23
世の中にはうまくいかないことだってもちろんある。
どんなに努力したってだめ。
そもそも解決するための努力すらできないことだってある。
どんなに願ったって諦めなくちゃいけない時もある。
そして今がその時。
「はぁ……」
私は思わずため息をつく。
そして空を見上げる。
空を覆っている雲。
星は全く見えない空。
「晴れる気配はないよね……」
雲はどこまでも続いてる。
まるで世界中が曇りの日みたいに。
もちろん、そんなことはもちろんないんだけど。
戻ろうかなって思った。
待てば雲がなくなるような天気じゃなさそう。
一晩中曇りのような気がした。
夏の夜。
風があって少し心地良い。
でもさすがに星空も見えないのに意味はないって思う。
ずっといっても時間を無駄に使っちゃうだけ。
でもな……。
って私はなんだか家に戻るのもちょっとためらってしまう。
カナが夏の大三角を見たって言った。
そして織姫と彦星の話をした。
だから私も見たいって思った。
それが外に出てきた理由。
いっそのこと雨が降ってくれれば……。
曇りの日はなんだかそう思ってしまう。
雨が降ってくれれば諦めるのにって。
曇りだとなんだか晴れるかもっていう期待を持ってしまうから。
「全然見えないじゃない」
声がした。
お母さんの声。
見てみると空を見上げているお母さんがいた。
出かけた時はお母さんも天体観測をする。
でも家ですることは滅多にない。
何だか凄く珍しいものを見た気がする。
「何しに来たの?」
だから確認のために私は言った。
もしかしたら違う用事なのかもしれない。
「何って……」
お母さんは何言ってるのっていう顔をする。
「星を見に来たに決まってるじゃない」
「珍しいね」
「珍しいでしょ」
なぜかお母さんは自慢気。
「でもこんな天気だと全然見れないわね」
「そうだね。曇ってるし」
「どうにかならないの?」
なんてお母さんは理不尽なことを私に言う。
そんなことできたら私はとっくにしてるって思った。
「こんな日もあるよ」
私は言う。
「星空はなくならないから諦めが肝心」
もっとも私はさっきまで未練がましく空を見てたんだけど……。
「なんだか達観してるわね」
「天気はどうにもならないからね」
って私は言う。
「旅行中に星が見えないって泣いてた時と大違いね」
「何年前の話をしてるの……」
それに旅行中と家で見るのは違うって思った。
「それじゃ戻ろうかしら」
「そうだね」
私とお母さんは並んで家に戻った。
星は見えなかった。
ちょっと残念な結果。
だけどお母さんはなぜかとても嬉しそうな表情だった。
……
…………
………………
「それじゃ昼休みにね」
教室の前で小さく手をふるカナ。
「うん。またね」
って私も言う。
そして教室の中に入った。
ちょっと騒がしいぐらいな感じ。
私はいつもちょっと遅め。
だから私が来た時にはだいたいの人がいる。
たまこもその1人。
私より遅く来たことなんてないって思う。
でも……
「あれ?」
鞄を机に置いて教室を見渡す。
たまこの姿はなかった。
どうしたんだろう……。
そう思っていると
「たまこなら風邪で休むってさ」
美香が私に話しかけてきた。
たまちゃんじゃないんだ……。
私は何となく思った。
あの呼び方は可愛くて好きだったのに。
でも美香がこうやって普通に話しかけてくれるのは嬉しかった。
「メールが来てた」
そうなんだ。
私もスマートフォンを確認。
「どうだった?」
覗き込むように見てくる。
「来てた」
風邪ひきましたっ!
学校行けないです。
そんなメッセージがきてる。
わざわざ私にも教えるなんて偉いなって思った。
でもそんなに深刻そうでもなくて安心した。
だから私は美香に視線を戻す。
「美香は早かったんだね」
美香は少ない私より遅く来る人だった。
でも今日はそうじゃなかったみたい。
真面目になったのかなって思った。
でも私より真面目になられても困るなって思う。
何が困るのかは自分でも分からないけど。
「7時前に来てたから」
「7時?」
思ったより早い時間。
というか早すぎる。
普通の生徒はそんな時間に登校するわけがないって思った。
私はそんな時間に学校に来たことなんて1回もない。
「何かあったの?」
「朝練があったから」
「朝練……」
「そう。朝から部活だった」
言いながら美香は大きく欠伸をする。
なんだかとっても眠そうな感じ。
そんなに早く来たなら当たり前かなって思う。
むしろそんなに早く起きれるのが凄い。
自分で起きれのかなって思った。
でも聞くことで何だか自分がみじめになるだけなような気がした。
だから私は違うことを聞いた。
「朝練をする部活って珍しいよね」
それこそ運動部、それか吹奏楽部ぐらいじゃないかな?
吹奏楽部も今年からし始めてみたいだし……。
「何部に入ったの?」
私は考える。
多分、吹奏楽じゃないかなって……。
運動部はやっぱり難しそうだって思ったから。
文化部。そして朝練がある。
なんだか吹奏楽しかないような気がした。
でも私の予想は見事に外れた。
「演劇部」
そっけない感じで美香は言った。
何だか美香っぽい言い方だった。
「演劇部……」
何だか想像してなかった部活の名前。
でも不思議と美香に合ってる気がした。
「演劇部って朝練するんだね」
「うん。朝来て走って筋トレして……」
言いながらため息をつく。
「演劇するのにそんなのが必要だなんて知らなかったよ」
ぼやくように言う。
多分、私は演劇部に入っても同じことを思ったはず。
「でも何で演劇部にしたの?」
「無理やり入らされたっていうか……」
美香の視線はなんだか遠くを見ているような感じだった。
「1人かなりうざいやつがいた」
「うざいって……」
「お前は舞台向きだから絶対に入るべきだって強引に引っ張られた」
言いながらちょっと不満気な表情。
でもなんだか嬉しそう。
今までそうやって何かに誘われたことってなかったのかもしれない。
私もそうだからなんだか気持ちが分かる気がした。
うざいやつって言ってるけど、でも嫌ってはないって分かった。
「それから遊びで台本合わせをしてみた」
「役をやってみたの?」
「そう。まぁアタシは演技なんて分からなかったけどね」
「そうだろうね」
私だったらきっとぼろぼろのめためたになりそう。
たまこだったら緊張して固まりそう。
「あんまり上手くはできなかったけど、何だか楽しかった」
やっぱり仏頂面。
でも演劇部が気に入ったことは伝わってくる。
私もなんだか嬉しい気分になった。
「他の部活にも行ったけど、やっぱり変に目立つというか……」
「そうなっちゃうよね」
美香が援助交際をしてた。
そのことは思ったよりも広まってるみたいだった。
「まぁ自業自得なんだけどね」
美香は小さく笑みを作る。
「でも演劇部はそんなことなかった。ちょっと暑苦しさはあったけど」
「暑苦しいんだね」
美香に入るべきだって言った人。
どんな人なんだろうってちょっと気になった。
「でもアタシにはそういうのがちょうどいいかもって思ったんだ」
「美香ってクールな感じだからね」
「クールっていうより冷めてた」
ちょっと自虐気味に言う。
「何かを一生懸命に頑張ったってことなかったし」
「私も似たような感じだけどね」
「うん。そんな感じがする」
今度はちゃんとした笑みを見せてくれた。
美香がこんな笑みを見せてくれるようになるなんて。
人生は何があるのか分からないものだなって思った。
「だから演劇部は頑張ってみようって思うんだ」
「そうなんだね」
私も天文部に入って小説を書くようになった。
たまこも料理部に入って頑張ってる。
何かを始めるってやっぱり大事。
「文化祭で発表とかするの?」
「そうみたい」
「美香も出るの?」
「……多分」
「凄いね」
「凄くはない。そんなに人数が多いってわけじゃないし」
「でもステージに立つって凄いって思う」
「練習しないと駄目だけどね。今はやっぱり全然だし」
「ステージ、見に行くね」
私が部活をするようにって言ったんだし。
なんだか見に行かなきゃっていう気分になってる。
「いいよ。来なくても」
美香はそんなことを言う。
でも表情とかでそんなに嫌がってないって分かって嬉しかった。
……
…………
………………
「返してくるね」
「分かったっ!」
カナは図書室のはしに座る。
そして本を読み始めた。
なんだかカナは図書室がよく似合うって思った。
私よりカナの方がずっと図書委員っぽよね。
図書室を歩きながらそんなことを考える。
カナと図書委員になれたら楽しそう。
1年生の時や2年生の時はなんとなくで委員会を選んだ。
正確にいうなら選んでもいない。
余ったのになったって感じ。
だから3年生になったら自分から立候補しようって思った。
「もう読んだの?」
私が本を持っていくと杉森先生は笑顔で言ってくれた。
優しくて穏やかな感じ。
大人な笑みなんだなって思う。
杉森先生はなんだかカナと雰囲気が似てる。
顔とははそんなにだけど。
でも話し方とか微笑み方とかがそっくり。
だから話してて安心できるんだって思う。
「凄く面白かったから一気に読みました」
言いながら私は本を渡す。
杉森先生は大事そうに受け取ってくれた。
そしてカードに返した日付を書いて、それも渡す。
「面白かったなら嬉しいわ」
杉森先生は私が渡したカードを本に入れる。
そして返却の棚に置いた。
自分で本棚に戻してもいいのにって思う。
でも杉森先生は図書委員の仕事だからっていつも言う。
「次はこれでいいかしら?」
言いながら杉森先生は1冊の本を私に見せる。
もう準備してくれてたみたい。
「はいっ!」
私は凄く嬉しい気持ちになる。
丁寧に先生は貸出の手続きをしていく。
私はその様子を見るのが好き。
思わず見惚れてしまうぐらいに。
「これも面白いからね」
「ありがとうございますっ!」
図書室だからあんまり大きな声を出せない。
でも思わず大きな声を出しそうになった。
「いつきさんって本当に本を読むのが好きなんだね」
私の表情とかを見て杉森先生は言う。
本を読むのは好き。
でも今嬉しいのは杉森先生がおすすめしてくれた本を借りれたから。
「はいっ! 好きですっ!」
「本当に何で図書委員にならなかったの?」
ちょっといたずらっぽく杉森先生は言う。
私が図書室に来るたびに聞く言葉。
今年の図書委員はやる気がない人が多いみたい。
今日も当番のはずの人が来ていない。
だから杉森先生が貸出とかをやってる。
私はそっちの方が嬉しいんだけど……。
でもやっぱり杉森先生はやる気ある図書委員の方がいいみたい。
「何ででしょうね……」
って私は苦笑いで返事をする。
これもいつものことだった。
「来年は図書委員になってね」
「はいっ!」
でも来年も杉森先生がいてくれるのかな?
それがちょっとだけ心配。
1年で変わることってあんまりなさそう。
でももしものこともあるし……。
そんな風に今考えても仕方がないことが頭に浮かぶ。
「いつきさん?」
どうやらぼけっとしてしまったようだ。
杉森先生がちょっと心配そうな表情。
「な、何でもないです」
私は慌てて言った。
「寝不足?」
「そういうわけじゃないですけど……」
「それならよかったわ」
言いながらにっこりと微笑んでくれる。
「もうすぐ期末試験だからね」
杉森先生は図書室を見渡して言う。
今日の図書室は人が多め。
でも本を読んでいる人はあんまりいない。
勉強をしている人の方がずっと多い。
「無理してないかなって思ったんだ」
「無理はしてないですね」
するつもりももちろんなかった。
「小説を借りてるぐらいだしね」
「ですね」
「赤点は取らないようにね。せっかくの夏休みの最初が補修で潰れるのも嫌でしょ」
「それは思います……」
夏休み。
みんなが遊んだり部活をしている時間。
そんな時に学校に来て補修を受ける。
嫌な時間だなって思う。
きっと教える先生も同じだろう。
だから補修だけは避けたいって思っている。
「天文部は今年も部誌を作る予定なの?」
「はい。そのつもりです」
「いつきさんは小説書く?」
「はいっ!」
私が言うと杉森先生は嬉しそうに微笑む。
「それは楽しみだわ」
杉森先生が私の小説を楽しみにしてくれてる。
それは何よりも嬉しいことのように思えた。
「前の小説も面白かったからね」
杉森先生は1人ぼっちの天体観測を読んでくれてる。
去年はいなかったのに、どうやって知ったのかとかは分からない。
でも私とこうやって話すようになったのは、部誌がきっかけだった。
貸出の私の名前を見て、あれを書いた人?って質問された。
私がうなずくと杉森先生はすっごく面白かったって言ってくれた。
それからよく話すようになった。
「でもその年齢であれだけ書けるのは凄いわ」
「そんな……。それほどでもないですよ」
杉森先生に褒められるとやっぱり嬉しい。
それになんだか恥ずかしい。
「本当に楽しみにしてるから頑張ってね」
「はいっ!」
私は嬉しい気分で言った。
そんな私を見て杉森先生は満足そうに微笑む。
「でもその前に期末テストを頑張らないとだね」
「はい……」
テストか……。
私は気落ちした気分で言った。
そんな私を見て杉森先生は楽しそうに微笑んだ。




