63
水曜日。
あの日から3日が経過してる。
私達にとっては大事件な出来事。
それどころか。
世間一般的に見ても事件だって思う。
カナがたまこに包丁を突きつけてたんだから……。
一歩間違えたら。
とっても恐ろしいことになってた。
たまこが……。カナが……。
想像もしたくないようなことになってた。
でも。
みんなそんなこと知らない。
知ってるのは私を含めて4人だけ。
みんないつもの日常を送ってたって思う。
もちろんそうじゃない人もいるだろう。
もしかしたら。
私達以上の騒動の中にいた人もいるかもしれない。
人はみんなそれぞれの世界で生きてるから。
そして今日は。
いつもと変わらない日常が続いてる。
亜里沙はいつものように馬鹿なこと言ってる。
藍姫はいつものようにゲームのしすぎで眠そう。
美香はいつものように寝てる。
川島さんはいつものように元気に美香の元に来てる。
そんな日常。
平和で楽しい。
私が好きな日常。
でも少し。
私にとっては前と違う日常。
あの後。
カナがたくさん泣いた後。
私達は家に帰った。
4人で一緒に帰った。
ナツミはずっと待っててくれていた。
そして。
笑顔で私達を出迎えてくれた。
でも帰り道は。
誰も何も話さなかった。
静かな帰り道だった。
みんなそれぞれ色々なことを考えてたって思う。
そして家でアイコに電話した。
それまでの報告とは全然違う。
今までは何かあったら。
とっても嬉しくて。
高いテンションでアイコに話してた。
でもその時は。
静かにアイコに言った。
合った出来事を。
ナツミに案内してもらえたことを。
あの工場での騒動を。
カナがたくさん泣いたことを。
アイコも静かに聞いてくれた。
そして納得してくれた。
カナが変わったかもしれない。
そう信じてくれるって。
またカナと仲良くできるかは分からない。
そうも言ってた。
でも。
ちょっと前に進めたなって思う。
そして。
それからカナは学校に来てない。
月曜日の朝にメッセージが来てた。
しばらく休むね。ごめんなさい。
そんな内容だった。
でも私は心配にはならなかった。
大丈夫だって分かってたから。
だから私は1人で学校に来てる。
1人で歩いてる。
それはやっぱり寂しいけれど。
でも大丈夫。
そういえばって思う。
入学して最初の頃は。
カナに告白するまでは。
こんな風に1人で来てたって。
中学生の時は当たり前だった。
それで寂しいなんて思ってなかった。
でも。
今は寂しさを感じてる。
やっぱり早くカナに戻ってきてほしい。
私の隣を歩いて欲しい。
そう思ってる。
一方で。
今はカナも凄く悩んでるって思う。
たくさん泣いてたけど。
でも全部を流れ落とせたわけじゃなさそう。
だからゆっくり休んで欲しいとも思う。
今までの生き方を変えようとしてる。
だからたくさんたくさん時間が必要なはず。
早く帰ってきて欲しい。
ゆっくり休んで欲しい。
そんな矛盾してる思いを持ちつつ。
私は学校へ向かった。
……
…………
………………
「カナさんは今日も休みなんですか?」
学校について。
亜里沙をてきとうにあしらって。
私はたまこと話をしてた。
たまこはカナのことを心配してる。
きっと私以上に。
「うん。今日も待ち合わせ場所にいなかった」
それに教室にもいないみたいだった。
昼休みの部室にもいない。
1人で食べる部室は。
何だかいつもと違う場所に思えた。
「そうですか……」
そう言って肩を落とすたまこ。
「心配です……」
「大丈夫だって思うよ」
そんなたまこに私は言う。
根拠はあんまりないけど。
「カナは強いからね」
そう私は信じてる。
「たまこ思うんです……」
あの時から。
たまこが悩んでるのは分かってた。
でもこちらから聞かなかった。
「たまこはちょっと言い過ぎたかもって……」
「言い過ぎたって……カナに?」
「はい……」
朝の教室は騒がしい。
特に亜里沙が騒がしい。
何だか私達の周りだけ空気が違う。
そんな雰囲気だった。
「カナさんはいっくんのためにしてたのに……」
「あのことね」
私はたまこが思ってることが分かった。
話の流れとはいえ。
たまこはカナのことを全否定したわけだし……。
カナにとっても。
痛いところをつかれたって。
とってもショックだっただろうって思う。
「たまこはカナさんに酷いことを言っちゃたって思ったんです」
カナはたまこに酷いことをした。
きっと。
普通の人なら許さなくて普通だって思う。
でもたまこは。
それよりも自分が言ったことの方を気にしてるみたいだった。
「たまこは優しいね」
思わず出る笑み。
そんな私を見て。
たまこは不満そうな表情。
「たまこは真剣に話してるのに……」
「それも大丈夫だって思うよ」
「そうですか?」
「うん。たまこで良かったって思う」
もしあの時。
あの場所にいたのが。
たまこじゃなかったら。
カナも今みたいに悩んだりしなかったって思う。
たまこの勇気があったから。
カナもあの時にたくさん泣けたんだって分かる。
「本当にありがとう」
「そんなっ!」
たまこの顔が赤くなる。
「たまこは何もしてないですよ……」
「とびっきりのことをしてくれたよ」
「そうだと嬉しいですっ!」
そしてたまこがにっこりと微笑む。
やっぱりたまこは笑顔が1番似合うって思った。
「カナもきっとすぐに戻ってきてくれるよ」
「そうですか?」
「そうだよ」
きっと今週中には来てくれるって思う。
だって……
「もうすぐ期末テストがあるしね」
……
…………
………………
そして月曜日。
明日の火曜日から期末テスト。
だから昨日と一昨日の土日が最後のテスト前休日だった。
私は……。
あんまり勉強に手を付けてなかった。
ぼんやりと過ごしていた。
数学以外はきっと大丈夫だって思う。
でも……。
数学は絶対にこのままじゃ駄目だって分かる。
カナがいないから……。
教えてくれる人がいないから……。
そう思っちゃうのは多分っていうか。
絶対に駄目だって思う。
カナに頼らないようにしよう。
そう決めたんだから。
勉強だってそうしなきゃって思う。
「いってくるね」
私はそう言って家を出る。
今日もメッセージは何もない。
きっと今日もカナは来ないって思う。
さすがにちょっと心配になってくる。
テストの方は何も問題ないって分かってる。
今から一所懸命に勉強した私より。
ずっとずっと良い点数を取れるって分かってる。
だけど……。
このまま学校に来なかったら……。
もしかしてテストを受けないのかもしれない。
そうなったら……。
やっぱり心配だ。
もし今日も学校に来なかったら。
アイコの時みたいに家に行った方がいいかもって思った。
今度はたまこと一緒に。
でも私はカナの家の場所を知らない。
たまこもきっと知らないって思う。
同じ中学の人なら分かるかな?
同じ中学って誰だろう?
……カナの家に行くだけでも大変そうだなって思った。
でも頑張ろうって思う。
そうすることがカナのためになるなら。
絶対にそうしなくちゃいけないって思った。
私は気合を入れるっ!
頑張ろうって思う!
まずはクラスの人に聞いて。
カナと同じ中学の人を探そうって思った。
でも……
「カナっ!」
いつもの待ち合わせ場所。
通らなくても学校に付く場所。
でも習慣で行ってた場所。
そこにカナがいた。
きっと今日もいないって思ったから。
私は思わず大きな声を出してしまった。
さっきとっても気合を入れたのが。
ちょっとだけ恥ずかしいって思った。
でもそれより嬉しさの方がもちろん大きいっ!
「おはようっ!」
何日ぶりのおはようだろう。
夏休みとかあると。
もっと長く言わないこともある。
でも。
何だか今回のおはようが。
今までで一番の懐かしさを感じた。
それに嬉しさも。
「おはよう……」
カナはなんだか静かな感じ。
私とは正反対。
緊張してるのかな?
久しぶりだから。
「今日も寒いね」
「そうだね」
「早く学校に行こう」
私はカナが来てくれた。
それだけで寒さもどこかに行ってる。
それぐらい嬉しい。
「そうだね」
でも。
カナは何だか落ち込んでるみたい。
緊張とかじゃないかもって思った。
「行こっか」
「うんっ!」
そうやってまた。
私とカナは並んで学校へ向かった。
隣にカナがいてくれるだけで。
こんなに嬉しいんだなって分かった。
「いっちゃんは……」
そんな私に。
カナはぼそりと言う。
やっぱりカナらしくないって思ってしまう。
「わたしのこと嫌いにならなかったの?」
「どうして?」
私は思わず聞いた。
「なんで私はカナのことを嫌いにならなくちゃいけないの?」
本気でそう思った。
だって。
私がカナを嫌いになるだなんて。
そんなのありえないって思ったから。
「わたしのあんな姿を見せちゃったからね」
「そうだね」
私は思い出す。
あんまり思い出したくはないけど。
でも。
あれもカナだってちゃんと認めないとって思う。
嫌なところ。怖いところだって。
ちゃんとその人の一部なんだから。
「正直言ったら怖かったよね」
「だから嫌われたんじゃないかってずっと考えてた」
「それで学校を休んでたの?」
私の言葉に。
カナはうつむいた。
「それだけじゃないけど……」
「うん」
「それもあるかも」
「他にどんなことを考えてたの?」
「えっとね……」
そうやってカナはゆっくりと話した。
学校を休んでる間。
どんな風に過ごして。
どんなことを考えてたとか。
「いっちゃんと離れた方がいいんじゃなかって思ったこともあった」
「そうなんだ……」
でも。
そう思っても。
こうやって会ってくれてるのは。
その考えをやめたってこと。
「たまこさんの言う通りだって思う」
「それだけじゃないと思うよ」
「ううん。わたしは世界が全部が嫌いだった」
その理由をカナは言わない。
私も知ろうって思わない。
「いっちゃんを守りたいって思ったのは本当」
カナは小さくつぶやく。
「それを理由にしてたのも本当……」
「それを言うなら私だってそうだよ」
きっと。
今回のことは。
みんながみんな自分が悪いって言うかもしれない。
でも。
一番の原因はどうしたって私だって思う。
私がこの地球に間違えて生まれたのが根本だから。
「私だってカナに甘えてた」
けれど私は間違えて地球に生まれてよかったって思ってる。
運命を恨んだりしない。
だって私はこの地球は好きだから。
「2人とも間違ってたんだよ」
生き方とか。
考え方とか。
「だから2人でやり直そう」
「いっちゃん……」
「私達はひとりぼっちじゃないんだからね」
「うんっ!」
そしてカナは微笑んでくれた。
「とりあえず今度のテスト頑張らないとね」
テストのことを考えたら。
やっぱり憂鬱だって思う。
「そうだけど……」
カナは小さな声で言う。
でもしっかりと前を見てる。
「それよりやらなきゃいけないことがあるって思う」
「やらなきゃいけないこと?」
「みんなに謝らないと……」
カナはみんなに酷いことをした。
特にアイコに……。
「多分、許してくれないと思うけど……」
「そんなことないと思うよ」
「……許してくれない方が楽かもしれない」
なんでそう思うのか。
私には全然分からない。
「でもちゃんと向き合わないとって思うんだ」
「そうだね」
私もカナも。
色々なことから逃げてきたんだって思う。
そしてこの前の日曜日に。
私達を守っていた壁は完全に崩れ去った。
でも……。
壁の外の景色はきっと。
何よりも綺麗だって知った。
だからもう大丈夫。
明日のテストより。
ずっとずっと大丈夫だって思えた。
……
…………
………………
「本当によかったですっ!」
とっても嬉しそうな表情。
朝の出来事を話したら。
たまこは飛び跳ねるように喜んでくれた。
まるで自分のことみたいに。
「本当に心配してくれたんだね」
「もちろんですっ!」
たまこは本当にいい子だなって思う。
そしてとっても強い。
「またカナさんと仲良くできたら嬉しいですっ!」
「そうしてくれると嬉しいな」
「はいっ!」
結局。
日曜日の話は全然聞いてない。
どうやってあそこまで行ったのかとか。
それまでどんな話をしてたとか。
あんまり興味もなかった。
また仲良くしてくれる方が。
ずっとずっと大事なこと。
「これで安心してテストを受けれますねっ!」
「そうだね」
何だかほっとすしぎて。
テストを受ける気分じゃなかった。
それに……。
勉強もほとんどしてないし……。
「頑張りましょうねっ!」
「うん。頑張る」
そうは言ったけれども。
やっぱり自信は全然なかった。




