62
「お待たせ!」
ナツミが公園に来てくれたのは。
私が着いて10分ぐらいが立っていた時だった。
たったの10分。
でも私にはとっても長い時間に感じられた。
まるで永遠に思えるぐらいに。
その間は2人に何度も何度も電話をした。
何通もメッセージを送った。
でも電話に出てくれない。
メッセージが既読にならない。
遊びに夢中で気がつかない。
そう思いたい。
そう信じたい。
でも不安は大きくなるばっかり。
凍えそうなぐらいに寒かった。
体だけじゃなくて。
心まで凍ってしまいそう。
本気でそう思った。
そんな時にナツミが来てくれた。
「待たせてごめん」
ナツミは本当に申し訳無さそうに言う。
学校から公園までの距離を考えたら。
とっても急いで来てくれたって分かる。
私ならもっともっと時間がかかっていた。
どんな用事なのかも言ってないのに。
とっても寒いのに。
部活でとっても疲れてるのに……。
私のために走ってきてくれた。
「ううん。来てくれて本当にありがとうっ!」
それが何よりも嬉しくて。
ナツミの姿を見たら。
心のなかに溜まっていた不安が減った気がした。
「ナツミが来てくれなかったら……」
考えただけで怖くなる。
ずっとこの公園で立ち尽くしてたって思う。
そして全部が終わってたって思う。
「それでっ!」
ナツミの大きな声。
とっても真剣で。
とっても心強い声。
「あたしはどうしたらいいのっ!」
「ここに行きたいのっ!」
私はスマートフォンを見せる。
アイコに送ってもらった地図。
「分かったっ!」
それを見て。
すぐにナツミは言った。
「分かるけど少し遠くにあるのっ!」
言いながら私の手をつなぐ。
思ったよりも大きくて。
想像以上に温かいナツミの手。
「急ごうっ!」
「うんっ!」
私はナツミに引っ張られるよう歩き出した。
私が急いでるから。
時間がないってナツミも分かってるから。
理由を聞くより行動する。
そうしてくれるのが嬉しくて。
そうできるナツミが本当に凄いって思った。
私ははっきりとナツミに憧れていることに気がついた。
……
…………
………………
「そんなことになってたんだね」
「うん……」
私達は早足で街を歩く。
とっても寒いはずなのに。
体はなんだか熱いぐらいだった。
「まだそうなってるかどうかは分からないけど……」
「取り越し苦労だったらいいのにね」
もしそうなったら。
ナツミが急いで来てくれたことも。
こうやって手を引っ張ってくれてることも。
無意味になっちゃうのに。
ナツミはそっちの方がいいって言ってくれる。
「ごめんね」
そして。
なぜかナツミが謝った。
「どうして?」
私は思わうず言う。
「どうしてナツミが謝るの?」
「あたしがあの時にちゃんとしてればって思うんだ」
ナツミの表情。
何だか苦しそうに見えた。
公園で見た時よりずっと。
「あの時って?」
「あたしが……カナさんに脅された時」
そして私は思い出した。
カナがこんなことをするのは。
アイコが初めてじゃなかったって。
その前に1年の時のクラスの人達に……。
「あの時にちゃんと向き合ってればこんなことにはって」
「それは……」
ナツミのせいじゃない。
そう言おうとした。
そう本気で思った。
ナツミは何も悪くない。
もちろんアイコもたまこも悪くない。
それにカナだってそう。
そうに決まってる。
だけど。
そうナツミに伝えたって意味がないって思った。
それに……
「だから手遅れになる前にいつきをカナさんのところに連れて行くね」
ナツミの手がぎゅっと強くなる。
ちょっと痛いぐらいだった。
でも。
その痛みが今の私にはちょうどよかった。
「もうちょっとでつくからねっ!」
歩き始めて。
どれぐらいの時間が経過してるのか分からない。
時間とかを確認する余裕はなかった。
私達は無言で歩いた。
私とナツミの足音が嫌に大きく聞こえた。
そしてまたしばらくして……。
「着いたっ!」
ナツミは立ち止まった。
始めてくる場所。
自分1人じゃ来れなかった場所。
「あの工場が目的地になってるっ!」
「あれが……」
すぐ近くにはもう使われてなさそうな工場。
あの中でアイコはカナに脅されて。
もしかしたら……。
たまこがカナに脅されてる場所。
「早く行かなきゃっ!」
私は言った。
でも、ナツミが私の手を離す。
てっきり私は。
ナツミが最後までついてきてくれるって思ってた。
だから。
ナツミの手と離れてしまったのは。
とってもショックに思えた。
「ごめん……」
そしてナツミは言った。
「あたしが行ったら……」
きっとさらに大変なことになりそう。
多分、そう言いたかったんだって思う。
確かにそうかもしれない。
でもナツミは本当に申し訳無さそうな表情。
「ううんっ!」
だから。
私が怯えてちゃいけないって思った。
今から。
あそこにカナとたまこがいるなら。
私が説得しなくちゃいけないんだし。
「私こそ甘えててごめんねっ!」
「頑張ってねっ!」
「分かったっ!」
「カナさんを説得できたら友達になってって伝えといてっ!」
「うんっ!」
私は工場の方へ歩いた。
ナツミはここで待っててくれるみたい。
私はどきどきする。
もしかしたら。
あそこにカナとたまこはいないかも。
まだそう思いたい気持ちがあった。
さっきの私とナツミのやり取り。
恥ずかしかったね。
そんな笑い話になったらいいって思った。
でも……。
そんな希望はすぐに消し飛んでしまった。
「だからっ!」
工場の扉を開けた瞬間。
「いっちゃんから離れてって言ってるのっ!」
カナの叫び声が聞こえた。
カナがたまこに包丁を突きつけてるのが見えた。
「いっちゃんはあんたと仲良くしちゃいけないのっ!」
私は覚悟してたはず。
アイコに話を聞いてて。
カナがたまこを脅してるって……。
でも……。
想像以上の光景を見て……。
私はショックで……。
「早く言ってよっ! もう仲良くしないって!」
アイコもこんな風に……。
ここで包丁を突きつけられて……。
だからあんなに学校に来ないで。
あんなに怯えてて。
私は自分が軽く考えてたことに気付かされた。
今だって。
目の前で起きている光景が。
現実のものだって思いたくない。
カナが。
あんなに優しいカナが。
あんなことをするわけない。
そう思っている。
「本当に刺すよっ! 言ってくれないならっ!」
でも……。
あそこにいるのは紛れもなくカナで。
そして。
カナは私のためにあんなことをしてる。
してしまってる。
「わたしはいっちゃんを守らないといけないのっ!」
「…………」
たまこは何も言わない。
何を考えてるのかも分からない。
私はどうしたらいいのか分からなかった。
はりきって来たのに。
カナを説得しようって。
そのために。
アイコやナツミに協力してもらったのに。
私はただ見てるだけしかできなかった。
声を出そうと思っても全然出てこなかった。
「わたしがあんたを殺せないと思ってるのっ!」
カナの声から苛立ちを感じた。
あんな声を出すカナは初めてみた。
あんな声を出すアナを見たくなかった。
「いっちゃんと離れないって言うなら……」
でも。
目の前の光景は本物。
「本当にあんたを殺すからっ!」
やっぱり全部、私が悪いんだ。
「いっくんとは……」
静かにたまこは言う。
カナのと違って。
とっても小さな声。
でも。
私もはっきりとその声が聞こえた。
「離れたくない」
そしてたまこは言った。
「絶対にそんなことを言うのは嫌だ」
震える声で。
とっても怖いって思うのに。
「たまこはずっとずっといっくんと友達でいたいからっ!」
何でっ!
私なんて大した存在じゃない。
私なんて守る価値もない。
私なんて命を賭けて友達でいる価値なんてない。
それなのに……。
「本当に殺すわよっ!」
「殺されたってそんなこと言いたくないっ!」
「何のためにいっちゃんに近づくのっ! 友達になるのっ!」
「だってっ! いっくんが好きだからっ!」
「いっちゃんは宇宙人なのっ!」
「それでも好きっ! いっくんのことが好きっ!」
「わたしはいっちゃんを守らないといけないのっ!」
「そんなの嘘っだっ!」
たまこが大きな声で言った。
「だっていっくんとカナさんは違うっ!」
「何を分かったようなことを言ってるのっ!」
「だって分かるからっ!」
「何をっ!」
「いっくんは宇宙人かもしれないけど……この世界が好きなのっ!」
「……っ!」
「でもカナさんはこの世界が好きじゃないっ!」
カナは何も言えないみたいだった。
私と同じだって思う。
「カナさんは嘘をついてるっ! いっくんを守るために生まれたなんて嘘っ!」
「……そうよっ!」
カナは言った。
私がいないって思ってるから。
たまこと2人っきりって思ってるから。
「わたしはいっくんを守りたいから話を作ったのっ!」
いつか話したこと。
初めて私が告白した後のこと。
あの時にカナが話してくれたこと。
あれは嘘だった。
でも。
あんまりショックも衝撃も受けなかった。
多分、嘘かもしれないって思ってたから。
それでも私はカナに甘えてた。
私を守ってくれる。
そんな言葉に酔いしれてた。
「でもいっくんを守らないといけないのは本当なのっ!」
「カナさんは理由が欲しいだけっ!」
「何のっ!」
「世界を嫌いになれる理由が欲しいだけっ!」
「そんなことないっ!」
「いっくんを守らなきゃいけないから世界が敵だなんてっ!」
「…………」
「そんなの間違ってるっ! いっくんもそんなの望んでないっ!」
私はたまこは臆病だって思ってた。
でも。
包丁を突きつけられて。
こんなに勇敢になれるなんて……。
「いっくんを世界を嫌いになる理由にしないでっ!」
「いっくんはこの世界が大好きなのっ!」
「たまこはそんないっくんが大好きなのっ!」
「カナさんっ! いっくんの邪魔をしないでっ!」
「世界を嫌いになるだなんて1人でやっててっ!」
「いっくんから離れなくちゃいけないのはカナさんだよっ!」
「どうしてもいっちゃんから離れないのねっ!」
「絶対に嫌っ!」
「それなら……」
怖かった。
ここに入ってから。
あんなカナを見てから。
体も動かなかった。
声も出せなかった。
でも……。
ここで何もしなかったらっ!
本当に手遅れになっちゃうっ!
「殺すっ! 殺していっくんを守るっ!」
「待ってっ!」
私は叫んだ。
それしかないって思った。
カナを止めれるのは。
私の言葉だけって分かってた。
「え……」
「いっくん……」
2人が驚いた表情で私を見る。
驚いて当たり前だって思う。
そして……。
「な、何でここに……」
力が抜けたのかかもしれない。
カナの手から包丁が落ちた。
からん。
そんな音が工場に響いた。
「アイコに聞いてナツミに教えてもらったの」
「あの2人に……」
「ごめんねっ!」
私は叫んだ。
「たまこもごめんっ!」
私がいきなり来て。
謝り出して。
きっと2人とも何のことか分からないって思う。
でも……
「全部、私が悪いのっ!」
私は包丁を拾った。
包丁は思ったよりも小さくて。
想像以上に冷たかった。
「いっちゃんっ!」
「いっくんっ!」
2人が同時に叫ぶ。
「私がいなければっ! 私がこんなに弱くなれけばっ!」
こんなことにはならなかった。
みんな仲良くできたかもしれない。
カナだって。
私以外の人と友達になってれば。
私を守るっていう理由がなければ。
世界を好きになってたかもしれない。
たまことだって友達になれてたのかもしれない。
「私はカナのおかげで世界を好きになれたっ!」
カナがいなかったら。
今の私はいない。
人を信用することもできない。
誰にも告白もできない。
ずっとずっと上辺だけで生きて。
そして耐えきれなくなって。
死んでたって思う。
「カナが教えてくれたのっ! 人を信用していいってっ!」
でも……。
私はカナに何かしてあげれたのだろうか。
ううん。
私は何もカナに上げれてない。
ただ守ってもらってただけ。
「私が言うべきだったのっ!」
「一緒に世界を好きになろうってっ!」
「でもっ! 私は甘えててっ! それでっ!」
悪いのは。
死ぬべきなのは。
罰せられるべきなのは。
私だけ。
間違えて地球に生まれて。
間違った生き方をしてきた。
私だけ。
でも……。
私はまだ死ねないって思った。
まだ地球でやらなくちゃいけないことがあるから。
「だから今度は間違えないっ!」
この世界に生まれてきた意味。
もしかしたら。
そんなのないかもしれない。
でも……。
生きるのにそんなのもの必要ないって思った。
「カナっ! やり直そうっ!」
「いっちゃん……」
「カナは私を助けてくれたっ!」
だからっ!
「今度は私がカナを助ける番っ!」
私は包丁を床に置いた。
もう包丁を間違った使い方をしなくていい。
「カナっ! 世界を嫌いにならなくていいっ!」
「私はこの世界がっ! 地球が大好きっ!」
何だか途中から。
自分で何を言ってるのか分からなかった。
とっても興奮してた。
こんな感じは初めてだった。
とにかくカナに伝えたかった。
私の気持ちを。
私のすべてを。
「みんなが……カナがいるこの世界が大好きっ!」
伝わるかどうか分からない。
どんなに私が言っても。
カナは世界が嫌いなままかもしれない。
でも。
私は信じたいって思った。
「カナっ! みんなと一緒に地球で生きていこうっ!」
「いっちゃん……」
力が抜けたみたいに。
カナがぺたりと座り込んだ。
そして両目から溢れるように涙を流している。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……」
カナはまるで子供みたいに泣いた。
いつもはとっても大人っぽいのに。
今は小さな子どもに見えた。
「カナっ!」
「カナさんっ!」
そんなカナに。
私とたまこはかけよった。
「わたしっ! いっちゃんをっ! いっちゃんを守りたくてっ!」
「うん。分かってるよ」
「いっちゃんが好きだからっ!」
「うん。私もカナのことが大好き」
「カナさん……」
たまこも涙を流してる。
私は……。
自分では分からない。
でも。
きっと泣いてるって思う。
「カナ。帰ろう」
私はカナに言う。
帰って。
また悩むかもしれない。
でも。
きっと大丈夫だって思う。
「もうすぐ冬休みだよ。楽しい合宿をするんでしょ?」
「うん……」
「ちょっとずつ歩いて行こうね」
「うん……」
カナの涙は止まりそうになかった。
きっと。
ずっと我慢してたんだろうって思う。
私を守るために。
世界を嫌いになるために。
色々なものを溜め込んでたんだろうって思う。
でも。
もうそんなことする必要はない。
カナが世界を好きになってくれるように。
私がたくさんたくさん頑張るから。
今までカナが私にしてくれた以上に。
カナを助けたいって思うから。
だから。
今は思う存分に泣かせてあげようって思った。
きっと。
外で待ってるナツミも。
それぐらいは笑って許してくれるよね。
私は。
ナツミやアイコやたまこに助けてもらった。
カナに救ってもらった。
みんなに出会えた。
それだけで。
地球に生まれてよかったって。
心から思えた。




