10 痕跡
「さて。」
メナスが静かに口を開いた。その声音には、先ほどまでの張り詰めたやり取りを、意図的に区切る意志が滲んでいる。
「一旦、我々の調査隊と合流しましょうか。」
提案の形ではある。だが流れとしては、ほぼ既定路線だった。
リオンは一瞬だけ周囲を見回す。
ラルは黙って頷く。ロンは表情を変えず、状況を測る目のままだ。反対する者はいない。
「案内します。」
そう言うと、メナスは踵を返した。
祭壇を抜け、さらに奥へ。通路は先ほどよりも狭く、天井も低い。
岩壁に埋め込まれた魔晶石が、淡い光を落としている。
その光の中に、薄い霧が膜のように漂っているのが見える。
「先ほどお見せした杯が、魔具としての反応を示しまして。」
歩きながら、メナスが言う。
「現在、杯が見つかった周辺を重点的に調査しています。」
その一言で、リオンの鼓動がわずかに強く打つ。
――杯を持っていた男。
前の繰り返しでは、彼は死んだ。イヴが、その瞬間を見ている。そして、時間は戻った。
巻き戻りには、何か別の要素が絡んでいる。
「三名です。」
メナスは歩調を変えない。
「魔具に詳しい者。術式に精通した者。そして探索経験が豊富な者。」
簡潔な説明だった。
「現在の祭壇は、遺物が少なすぎる。後世に整備された可能性が高いと見ています。」
少しだけ振り返る。
「ですから、別に“本来の祭壇”が存在する可能性を前提に探索を進めています。」
その説明を聞きながら、リオンは横目でルーシーを見る。
彼女の表情が、わずかに硬くなっていた。無理もない。調査は正式な許可を得ている。領主の承認もある。
だが、聖地を掘り返される感覚は別問題だ。たとえ遺物を持ち出していなくとも、神秘を暴かれている感覚は消えないのだろう。
司祭として、口出しできない状況は屈辱でもある。
「本来、本祭壇の存在自体は不確かでした。」
メナスは淡々と続ける。
事実だけを並べているように見えるが、言葉の順序には、すでに結論へ至る思考の筋が見える。
「ですが、我々が調査に入る以前、この洞窟に不審者が入り込んだという情報がありまして。」
「不審者が?」
リオンは問い返す。同時に、内心で小さく舌打ちする。
成人の儀で会ったときも先の繰り返しのときも、その情報は共有されていない。
偶然ではない。メナスは、必要な情報を、必要な段階でだけ出す男だ。
「目的はわかりかねますが、足取りや痕跡から見て、人数はおそらく三名です。」
即答だった。迷いのない声は、すでに何度も検討された結論であることを示している。
「足取りを追ううち、祭壇近くで不自然な空間を発見しました。」
通路の天井が、少しずつ高くなる。壁の魔晶石の数も増えていく。
「そこには、相当数の遺物が確認された。」
淡い光が重なり、霧はほとんど見えなくなっていた。
「そこで、本祭壇の存在を疑ったわけです。」
「目的は不明。人数は三人――ですか。」
リオンは繰り返すように言った。
頭の中で、影を並べる。霧の中で刃を交えた銀髪の女。イヴが見た、杯の男を殺した剣士。そして、まだ姿を見せていない三人目。
「我々が遭遇した賊は、単独で動いておりましたな。役割分担をしている可能性はありますが――。」
ロンが低く呟く。言葉の裏には、最悪の想定が透けて見える。
三人がそれぞれ別の役割を持ち、洞窟内を動いているのだとすれば、遭遇は偶然ではない。
「――本祭壇を、見たのですか。」
堪えきれず、ルーシーが口を開いた。声は抑えられているが、そこにあるのは司祭としての静けさではない。明確な不快だった。
メナスは視線を向ける。だが表情は崩れない。
「いいえ。正確には“まだ“見つかってはいません。」
穏やかな声で答える。
「ただし、起動した魔具を扱う以上、本祭壇の確認は不可欠です。」
「確認、で済ませられる場所ではありません。」
ルーシーの声は低く、しかし震えている。
宗教的禁域。祝福の場。信仰の中心。それを“調査対象”として扱われることへの拒絶が、言葉の奥にある。
リオンは黙って聞いていた。
地下に本祭壇があることも。ルーシーがそれを知っていることも。すべて理解していた。
だが、今それを口にすれば場は崩れる。それだけは避けなければならない。
通路の天井がさらに高くなる。魔晶石の光が一段と強くなった。
「――ここです。」
メナスが足を止める。
前方に広がっていたのは、半ば崩れた広間だった。
円形に近い空間。だが中央だけが、不自然なほど削り取られている。
壁際には数人の調査員がいた。松明と魔晶石の光が交差し、壁や床を丹念に調べている。
緊張感はある。が戦闘の気配はまだない。
メナスとリディアは軽く一礼すると、そのまま調査員の方へ向かった。状況確認と情報共有だろう。
リオンは中央へ歩み寄り、ゆっくりと視線を巡らせた。
「削られた跡は新しいな。」
ラルが低く言う。
「数日以内でしょうな。」
ロンが岩の縁に触れ、指先で粉をすくう。崩落によるものではない。明らかに、意図的に削られている。
リオンは窪みの縁に立ち、しゃがみ込んだ。
削られた岩肌は滑らかだ。円を描くように整っている。ただ壊したのではない。
「まるで何かを消したようだな。」
小さく呟く。
何かを持ち出した痕にしては、整いすぎている。
まるで。そこにあったものを消したようだった。
「――リオン様達だけに、お伝えしたいことがあります。」
ルーシーが一歩近づいた。声はかすかに震えている。視線は窪みから離れない。
「地下に、本儀の祭壇があります。」
小さな声で続ける。
「杯に水を満たし、祭壇の円環の中心へ備える。そして祈りを捧げた後、水を飲む。」
静かに息を吸う。
「それで“結び”が成立します。」
リオンは黙って聞く。
「これは古い教典にのみ残された異伝です。」
ルーシーの声はさらに低くなる。
「本儀は、聖別と言われていますが、おそらくすでに発言している何かを定着させる意味合いと推測しています。」
ルーシーは最後にそう付け加えた。その言葉が落ちた瞬間、遠くで歓声が上がる。
リオン達はそちらに目を向けると、壁面に新たに空洞が生まれているのが見える。
メナスが振り向き、短く合図する。見つかった、という顔だった。
ルーシーが小さく息を呑む。そしてリオンを見る。
「――今の話は。」
「他言無用だな。」
リオンが静かに頷いた。
割と遅筆です。エピソードを一つ書ききったら、週1で投稿します。
何かあれば、感想の所かXのDMでご連絡いただければ幸いです。
→ https://x.com/feally_leaf
あとがきで、何かしらの設定を1話ごとに描いておきます。
10 霧の洞窟
ピシア領の領都近郊の山中に存在する洞窟。その正確な場所は厳重に秘匿されており、知っているのはピシア教の運営幹部のみである。教主であっても、その位置を知らされていない。
約二百年前、この地で「霧の聖女」と呼ばれる人物が初めて奇跡を起こしたと伝えられており、ピシア教発祥の聖地とされている。聖女は火山の噴火を予知し、火砕流や噴石から逃れるため人々をこの洞窟へと導いた。結果として多くの命が救われ、奇跡として語り継がれるようになった。
当時は避難した人々が洞窟内で生活を続け、三百人ほどが暮らしていた。現在では、再整備され年に数度儀式で使用されるのみである。当時から使用されていた祭壇のみが残されている。
洞窟そのものは魔晶石の産地でもある。壁面や天井に含まれる魔晶石は魔力に反応する性質を持ち、魔力を持つ者が近づくと淡く発光する。そのため魔力を有する司祭以上の人員がいれば、洞窟全体が自然の灯りによって照らされる構造となっている。




