28
「相変わらず変わってないわね」
部室に入ったアイコがきょろきょろと視線を動かす。
もうアイコは泣いてない。
泣いてたのが分からないぐらい、普通な感じ。
そんな姿を見て私は安心した。
やっぱり泣いてるアイコはなんか違う気がするから。
意地悪で、口が悪くて、自信満々。
それがアイコって思ってるから。
本人に言ったら怒られそうだけど。
「本当に文化祭の準備してるの?」
「してるんだけど」
「そんな感じ全然しないわね」
「うちは飾り付けとかしないからね」
それに作るのも部誌だけだし。
アイコは一通り部室を見ると椅子に座った。
いつもアイコが座ってた場所。
お気に入りなのかな?
なんだか私には分からないこだわりがあるみたいだった。
「漫画研究部は確かに華やかだった気がするね」
言いながら私は去年の文化祭を思い出す。
コスプレがまず目に入った。
でも確かに色々飾り付けとか鮮やかだった気もする。
ああいうのもいいって思う。
文化祭って感じがして。
「でも面倒くさそうだよね」
「いっきってそういう人間だよね」
なんだか冷ややかな声で言われた。
「そういう人間って何なのよ」
「めんどくさがり」
「うっ……」
当たってるだけに何も反論できない。
「まぁ天文部はそれでいいと思うけどね」
「今年も漫画研究部は飾り付けとかするの?」
私はアイコに聞いた。
でもなぜかアイコは小さくため息をつく。
「するみたいね」
そしてアイコは言った。
なんだか他人事みたいに。
「今も誰がどのコスプレをするとかそういうので盛り上がってるわ」
「そうなんだ……」
アイコの言葉に棘があるのはいつものこと。
でも今の言葉は何だか毒もある気がした。
そういえば漫画研究部で何かあったんだよね。
そのことが影響しているのかもって思った。
何だか楽しそうなのになって思う。
ナツミなら喜んで加わってるはず。
「アイコは嫌いなの?」
「ん? 何が?」
「そういうコスプレとかするの」
「そうね……」
ってアイコは考え込む。
考えるってことは、はっきりと嫌いってわけじゃなさそう。
「コスプレ自体は嫌いじゃないわ」
私の予想通りな感じでアイコは言う。
「似合う人のは本当に可愛いとか格好いいって思うしね」
「自分がするのが嫌なの?」
「それもあるわ」
言いながらまたため息をつく。
「でももうどうでもいいことなの」
「どうでもいい?」
何がだろうって思った。
「漫画研究部が何をしようとどうでもいいってこと」
「それって……」
もしかしってって思う。
なんだか嫌な感じが一気に足元から這い上がってくる感覚。
「漫画研究部を辞めるってこと?」
なぜだか私の声は震えていた。
私はショックを受けてる。
でもなんでそんなにショックを受けてるのか分からなかった。
「そうよ」
そしてアイコはさっぱりした声で言う。
「アタシはもう部室に行かないって決めたの」
「それじゃ……」
「アタシはフリーってわけ」
ぐっと背伸びをする。
なんだかすっきりしたっていう感じがした。
「もうくだらないコスプレごっことか意味ない飾り付けや無意味な漫画レビューとかやらなくてすむわ」
「漫画は?」
ぽつりと言葉が出た。
そこで私はショックを受けた理由が分かった。
でもそれだけじゃない気もした。
「漫画?」
「漫画は書かないの?」
「あー……」
ちょっとバツが悪そうな顔。
忘れてたってわけじゃないって思う。
色々ごたごたしてて考える余裕とかなかったんだって思う。
「そうね。少なくとも文化祭では書かないわ」
「そうなんだ……」
アイコから聞かされて、改めてショックを受けた。
自分が思ったより楽しみにしてたんだなって分かった。
きっとそれが顔に出てたんだろうって思う。
「そんな顔しないでよ」
アイコは言った。
なんだか悲しそうな顔をしている。
きっと私も同じような表情なんだろうって思った。
「言っておくけど漫画研究部にいたって同じだからね」
「そうなの?」
「そう。だから辞めたんだし」
「変わったんだね」
「変わったの」
思い出すのはナツミとの電話。
確かにそんなことを言ってた記憶がる。
でもアイコが辞めちゃうほどとは思わなかった。
「だからどっちしろ部誌で漫画を書くことはなかったってわけ」
「でも本当にそれでいいの?」
「いいに決まってるじゃない。せいぜいするわ」
アイコは言う。
でも強がりだって分かった。
だってアイコは泣いてたから。
「それに漫画研究部に入ってなくたって漫画はかけるしね」
それはそうだって思う。
アイコはいつだって素敵な漫画を書ける。
でも……。
って私は思う。
私は何がこんなに引っかかってるんだろう……。
なんだか見えない小骨が刺さっているような感覚だった。
「かけたら見せてあげるわよ」
意地悪そうに微笑む。
「あんたってアタシの漫画大好きだもんね」
「うん。大好き」
「……そんなに正直に言わないでよ」
アイコは恥ずかしそう。
自分からいったくせに。
「だからアイコの漫画を読めるのはとても嬉しい」
でもなんで悲しい気持ちになるんだろう。
アイコが漫画研究部をやめた。
そのこと自体は私と何の関係もないはずだって思う。
でもなんで……。
「……どうかしたの?」
覗き込むような顔が見えた。
ちょっと心配そうな表情。
「ううん。何でもない」
私は意識して笑顔を作った。
それを見てアイコも笑顔になる。
きっとアイコもちょっと無理してる。
「アタシより自分のことを心配しなさいよっ!」
「自分の心配?」
「文化祭で部誌作るんでしょっ!」
「そうだけど……」
「ちゃんとできてるの?」
「当たり前でしょ」
去年よりずっと順調。
去年の今頃はどうしようかって悩んでた時期だし。
私はナツミに部誌のことを相談したことを思い出した。
あの時からナツミにすすめられてライトノベルも読むようになった。
なんだか懐かしい記憶。
「それならアタシが読んであげてもいいわよっ!」
アイコはノートパソコンを見る。
「あれで小説書いてるんでしょ?」
そして意地悪そうな声で言う。
「見せなさいよっ!」
「嫌だよっ!」
「何でよっ!」
「まだ書いてる途中だし……」
完成したのはみんなに読んで欲しいって思う。
でも途中のを見られるのは恥ずかしい。
カナに読んでもらうのもなんだか緊張するぐらいに。
「途中だから読むんじゃない。そして駄目なところを修正する」
「それは分かってるけど……」
「それじゃ見せなさいよ」
「でもやっぱり嫌だな」
「なんだか強情ね……」
呆れた感じでアイコは言った。
「だって……」
私は何かいい言い訳がないか考える。
そして思いついたのが……
「アイコって天文部じゃないし。部外者には見せれないかな」
自分でもナイスな言い訳だなって思った。
「確かにそうね」
アイコも納得してくれたみたい。
私はほっとした。
本当は書きかけの小説を見せるぐらい大したことじゃないんだろうけど。
「それならアタシ天文部に入るわ」
「え……」
アイコは私は全く想像もしてなかったことを言った。
「それって天文部に入るってこと?」
「は? そう言ってるじゃない」
呆れた口調。
確かに私はアイコが言ってることを繰り返しただけ。
そう言われてもしょうがないかなって思った。
「でもさすがに天文部に入るのは……」
そうするとアイコが完全に漫画研究部に戻れなくなりそう。
何だか勢いで退部したみたいだし……。
それにアイコの入部はきっとカナが凄く嫌がるって思う。
でもさすがにそうとはアイコに言えない。
「それならアタシも天文部の部誌に書いてもいいわ」
「漫画を書いてくれるの?」
「そうよ。もちろん星を題材にするわ」
アイコが星に関する漫画を書く。
凄く読みたいって思った。
絶対に書いて欲しいって思った。
でも入部は……。
私は凄く悩む。
何だか頭の中をぐるぐる何かが回っている。
「何をそんなに悩んでるのよ」
「えっと……そ、そうだっ!」
私は思いついた。
今日は何だかよく閃く日だなって思う。
「ゲストで部誌に書いてもらうのはどうかな?」
「ゲスト?」
「うん。それならいいって思うけど……」
「何?」
アイコは怪訝そうな声で言う。
「アタシに入部して欲しくないってこと?」
「それは……」
「……まぁそれでいいわ」
予想外にあっさり引き下がるアイコ。
「アタシもカナとずっと同じ部室でいるのは疲れるしね」
確かにカナとアイコはそんなに仲良くなさそうだって思った。
アイコはよく部室に来てた時期があった。
その時もカナとアイコはあまり話をしなかった。
同じクラスなのに。
きっと教室でも同じ感じなんだろうって思った。
「それじゃとりあえず文化祭までってことで」
「うん。そうだね」
カナもそれなら納得してくれるはずって思った。
部誌が良くなるのはいいことなはずだし。
「そうと決まれば何だか気合が入るわね」
泣いていたアイコ。
今まで見た中で1番落ち込んでた。
でも今のアイコはとっても元気。
今まで見た中で1番ってぐらいに。
「アタシの漫画に劣らないものを書きなさいよっ!」
びしって感じで私を指差す。
「勝負でもあるんだからねっ!」
「勝負って……」
大げさだなって思う。
きっとアイコはそういうノリが好きなんだろう。
「でもとりあえず私も頑張るよ」
アイコが漫画研究部を辞めた。
でもそのおかげで天文部の部誌に漫画を書いてくれる。
嬉しいけれど、なんだか複雑な気分……。
何だかどこかでこれでいいのかなっていう思いがあった。
でも私には何もできないこと。
とりあえず自分にできることを頑張ろうって思う。
例えばカナを説得することとか。
……
…………
………………
「今日はなんだか早いわね」
「うん。早く目が覚めたんだ」
実際に目覚まし時計がなる前に目を覚ました。
それから二度寝とかもしないで準備をしてる。
私にはとっても珍しいこと。
「雪が降らないといいんだけどね」
お母さんがそんなことを言うぐらいに。
「何かあったの?」
「ううん。何でもないよ」
実際、本当に何でもないことだって思う。
きっと他の人に言ったら呆れられるぐらいに。
友達が部誌に漫画を書いてくれる。
それだけの話。
大丈夫かな。
カナがいいって言ってくれるかな。
私はそれが心配だった。
もしかしたら、カナが嫌って言うかもしれないし。
そうなったら私はカナを優先させてしまいそうな気がする。
いつもの私なら……。
「行ってくるね」
私は鞄を持って外に出る。
とりあえず言ってみよう。
できるのはそれぐらいって私は思った。
……
…………
………………
「昨日はごめんね」
朝の挨拶をしたあと。
カナは私に言った。
「ちょっと急用だったんだ」
「ううん。具合が悪いとかじゃなくて安心したよ」
「具合が悪くなっていっちゃんに看病してもらうのもいいかもね」
「そうだね。私もカナに看病してほしいな」
「もちろんするっ! させてほしいっ!」
「……ありがとう」
予想外の食いつきにちょっと驚いた。
でもカナに看病してもらったらすぐに治っちゃうんだろうなって思った。
ずっと看病してほしくて治らないかもしれないけど。
「えっと……」
そんなことを考えながら私は言った。
「相談したいことがあるんだけど」
「相談?」
「うん」
私は説明した。
アイコが漫画研究部を辞めたこと。
そしてゲストで天文部の部誌に書きたいって言ってること。
カナは静かな感じで私の話を聞く。
そして……
「いいんじゃないかな?」
あっさりとした感じでカナは言った。
何だか予想外の反応だった。
てっきり最低1度は反対されるかもって思ってたから……。
「ん?」
カナは歩きながら私を見る。
学校に向かってる途中。
「どうかしたのかな?」
「反対されるかもって思ったから」
「そうだね」
カナは静かに言った。
いつもの感じで微笑んでいる。
「もし入部したいとかだったら嫌だったかも……」
「そうだよね」
「でもそれぐらいならいいかもって思ったんだ」
「そうなんだ……」
「部誌が充実するのはいいことだからね」
言いながらにこりと微笑む。
「でもやっぱりあそこは2人だけの場所にしたいんだ」
「うん」
そうカナが思ってることは凄く分かった。
だから反対されるかもって思ってたんだし……。
「でも1ヶ月ぐらいなら我慢できると思う」
我慢……。
本当にアイコのことが嫌いなんだなって思う。
たぶんアイコだけじゃない。
カナはみんなのことが嫌いなのかもしれない。
私以外は。
「今日はアイコさんは来るのかな?」
「今日は来ないって言ってた」
「そうなんだねっ!」
なんだか嬉しそうなカナ。
「明日のこと覚えてる?」
「もちろん覚えてる」
明日はカナと映画を見に行く予定。
ちょっと前にしたカナとの約束。
「今日は部誌作りもそうだけど……」
すごくウキウキした感じでカナは言う。
とっても機嫌が良さそう。
アイコのことを良いって言ったのは機嫌がよかったのもあるかもしれない。
「どこでご飯を食べようとかも決めようねっ!」
「うん。そうだね」
お出かけは明日。
でも楽しいのは今日から。
そんな感じがした。
私もカナの言葉でわくわくが大きくなってきた。
明日も素敵な1日になる。
私はそう確信ができる。
だってカナと一緒だから。
でも……。
前はそうやって確信できるのはカナだけだった。
でも今は違う。
楽しく1日を過ごせそうな人。
色々な人を思い浮かべることができる。
「どうかしたの?」
カナが私に言う。
「ううん。何でもないよ」
って私は言った。




