30
「食べすぎた……」
なんだかお腹がオムライスになったみたいな感じ。
自分でもよく分からない例えだって思うけど……。
でもそうとしか思えなかった。
私のお腹はオムライスでできてるって。
「よく見て注文しないからだよ」
ってカナは嬉しそうに言う。
カナは平気そうに歩いてる。
お腹がオムライスになってないから……。
「Sサイズが標準サイズって罠だよね……」
そうとは知らずに私は何も考えずにMサイズを頼んだ。
しかもMサイズで想像以上の量だった。
可愛いお店の名前。
店の雰囲気もおしゃれな感じ。
女の子とかが普通に食べれる量が来るって思ってた。
だからオムライスが運ばれてきた時は間違えてるんじゃないかなって思った。
でも店員さんに聞くとこれがMサイズだって教えてくれた。
店員さんが席から離れた後に急いでメニューを見た。
SSサイズ 小さめだよ。
女性におすすめの100円引き。
お茶碗1.5杯分。たまごは2個!
Sサイズ 標準サイズだよ。
お腹いっぱい食べたい人に。
お茶碗2杯分。たまごは3個!
Mサイズ 大きめのサイズだよ
大満足に食べたい人!
お茶碗3杯分。たまごは4個!
Lサイズ 脅威のサイズだよ、
心ゆくまで食べたい人!
お茶碗6杯分。たまご6個分。
……
…………
………………
そこで私は自分の間違いに気がついた。
その時にはもちろん、後の祭りって感じだった。
私は山盛りのオムライスを見つめることしかできなかった。
食べれるかなという不安と食べなきゃという決意で揺れ動いていた。
残すっていう選択肢はなかった。
お母さんはそういうのは厳しかったから。
ちなみにカナが頼んだのはSSサイズ。
注文を聞いた時にはやっぱり少食なんだなって思った。
SSサイズで足りるかなって心配になったぐらい。
でも絶対にSSサイズでちょうどいい量だって思う。
Mサイズはナツミとかなら普通に食べそうだけど。
運動部の女の子用のお店なんじゃないかって思った。
でも私はそんなタイプの人じゃない。
お腹が空いてても、そんなに食べることはできない。
だから必死になって食べないと駄目だった。
とっても美味しかったのはよかったけど……。
でも食べすぎちゃって苦しいのが今の状況。
しばらくはオムライスっていうか、卵を食べないでいい気分……。
「カナ知ってたよね?」
軽やかに歩くカナに私は言った。
のろのろと歩く私に合わせてくれるのは嬉しい。
手をつないだままだから、早歩きされるととってもきついし。
「知ってたって?」
カナの声はなんだか意地悪そうな感じだった。
とっても楽しそうな雰囲気。
たまに出るカナの感じ。
「オムライスの量とか」
思えば店員さんに注文を言うときにとっても笑顔だった。
あれは知ってての笑みだったんだなって分かった。
「うん。来たことあったからね」
「やっぱりっ!」
「いっちゃんたくさん食べるんだなって思ったよっ!」
「注意してほしかったな……」
「ごめんねっ!」
言いながらにこりと微笑むカナ。
その笑顔はとっても可愛いい。
それに握ってくれてる手はとっても温かい。
なんだか怒る気とか全然なくなるぐらいに。
でもなんだか複雑な気分もある。
誰か他の人と来て私と同じ体験をさせたいって思った。
ナツミは普通に食べそう。
たまこは可哀想って思う。
だからするならアイコかなって思った。
大盛りのオムライスを前にしたアイコの表情を見たいって思った。
なぜかアイコには色々いたずらとかしたくなる。
「映画まで時間があるからゆっくり見て回ろうっ!」
「そうだね」
私は時計を見た。
映画まであと40分とちょっとある。
カナは10分前には行っておきたいって言う。
よく分からないけど、そうするのがいいみたい。
だから移動を考えても30分ぐらいはのんびりできる。
歩いてたらお腹がオムライスになってるのもよくなるかもしれない。
それにここはとってもおしゃれな場所。
あんまりお金はないから好きなものを買えるわけじゃない。
でもカナと歩いてるだけでとっても楽しい気分になる。
「このネックレスかわいいねっ!」
「うん。カナに似合いそう」
「えー。いっちゃんに似合うって思うだけどなっ!」
「あっちには服屋さんがあるみたいだね」
「行ってみようっ!」
「うんっ!」
「これ欲しいな……」
「素敵だねっ! でも高いねっ!」
「また今度買いに来ようかな」
……
…………
………………
空の景色はだんだんと夜になっていく。
たまに見る噴水はとっても綺麗で、何度見ても飽きないって思った。
私が立ち止まるたびにカナは付き合ってくれる。
一緒に噴水を見てくれる。
そんな風に過ごしていると30分なんてあっという間だった。
「そろそろ移動しないと駄目だよ」
時計を見たカナが言う。
「もうそんな時間なんだ」
なんだか名残惜しい気がする。
映画を見て、終わる時間は帰らなきゃいけない時間。
だから今日はもうここに戻ってくれない。
私は最後の見納めって感じで噴水を見た。
「もうちょっと見て回りたかったね」
カナも私と同じ気持ちだったみたい。
ちょっと悲しそうな顔をしている。
「また来ようね」
「うんっ!」
私の言葉でカナは笑顔になった。
とっても嬉しい。
「今度は買い物をしに来ようね」
「うん。時間とか気にしなくていいようにね」
「だねっ!」
私とカナはエスカレーターに向かう。
やっぱりちょっとドキドキする。
「今度もオムライス食べようねっ!」
「オムライスはもういいかな……」
もちろんカナは意地悪で言ってるって分かった。
「だよねっ!」
カナは嬉しそうにけらけらって笑う。
私もなんだかおかしくて笑っちゃった。
楽しいままエスカレーターに乗る。
私達を見送るように水が空高くまで噴き上がった。
……
…………
………………
予定通りの時間に座席に座った。
カナは発券機とかでチケットを出すのとかもとってもスムーズ。
なんだか手慣れた感じで格好良かった。
私がやっていたらあふたってなってたって思う。
ああいうのって何だか難しい気がする。
後ろに人がいると尚更そうだ。
焦れば焦るほどうまくいかない。
薄暗い映画館はあんまり人がいない。
それが映画のせいなのか、時間のせいなのかが分からない。
でもなんだか居心地がいいなって思った。
映画館はもう薄暗い感じ。
スクリーンには予告編が流れている。
私は久しぶりの映画館。
だから予告編だけでもなんだか凄いって思った。
画面が大きいから迫力があるのはもちろん。
それ以上に音がテレビで見るのと全然違う。
なんで高いお金を払って映画館で見るんだろう。
そう考えることもあった。
でも今なら分かる気がする。
何でも体験しないと駄目なんだなって分かった。
カナは真剣な感じでスクリーンを見てる。
その横顔はとっても素敵。
きらきらしてて、真っ暗だけどはっきりと見えた。
たまにこんなに素敵な人がどうして私の横にいてくれるんだろうって思うことがある。
私みたいに地味で可愛くもない人の隣に。
カナは使命って言ってるけど……。
本当は……?
そんなことを考えている間に予告編が終わった。
私は自分の頭の中にある考えを消したいって思った。
カナが一緒にいてくれる。
それだけでいいって思うから。
画面が暗転。
そして始まるナレーション。
映画本編の始まり……。
静かな言葉と繊細なBGM。
なんだか一気に映画の世界に引き込まれた。
映画はタイムループのお話だった。
タイムループする男の子と女の子。
最初は知らない同士の2人。
出会うはずがなかった関係。
でもループを繰り返すうちに、ちょっとだけ違う日を繰り返すうちに……。
本当に偶然的に2人は出会う。
そしてそこから一気に物語は動き出して……。
というお話だった。
最初の日常シーンはなんだか安心して見れた。
2人が出会うシーンはとっても嬉しい気分になれた。
ピンチのシーンははらはらしたし、最後はやっぱり感動した。
ずっとスクリーンに釘付けになった。
映像や物語に夢中になった。
あっという間の約2時間だった。
スタッフロールが流れるのをじっと見る。
たくさんの人の名前が流れていく。
みんな色々な思いでこの映画を作ったんだなって思った。
「……いい映画だったね」
スタッフロールが終わって明るくなる。
私は思わずカナに言った。
「すっごく面白かったよ」
「うん。わたしも同じ。とってもよかったって思う」
「こんなに凄い映画を教えてくれてありがとう」
きっとカナに誘われなかったから見なかったって思う。
存在自体知らなかったかもしれない。
「わたしもいっちゃんと見れて嬉しかったから」
映画を見ていた人達が出ていく。
私達は最後まで残って、それから出た。
なんだか出るのがちょっとだけ勿体無い気がしたから。
……
…………
………………
「静かだね」
「そうだね」
映画館に入る前はそれなりに賑わってた。
でも今は別世界みたいに思える。
全体的に薄暗くて、人が全然いない。
しんと静まった感じ。
足音が響いて聞こえる気がした。
「なんだか取り残されたみたいだね」
私は周りを見ながら言った。
「もう世界には私とカナしかいないみたい」
それはなんだか寂しい気がした。
「そうだねっ!」
カナは嬉しそうに言う。
きっと世界がそうなって欲しいんだろうって思った。
私も1年生の時ならそれに近いことを考えた。
でも今は違う。
「なんだか素敵な夜だね」
「うん。そう思う」
「なんだか天体観測の時みたいっ!」
「私もちょっと思い出してた」
「同じで嬉しいなっ!」
まるでスキップするようにカナは言った。
とっても嬉しそうで、とっても上機嫌。
そんなカナを見るのは好き。
大好き。
「ずっとこんな日が続くといいのにね」
「そうだね」
「ずっといっちゃんと2人で過ごせたら素敵だなって思う」
「うん。私もそう思うよ」
エスカレータで降りていく。
すぐに入り口のところまでたどり着いた。
たくさんあるテレビは今も映像を流し続けている。
壊れるまでずっと。
なんだか薄暗いところで見るテレビは雰囲気が違う気がした。
最初に見た時はなんだか新しいもののように見えた。
でも今は残ってしまったもののように見える。
「ちょうどいいバスがあるといいね」
出て私は言った。
外はすっかり夜になってる。
22時を過ぎてるから当たり前なんだけど。
「ねぇ……」
カナは静かな声で言う。
「どうしたの?」
「歩いて帰りたいなって思ったんだ」
「でも……」
もう遅いし、暗いし、危ないかも……。
そう言おうとした。
でもぎゅっと強く手を握られて私はやめた。
「そうだね」
歩いて帰ろうって思った。
「ありがとう」
「ううん。バスで帰るのは勿体無いよね」
「うん。勿体無いって思う」
私とカナは夜の道を歩いた。
夜と言っても街中。
電灯とかビルの明かりとか車のライトがたくさん。
見上げても星は全然見えない。
何だか人間世界に戻ってきたような感覚があった。
「今日もすっごく楽しかった」
「うん。楽しかったね」
オムライスも、お買い物も、映画館も、今の時間も。
全部が楽しくて、素敵な時間だった。
「映画もとってもよかったしね」
「いっちゃんはどこの場面が好きだった?」
「私はね……」
そんな感じで帰り道はあの映画の話で盛り上がった。
あそこがよかった。
あのセリフが好き。
あの場面でじーんってなった。
そんな会話をしながら歩いていた。
しっかり手を繋いだまま。
なんだか周りに人がいるって感じがしなかった。
何だか2人だけの世界にいるような錯覚があった。
いつまでもこの時間が続くように思えた。
でも、もちろんそんなことはない。
話している間に待ち合わせ場所にたどり着いたから。
別れる場所に着いてしまったから。
「本当に楽しかった」
私はカナの顔を見ながら言った。
もしかしたらお父さんとお母さんは寝てるかもしれない。
さっき着信があった。無視してたけど。
ナツミからかな?
くるるかな?
帰ったらかけ直そう。
ナツミだったら明日でいいかな。
なんだかそんな風なことを考えてしまった。
きっと2人だけの世界が終わったって分かってるからだと思う。
だから私は言おうとした。
また明日ね。
って。
そしてつないだ手を離そうとした。
「……離したくないな」
ぽつりとカナは言う。
なんだかとっても悲しそうな声だった。
さっきまで楽しそうにしてたのに……。
「どうかしたの?」
「いっちゃんの手を離したくないの」
カナが強く私の手を握る。
少し痛みを感じるぐらいに。
「何だか手を離したらいっちゃんがどこかに行っちゃいそうな気がして……」
「大丈夫だよ」
「いっちゃん……」
「今日別れても明日会える。明日別れてもその次の日会えるから」
「そうだけど……」
小さくつぶやくカナ。
何だか小さな子どもみたいに見えた。
「いっちゃんと私。ずっとこのままでいられるかな? 一緒にいれるかな」
「うん。ずっとずっと大切な友達だよ」
「嬉しい」
カナは笑顔を作る。
「でも……」
「ん?」
「……何でもないっ!」
あれだけ強く握ってたカナが手を離す。
「ごめんね。なんだか変なこと言っちゃって」
「ううん。そんな風に言ってくれて嬉しかった」
それは私の本心。
ずっとこのままでいたい。
ずっと一緒にいたい。
そう思ってるのは私も同じ。
でも私とカナとで違うところにも気がついていた。
それを言ったらなんだか終わりそうな気がした。
だから私は言わない。
カナが好きだから。
言ったらカナが傷つくかもしれないから。
「また明日ねっ!」
離したてでカナは手を振る。
「うん。また明日ね」
私も同じように手を振った。




