33
「そんな風な感じになってたんだね」
「うん」
朝の時間。
私とカナはいつも通り学校へ向かっていた。
今日も見えるのは元気な太陽。
つまりいい天気ってこと。
でも私の気分はちょっと曇りって感じだった。
雲のせいで星座が中途半端にしか見えない。
そんな雰囲気。
うまくいってくれるか不安に思っていた。
私ができるのはアイコと藍姫さんを会わせることだけ。
あとは見守ることしかできない。
だから余計に不安に思うのかもしれない。
「方向性の違いって言うのかな?」
私は昨日、藍姫さんが話してくれたことを思い出しながら言った。
漫画を書く。
漫画の紹介を書く。
どちらも頑張ることには違いないって思う。
どちらが上ってこともないんだと思う。
だからこそ大変なんだろうな。
でも今回は両方書くことに変更になった。
そう藍姫さんは言ってた。
自分がやったことを本当に後悔してるみたいだった。
ほぼ初対面の私の前で泣いて謝りたいって言ってた。
だから私は協力したいっていう気持ちが大きくなった。
……アイコが部室に来なくなるのは寂しくは思うけど。
ちょっとだけ。
「天文部はそういうのがなくてよかったよね」
「わたしもそう思うっ!」
カナは嬉しそうに言った。
「それに藍姫さんが説得するのはいいと思う」
「カナもそう思う?」
「うんっ!」
また明るい声が聞こえた。
なんだか聞いてて自信が湧いてくる。
自分は間違ってないのかもって。
カナの言葉はやっぱり不思議な力があるって思った。
「わたし達が言ったら追い出したいみたいな感じになるもんねっ!」
カナは笑顔で言った。
なんだか湧いてきた自信が少し萎んだ気がした……。
カナの言うことは合ってるとは思うけど……。
「そう思われるのはちょっと嫌かもね」
「わたしはかまわないけどっ!」
「やっぱりカナはアイコが部室に来るの嫌なの?」
「うんっ!」
「そんなに嫌なんだ……」
「冗談だよっ! 半分ぐらいはっ!」
「半分は本当なんだね……」
「うんっ!」
「そんなに明るく言われても……」
「今の感じならまぁいいかなって思うこともあるけど……」
「やっぱり2人の方がいいの?」
「うんっ!」
カナがそう言ってくれるのは嬉しい。
恥ずかしさももちろんあるけど。
でもこのままアイコが居座ったらカナはどうするんだろう……。
そっちの不安も少しあった。
カナは優しいから手荒なことはしないって思う。
でも揉めたりするのは嫌だから心配。ちょっとだけ。
もっとも今はもっと大事なことがあるけど……。
「でもそれを抜きにしても藍姫さんが直接言うのが一番って思う」
なんだか真剣な声。
「藍姫さんが直接本心を言わなくちゃいけないって思う」
カナも本心を言ってるって分かった。
声色がなんだか違うって分かったから。
「藍姫さんが一番戻ってきて欲しいみたいだしねっ!」
「私も本心を言えてカナと仲良くなれたからね」
何だか懐かしい思い出。
でもすぐ昨日のことのように思い出せる。
何よりも大切な1日だから。
「藍姫さんにも同じようにして欲しいな」
「だねっ!」
「アイコがどう思ってるのかも重要だね」
もしアイコが戻りたくないって言ったら……。
本当に漫画研究部に戻りたくないみたいだったら……。
その時はそれでしょうがないかなって思う。
戻りたくないのに無理やり戻らせても意味ない。
藍姫さんもそうなったら分かってくれるだろうって思う。
他人の気持ちを無視してでも自分の望みを叶えたいって人でもなさそうだし。
「アイコさんはね……」
ぽつりとカナは言った。
ちょっと深く考えてるような感じ。
「よく分からない人だなって思うな」
「そうかな?」
カナの言葉に思わず言った。
「アイコって分かりやすいって思うけど」
自信家で我儘で頑固。
私の周りは優しい人が多い。
その中ではちょっとだけ異質な感じ。
でもそういう雰囲気は嫌いじゃない。
自信満々で、でも有言実行。
周りの人に嫌われても自分がやりたいことをやる。
そんな姿は格好いいって思うこともある。
「わたしも部室でいっちゃんと話してるの見ると少しは分かるけど……」
「そういえば教室では雰囲気違うんだっけ?」
何度か聞いたような気がする話。
でもやっぱり私はそんなアイコが想像できなかった。
「うん。いつも不機嫌そうに黙って本を読んでる」
「……想像できないね」
「でも話を聞いてると漫画研究部ではそうじゃなかったみたいね」
「そうだね」
私はやっぱり昨日の出来事を思い出す。
相談内容を教えて貰った後も私と藍姫さんは話をした。
正確に言うと話しを聞いた。
アイコと藍姫さんの話を。
楽しかった過去の話を。
「最初に話しかけたのは私なんだ……」
そんな風に藍姫さんは言った。
席が隣だったから話しかけたみたい。
その時もアイコはとても不機嫌そうだったそうだ。
「ちょっと……っていうかとっても怖かったんだ」
懐かしそうに藍姫さんは言った。
「でも読んでた漫画が私も好きで……」
それでぽつりぽつりとだけど話をするようになったみたい。
それから仲良くなって、一緒にお弁当とか食べるようになって、部活に誘って……。
「慣れてきたらとてもはきはきって話すようになったんだよね」
多分、私に話すような感じなんだろうって思う。
もしかしたらアイコは案外人見知りをするのかもしれない。
だから教室とかでは不機嫌そうにいるのかもしれない。
でも私には最初からそうじゃなかった……。
何でだろうって疑問に思う。
疑問に思うけど嬉しかった。
って今は私の話じゃない……。
「一緒に本屋に行っておすすめの本を選んだり、映画を見に行ったり……、部活仲間と一緒にお喋りしたり……」
それはとても楽しそうな思い出。
きっとその時は幸せだったんだろうって思う。
藍姫さんも嬉しそうに話していた。
でもなんだか辛そうにも見える。
幸せそうにはとても見えなかった。
「アイコの家に遊びに行った時に書きかけの漫画を見つけたんだ」
とっても仲が良かったんだろうって分かった。
私とカナみたいな関係だったのかもしれない。
「先輩たちの影響で書いたって。アイコは必死に隠してたけどお願いして読ませてもらったの……」
そこで藍姫さんは大きく息を吐いた。
なんだか色々なものを感じているように思えた。
「凄かった。とても凄かった。とっても興奮したんだ」
それからアイコが書く漫画を大好きになった。
先輩たちに見せるように説得した。
そして先輩達はアイコを褒めるようになった。
たくさん漫画を書いた。
色々な人がアイコを褒めるようになった。
1年生で唯一、部誌に漫画を載せた。
でも……
「……私がアイコの書く場所を奪った」
そして話は現在に戻った。
明るい過去ではない。
とても暗い現在。
「……会わせるだけでいいのかな?」
私はカナに言った。
「それだけじゃなんだかうまくいきそうにないと思うんだ」
「そうだね……」
カナは考えて言った。
「藍姫さんは何って言ってるの?」
「できたら今日に話をしたいって」
「そうだよね」
納得したようにカナは言った。
私も藍姫さんの気持ちは分かる。
決心したことをする。
それは時間が経過すればするほど難しくなる。
私もきっと1日躊躇してたら永遠に秘密を告白できなかったって思う。
きっと今日がアイコと藍姫さんが話せるラストチャンスなのかもしれない。
「だから今日セッティングする?」
「……うん。その予定」
「アイコさんには伝えない方がいいかもだけど……」
カナは本当に真剣に考えてくれている。
自分では気づいていないかもしれない。
でも私以外の誰かのために何かをやろうとしてる。
「アイコさんが気づいたら逃げちゃうって思うんだよね」
「……そうだよね」
「あとね。わたしはちょっと気になることがあるんだ」
「気になること?」
「うん。藍姫さんはアイコさんが褒められるのに嫉妬してって言ってたけど……」
「それがどうかしたの?」
「……ちょっと本人と話がしたいかも」
「そうした方がうまくいく?」
「かもしれない」
「分かった。2人を会わせるのはお昼。お弁当を食べる時にカナと藍姫さんが話せるようにするよ」
「ありがとうっ!」
「お礼を言うのはこっちだよ」
カナが動いてくれる。
なんだかそれだけで大船に乗ったような気持ちになった。
……
…………
………………
「おはよう」
アイコが入ってくる。
今は10時30分を過ぎたところ。
アイコは朝起きるのが苦手みたい。
夏休みはいつも遅くきていた。
私も朝は苦手。
でもきっとアイコほどじゃないって思う。
ちょっとした優越感。
「おはよう」
っていうのは私だけ。
カナは顔も上げずに作業をしてる。
それはいつものことだった。
でも今日はアイコさんのことを話してたからってちょっと期待した。
でもそこらへんは前と同じみたい。
カナとアイコが仲良くなるのは難しそう。
アイコと藍姫さんが仲直りするのの100倍ぐらい。
「作業は順調にすすんでるの?」
アイコは私を見ながら言った。
言いながら鞄から色々と道具を出していく。
ネームが終わったから下書きを書いてるみたい。
漫画を書くのは色々な作業があって大変そうだなって思う。
きっと私には小説が合ってると分かった。
絵をかけても漫画をかける気にはとてもなれない。
「順調だと思うよ」
私はアイコに返事をした。
実際、その通りだったし。
新聞部の方も今月のはかけて送ってる。
あとは9月の星座を書かなくちゃいけない。
「そう。後で見てもいい?」
「……やだ」
「そういうところどうかと思うんだけどね」
アイコは呆れるように言った。
私が途中のを見せたがらないから。
でもいつも何だかんだで見せることになる。
それであれが駄目とか、これが駄目とか言われる。
悔しいけど正論だから言い返せない……。
「自分の作品なんだから途中でも自信を持ちなさいよ」
いつもの調子のアイコ。
鉛筆でしゃっと絵を書き始める。
その姿はなんだか職人っていう感じがぴったりだった。
同じ絵をかくでも優雅な雰囲気のカナとは全然違う。
アイコは集中した感じで黙ったまま作業をする。
いつもなら私も小説を書くことに集中するんだけど……。
「……」
なんだか今日はアイコのことが気になってしまう。
もちろん昨日のこととか今日のことがあるから。
うまくいくだろうかって心配に思ってるから。
それに今日のことがアイコにばれちゃいけないって思う。
下手するとこの部室にも来なくなるかもしれない。
……自分がちょっと緊張してることに気がついた。
何だか言葉が思いつかない。
完全に手が止まってる。
そしてじっとアイコを見てる。
カナはいつも通りなのに……。
「どうかしたの?」
さすがに私が見てるのに気がついたみたい。
「さっきからアタシのこと見てない?」
「あっ! えっと……。その……」
ここで慌ててしまう私っ!
「な……何でもないよ……」
「何でもないわけないのがばりばり分かるわっ!」
なぜか嬉しそうな表情になるアイコ。
「何か隠してる?」
「そうじゃないけど……」
「隠してると体に悪いわよ?」
お昼に藍姫さんと会ってもらう予定。
なんてもちろん言えるはずがなかった。
どうしよう……。
どうしよう…………。
「一緒に図書室に行きたいって言ってた」
カナが言った。
使っていたペンを置いて、こちらを見ている。
「おすすめの本を教えてもらいたいって」
「そうなの?」
「う……うん」
「それならそうと素直に言えばいいじゃないっ!」
「何だか負けた気がして……」
「どういう意味よっ!」
怒ったような声。
でも嬉しそう。
私はほっとした気分になった。
後でカナにお礼を言わなくちゃって思った。
「それじゃ今の作業をぱぱっと終わらせたら行こうかしらっ!」
「うん。そうだね」
そう言いつつ私は作業に手がつかないんだろうなって思った。
やっぱり何だか気になるから。
「わたしは用事があるから2人でいってほしいな」
「分かった」
って返事をしたのは私。
きっと私とアイコが図書室に言ってる間に藍姫さんと話をするんだろうって思った。
藍姫さんには部室に入る前に電話で伝えてある。
ちょっと考えてたけど、でもカナと会うって言ってくれた。
それだけアイコと仲直りがしたい、アイコに誤りたいんだって思う。
「でも珍しいわね」
不思議そうにアイコは言った。
指でくるくると器用に鉛筆を回してる。
「カナがアタシといっきを二人っきりにするなんて」
「……もちろん嫌だけど……」
「嫌なんだ……。どれだけべったりなのよ。あんたたち」
「アイコさんなら少しは我慢できるかなって」
「……褒められてるの?」
アイコは私に聞く。
なんでか知らないけど本人に聞かなかった。
「多分、褒めてるんだと思う」
実際のところはよく分からないけど。
「まぁいいわ。用事って何なのかも気になるけど……」
でも本人に聞いたりはしなかった。
きっとアイコもカナを苦手だって思ってるんだろう。
それからはいつも通りな静かな作業時間だった。
でもやっぱり私の小説は時間が止まったまま。
主人公が眠ったままずっと目を覚まさない。
カチコチっていう音で現実の時間はしっかりと過ぎていく。
きっと藍姫さんもとっても緊張してるはずだって思う。
私よりずっと、ずっと。
2人を会わせるのはお昼の3時に予定してる。
まだそれまで時間はあるように思えた。
でもきっとすぐにやってくるだろう。
アイコがどうするかは全然分からない。
漫画研究部に戻らない可能性もそこそこある。
でも藍姫さんと昔みたいに仲良くなって欲しいって私は思った。




