32
「あの人って……さっき教室を出た人?」
藍姫さんのことを言ってるのは分かった。
きっと連絡先を交換している時にちょうど来たんだろうって思う。
だから気になったから聞いてきたんだって。
「うん。何か大事な話してたみたいだったから」
「あっ、あれはね……」
って感じで私は説明した。
嘘をついたりしない。
あったことをそのまま話すだけでよかった。
だからすらすらと言えた。
「そうなんだねっ!」
私の説明に納得したみたい。
カナは嬉しそうに言った。
そして部室に向かって歩き出す。
私も隣を歩いた。
前から思うけど、カナって私の話をすぐに信じてくれる。
今日はいいけど、嘘ついた時とかはちょっと胸が苦しい……。
「でもあの人にも引き留める人がいたんだね」
あの人……はアイコのこと。
カナはなかなかアイコのことを名前で呼んだりしない。
あれ、って言ってた頃よりはましかなとは思うけど。
でもまだあんまり好きじゃなさそう。
「漫画研究部にも色々あるみたいだしね」
みんながアイコと喧嘩したってわけでもなさそうだし。
それに時間が立ってるからほとぼりが冷めてるかもしれない。
「だから今日の放課後にいっくんに相談するんだね」
「そうみたい」
相談内容はもう分かってる。
アイコを漫画研究部に戻したい。
それが藍姫さんが望んでいること。
でも……
「難しそうだよね」
私は言った。
漫画研究部の誰かと喧嘩したみたいだし。
それにアイコはとっても頑固そうだし。
「わたしも難しそうって思うかな」
カナもきっとアイコの人となりを思い出してそう。
カナはアイコとあまり話をしない。
でもどんな人かはよく分かってるって思う。
「でも漫画研究部に戻った方がいいとは思うけどね」
カナは言った。
その言葉はアイコが部室に来て欲しくないとかそういうのだと思った。
もちろんそういう気持ちもあったはず。
でも……
「やっぱりずっとやってきて、心配してくれる人がいるなら……」
優しそうな声で言った。
「戻った方がやっぱり正解かもね」
なんだかカナがアイコのことを心配してるみたいだった。
やっぱりカナは優しんだなって思う。
中学生の時には荒れてたらしいけど。
でも落ち着いたらきっとみんなと仲良くできそうって思った。
今、それができないのは……。
「いっちゃんはどう思う?」
ちょっとだけ考え事をしてた私にカナは言う。
私は我に返って返事をする。
「えっと……そうだね」
本当に短い時間だったからカナも違和感を覚えなかったみたい。
私はほっとした気分になった。
そして考え事をやめてカナに言う。
「私も同じかな」
アイコが天文部に来てくれるのは嬉しい。
部誌に漫画を書いてくれるのはとっても嬉しい。
でもやっぱりなんか違うって思うところもあった。
「アイコの居場所は漫画研究部って思う」
「そうだよねっ!」
私とカナは同じ考え。
そのことがカナは嬉しかったみたい。
ちょっとぴょんってはねる感じ。
「でもやっぱり説得は難しそうだけどね」
私が戻った方がいいって言って戻りますってことにはならない。
それはすごく確信できた。
私じゃいくら言っても無理だって思う。
それなら……。
「わたしも今日の相談についていこっか?」
「それもちょっと考えたけど……」
話を聞いたりするのはカナの方が得意そうだし。
でも藍姫さんのことを考えたら1人の方がよさそう。
「1人で行くよ。知らない人がいると話しにくいかもだし」
「それもそうだね」
あっさりとカナは納得してくれた。
「見るからに人見知りしそうな感じだったよね」
「……まぁそんな感じの人だって思う」
あまり勝手に判断することでもないと思うけど……。
でも知らない人と話すのが苦手そうだなって思ったのは私も同じ。
きっと私に話しかけたのも勇気を出したんだろうって分かった。
だから協力した方がいいなって思った。
もちろん、アイコのためもあるけど。
でもアイコのためっていうのも……何だかなって思う。
だから藍姫さんのために頑張ろうって決めた。
「とりあえず今日の夕方に話して考えるよ」
「うんっ! 何かあったら言ってねっ!」
ちょっと心配そうにカナは言った。
「もしかしたらいっちゃんに近づくための相談かもしれないし……」
「私に近づくため?」
「うんっ!」
真剣な目でカナは言う。
じっと私を見つめていた。
何だか照れくさい……。
「いっちゃんの正体を探るためとか……」
「私の正体……」
前ならそう考えて怖がってたかもしれない。
でも今はそんなに怖くなくなった。
私は宇宙人。
でも取るに足らないちっぽけな存在。
特別なんかじゃないって分かってきたから。
きっと私を捕まえたり探したりする地球人もいないかもって思う。
でもそうやってカナが心配してくれるのは嬉しい。
カナの中では私は特別な存在だって証明だから。
「でも大丈夫だって思う」
私はカナの手を取って言った。
カナはやっぱりじっと私を見てる。
でも少し、私だけが分かるぐらいに顔が赤くなってる。
その反応を見て私は嬉しくなった。
「カナが私を守ってくれるからね」
この言葉がカナを縛ってるって分かってた。
でも私は言ってしまう。
「うんっ! それが私の使命だからねっ!」
カナはやっぱり嬉しそうに言う。
その言葉に私は凄く満足感があった。
カナにとって私が特別な存在であって欲しいから。
……
…………
………………
連絡があったのは夕方になってからだった。
私は家でのんびりしてた。
居間でだらってお母さんと映画を見てた。
途中からだったから内容はいまいち分からないけど。
でも何となく面白いって思った。
そうしたら電話があった。
ちょっとびっくりしながら電話を取る。
「えっと……遅くなってごめん……なさい」
藍姫さんの声は震えてた。
なんだか緊張してるみたい。
電話ってなれないと緊張するって思う。
私は慣れたから平気だけど。
「ううん。暇だったしちょうどよかった」
私はお母さんから離れて言った。
映画を見るのの邪魔にならないように。
「じゃあ……公園に来てもらってもいい……かな?」
「うん。15分後に待ち合わせでもいい?」
「分かった」
「それじゃまたね」
「うん。ありがとう」
…………
なんだか変な間。
「じゃあ切るね」
「あっ! うん。分かった」
そうやって電話が終わった。
やっぱり電話に慣れてないんだなって思った。
「ちょっと出かけるから」
「遊びに行くの?」
映画を見ながらお母さんは言った。
どうやらそこまでのめり込んでるわけでもないみたい。
「人に会うだけ」
「夕ご飯はうちで食べるの?」
「そのつもり」
「……ついでになんか美味しそうなもの買ってきて」
「何かあったらね」
って感じでついでにスーパーに行くことになった。
私はコンビニよりスーパーとかの方が好きだから。
でもすぐに帰る予定だけど、どうだろうって思う。
もしかしたらすごく長くなるかもしれないし……。
まぁその時は連絡すればいいやって思った。
スマートフォンはやっぱり便利だなって思う。
「それじゃ行ってくるね」
「うん。いってらっしゃい」
……
…………
………………
公園についた。
そういえばって思う。
去年はここで私の方が相談したなって思った。
ナツミに部誌のことについて聞いた。
なんだか懐かしい。
あれがなかったらきっと全然違う部誌になってたって思う。
そうしたら色々な人との出会いもなかったかもしれない。
何気ない1日だった。
でもとっても大事な日だったんだなって思う。
藍姫さんはすでに来てた。
うつむいてなんだか暗そうな感じ。
きっと去年の私もあんな感じだったんだろうって思った。
だからナツミが声をかけてきたはず。
今度は私が声をかける番。
ちょっと緊張してきた。
それにナツミみたいにうまくできないって思う。
でもできるだけ、自分にできるだけのことは頑張ろうって決めた。
「待ったかな?」
私は藍姫さんに声をかける。
ゆっくりと藍姫さんは顔を上げる。
制服を着てた。
一回帰ったのか、そのまま来たのかは分からない。
「あっ、全然大丈夫っ!」
慌てる感じで藍姫さんは言う。
「私もちょうど今来たところだから」
私はベンチの隣に座った。
「藍姫さんはアイコを連れ戻したいんだよね?」
「……うん」
小さく頷く。
「アイコが絶対に嫌だって言うなら無理にとは言わないけど……」
「うん。それは私も同じかな」
でも絶対に嫌だってことはないって思う。
ただちょっと素直になれなくて、戻りにくいのはありそうだけど。
「でも説得するにしても私は事情とかあまり知らないんだ」
「そう……だよね」
ため息。
「アイコはあんまりそういうの話したりしなさそうだしね」
「うん。私も聞き出すのとか苦手だしね」
カナは関心自体なさそうだし。
「えっとね……。どこから説明した方がいいのかな?」
「そうだね。喧嘩したのが出ていった原因なんだよね?」
「うん。それが一番大きいって思う」
「それじゃ喧嘩の原因を教えて欲しいかな」
いまのところはいい感じって思った。
「文化祭で部誌を作ってるんだ」
「それは知ってる。去年も行ったしね」
「でも中身が違うんだよね」
「中身?」
「うん。去年は漫画が載ってたでしょ?」
「そうだね。すっごく面白かった」
「今年は漫画のレビューとかがメインなんだよね」
何だかそういうことを聞いたような、聞いてないような気分だった。
「元々漫画研究部には2つの派閥……っていうと大げさだけど、グループがあったの」
「グループ……」
やっぱり人数が増えるとそういうのができるんだなって思った。
「それってどういうグループなの?」
「漫画を書ける人と書けない人」
「そういう感じで別れてたんだね」
「そう。少し前は書ける人が多かった」
何だか懐かしそうに言う。
「でもその時がちょっと特別っていうか……」
「あの先輩が特別だった……みたいな?」
私の言葉が正解だったみたい。
藍姫さんは静かにうなずいた。
正解した!って感じで喜ぶ雰囲気でもなかった。
「あの年代と一個下は先輩に影響受けてかく人が多かったから……」
「そうなんだね」
確かにあの人はそんな人だろうって思った。
周りにすごく影響を与えそうな人。
漫画をかくのは楽しいよって感じで。
アイコも漫画をかくのはとっても上手。
でもそういうのは苦手そうだなって分かった。
「でも今はかけない人が多くて、というかかける人がアイコだけなの」
「そうなんだね」
「元々はそういう部活なんだけどね」
「なんだか理解できた気がする」
「もちろん漫画の話とかアニメの話をする時はアイコも楽しそうだった……」
「でも文化祭での方針で揉めた感じかな?」
「うん。レビューをかくために入ったんじゃないって、こんなのやりたくないって……」
「それは……揉めるよね」
だからあの時に怒鳴り声が聞こえたんだなって分かった。
漫画研究部の人達も真面目に部誌を作ろうとしてる。
真剣に部活動をしてる。
それをこんなのやりたくないって言われたらカチンとくるだろう。
それで言い争いになって……。
「アイコ、準備とかしてる人達の前でこれ見よがしに漫画描き始めて……」
「なんだかアイコらしいね」
頑固でとても負けず嫌い。
そんなアイコは好きだって思う。
「それでやっぱり揉めて……。それから来なくなったの」
「それがあの時のことなんだ」
私は思わずつぶやいた。
そして思い出す。
アイコが泣いてた時のこと。
「やっぱりね……みんなコンプレックスがあるんだよね」
「コンプレックス?」
「漫画をかけないっていうね」
「そうなんだね」
でもその気持は分かる気がした。
「凄く面白い漫画をかけて、先輩からも褒めて貰えてたアイコのことが……」
羨ましかった。
藍姫さんはぼそりっと言った。
「だからみんなちょっと強く当たったのかもしれない」
藍姫さんの目に涙が浮かんでた。
「……でも私がもっとしっかりしてたらって思うんだ」
「…………」
「部長の私がしっかりしてたらアイコも出ていかなかったんじゃないかって」
私は何も言えなかった。
そんな体験したことないから。
簡単に何かを言っちゃいけないって思った。
「私ね、アイコの漫画を載せれるようみんなにお願いしたの」
「漫画研究部の部誌に?」
「うん。もみんないいって言ってくれた」
「みんな優しいんだね」
「そうだよ。みんな優しい。私以外は……。何で最初からこうしなかったんだろうね……」
目から涙が溢れていた。
「きっと私が一番妬んでたんだって思う。きっとそう」
目を押さえて必死に泣くのを我慢してる。
でも涙は止まらないみたいだった。
「私が何をしても、頑張っても、褒められるのはアイコだった」
「藍姫さん……」
「きっと私のことなんて先輩達は覚えてない」
そんなことない。
そう言うのは簡単だって思う。
でも私は言えなかった。
「だからレビューだけにしようって言った。部誌はそれだけにしようって」
「藍姫さんがそう決めたの?」
私の質問に藍姫さんは頷いた。
「だってそうしないと……またアイコだけが褒められるって思ったの……」
まさかアイコが辞めるなんて思ってなかった。
少しは自分も褒められたい。
そういうのがあっただけ。
「私がアイコを漫画研究部に誘ったのに……。私が最初にアイコの漫画見たのに……。私が……」
それは私が知らないアイコと藍姫さんの物語。
きっと素敵な思い出だろうって思う。
でもそれがあったから後悔が凄く大きくなったのかもしれない。
「私ね。本当は謝りたいの。アイコに……。でも怖いの……」
藍姫さんは泣きながら言葉を続ける。
「アイコは私を避けてる。私のことが嫌いだから。嫌って当然だから。だから会うのが怖い……」
「そんなことないって思う」
私は言った。
確信はできない。
でもきっとそうだって思う。
そう思いたいのかもしれない。
「やっぱりアイコは漫画研究部が気になってると思う」
天文部の部室にいても何だか居心地悪そうな時があった。
前は漫画研究部っていう帰る場所があった。
だけど今は帰りにくくなった。
だからそういうのが影響してるかもしれないって思った。
「きっと会いにくいだけだって思う」
あの子は素直じゃないから。
何だか私は自分がやらなくちゃいけないことが分かった気がした。
嫌われてると思ってる藍姫さん。
素直になれないアイコ。
2人を合わせること。
私が説得するよりそれがずっといいはずだって思った。




