つ。
戦闘では棒術を得意とし、接近戦にもある程度対応できる技量を持つ。また理学魔法の基礎を扱うことができ、戦闘の補助として運用している。突出した能力を持つわけではないが、現場で必要とされる技術を堅実にこなす。




