45
不意に暗くなった。
思わずどきりとしてしまう心臓。
それはびっくりと緊張が合わさった感じ。
もうすぐ始まるんだな。
そう思うと何だか身構えてしまう。
なんだか自分が変な感じだなって分かってる。
誰かの何かを見るだけなのに。
なんでこんなに緊張してるんだろう。
自分のことじゃない。
でもまるで自分のことのように思える。
そんな風に思えるのは初めてのことだった。
何でこうなってるんだろう。
何だか疑問に思う。
同時に考えても出てこない答えだなって思った。
でもその緊張は何だか心地よさもあった。
私はそんな緊張と心地よさに包まれたままステージを見る。
きっとたまこも同じ感じだろうな。
そんなことを考えながら。
たまこも真剣な表情でステージを見てる。
手にギュッと力を入れてるのが分かった。
演劇部のステージをこんなに緊張して見てるのはきっと私とたまこだけだろうって思う。
……美香はとっても緊張してるんだろうな。
その緊張は、そして興奮は私には想像もできない。
そしてカナは……
どこにいるんだろう
何を考えてるんだろう
どうしてもそんなことも頭に浮かぶ。
これが終わったら迎えに行かなくちゃ。
会ってくれるか分からない。
でもちゃんと向き合わないといけないって思ってる。
「……あれ……」
静かで、でもはっきりとした声が聞こえた。
ステージが始まっている。
青っぽい、金色のウイッグ、そして頭についてる大きめのリボン。
それは美香……そしてアリスだった。
「ここは……どこ……私は……アリス……」
不安そうな表情で周りを見るアリス。
そこはとある教室。
机と椅子があって黒板があってロッカーがあって……。
とてもよくできた教室だった。
そして演劇の舞台。
アリスと教室。
何だかミスマッチ感がある2つ。
どんな話なのか気になってしまう。
アリス……美香はよたよたとした足取りで教室を歩き回る。
まるで本当にアリスのように見えた。
アリスにしては目つきが悪いし、身長も高め。
でも不安そうな足取りとか、表情とか、まさに教室に迷い込んだアリスだった。
それから教室には色々な人が現れる。
白猫とか帽子屋とか女王様とかいろいろな人達。
教室から出ようとする。
でもみんな出られない。
なんで不思議の国の人達が教室にいるのか。
なんで教室から出られないのか。
どやったら不思議の国に帰れるのか。
そういう内容だった。
ぐだぐだでめためたあ会話をしつつこれは誰かの夢だって結論がつく。
そしてこの中の誰かが目を覚ませば元の世界に戻れるって。
「首をはねろ。すれば目覚める」
女王様の一言で夢の持ち主の首をはねて夢から目を覚まさせることになった。
でも本当に首をはねたら死んじゃうかもしれない。
抵抗する人もいた。
でも他に手はなくてそうすることになった。
またぐだぐだな話し合いで誰の首をはねるのか決定する。
選ばれたのは帽子屋だった。
「俺の夢じゃねぇ!俺の夢がこんなにまともなはずがねぇ!」
「深層心理のあなたはまともな可能性もあるわよ」
「一度あんたの首がはねられるところを見たったんだ!」
「どうせ夢だから……」
帽子屋は抵抗するけどみんなが軽そうな言葉を並べる。
そして斬首……。
断末魔。
ばたりと倒れる帽子屋。
ステージの端に運ばれていく。
文化祭でしていい劇なのかな?
何だか変なことを考えてしまうような内容だった。
でも私は夢中になって見ていた。
それは劇の内容自体の面白さもあった。
でもそれ以上に美香に釘付けになってた。
美香は色々表情を変えていた。
笑ったり、泣いたり、怒ったり。
動きもそう。
普段見ないような動作とかをしていた。
まさか美香がスキップをしてるところを見れるなんてと思った……。
でもそれがとても似合っていた。
笑ってくしゃってなる表情は凄く可愛くて素敵だった。
そしてただそこに立っているだけで、存在感があった。
1人だけたくさんのライトを集中して受けてるように見える。
それは私が美香に思い入れとかがあってそう見えてるだけかもしれない。
でもやっぱり凄いって思った。
私は美香を見続けて、そして劇はあっという間に終わった。
「あなたの夢だったのね」
最後に残ったアリスと1匹。
「そうだよ。アリス。これはぼくの夢。ぼくとアリスの夢」
アリスは大きな刃物みたいなものを手に取る。
「アリスはぼくを殺して眼を覚ます。また不思議の国で眼を覚ます」
「ここの世界はこれで終わり?」
「世界に終わりなんてないよ。世界はどこまでも続いてる」
「でも教室から出られないわ」
「それは教室から出る勇気がないだけ」
「それもそうね」
アリスは手を大きくあげた。
「まだ早かったみたいだね。もっとアリスが成長したらまた連れてきてあげる」
「目覚めたらここのことは忘れるでしょうけど……」
「忘れることなんてない。思い出せないだけさ」
「それは同じことじゃない?」
「全然違う。スナークとブジャームぐらい違う」
「そうね。そうかもね」
「それじゃ一思いにやってくれるかな? アリス」
「痛くないようにするわ」
「ありがたいね。痛いのは苦手なんだ」
「もっとも夢だから痛くはないはずなんだけどね」
「それもそうだね」
「おやすみ」
「うん。おはよう。アリス」
……
…………
………………
ステージが明るくなった。
終わった。
劇が終わった。
軽音部の演奏の時よりずっと人は少ない。
でも拍手は同じぐらい大きく聞こえた。
演劇の人達がステージに出てくる。
劇に出てた人も、裏で頑張ってた人達も。
やっぱりアリスの格好をしてる美香は少し端の方にいる。
遠慮してるのか、恥ずかしがってるのか……。
でも凄く嬉しそうにしているには分かった。
きっととっても満足してると思う。
横の人達と顔を見合わせて微笑んでる。
「ひぐっ……ぐすっ……」
「たまこ?」
たまこが泣いてた。
泣くような劇でもなかった。
でも劇の途中で泣くのを我慢してるのは分かってた。
きっとステージで挨拶をしてる美香を見て耐えきれなくなったんだろうって思った。
「凄くいい劇だったね」
「はい……」
「美香、頑張ってたね」
「はい……」
私は泣いてるたまこの頭をなでる。
たまこ頭は柔らかくてふわふわしていた。
「いっくん……本当にありがとうございます」
「私は何もしてないよ」
それは謙遜でもなんでもない。
頑張ったのは美香。
この物語では私は傍観者。
「たまこは美香を褒めてあげて」
「はいっ!」
ステージが終わって撤収作業。
みんなで椅子とか机を片付けている。
美香は……。
とちょっと探すと色々な人に囲まれてるのが分かった。
「一緒に記念写真いいですかっ!」
目をキラキラさせた1年生に言われてる。
美香は困ってる風だった。
でも他の演劇部の人に言われて写真をとっていた。
いつもの仏頂面で……。
あのステージの笑顔はどこにいったんだって思わず言いたくなる。
でもみんな嬉しそうに写真を撮っていた。
私も行こうかなって思った。
でも絶対に嫌がられるだろうなって分かってる。
仏頂面どころじゃない表情になるだろう。
それに私はやらなくちゃいけないことがある。
行かなくちゃいけないところがある。
「たまこは美香のところに行くんだよね?」
「はいっ!」
「私は行くところがあるから……」
「行くところ?」
「うん。だから美香に伝えといて」
って言ったけど私は何も言葉を考えてなかった。
何だかつたえたいことは色々あった。
凄かったとか、感動したとか、びっくりしたとか……
でも私はぱっと出た言葉だけをたまこに言った。
「後でサインちょうだいって」
「分かりましたっ!」
たまこはとたとたと美香のとこへ走って行く。
それに美香も気がついた。
たまこを見ながら柔らかい笑顔を見せる。
私はそれを文化祭の最後の思い出に残して、体育館を離れた。
……
…………
………………
私は廊下を歩きながらスマートフォンを耳に当てる。
ずっと続くコール音。
合わせて私の胸の鼓動も大きくなっていく。
学校は文化祭真っ最中。
賑やかな声があちらこちらから聞こえてる。
私もいつもなら感じなら楽しく歩き回ってるところ。
カナと一緒にどこに行こうとか話してたって思う。
でもそうじゃない。
私は1人。
カナは電話に出てくれない。
どうしちゃったんだろう……。
いつもはすぐに電話にでてくれた。
そして元気な声を聞かせてくれた。
もしかしたらって思う。
あの出来事で私の思ってる以上にカナは怒ったのかもしれない。
私なんていらなくなるぐらいに。
私なんて守りたくなくなるぐらいに……。
どうしよう。
どうしよう……。
そんな風に焦るばっかりで何もできない。
私はずっとコール音がなり続けるスマートフォンをポケットの中に入れた。
探さないとって思ったから。
学校のどこかにいるなら迎えに行かないとって思ったから。
でも……どこにいるんだろう……。
いるとしたら……部室。
それか屋上だって思った。
そして私は屋上にいるって思った。
去年のことを思い出したから。
きっとカナも同じだって思ったから。
急がなくちゃっ!
私は走った。
廊下を走って、階段を駆け上がった。
去年はカナに手をひかれてだった。
でも今年は1人で走ってる。
そのことに、そうなったことに後悔はない。
私が自分で体育館にいるって決めたから。
私が自分で地球にいるって決心したから。
でも、それなら私はどうするのが正解だったんだろう?
カナになんて言えばよかったんだろう?
屋上に向かいながら考えたこと。
でも何も思いつかない。
何も出てこない。
そのまま私は屋上に辿り着いてしまった。
すんなりと開く屋上の扉。
文化祭の日は開いてるとカナに教えてもらったことを思い出す。
みんなより少し早く終わった文化祭のことを。
「カナっ!」
9月終わりの屋上の空気。
思ったよりもずっとひんやりしてるように思えた。
グラウンドや校内では楽しいお祭。
でも私の心は何だかもやもやでいっぱいになっていた。
「カナっ! いるんでしょっ!」
必死に声を出す。
そしてすぐにカナを見つけることができた。
でも……。
私はすぐには声をかけることができなかった。
カナが……泣いてたから。
「どうして……どうすれ……」
泣きながら何かを言っていた。
どんなことを言ってるのかはよく分からない。
でも私との出来事のことを言ってるのは分かった。
そしてまだ私の存在にも気がついてない。
私がカナを傷つけたんだ。
私のせいでカナが泣いてるんだ。
そう思うと本当にああしたのが正しかったのか不安になってくる。
カナはいつも私を守ってくれたのに……。
「カナっ!」
私はカナのすぐ前で言った。
ゆっくりとカナが顔を上げる。
泣いていて、弱気な表情。
そんなカナを見るのはもちろん初めてだった。
「どうして……ここに……」
「ごめんなさい」
「いっちゃん……」
「カナはいつも私を守ってくれてるのに……」
「ううん。いっちゃんは何も悪くないよ」
にっこりと微笑んで言うカナ。
それはいつもの、優しい笑顔。
でも心の中はいつもと違うって分かった。
「いっちゃんは優しいから地球人とか地球のことが好きになっちゃうんだって思う」
カナはじっと私を見ながら言う。
私は悪くないって。
地球人から私を守ろうとしてくれてるカナ。
そんなカナの気持ちを裏切ったっていうのに……。
「ごめんなさいっ! ごめんなさい……」
「いっちゃん、泣かないで」
自然と涙が出てきた。
私は地球が好き。
地球人が大好き。
その気持は今もそのまま。
カナに申し訳ないって思う。
でもそれは変えられないって分かった。
「私……地球が……この星が好きで……」
「うん。分かってる。分かってるよ」
カナの手の温もりを感じた。
「だからわたしがいるの。そんないっちゃんを守るために」
「カナ……」
「今日は……ちょっとショックだった」
「うん」
「でも謝らないで欲しいな」
「何で? 私が悪いのに」
「いっちゃんは悪くないから」
「じゃあ……」
誰が悪いの?
そんなことを思わず聞きそうになった。
でも出て来る直前で止めた。
言えなかった。
言えるはずがなかった。
その言葉の答えを私は分かってる。
そしてそれを聞きたくなかったから。
「でも1個だけお願いしてもいいかな?」
「うん……」
涙を拭いて私を見る。
「何でも……何でも言って」
カナのお願いなら何でも聞きたいって思ってる。
私もカナに何かしてあげたい。
でも何をしてあげればいいのか分からないから。
「そんなに簡単に何でも言ってって言っちゃだめだよ」
「うん。そうだね……」
簡単に言ってないんだけどな。
って少しだけすねた気持ちになる。
「今日はここに一緒にいて欲しいな」
カナのお願いは私のしたいことと一緒。
私もカナといたいって思ってた。
そしてそう思ってたことをカナも知ってるって思う。
「うん。一緒にいよう」
「ありがとうっ!」
カナはとびっきりの笑顔を見せてくれた。
私も自然と笑顔になった。
文化祭はとっても盛り上がってる。
軽音部や演劇部の人達はステージの成功を祝ってるだろうって思う。
とっても賑やかで、楽しい2日間。
学校が1番盛り上がる2日間。
でも私とカナは静かな屋上で2人並んで座ってる。
去年と同じ。
色々変わったって思った。
でも最後は同じ。
「ねぇ。本当にしてほしいことってないの?」
私は隣にいるカナに聞いた。
カナはすぐに言ってくれる。
「わたしはいっちゃんが隣にいてくれるだけで幸せっ!」
「うん。私も同じ」
それはとっても嬉しい言葉。
でも……私がカナにしてあげれることは他にもあるって思った。
カナにしてあげなくちゃいけないことがあるはずだって分かった。
それが何なのかはまだ分かってない。
早く見つけたい。
早くカナにしてあげたい。
私はそんなことを考えながら空を見上げた。




