22
美香を見送った後に私も部室へ移動した。
教室の前でカナが待っててくれた。
だから一緒に行って、いつものように一緒にいる。
私もカナも静かに読書をする時間だった。
でも今日はなんだか自然と扉の方を見てしまう。
そして考えてしまう。
今ごろ美香は色々な部活を見てるのかなって。
最初にどの部活に行ったんだろう?
そしてその次とかはどんな部活を選ぶんだろう?
最終的にどの部活を始めるんだろう?
考えてみたど全然思いつかなかった。
私は美香のことを全然知らない。
だから何が好きかとか何が嫌いかとかも分からない。
明日になったら分かるかな?
なんだか楽しみに思えた。
「どうかしたの?」
そんな私にカナが声をかける。
「何だか上の空って感じだけど」
「ううん。何でもないよ」
私は言って本に視線を戻した。
カナも特に気にすることなく読書を再開。
ちょっと気になっただけみたい。
時折聞こえるページを捲る音。
心地いい時間。
同じ読書をするのでもカナと一緒だと何だか感じが違う。
安心感があるからだと思った。
1人で読むよりずっと集中して読むことができた。
そんな時間がちょっと長めに続いた。
終えたのは私が本を読み終えたから。
「面白かった……」
私は言いながら本を置いた。
本を読み終えるとなんだか凄く充実感がある。
物語や言葉が体に染み込んだ感じ。
前からそんな感じはあった。
でも自分でも小説を書くようになって、さらに大きくなった。
そして体に染み込んだ物を外に出したくなる。
とても気持ちのいい循環。
「何を読んだの?」
しおりを挟んでカナは本を置いた。
しおりが挟まってるのはまだ最初の方だった。
「これだよ」
私の表紙が見えるように持った。
カナの視線が本にうつるのが分かった。
私が読んだのは紫色のクオリア。
女の子の主人公が女の子を助けるために頑張る話。
最初はちょっと違う話で残酷なシーンとかもあった。
中盤からいきなり展開が変わる感じ。
何の知識もなく読み始めたのでこんな話だったんだってびっくりした。
「面白かった?」
「うん。杉森先生に勧めてもらったんだ」
杉森先生は図書室の先生。
「そうなんだねっ! 私も読んでみようかな」
「明日返しに行くから今のを読み終えて借りるといいと思う」
「そうするねっ!」
ちなみに私が次借りる本は決まってる。
紫色のクオリアを気に入ったらぜひおすすめって先生に言われた本。
題名は玩具修理者。
どういう話なのか全然想像できなかった。
「最近はよく図書室に行くよね」
「うん。そうだね」
昼休みや放課後に行くことが多い。
「今の司書さんって優しもんね」
「うん。ほんわかしてる」
今年から新しい先生になった。
それが杉森先生。
とても若くて、でもすごく落ち着きがある。
まさに大人っ!って感じの先生。
何だか私の理想な人に思える。
あんな人になりたいなって考えることが多い。
だからか前より図書室に行くことが多くなった。
それで杉森先生ともよく話す。
私は図書委員じゃない。
でも親切に色々教えてくれるし。
それに……
「ぜひ図書委員になっね」
そんなことを言われたこともあった。
本を読む人はあんまりいないみたい。
私はよく読む方だって褒めてもらえた。
とっても嬉しい。
「次は図書委員になりたいな……」
私は言った。
昼休みとかは図書当番で本の貸出とかしながら先生とお喋りをする。
なんだか素敵だなって思う。
「カナも一緒にならない?」
「そうだね」
カナも私とよく図書室に行く。
でもあんまり先生とは話をしない。
なんでだろうっていつも思ってる。
「図書委員っていいかもね。少なくとも選挙委員よりは」
「大変そうだったもんね」
特に開票作業が大変だったってカナが言ってた。
手書きで書いて投票する方式。
変なことを書いてる人も多くてストレスがたまったらいしい。
他にもポスター貼りとか違反者に注意とか色々……。
「もうあれはしたくないな……」
一度大きくため息をつく。
そのため息がカナの苦労を物語っていた。
「いっちゃんが図書委員になりたいのって……」
そしてカナは言う。
私の顔を見ながら。
「あの司書さんがいるから?」
「それもあるかもね」
もちろんそれだけじゃない。
本を読むのはやっぱり好き。
でも今まではそんなになりたいとは思ってなかった。
だから杉森先生に言われたのは大きいって思う。
「それがどうかしたの?」
「いっちゃんってああいう人が好きかなって思って」
「どうだろうね。好きっていうより憧れてるって感じかな」
最近カナはこういうことをよく聞くよねって思った。
過剰に仲良くならないいように?
よく分からなかった。
「憧れか……。でもいっちゃんってちょっと違う気がするっ!」
「そうかな? 頑張ればあんな風になれるかもって思うんだ」
本が好きな人には面白い本を。
あんまり読まない人には読書を好きになる本を。
そんな風に選んで教える杉森先生。
とっても凄いって思うし、ああたりたいって感じた。
「そういえばカナはどんな人が好きなの?」
私はなんとなく聞いた。
聞かれるばっかりで逆はなかったなって思ったから。
どんな答えがくるんだろう。
カナはどんな人が好きなんだろう。
私はちょっと考えようとしたけど……
「いっちゃんっ!」
満面の笑みでカナは言った。
考える暇もなかった。
「私?」
「うんっ!」
「私みたいなのが好きなの?」
私みたいなのはどんな人だろう……。
起きるのが苦手で……片付けが苦手で……コーヒーとか飲めない……。
そんな風に考えて私は思う。
あれ? なんだか欠点ばっかりが出てくるって。
自分のいいところ……いいところ……。
よく考えてみるけどなかなか思いつかない……。
「いっちゃんみたいなのっていうより」
私が必死に考えてるのとは対象的な感じ。
カナはさっぱりした声で言った。
「いっちゃんが好きっ!」
「そうなんだね……」
なんだか凄い迫力を感じた。
とっても期待してる。
そんな感じでカナは私を見てる。
カナが期待してるのは……
「私もカナのこと好きだよ」
私は言った。
カナのことはもちろん好き。
一緒にいてこんなに安心できる人は他にいないって思う。
喜んでくれるかな?
喜んでくれるよね。
私はカナを見た。
「…………」
あれ?
なんだかカナは不満そうな表情をしてる。
「どうかしたの?」
思わず私は言った。
こんな表情を見せるのは珍しかった。
「なんだか軽いなって」
「軽いって?」
「言葉が……」
軽いって言われてもってな。
思ったことを言っただけだから……。
どうしよう。
私は考える。
こんな感じになったのは初めてだった。
だからどうすればいいのか分からなかった。
「ごめんなさい」
そして先に言ったのはカナだった。
「困らせちゃったよね」
言いながらカナは笑顔になる。
「ちょっとだけね」
「実は教室の前で待ってる時に聞いたんだ」
「教室の前……」
といえば私と美香の会話。
あれをカナは聞いちゃったんだって思った。
「いっちゃん、あの人に一緒に部活見学を回ってあげるって言ってた」
「うん」
何であんなことを言ったんだろうって思った。
いつも教室の外でカナが待っていてくれる。
でもあの時はカナのことは頭になかった。
「……だからちょっと嫉妬しちゃったのかな」
「大丈夫だよ」
私は言う。
「ただそうするのがいいかもって思っただけだから」
「分かってる」
カナはいつもの笑顔を私に見せる。
「いっちゃんは優しいからね」
「その人にお人好しって言われたからね」
「そうなんだね」
言いながらカナは少し笑った。
「でもいっちゃんは気をつけないと駄目だよ。だっていっちゃんは……」
「分かってる。心配かけてごめんね」
「ううん。分かってくれてるならいいの」
やっぱりカナは嬉しそうに言った。
私の言葉を聞けて安心したんだろうって思う。
でも……。
何だか胸の奥がちくりと痛む。
高校生になって、色々なことがあった。
そして私も少しずつ変わってきてる。
そのことをカナに言った方がいいのかな……。
私はちょっと悩む。
でも私はカナが守ってあげるって言ってくれるのが嬉しい。
カナがずっとそばにいてくれるのが嬉しい。
だから私はカナの前では以前の私でいようって思った。
そうするのがカナも1番喜んでくれるから。
……
…………
………………
「帰ろうか」
「うん」
5時30分ぐらい。
私とカナは部室を出た。
「外まだ明るいよね」
私は窓の外を見ながら言った。
太陽はまだ元気に輝いてる。
まだ昼っていう感じがした。
外では運動部の大きな声や楽器を演奏する音が聞こえる。
「夏だからね」
ってカナも外を見る。
「昨日ね、1人で星を見てみたんだ」
「そうなんだね」
「夏の大三角形ってあるじゃない?」
「うん」
「見たかったから探したんだ」
はくちょう座のデネブ
わし座のアルタイル
こと座のベガ
とっても有名な3つの星。
「見れた?」
「うん。ばっちりだったよっ!」
とっても嬉しそうにカナは言った。
「よかったね」
「うんっ!」
言いながらカナは窓の外を見る。
きっと空を見てるんだろうって思った。
「ベガが織姫でアルタイルが彦星何だよね?」
「うん。それで間に天の川があるの」
「なんだかロマンチックだよね」
「そうだね。でもね……」
「ん?」
カナがちょっと不思議そうにこちらを見る。
そんなカナに私は話をする。
「織姫も彦星もとっても真面目に働いてたんだ」
「2人とも素敵な人だったんだね」
「うん。でも織姫のお父さんは心配だったの」
「仕事ばっかりしてて結婚できない……みたいな?」
「うん。そんな感じだね」
私の言葉にカナは楽しそうに笑う。
「何だか昔の話じゃないみたい」
「どの時代でも人の営みはあんまり変わらないじゃないかな?」
「そうかもねっ!」
「それでね。お父さんは真面目で働く彦星に娘と結婚してくれって頼むんだ」
私の拙い話をカナは楽しそうに聞いてくれる。
だから私も楽しく話ことができる。
「それで2人は結婚するの」
「2人とも真面目で働き者でいい夫婦になったんだねっ!」
「でも違うの」
「そうなの?」
「うん。結婚して2人は天の川のほとりで話をしてたんだって」
「ずっと?」
「うん。ずっと2人で。それでお父さんが怒っちゃったの」
「働かなくなったから?」
「そうなんだよね。そして2人を引き離したの」
「酷いっ!」
本当に怒ったようにカナは言った。
「可哀想だって思う」
「私もそう思う。そして真面目に働くなら年に1回だけ会ってもいいってなったの」
「それが7月7日?」
「うん。七夕の日」
「そんなお話だったんだね」
全然知らなかったってカナはつぶやく。
「だから2人が会えなくなったのは自業自得ってところもあるんだよね」
でも……。
って私は話を続ける。
「ずっと2人で話をするぐらいだったんだから、とっても愛し合ってたんだろうね」
「2人でどんな話をしてたのかな?」
「きっとなんでもないことだって思う」
「何でもないこと?」
「好きな食べ物とか、好きな花とか、そういうの」
天の川。
そこにいる2人。
2人並んで話しをする。
話したいのは自分のこと。
聞きたいのは隣の人のこと。
「織姫のお父さんはね。きっと嫉妬したんだって思うな」
「2人がとっても幸せそうだったから?」
「2人は色々なもののために一生懸命に働いたって思うんだ」
「きっとそうだろうね」
「でも結婚して分かったの。2人で話す時間があれば何もいらないって」
働くのが嫌になったわけじゃない。
怠け者になったわけじゃない。
2人で話すことで満たされてしまったから。
それさえできれば幸せだって気がついたから。
だから2人はずっと天の川のほとりで話をした。
「でもきっとお父さんはそうじゃなかった」
「だから引き離したの?」
「うん。きっと2人の愛が眩しすぎたんだよ」
何だか言ってて恥ずかしくなるような言葉だった。
でもするりって感じで言うことができた。
「きっとね。七夕の日も同じだって思う」
「七夕の日でも何でもないことを話すの?」
「うん。2人はそれが1番大事なことだって分かってるからね」
「素敵なお話だねっ!」
「そうでもないよ」
ただの私の思いつき。
こんな話だったらいいなって思っただけ。
でもカナが喜んでくれたから嬉しかった。
「わたしもずっといっちゃんとお話がしたいな」
「うん。私もそう思う」
私とカナの天の川のほとり。
それがあの部室。
私とカナはずっとあそこでお話をする。
何だか私は今の時間がずっと続くように思えた。
ずっとカナと部室でお話できるって思った。
卒業なんてずっとずっと未来のことだって私は思った。




