19
昼休みが終わっても美香は戻ってこなかった。
帰宅したのか、学校のどこかにいるのか。
それは分からなかった。
もしかしたら退学処分になってるのかもしれない……。
別に私は美香が退学処分になって困るわけじゃない。
でも今はそうなって欲しくないって思う。
美香が退学になったらたまこが凄く寂しい思いをすると思うから。
だから私は心配になった。
ちょっとだけだけど。
でもたまこはそうじゃないみたい。
いつも通りに雑談して、いつも通りに授業を受けていた。
「きっと大丈夫ですよっ!」
私がたずねるとたまこは言った。
なんだか吹っ切れたような笑顔だった。
「いっくんって心配症なんですねっ!」
っても言われた。
「うん。きっとそう」
「でも……ありがとうございますっ!」
たまこは笑顔のまま私に言った。
頭をぺこりと下げて。
でもなんで私にお礼を言ってるんだろう?
特にお礼を言われることなんてしてないはずだけど……。
そう思っているとたまこは続けて言った。
「美香ちゃんを心配してくれて嬉しいですっ!」
……心配してたのはたまこをなんだけどな。
そう思ったけど……
「うん。そうだね。もしかしたら仲良くなれるかもしれないしね」
私は言った。
仲良くなれるなんて思ってもないのに。
美香だって私と同じように思ってると思う。
そもそも私という存在を認識しているかどうかも怪しい。
でも私の嘘にもたまこは嬉しそうな表情を見せてくれる。
ちょっとだけ罪悪感があった。
そして今日の最後の授業が終わった後。
担任の先生が美香について話をした。
だいたいの内容は吉田さんの予想通りだった。
退学ではなく、停学。
まだ更生の余地が十分にあるって先生たちは考えたみたい。
1周間の間は学校に来て違う部屋で勉強をしたり、奉仕活動をするようだ。
それをサボったりしなければ大丈夫らしい。
先生はみんなに援助交際に関わらず危ないことをしないようにって言った。
軽い気持ちで、簡単にお金を稼げるって思ってても、いつの間にか泥沼にはまってしまうって。
美香はまだ泥沼にはまるまえだったから停学ですんだんだろうって思う。
もしもう少し発覚が遅かったらどうなってたか分からない。
あの写真を広めた人。
それは誰だか分からない。
多分、美香のことが嫌いで、写真を撮って広めたんだって思う。
でももしかしたらそのおかげで美香は助かったかもしれない。
そう思うとなんだか不思議な感じがした。
貶めるためにしたことが、結果として助けたことになってるから。
「これで安心して部活に行けますっ!」
「うん。頑張ってね」
「はいっ!」
たまこは楽しそうな足取りで部活へと向かう。
私もちょっと嬉しい気分で教室を出た。
……
…………
………………
「なんだか大変だったみたいだね」
部室でカナは言った。
「なんか援助交際をした人がいたみたいね」
どうやらカナのクラスにも伝わっているようだ。
もしかしたら学校中に広まってるかもしれない。
あの写真をどれだけの人が見ているか想像もつかない。
私はなんだか背筋が寒くなった。
スマートフォンとかある時代。
噂が広まるなんてあっという間だって実感できた。
「うん。あんまり仲いい人じゃなかったけどね」
友達の友達。
もし仲がいい人だったら本当にショックだっただろうって思う。
カナが似たようなことになったらって考えたくもないし。
「それにちょっとざわついただけで特に何もなかったよ」
吉田さんが美香を問い詰めてた時が1番緊張した。
でもそれ以外は普段とあんまり変わらなかった。
きっとそれは美香が少しクラスで浮いていたのも理由にあるって思う。
「それでその人はどうなったの?」
どうやら詳しい経過は伝わってないみたい。
カナはちょっと気になるって感じで言った。
「1週間の停学みたい」
「停学か……」
つぶやくような声だった。
「私も中学生の時に似たようなことに何度かなったな」
「そうなんだね……」
「流石にもうそんなことにはならないよっ!」
「それは分かってる」
カナは真面目で大人しい方っていってもいいぐらいだ。
私は中学生の時のカナを知らない。
だから噂とかで聞くカナを未だに上手く想像できないでいた。
「停学とかになったらいっちゃんを守れないもんねっ!」
とっても笑顔で言う。
「うん。ありがとう」
だから私も笑顔で返した。
もし私がいなかっら、カナは中学生の時みたいなことをしてたのかな?
ちょっと考えてみるけど、でもやっぱりしなさそうって思う。
そう思うのは今のカナを見ているからっていうのが大きいだろうけど。
「そういえばもうすぐ夏休みだね」
美香の話はもう終わりのようだ。
カナは外を見ながら言った。
セミの鳴き声が聞こえる。
本格的ではないけど。
でもしっかり夏になったっていう感じがした。
「その前に期末試験があるんだけどね」
「いっちゃんは大丈夫だって思うな」
「そうかな?」
「うんっ! 補修は受けなくていいと思うっ!」
カナに言われるとそんな気がしてくる。
自信がわいてくる感じ。
でも目標が補修を受けないっていうのもなんだか酷い話だけど……。
「今年も夏休みは文化祭の準備をするんだよね?」
「うん。そのつもり」
文化祭は去年と同じ日程で行われる。
だから今年も夏休みを使って部誌を作る予定。
1回したことだから去年よりはうまくいくって思う。
「楽しみだねっ!」
「うん。楽しみ」
今年はどんなものを作ろうかな。
そう考えるとなんだかわくわくしてくる。
それに文化祭自体もとっても楽しみ。
去年のことを思い出すとなんだかわくわくする。
生徒会の人達はもう文化祭の準備とかで忙しいみたい。
選挙の結果、生徒会長になったのは委員長。
だから委員長から生徒会長に呼び名を変えなくちゃなって思っている。
3先生の元生徒会の人からアドバイスされて、最初で最大の大仕事を頑張ってる。
クラスが変わってからあんまり会ったりしてないけど、頑張って欲しいって思った。
「部誌どんなのにしようかな……」
気分はもう期末テストを通り過ぎて文化祭モードになってた。
私はなんとなくな感じでどんなの作ろうかなって考える。
そんな私にカナは言った。
「また小説を書くの?」
「うん。それがいいかなって思う」
「分かったっ! また挿絵を描かせてもらうねっ!」
「ありがとう。楽しみにしてるね」
「うんっ! 楽しみにしててっ!」
部誌を頑張って作ろうっ!
そう思ってた時だった。
部室の扉がノックされた。
誰かが来たみたい。
ノックをするってことはアイコじゃないことが分かった。
「いってくるね」
カナが立ち上がって扉の方へ行く。
そして開けると一三屋先輩ともう1人、見知らぬ女子生徒が立っていた。
小柄でおさげな髪型。
にこにこってしている表情がなんだか印象的だった。
でも何しに来たんだろうって思う。
今月の分はもう送ったはずだけど……。
「あの……新しい人を紹介しにきた」
一三屋先輩はぼそぼそと話す。
基本的にメールでやり取りをしていた。
だから姿を見るのも声を聴くのも久しぶり。
当たり前だけど、全然変わりない。
「新しい人?」
カナがたずねる。
でもその質問に答えたのは隣にいる少女だった。
「はいっ! わたしはくるるっていいますっ! 1年ですっ!」
見た目通りとっても元気な声だった。
なんだか一目見ただけで好印象を抱く感じ。
「先輩はそろそろ引退なのでわたしが担当を引き継ぐって感じになりましたっ!」
そういえば一三屋先輩はもう受験生なんだなって思った。
一三屋先輩はどんな進路を選ぶんだろう……。
考えてみたけど全然思いつかなかった。
「そうなんだね」
くるるにカナは笑顔を見せる。
「よろしくね」
「はいっ! 至らないところもあるとありますがよろしくお願いしますっ!」
言いながら大げさに頭を下げる。
とても礼儀正しいんだなって思った。
「えっと、いつき先輩が向こうに座ってる人ですよねっ!」
私の方を見ながら言う。
いつき先輩……。
1年生と関わることがない私は初めてそんな風に呼ばれた。
なんだか思ったよりも嬉しい響きだった。
先輩後輩っていまいちどんなものなのか分からない。
でもなんだか想像よりいいものなのかもって思った。
「うん。よろしくね」
私は椅子に座ったまま言った。
改めて見ると一三屋先輩と真逆の人みたいだなって思う。
新聞部にも色々な人がいるんだな。
「はいっ! いつき先輩が書いたコラム凄く好きですっ!」
にっこりとした笑顔で嬉しいことを言ってくれた。
その言葉だけでとっても嬉しい気分になる。
「ぜひよろしくお願いしますっ! あっ! それと1つお話があるんですが……」
「お話?」
そう言ったのはカナ。
カナが対応とかしてくれるみたいだった。
「新聞部では文化祭で今まで人気があった記事とかをまとめて部誌にするんですっ!」
「そんなことをやってるんだね」
ってカナは言う。
私もそんなことをやってるって知らなかった。
「はいっ! それでいつき先輩が書いてくれたコラムも載せたいんですけど大丈夫でしょうか?」
今度はカナは答えずに私を見る。
勝手に返事しちゃいけないって思ったみたい。
だから私が返事をした。
「うん。いいよ。何も問題ないから」
「ありがとうございますっ!」
やっぱり嬉しそうに言う。
一三屋先輩はほけっとした感じで部室の中を見てる。
自分が話とかする必要がないからか、いつも以上に一三屋先輩は気を抜いてるように見える。
なんだかふらふらしてるし。
強い風が吹いたらぱたりと倒れちゃうんじゃないかってぐらいに。
なんだか1年生のくるるの方がしっかりしているように見えた。
受験生なんだよね? 大丈夫かな?
って思わず考えてしまう。
大きなお世話だろうけど……。
「それでは部誌ができたらお届けしますねっ! 今日はお時間を頂いてありがとうございましたっ!」
言いながらまた頭を下げるくるる。
本当にしっかりしてるなって思った。
そして部室からくるるは行こうとするけど…‥。
でもなぜか一三屋先輩はぼけっとしたままだ。
「先輩っ! 行きますよっ!」
それに気づいたくるるが一三屋先輩を引っ張る。
それで我に返ったのか一三屋先輩は歩き出した。
「大丈夫なのかな? あの人……」
つぶやくカナ。
どうやらカナも私と似たようなことを考えてたみたい。
でもカナが私以外の人を心配するなんて珍しいって思った。
「なんだか先輩っぽくないよね」
「うん。見てると不安になるっていうか……」
でも私が新聞部でコラムが書けるようになったのは一三屋先輩のおかげ。
だから感謝はしていた。
きっと卒業してしまったら寂しい気落ちになるんだろうなって思った。
機会があるならおめでとうございます。ぐらい言ってあげたい。
「新しい1年生はしっかりしてたよね」
「そうね」
言いながらカナはため息を付いた。
「どうかしたの?」
「あの子って何かをする時は張り切ってしそうな感じがしたからね」
「一三屋先輩とは逆みたいだよね」
「うん。だからコラムも打ち合わせとか言って部室に来ちゃうかもなって……」
カナは一三屋先輩にもあんまり部室に来ないで欲しいって言ってたことを思い出した。
最近は来てないけど、アイコが来るのもいい顔をしてない。
部室は天文部のプライベートな空間。
そこが部外者に侵食されるのが嫌なんだろうって思う。
私も少しだけその気持ちは分かるから。
「来たとしても月に1回とかだろうし大丈夫だよ」
私は言う。
コラムを書くようになってからよく目を通すようになった。
思ったよりも手が込んでいるコラムとか記事とかが多かった。
あの1年生もきっと色々と忙しいだろうって思う。
「そうだねっ! でも…‥」
嬉しそうな顔の後すぐにカナは渋い顔をした。
「どうかしたの?」
「いっちゃん、あの子に先輩って言われて嬉しそうだったなって」
「そんな感じだった?」
図星だった。
でも私は誤魔化すように言った。
「うん。凄く嬉しそうだったな」
カナはいじけた感じで言う。
「いっちゃんって年下が好きなの?」
「ううんっ! そんなの考えたこともないよっ!」
なぜか言い訳するような感じになった。
「そうなの?」
「うん。今まで先輩って言われたこと1回もなかったから、新鮮だったんだ」
それだけだよ。
私は言った。
「そうなんだねっ!」
明るく嬉しそうな笑顔。
「いっちゃんがあんな風な子が好きだったらどうしようって思ったよ」
「そうなの?」
「うんっ! 私はさすがに年下にはなれないからね」
「それは……さすがに無理だよね」
カナはとっても優秀。
でもさすがに私より年下になるのは色々と不可能なことだった。
光速の宇宙船に乗れば可能かもしれないけど……。




