21
美香の停学が決まって一週間。
今日、美香は教室に戻ってくる予定。
どうやら停学中の勉強や奉仕活動も1度もサボらなかったみたい。
でもまだ学校には来てない。
たまこは心配そうに扉の方を見ていた。
「ちゃんと来てくれますよね?」
ちょっと泣きそうな声でたまこは言う。
美香の停学が決まった後もたまこはいつも通りだった。
むしろいつもより元気なように見えた。
でも、それはちょっと無理をしてたからかもしれない。
「心配してたんだね」
私はたまこに言った。
「はい……。とっても心配です」
たまこの呟くような声。
とても小さくて、教室に飛び交う声にかき消されそうになる。
教室はいつも通りだった。
きっと美香が停学から帰ってくることなんて、大半の人はどうでもいいんだろうって思う。
私もたまこと友達だから気になっているだけかもしれない。
そうじゃなかったみんなと同じ。
私はふと思い出す。
「でも退学にならなくても……」
吉田さんが呟くように言った言葉。
その時は意味が分からなかった。
でも今はなんとなくだけど分かる。
分かってしまう。
美香が教室に戻ってくることを歓迎するのはたまこ1人。
無関心はいい方。
嫌がってる人ももちろんいるだろうって思う。
当然、美香と話そうって人もほとんどいないだろう。
一番一緒にいた2人が絶交してるぐらいだし……。
学校内でも色々な人から後ろ指をさされるかもしれない。
あの写真はもう学校中に広まってくれるかもしれない。
退学にならなくても……。
きっとその後には自分で辞めるかもしれない。
そういう言葉が続いてたんだと思う。
もし学校を辞めちゃったら、きっと抜けさせない泥沼に入りそうだって思った。
「あっ……」
たまこが声を出した。
教室の扉の方を見ながら。
私も視線を動かす。
扉の方に。
がらりという音がした。
そして1人の少女が教室に入ってくる。
「美香ちゃん……」
ポツリとした声だった。
みんな扉の方を見ていた。
そこには美香がいた。
でも前の美香とは全然違っていた。
髪の毛を染めて、派手めに化粧をして……。
街中でよく見る人達。
美香もそんな感じだった。
でも、今は違う。
髪も黒くて、化粧もしていない。
目つきが悪いのだけはそのままだったけれど、でも凄く真面目そうな人に見える。
ひそひそ声が聞こえる。
みんなが美香のことをどう思ってるかは分からない。
きっとひそひそ声もあんまり良くない言葉なんだろうって思う。
美香は教室を見渡した。
私とは目が合わなかった。
なんだか凄く教室は静かだ。
まるで時間が止まったみたいに。
そんな教室で1つの声が響いた。
闇を照らす光のように。
「美香ちゃんっ!」
いつものとたとたとした感じで美香に駆け寄る。
今度はみんなたまこを見た。
たまこが凄く注目されていた。
美術の授業でモデルになるだけでもとても疲れていたたまこ。
でも自分が注目されてるのが気にならないみたいだった。
もしかしたら気がついていないのかもしれない。
きっと美香のことしか見えてないんだって思った。
「たまこ……」
美香は静かに微笑んだ。
近寄ってくるたまこのことを見て。
その笑みは前に見た威圧的な物とは違った。
もちろん他人を馬鹿にするようなものでもない。
凄く柔らかで、優しい笑み。
美香もこんな風に微笑むんだ……。
それはとっても素敵な笑みだった。
たまこは美香のすぐ前まで移動した。
そして言った。
「美香ちゃんっ! おかえりなさいっ!」
たまこの顔はこちらからは見えない。
でもとびっきりの笑顔を見せてるんだろうって分かった。
美香が羨ましいな。
そう思ってしまうぐらいに。
「ただいま。たまちゃん」
美香は言った。
それは何だかとっても仲がいい人同士のやり取りだった。
昔からの、幼馴染じゃないと出せない空気だって思った。
美香は大丈夫だろう。
学校を辞めるなんてことにはならないって確信できた。
それが分かっただけで私は凄く嬉しい気分になった。
なんだか凄くいい空気。
全員じゃない。
でも今のやり取りを見て美香に好意を持った人もいるって思う。
ふと教室を見るとうっちーはなんだか涙目で2人を見ていた。
きっと物凄く涙もろいんだろうって思った。
前川さんはあんまり機嫌がよくないって感じ。
やっぱり援助交際をしてたってのが許せないみたい。
でもそれはしょうがないって思う。
それとは対象的に吉田さんは凄く満足そうな表情。
きっと吉田さんも凄く美香を心配してたんだなっていうのが分かった。
前川さんと仲がいいからあんまり表に出せなかっただけで。
たまこと美香。
2人は並んで自分の席へと向かった。
幼馴染か……。
やっぱり羨ましいなって私は思った。
……
…………
………………
美香が帰ってきても授業とかは普段通りに進んでいく。
当たり前だけれど。
美香は停学中も勉強をしてたみたいで授業についていけないとかはなさそう。
というか数学に関しては私の方が……。
まぁそれはいいかなって思う。
そして休み時間はたまこと話をしていた。
私はそれに加わったりはしなかった。
そうするのは何だか違うなって思ったから。
自分の机でぼんやり2人を見ていた。
「大丈夫そうみたいだね」
私にそう声をかけてきたのは吉田さん。
穏やかな感じで2人を見ていた。
まるでお母さんみたいだなって思った。
「やっぱり心配だったの?」
「そりゃね」
ちょっと苦笑い。
「でも向こうは私のことを嫌ってるって思うけどね」
「ううん。嫌ってないって思うよ」
優しい笑顔でたまこと話す美香。
余計な鎧とか棘を取った姿。
きっとあれが本来の美香なんだろうって思った。
「また仲良くなれるって思うな」
「そうだどいいんだけどね」
やっぱり苦笑い。
でもそれで吉田さんは美香と話とかしたいんだなって思った。
「前川さんが嫌がってるのもあるの?」
「それもあるね」
「そうなんだね……」
「うん。あの子もあの子で色々あるからね……」
はぁ。
と一度ため息をつく。
「それじゃ機嫌悪くなるといけないから戻るね」
言いながら吉田さんは前川さんのところに移動した。
前川さんは何だか文句を言ってるみたい。
それを吉田さんは苦笑いでなだめている。
みんな色々あるんだな。
私はぼんやりと教室にいる人達を見た。
本当に色々な人がいる。
この教室だけでも40個の人生があるんだから……。
そしてこの学校で考えると本当に数え切れないぐらいの人生がある。
それはとても当たり前なこと。
でも私はそのことにたった今気がついた。
もしかしたら……。
ふと思った。
それは今まで考えたこともなかったこと。
私の悩みなんてちっぽけでありふれたものなんじゃないかって。
みんな隠してるだけで、夜に眠れなくなるようなことを心に抱えてるんじゃないのかって。
もしも本当にそうだとしたら……。
私は嬉しんだろう? 悲しんだろう?
それは分からないって思った。
……
‥………
………………
放課後になった。
昼休みは私はいつも通り部室で食べた。
たまこは美香と一緒だったみたい。
でも前みたいに無理やり誘われたとかじゃない。
仲良さそうに2人で同じ机で食べてた。
でも放課後も2人が一緒にいられるわけじゃない。
たまこには部活があるから。
「部活に行きなって」
そう美香は言う。
「料理部、大事なんでしょ?」
「それはそうだけど……」
たまこの方がなんだかもじもじしてる。
美香のそばから離れたくない。
離れるのが不安。
そんな印象があった。
「アタシはもう大丈夫だから」
美香は言う。
きっと私も大丈夫だって思う。
でもたまこが心配する気持ちも分かった。
「でも……」
そう言って教室から出ようとしない。
助け舟を出すわけじゃないけど……。
私は2人の近くまで移動した。
おせっかい的な行動だって分かってる。
でもそうしたいって思った。
「大丈夫だって私も思うよ」
「いっくん……」
2人が私を見る。
なんだかちょっと恥ずかしい気分…‥。
「むしろたまこが部活に行かないと、美香……」
さん?ちゃん?
どうしようって思ったけど呼び捨てにすることにした。
「が心配になるって思うしね」
私は美香を見ながら言った。
「美香もたまこが部活頑張ってる方が嬉しいでしょ?」
私の言葉に美香は頷く。
「実はね……」
って感じで美香は話しだした。
「停学中に先生に頼んで料理部を見せてもらったんだ」
その言葉にたまこは驚いた表情を見せる。
どうやら全然知らなかったことだったみたい。
「それで頑張ってるたまこを見て後悔したんだ……」
「後悔?」
って言ったのは私。
そういえば美香と話をするのはこれが初めてだな。
そんな場違いなことを考えた。
「無理やり遊びに連れて行ったり。それに……」
申し訳無さそうな表情でたまこを見る。
もしかしたら美香が一番反省したのはたまこが部活をしてるのを見た時かもしれない。
「料理部なんてって言って本当に……ごめんっ!」
言いながら頭を下げる。
それを見て慌てるのはたまこ。
「えっと! えっと! たまこは気にしてないし……」
そうは言うけどやっぱり気になるよなって思う。
私なら凄く気にする。
「でもアタシはたまこが凄く頑張ってるって分かった」
「……うん」
褒められてちょっと恥ずかしそうなたまこ。
そんなたまこに美香は言う。
「だからたまこには部活を頑張って欲しいな」
美香がたまこの部活を応援する。
なんだか不思議な光景に思えた。
でも本当はそれが当たり前なんだって思う。
「アタシにもたまこの応援をさせて欲しいな」
「美香ちゃん……」
ちょっと間があった。
そして……
「分かった!」
たまこは言った。
とても強い力がこもった声だった。
「それじゃ部活に行くねっ!」
「うん。いってらっしゃい」
美香の言葉にたまこが元気よく走っていく。
教室を出る時に手を振った。
だから私も振り返した。
なんだか凄く嬉しい気分だった。
「その……ありがとう」
ぼそっとした呟き。
どうやら私に言ったみたいだった。
「その……名前は何だっけ?」
「いつき」
「いつき。ありがとう。おかげで助かった」
「ううん。たまこのためだからね」
「そうだね」
言いながら微笑む美香。
「でもアタシは何しようかな……」
でもすぐに困った顔になった。
こういう時にどうすればいいのか分からないって感じがした。
「美香も部活をすればいいんじゃないかな?」
ほとんど思いつきで言った。
するりと言葉が出てきた。
たまこを部活に行くように行ってた美香。
そんな姿を見て思ったのかもしれない。
「アタシが?」
「当たり前じゃない」
私はもうやってるし。
「でももう2年生だし、今から始めるのもな……」
確かにそうだろうって思う。
私なら絶対に無理。
2年生になっていきなり部活を始めるなんて……。
でもそんなことを棚に上げて私は言う。
「文化部なら人が少なくて歓迎してくれるって思うよ」
さすがに運動部は難しそう。
バスケット部ならなんとかなるかもって思うけど……。
だって、ナツミがいるから。
「それに美香が部活を頑張ったらたまこも安心するって思うしね」
「たまこが……」
もしかしたら卑怯な言い方かもしれない。
でも私は言った。
「たまこのためにも一度でいいから何か部活に入ってくれない?」
たまこのために。
多分、今一番効く言葉だって思う。
「たまこと同じ料理部でもいいって思うし……」
「それは……」
美香は考えながら言った。
「駄目だって思う。なんとなくだけど」
「それじゃ何かやりたいこととかないの?」
「……分からないな」
ぼそりと言う。
「今まで何かを頑張ろうって思ったことなかったし……」
「それなら色々な部活を見て回るのもいいって思う」
ここの学校は文化部だけでも色々ある。
今は立場があんまり良くない美香。
でも1つぐらいは受け入れてくれるところがあるだろうって思った。
「私も一緒に回ってあげてもいいから、行こう」
私は鞄を持った。
自分でも何でそんなことを言ったのか分からない。
私は絶対にそういうキャラじゃないのに。
「ううん。流石にそれは恥ずかしいし……」
同じく鞄を持って美香は言った。
「1人で何か見て回るよ」
「大丈夫?」
「心配症だな」
言いながらけらけらと笑う。
「それにお人好し」
「そうかな?」
心配症なのは当たってるって思うけど……。
「それじゃ行くね」
美香は教室を歩いて出る。
どうやら本当に今から部活を見て回るつもりらしい。
凄い行動力だなって思った。
私には真似出来ない……。
「そういえば」
出る間際に美香は言う。
「たまこにアタシの誘いを断るようにって言ったのっていつきだよね?」
「うん。そうだけど……」
何か文句とか言われるんだろうかなって思った。
でもそうじゃなかった。
「……ありがとう」
意外で素直な言葉だった。
「たまこと友だちになってくれて」
「ううん。たまこが友達になってくれただけ」
「それもそうだね」
言いながらまた笑う。
なんだか仲良くなれそうだなって思った。
さっきまではそんなこと思ってもいなかったのに。
「たまこのこと泣かせたらぶん殴るからね。……それじゃまた明日」
そう言い残して美香は出ていく。
たまこのこと泣かせたらぶん殴るからね……か。
それはこっちの台詞だよね。
残された教室で私はそんなことを思った。




