12 戦いの火
「ロンはフォロー!イヴは若を守れ!」
床に落ちた杯を見たまま固まっていたリオンの代わりに、ラルが即座に指示を飛ばす。
そして、そのまま剣を抜き、前へ出た。
相手の連携は未知。メナスたち調査隊との呼吸も合わないであろう。ならば、頼るべきは身内。
合理的で、迷いのない判断。
鋼がぶつかる。剣戟が広間に響く。
突っ込んできたのはただの若い男ではない。背が高く筋肉質の体躯。
この賊の男は真正面から打ち合わない。
踏み込みは鋭いが、軌道は常にずれている。左右へ細かく振れ、間合いを半歩ずつずらしながら斬撃を繰り出す。
真正面から打ち合おうとはしない。ラルは瞬時に理解する。
――戦闘経験が深い。動きに無駄がない。一撃ごとに、次の体勢へ繋げる意図がある。
ラルは後退しない。この男を自分の後ろへ通せば、それだけで被害は拡大する。
斬撃を受け流すだけではない。足運びで圧をかけ、動線を狭める。左右へ揺さぶる賊の男に対し、前に立つ壁として動く。
この場でそれができるのは、彼だけだった。
「我が力、我が想い。汝を射止める形となり――」
メナスの声が響く。口術と呼ばれる魔法詠唱。続けて、掌が青白く発光する。
同時に、調査隊も詠唱を始めた。広間に重なり合う低い声。魔力の振動が空気を震わせる。
ラルと賊の男の打ち合いは速度を増す。徐々にラルが翻弄され体が横へ開く。
わずかな隙。賊の口元が、ほんのわずか歪んだ。次の瞬間、握り込まれていた砂がラルの顔面へ投げつけられる。
予備動作はほとんどない。剣の軌道に集中していたラルは、避けきれない。反射的に顔をそむける。
その一瞬。賊はラルの横をすり抜けた。
一直線にメナスへ向かう。
調査隊から三発の魔法の矢が放たれる。
青白い軌跡が、空間を切り裂く。だが賊は走りながら体をひねる。
一発目を肩すれすれで避け、二発目を踏み込みの変化で外し、三発目を横へ飛んでかわす。
――無駄がない。
メナスの瞳が細くなる。
彼の掌から、三本の魔法の矢が放たれた。間髪入れない速射。
一本目は足元。踏み込みを制限する牽制。
二本目は半身を狙う。横へ飛ばせる軌道。
そして三本目は――その回避の“癖”の先へ。それでも、賊は体勢を崩しながらも体をひねる。
軌道を読んだかのように、光の矢は身体をかすめるだけで抜けた。
調査隊の一人が思わず口笛を鳴らす。
魔法の矢としてはなられる魔法は、芽理の宮の中でも初等魔法とされる。
速射性に優れるその魔法で、動きの癖を読み、逃げ道を削り、選択肢を潰す。
その技術は洗練されていた。
それでも賊は止まらない。体勢を立て直しながら、速度を落とさない。
メナスが再び詠唱に入る。だが――間に合わない。
リディアが剣を抜いた。
「下がって!」
鋭い声と同時に、賊の男へ向かって走る。目的は撃破ではない。時間を作るための突入。
鋼がぶつかる激しい音が響く。
だが、ラルのときとは違う。力の差が、明確だった。リディアは弾かれ、体が横へと吹き飛ぶ。
空中で体をひねり、着地。すぐに立て直して追う。
だが――男の速度は速い。追いつけない。
正面から、壮年の男が踏み込む。小筒を握った拳を振り上げる。
今回の調査隊の中では、フィールドワークに長け、荒事も経験してきた男。
真正面から打ち合う必要はない。足を止めさせる。それだけでいい。
背後にはリディアが迫っている。横に逸れれば、今度こそ魔法の集中砲火。
――取った。
その場にいた誰もが、そう確信した。
賊の男が、わずかに笑う。
ほんの一瞬。嘲るでもなく、昂るでもなく。結果を知っている者の、静かな笑み。
そのまま、何事もなかったかのように立ちはだかる男の横を通り抜ける。
刹那――首筋から、赤い弧が描かれた。
まるで、通り道の小石を蹴っただけのように最小の斬撃。
調査隊で一番大きな男の身体が崩れるより早く、賊の男はさらに前へ進んでいる。
一直線。ロシュフォードの胸へと剣が伸びる。刃が完全に突き通る。
ロシュフォードは賊の男に抱きつく。賊の足が初めて止まった。
身体が、ゆっくりと崩れ落ちる。床に倒れる直前、目が見開かれる。
理解か。否定か。声にはならない。生涯最後の息が、嗚咽に似た空気音として漏れた。
イヴとリオンは同時に目を見開いた。
――これで、時間が戻る。
ロシュフォードの死。それが時間巻き戻りの引き金のはずだった。
だが、広間の空気は変わらない。冷たい石の匂い。淡く灯る魔晶石。床に広がる血の鉄臭さ。すべてが、そのままだった。
床に転がった杯の模様だけが、青白く脈打っている。まるで生き物のように。
時間は――進んでいる。
巻き戻らない。リオンの喉がひりつく。イヴの指先がわずかに震える。
賊の先頭にたっていた女が小さく首を傾げた。
「――これで、残り八人ね。」
数えるだけの感情のない声音。
その声を聞きながら、リオンは改めて状況を整理する。
切り込んできた男。銀髪。背が高く、筋肉質。剣の振りは重いが、動き自体は無駄がない。
戦い慣れているのは確かだが、技で翻弄する型ではない。力と速度で押し切る重戦士。
先頭に立つ金髪の女。その身体を覆う魔力は、目を凝らさずとも分かる。魔晶石の光が歪むほどの濃さ。おそらく最も強く、賊の頭目であろう魔術士。
背後にいる銀髪の女。霧の中で戦った相手。軽い足運びで体重移動の速さの軽戦士。
だがそれだけではない。奥の手として威力の高い魔法を使う。
役割は明確に分かれている。
前衛。魔術士。機動戦闘。連携を前提とした編成とみて間違いないだろう。
唸りを上げて、ロンの斧が振るわれる。低い横薙ぎ。重い刃が空気を裂いた。
ラルは動けない。背後にいる二人の女に背を向ければ、それだけで命取りになる。
ならば、この男を止めるのはロンしかいない。
ロンの呼吸は乱れていない。視線も冷静なまま。
その一撃は――当たらない。
だが、それでいい。最小の軌道。隙のない振り。
銀髪の賊は、初めて後方へ跳躍した。わずかな距離。だが確実に間合いが生まれる。
その瞬間、イヴが動いた。
迷いはない。ロシュフォードの傍に転がる杯を拾い上げる。青白い水が揺れた。
そのまま口をつける。
「イヴ!?」
誰かの叫び。ルーシーのものだろうか。
だがイヴは止まらない。喉が動く。青白い光が、彼女の喉元を走った。そして、飲み干す。
一瞬の沈黙。イヴは杯をリオンへ投げた。
「リオン様。お飲みください。」
短く、断定的な声。
時間が巻き戻らない原因。
それはロシュフォードが水を飲んだこと。ならば、この杯には何かがある。
リオンは理解する。考える時間はない。杯を受け取り、そのまま口をつけた。
冷たい。だが、水ではない。液体でありながら、慣れ親しんだものではない。
視界が、歪む。だが、巻き戻りではない。
引き裂かれるような反転ではなく――
流れ込む。無数の映像が、頭に叩き込まれる。
ラルと酒杯を打ち合わせ、豪快に笑う夜。ロンに鋭く睨まれ、ため息をつく朝。イヴがリオンの妹と並び、穏やかな表情を見せる光景。
今よりも後の時間。未だ訪れていない未来。だが、確定しているとしか思えない景色。
そうとしか形容できない確信が、背骨を冷たく走る。
リディアと剣を交える稽古。メナスと静かに書物を読む夜。
そして――自分が血に沈む未来。剣が胸を貫く感触まで、鮮明だった。
呼吸が荒れる。
だが、この場を解決する案につながるものは見えない。
「――便利じゃないな。」
リオンが小さく呟く。
イヴが、同じことを考えたように口角を上げる。
「ええ。でも――足掻く余地はある。」
そして同時に理解する。この力は、見たいものが見える能力ではない。
だが、まだ見ぬ未来を見通す力でもある。
だが、その映像の中に、この場を突破する答えはない。
「――便利じゃないな。」
かすれた声で、リオンが呟く。
いつの間にか横に戻っていたイヴが口角をわずかに上げる。
「ええ。でも――足掻く余地はありますね。」
二人の視線が合う。同じ理解だった。
この力は、見たい未来を見る力ではない。選びたい未来を覗く力でもない。
ただ、まだ見ぬ先を断片的に覗く。確定に近い未来。
だがそこへ至る道は、一つではない。
ならば、辿り着く順序を、変えることはできる。
この追い込まれた状況であったとしても。
割と遅筆です。エピソードを一つ書ききったら、週1で投稿します。
何かあれば、感想の所かXのDMでご連絡いただければ幸いです。
→ https://x.com/feally_leaf
あとがきで、何かしらの設定を1話ごとに描いておきます。
12ロシュフォード
年齢37歳。ネラート領出身の男性。芽理の宮に所属する探求閥の修士であり、魔具の調査を専門とする研究者の一人である。
一般家庭の生まれだが、幼い頃から魔具の研究に強い興味を持ち、その道を志して芽理の宮へと入った。ルテイア連合国には古代文明の遺構や遺物が数多く残されており、それに伴って未知の魔具が発見されることも少なくない。こうした古代の魔具は技術的な解析が十分に進んでいないことが多いが、一つの魔具を調査することで複数の技術や知識が得られる場合もある。ロシュフォードはその過程に強い魅力を感じており、新たな発見の可能性に生涯の糧を見出している。
戦闘を専門とする人物ではないが、芽理の宮が開発した筒型の攻撃魔具を携行している。この装置を用いることで、初等魔法と同程度の威力を持つ攻撃を放つことが可能であり、研究者でありながら最低限の自衛手段を備えている。




