50
「体調悪いの?」
私の顔を覗き込みながらお母さんが言った。
私があんまり朝ごはんを食べれなかったから。
そうなったのは多分、寝不足のせい。
色々考え事をしていたら眠れなかった。
「本を読んでたら夢中になって」
「それで寝不足?」
「うん」
悩みがあって眠れなかった。
そんなことをお母さんには言い辛い。
「私もよく読書に夢中で徹夜したわ」
「同じなんだね」
「私は眠かったら具合悪いって休んでたけど」
「そうなんだね……」
どうやらお母さんの高校生の時はとってもぐーだらだったみたい。
それは今も変わらないのかもしれないけど。
「出席日数に問題なければいつきも寝てても怒らないわよ」
そういった感じだったから私にも甘いんだろうって思う。
でもそれが良い親なのか、そうじゃないのかは分からない。
私はあんまりサボろうとかは思わないけど。
学校は嫌いじゃないし。
全部の授業が数学の日とかじゃなければ。
「ううん。眠いだけだから」
「そう? 真面目ね」
「普通なだけ」
それに今日は休めない日。
今日に休んだら、眠れなかった夜が無駄になっちゃう。
「それじゃいってくるね」
私はいつものように家を出ようとした。
いってらっしゃーい。
そんな声を待ってたのかも。
でも聞こえてきたのは別の言葉だった。
「いつきが読んでた本、気になるから帰ったら返して」
本当は本は読んでなかったけど……。
でも、最近読んで面白かった本を貸せばいいのかな。
「分かった」
「よろしくね」
私はそのまま家を出る。
出た瞬間に、寒いってつぶやきたくなる外の気温だった。
……
…………
………………
「決めたんだね」
学校へ向かう通学路。
肌寒い風が吹いてる。
まだ本格的に冬ってわけじゃない。
でも嫌に寒く感じた。
「うん。決めた」
カナの言葉に私は言う。
決めたのは放課後。
カナと話してから。
その決めた。も何度か揺らぐことがあった。
「アイコとちゃんと話をするって」
なんでアイコが……
部室に来てくれなくなったのか、
話してくれなくなったのか、
私を見ると逃げる容認ったのか、
全然分からないまま。
せめてその原因を知りたいって思った。
そして解決できるなら、そうしたい。
私はまたアイコとお喋りとかしたいから。
「ずっと考えてたんだね」
カナの優しい声。
私の顔をじっと見つめてる。
カナはきっと分かってくれている。
私が凄く悩んでることも。
私が昨日、眠れなかったことも。
「とっても不安な気持ち、分かるよ」
そう言ってカナは私の手を握ってくれる。
私の心を温めてくれる。
「どんな言葉がくるか、どんな風になるか、分からないもんね」
「……そう」
私はカナの手を握り返す。
カナの手を握るとどんな不安も和らいでくれる。
「夜もずっと頭をぐるぐるって考えが浮かんで眠れなかったんだ」
「うん……」
「もしかしたらこのままの方がいいかもとか考えちゃって……」
会って話せばもっと駄目な方へ行くかもしれない。
このまま静かに待ってればあっちから話してくれるかもしれない。
話して寝た子を起こすことになるかもしれない。
「でもわたしは会って話をした方がいいって思う」
背中を押すようにカナは言ってくれた。
「話をしないと、相手の気持ちも分からないからね」
「ありがとう」
「ううん。わたしにできることはそれぐらいだから」
言ってカナはにっこりと微笑んでくれた。
私が好きで、勇気をくれる笑顔。
「何か協力できることがあったら言ってねっ!」
「うん。でも……」
応援してくれるだけで嬉しい。
そう言おうとした。
でも1つだけお願いしたいことがあった。
「放課後にね、アイコが部室に来るようにお願いして欲しい」
私が行っても逃げられるから駄目。
ナツミもアイコが苦手って言ってた。
藍姫はそのことでアイコと藍姫の仲がぎくしゃくってなったら嫌。
だからカナにお願いしたいことだった。
「うんっ! 分かったっ!」
アイコははきはきって返事をくれる。
「もしアイコさんが嫌って言ったら……」
そうなる可能性も十分にあるって思う。
「わたしができるだけ理由を聞いてみるね」
「うん。本当にごめんね」
そういうことをお願いできるのもやっぱりカナだけ。
「いっちゃんのためになるならむしろ嬉しいっ!」
やっぱりカナはとっても優しい。
私がアイコとまた仲良しになりたい。
そのために、私のわがままのために……。
本当はカナが1番このままが良いって思ってるはずなのに。
「うまくいったら……またアイコさんとお話できるようになったら」
「うん」
「コンビニでアイス買って欲しいなっ!」
「うん。いいけど……」
1つだけじゃなくてたくさん食べて欲しいぐらい。
でも……
「なんでアイス?」
すぐにでも本格的に寒くなりそう。
そんな中、アイスを欲しがるなんて……。
「寒い中で食べるアイスも美味しんだよっ!」
「そうなんだね」
それは知らなかった。
「夏に食べるのとはまた違う味わいがあるんだよ」
「なんだか良さそうだね」
「うんっ! だから今度、一緒に食べようねっ!」
「そうだね」
寒い部室。
買ってきたアイス。
お喋りをしながら3人で食べるアイス。
冷たいっ! でも美味しいっ!
そんなことを言い合いながら。
私はそんな日が来てほしいって思った。
またアイコと仲良くお喋りをしたいって思った。
……
…………
………………
色々考え事をしてたらあっという間に放課後。
私は上の空で授業を受けていた。
先生が言ってたこともほとんど覚えてない。
ノートも全然書けてない。
なんだかぐにゃぐにゃっとしたものが書かれてるだけ。
後で見返しても何にもならないページばっかり。
明日とかに藍姫からノートを借りなくちゃって思った。
昼休みはいつものように部室。
部室で放課後の話をした。
アイコは部室に来てくれる。
カナが説得してくれたおかげで。
それだけで私は感謝してもしきれないって思った。
「今日はどうかしたの?」
教室を出る準備をしてた。
そんな私の前に2人。
「今日はずっと調子悪そうでしたけど……」
心配そうな表情。
たまこと藍姫。
できるだけ普通にしてるってみせたかった。
でもやっぱり駄目だったみたい。
「ちょっと寝不足でね」
嘘じゃない。
でも本当のことは言ってない。
「だから具合が悪かったんだ」
「風邪をひいたんですか?」
「そこまでじゃないよ」
「今日はちゃんと寝たほうがいいわよ」
「うん。分かってる」
ちゃんと眠れるかどうか。
それはこの後の部室で決まるって思った。
「今日は早く帰るつもりだしね」
「無理する部活でもないしね」
「ちゃんと休んでくださいねっ!」
さばさばとしてる藍姫。
とても心配そうな表情のたまこ。
明日には元気な姿を見せたいって思った。
「それじゃ私は部室に行って帰るから」
そう言って教室を出る。
ちゃんとばいばいって挨拶をしてから。
そして廊下でカナと合流。
「いよいよだね」
カナも何だか緊張してるみたい。
まるで自分のことみたいに。
「うん。ちゃんと正面から聞いてみる」
きっと今日が最初で最後のチャンス。
カナが作ってくれた機会。
絶対に無駄にしちゃいけないって思った。
「それで……アイコは?」
「部室に行ってもらってる」
「そうなんだ……」
部室にアイコがいる。
そう思うととても緊張する。
一歩、一歩が何だかすごく思い。
足に重りをつけられたみたいに。
きっと……。
私は思う。
きっとあの時のアイコもこんな気持だったんだろうって。
今はアイコが部室で待ってる。
あの時に私の隣にいいたアイコが。
「……大丈夫?」
きっととっても緊張してたせいだって思う。
カナがそう声をかけてくれたのは。
「うん……。大丈夫じゃ……ないかな」
今までこんなことは初めてだった。
中学生のころは気にしなかったから。
話さなくなっても、嫌われても。
地球人と深く仲良くなってもって思ってたから。
でも今は違う。
話さなかっただけで、嫌われたかもと思っただけで。
何だか凄く落ち込むし、とっても悲しくなる。
「でもやっぱりやるしかないって思う」
いつの間にか部室の前。
アイコが、中にいる。
「わたしは外にいるから」
「え……」
てっきり一緒にいてくれるって思った。
でもそうじゃないみたい。
「アイコさんが2人で話したいって……」
「そうなんだ……」
「ごめんなさい」
「ううん。ありがとう。カナのおかげでアイコと話ができるから」
「頑張ってね」
「うん。頑張ってくるね」
私は扉を開けた。
何だかいつもと違う扉を開けているみたいだった。
……
…………
………………
「…………」
「…………」
部室にはアイコがいた。
もしかしたら……。
扉を開けた瞬間はそう思った。
でもアイコはちゃんとそこにいた。
逃げないで部室に来てくれていた。
カナのおかげで。
「アイコ……」
アイコは不機嫌そうな表情をしてる。
何を思ってるんだろう?
何を考えてるんだろう?
全然、想像もつかないって思った。
「何だか久しぶりって感じがするね」
前までは当たり前だった。
部室でアイコと会うなんて。
「そうね。久しぶり……」
アイコの声も久しぶりに聞いた気がした。
「……元気だった?」
何を聞いてるんだろう。
自分でも思ってしまう。
「普通。そっちは?」
「私は……同じ。アイコと同じ」
「そう……」
そして沈黙。
聞かなきゃ。
アイコに理由とかを聞かなきゃ。
そう思ってる。
でも声に出せない。
喉から空気が出せない。
「あ……あの……」
何で私とお喋りとかしてくれないの?
それだけでいいのに。
その言葉がどうしても出せない。
「聞きたいことは分かってるわ」
アイコは言った。
何かを決心したかのような声。
「なんでいつきから逃げるのか、でしょ?」
「う、うん……」
やっぱり逃げてたんだ……。
自覚的にそうしてたんだ!
「何でっ!」
私は思わず大きな声を出す。
「何で話してくれないのっ! 部室に来てくれないのっ!」
こんなに自分が感情的になるなんて思わなかった。
「何で私から逃げちゃうのっ!」
「……」
アイコは黙ったまま私を見てる。
私も一所懸命にアイコを見る。
でも、やっぱり分からないっ!
「私のこと嫌いになったのっ! 何か私がしたのっ! 理由を教えてっ!」
「アタシ……知ってるの」
静かな声だった。
私のとは違って。
とっても冷静な声だった。
「し……知ってるって……」
もしかして……。
嫌な考えが。
重くて黒い思いが頭を支配する。
「いつきが宇宙人だって、地球人じゃないって」
そしてその嫌な考えは現実になった。
「何で……」
アイコが知ってるの?
なんで、いつ、どこで?
私は頭の中がパニック状態になった。
夢の中では何度も体験した出来事。
「なんで知ってるの……」
「それは言えない」
「それじゃっ!」
私は夢を思い出す。
1人に見つかって。
その後にみんなに広まる夢を。
恐怖でがたがた体が震える。
「ねぇ……そ……それ……だ……誰かに……」
「言ってないわ」
はっきりとアイコは言った。
「もちろん、言うつもりもない」
「……そ、そうなんだ」
それでほっとしてしまった。
そんな私が嫌になった。
「でもあんたとはもう友達じゃない」
「……」
「もうここに絶対にこない。絶対に話しかけない。絶対に話しかけないで」
それは考えた中で一番嫌な言葉。
私に悪いところがある。
それなら直せばいい。
努力すればいい。
でも宇宙人であることは変えられない。
絶対に、そのまま。
「分かった?」
「……わ、分かった……」
そう言うしかなかった。
「アタシが言いたいのはそれだけ。……帰るわ」
アイコは部室を出て行く。
このまま私と他人になろうとしている。
「アイコっ!」
そんなアイコを引き止めた。
アイコは出ていかずに待ってくれた。
アイコは意地悪で、でもやっぱり優しい。
「あ……ありがとう」
そしてそんなアイコに私は言った。
「こんな……地球人じゃない私と今まで仲良くしてくれて……」
私は思い出す。
初めて会った時のこと。
部室に来るようになったこと。
帰ろうとするのを引き止めたこと。
追いかけっこをしたこと。
藍姫と仲直りするの協力したこと。
そして、一緒に部誌を作ったこと。
「本当に今まで楽しかった」
涙が溢れ出てくる。
もっと一緒にいたい。
もっと一緒に遊びたい。
でも私が宇宙人である限りそれは無理。
今までが幸せだったんだって思うしかない。
アイコは私を見てる。
凄く悲しそうな顔をしてる。
「お願いがあるんだ」
「何よ……」
「友達じゃなくなっても……」
涙が止まらない。
友達と友達じゃなくなる。
それがこんなに悲しいなんて初めて知った。
「アイコの漫画だけは読ませて欲しい」
「…………」
アイコは何かを言いたげに私を見る。
でも何も言わなかった。
「アイコが書く漫画、大好きだから」
……
…………
………………
扉が開く音。
そして閉じる音。
アイコが部室からいなくなった。
これで私とアイコは他人。
友達じゃなくなった。
アイコがいなくなっても涙が止まらなかった。
「いっちゃんっ!」
アイコがいなくなって少しして。
カナが来てくれた。
泣いてる私のすぐ近くに。
「ひ……秘密が……アイコが私が宇宙人だって……」
「うん」
カナは泣いてる私を抱きしめてくれる。
「だから友達じゃないって……」
「うん」
「私……私……」
「大丈夫だよ」
カナは私が宇宙人だって知ってても近くにいてくれる。
「いくら泣いても大丈夫。私はずっとずっと……」
絶対に離れないでくれる。
「ここにいるから」




