34
作業が一段落ついて私とアイコは図書室に移動した。
カナは予定通り藍姫さんに会いに行った。
そっちの方も凄く気になる。
けど私もこっちの方に集中した方がいいって思った。
アイコに不審に思われちゃ駄目なはずだし。
「どうかしたの?」
早速不審に思われたっ!
なんだか不審そうな目で私を見るアイコ。
ちょっと考え事をしてぼーとしてたみたい。
「ううん。なっ、何でもないよ」
慌てて私は言った。
たぶん、こういうのが駄目なんだって思う。
臨機応変に対応できないっていうか……。
そういうのが苦手だって私は思う。
でもこれでアイコがさらに不審に思うかも……。
ちょっと不安になったけど……。
「いっきってたまにそうなることあるよね」
アイコは嬉しそうに言った。
私が慌てたのにはそんなに気にならなかったみたい。
普段の行いのおかけだなって思った。
あんまり嬉しくはないけど、安心した。
「そうなること?」
だから私は気を取り直して言った。
自然に声が出た。
もう大丈夫。
多分だけど。
「ぼけっとすること」
アイコは呆れたように言った。
確かにぼけっとすることが多いって最近は自覚してる。
でもそれを認めたくはないなって思う。
「そうかな?」
だからとぼけるような感じで返事した。
自分の中では自分はきっちりした人でいたいから。
「そうよ。いっきって意外と夢想家だよね」
「それ、褒めてくれてるの?」
「……ちょっとだけね」
不機嫌そうにぷいって顔を横にやる。
自分から言ったくせに……。
でも夢想家って言われたのはちょっと嬉しい。
なんだかよく分からないけど格好いいって思ったから。
私とカナはそのまま図書室を歩いた。
興味深そうに図書室をきょろきょろ見るアイコ。
それでアイコはあんまり図書室に来ないんだって思った。
本とかよく読むイメージだからちょっと意外。
でもよく考えたら図書室でアイコを見た記憶はなかった。
「いっきはよく図書室に来るの?」
「うん。よく来る方だって思う」
図書委員になれないかってスカウトされるぐらいだから。
「図書室って意外と人が少ないのね」
「今日は夏休みの平日だしね」
「それもそうね」
「昼休みはそこそこいるみたいだけど」
「いっきは昼休みは部室が多いんだっけ?」
「うん。そうだね。アイコは?」
「アタシは……」
言いながらなんだか渋い表情をする。
あんまり言いたくない。
そんな雰囲気だ。
「だいたい教室で食べるわ」
きっと前は漫画研究部の部室で食べてたのかもしれない。
ちょっと嫌なことを聞いちゃったなって思った。
気まずくなって私はなんとなく図書室を見回す。
今日は杉森先生はいないみたい。
受付のカウンターには初めて見る人が退屈そうに欠伸をしている。
手にはスマホを持ってた。
せっかく図書室にいるんだから本を読めばいいのにって思う。
図書員だからって本が好きってわけじゃないんだろうけど……。
「それでアタシにおすすめの本を聞きたいって言ってたっけ?」
「うん。アイコが好きな本を読んでみたいなーって思ったんだ」
「アタシの好きな本をね……。何だか嫌な感じがするわ」
そう言いつつもアイコは嬉しそうな表情。
やっぱりアイコは分かりやすいって思う。
「うーん。ここの図書室でいうとアタシは……」
歩き回りながら何冊かの本を教えてもらえた。
何冊か私が好きな本もあった。
「アイコって恋愛小説が好きなんだね」
だいたい一通り教えてもらっての感想。
恋愛小説ってばっかりじゃない。
でも恋愛小説……それも女の子同士の話が多かった気がする。
だから私はそんな感想を言った。
「何だか意外な感じがするね」
「意外って……なんだか嫌な言い方をするわね」
「意外な一面を見たって感じかな」
「ほとんどニュアンスも変わってないわよっ!」
「声大きいって」
図書室には人が少ない。
夏休みの平日だから当たり前。
でもだからって大きな声を出していいってわけじゃないって思う。
「ごめん……」
それはアイコも分かってるみたい。
意外と素直に謝った。
まぁ私に謝られても困るんだけど……。
「でもいっきが変なことを言うからっ」
小声で怒鳴るっていう感じでアイコは言った。
「そういえばアイコが去年の部誌に書いてたのも恋愛物だったよね」
そう考えたら読む好みも恋愛小説なのも変じゃないかもしれない。
「いっきはそういうの嫌いなの?」
「そういうのって?」
「その……」
なんだかもじもじした感じでアイコは言う。
恥ずかしい、照れてる。
そんな感情が全面に出てる感じ。
「女の子同士の恋愛小説とか……」
「百合小説っていうんだよね。そういうの」
それぐらいは私も知ってた。
でもなんで百合なのかは分からない。
「そう。百合小説。嫌いな人もいるから……」
「私は嫌いじゃないよ」
「そ、そうなの……」
「うん。紫色のクオリアとか好きだしね」
「あーあれね」
アイコも読んだことがあるみたい。
「アタシもあれ好き」
「そうなんだね。嬉しい」
私の素直な気持ちだった。
好きな物が友達と同じなのは嬉しい。
同じじゃないからって嫌ってわけじゃないけど。
「うっ……嬉しいのっ?」
「アイコはそうは思わないの?」
「……嬉しいけど……」
「何だかアイコ、様子が変な気がするんだけど……」
「そんなことないからっ」
言いながらすたすたと歩いていく。
「外で待ってるから急いで借りて来なさいよっ」
アイコはなんだか怒ってるような感じで図書室を出る。
アイコは好きなことの話をするのが苦手そうだなって思った。
私に好きなものを否定されるかもって思ったのかもしれない。
そういうのは何だか凄く分かる気がする。
好きなものを好きっていうのはちょっとだけ難しい。
ナツミだってライトノベルとかアニメを好きっていうことを隠してるみたいだし。
でも、だからこそ言える人が大事なんだなって思う。
「すみません」
私は図書委員の人に声をかけた。
なんだか面倒くさそうに対応されながら借りる本の表紙を見る。
家に帰ったらさっそく読もう。
それより今は先に大事なことがあるけど、私は見守ることしかできない。
今は何を考えてるんだろうな……。
気になるのは藍姫さんとアイコの気持ち。
アイコは今は特に何も考えてないんだろうけど……。
何だか私の方がどきどきしてきた。
「はい。期限は二週間です」
「あ、ありがとうございます」
また考え事でぼけっとしてた。
私は本を受け取って急いで図書室を出た。
……
…………
………………
「お待たせ」
「めっちゃ待ったわっ!」
「そんなに待たせてるわけないでしょ……」
「アタシは待つのが嫌いなのっ!」
「そんな感じはするね」
なんだか納得してしまった。
恋愛小説が好きってことよりすんなりと。
「そこは意外に思いなさいよっ!」
「アイコは私にどう思って欲しいのよ……」
「それは……アタシが知るわけ無いでしょっ!」
アイコ以外は誰にも分からないんだけど……。
私はそう思ったけど、何も言わなかった。
言ったら言ったで何だかめんどくさそうなことになりそうだし。
「とりあえず今日はありがとう」
かわりに私はお礼を言った。
おすすめの本を教えてもらえたのは嬉しかったから。
「……ありがとう?」
なんだか不思議そうな顔をする。
もしかしたら図書室での出来事を忘れてるのかもしれない。
「お勧めの本を教えてくれたこと」
「そうねっ! そうだったわねっ! もっと感謝していいのよっ!」
「そこまでは感謝しないけど……」
「しなさいよっ!」
私とアイコ。
楽しい感じで廊下を歩く。
本当に教室での様子が信じられないって思う。
「でももっと大事なことを相談されるって思ってたわ」
「なんで?」
「なんだかそんな雰囲気だったから」
「……そうかな?」
「そうよ。だからカナが言った時はちょっと拍子抜けって感じがしたぐらい」
言いながらアイコは足を止める。
そして私の顔をじっと見る。
何だかそうやって見られると気恥ずかしい気持ちになる……。
「本当はもっと大事なことがあるじゃないの?」
いたずらっぽい笑みを浮かべながらアイコは言った。
もしかしてバレてるっ!?
一瞬、そう思った。
でもすぐにそんな雰囲気じゃないって分かった。
「大事なことって?」
「そうね……」
私が言うとアイコは考えるような仕草をする。
そして少しして言った。
「恋愛相談とか……」
言ってて自分で恥ずかしいのかアイコの顔が赤くなる。
そんなに恥ずかしいなら言わなければいいのに。
「恋愛相談……」
私はちょっと真剣に考えてみた。
せっかくアイコが言ってくれたんだし。
でもやっぱり思いつかない。
「私はそういうのはないかな」
今のところは。
って心の中で付け足した。
誰かを格好いいとか可愛いとか素敵だって思うことはもちろんある。
でもそれが恋愛感情とかに結びつくかって言われたら微妙なところ。
そもそも……
「恋愛感情ってよく分からないしね」
恋愛小説とか読むのは好き。
でも自分のってなるとよく分からないのが本音だ。
これも転校が多い弊害かもしれない……。
「……いっきは確かにそういう感じがするわねっ!」
なぜかアイコは嬉しそうに言う。
「アイコは分かってるの? 好きな人とかいるの?」
「あっ、アタシっ!」
今度は驚いた表情。
今日のアイコは表情がころころと変わってる気がする。
「アタシは……いるには……いる」
「そうなんだっ!」
なんだかテンションが上った!
女子高生になってこういう会話は初めてのような気がする。
「誰っ! 私が知ってる人っ!?」
「何でそんなにテンションが上ってるのよっ!」
「自分でも分からないっ!」
けど何だか楽しい気分。
お母さんもこんな感じに思ってるんだなって分かった。
「なんか鬱陶しいわね……」
「アイコが振ってきた話題じゃない」
「アタシのことなんてどうでもいいのっ!」
そんな感じで廊下を歩く。
いつもの部室とは違って騒がしい感じ。
でもそれがなんだかとても楽しかった。
「そういえば教室に取りに行くものがあるわ」
部室に近くなってアイコは言った。
「資料を教室に置き忘れてたみたい」
私はスマートフォンを見る。
カナからの連絡はまだ。
どこかで話してる最中なのかもしれない。
「私も行くね」
言いながらアイコの横を歩く。
もうすぐ計画の時間。
きっとカナが藍姫さんにうまくアドバイスとかしてくれてるはず。
だから大丈夫だって信じてる。
きっと2人が会ってちゃんと話せば……
「あっ……」
教室のすぐ近く。
アイコが小さな声を出した。
私も同じ方向を見てる。
同じ景色を見てる。
でも私は声を出せなかった。
そこにはカナと藍姫さんが立っていた。
2人も驚いた表情をしている。
計算外の出会いだったって思う。
きっと教室で相談とかしてたんだろう。
そして今終わって出てきたところなんだろう。
私達がこっちに向かって来てるって知らずに。
失敗したって思った。
ちゃんと自分たちがどこにいるかとか、どこに向かうかとかをカナに知らせるべきだったって。
「アイコ……」
藍姫さんがぼそりと呟く。
多分、久しぶりに会ったんだろうって思う。
「藍姫……。何でカナといるわけ……?」
アイコは藍姫さんとカナの顔を見る。
そして最後に私を見た。
その目を見たくなくて私は思わずそらしてしまった。
「わっ、私がっ! 私が相談したのっ!」
あまりよくない雰囲気を感じ取ったのか藍姫さんは言った。
「相談? 何を?」
アイコに声には敵意がこもっていた。
なんだかぞっとするような声だった。
「アイコが漫画研究部に戻って来て欲しいってっ!」
「そうなの?」
アイコは私に言う。
私は無言で頷いた。
「だから様子がおかしかったわけね」
「……ごめん」
「いっきが謝ることじゃないわ。カナもね」
そしてアイコは藍姫さんを見る。
「今更、戻ってこいって……おかしいって思わない?」
「ごめんなさいっ! 本当にごめんなさいっ!」
藍姫さんは必死に頭を下げて言う。
その姿はとても痛々しく見えた。
「私……本当にアイコに戻ってきて欲しくて……」
「そういうのいいからっ!」
アイコが叫んだ。
思わず体が震えてしまうぐらいに。
「あんたアタシのことが嫌いなんでしょっ! 大嫌いなんでしょっ! だからもうほっといてよっ!」
アイコは振り返って走り出した。
泣いてた……。
あの時みたいに……。
私も藍姫さんも動けなかった。
ただ呆然としていた。
「アイコさんっ!」
カナの声で我に返った。
「追いかけなきゃっ!」
そこでようやく自分がしなくちゃいけないことが分かった。
このままじゃ本当に天文部にまで来てくれなくなりそう。
夏休みずっと会えなくなって、それっきりの関係になりそう。
それは嫌だって思った。
「藍姫さん行こうっ!」
カナが言う。
「ちゃんと自分の本心を言わないとっ!」
「……うんっ!」
その言葉で藍姫さんも目が覚めたみたい。
私とカナと藍姫さん。
3人は走って逃げるアイコを追いかけた。




